あらすじ
夫との別居に始まり、離婚に至る若い女と稚い娘の1年間。寄りつかない夫、男との性の夢、娘の不調、出会い頭の情事。夫のいない若い女親のゆれ動き、融け出すような不安を、“短篇連作”という新しい創作上の方法を精妙に駆使し、第1回野間文芸新人賞を受賞した津島佑子の初期代表作。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
とにもかくにもひとつひとつの生活。死を捨て、子を必死に育てる四捨五入の生活。必死になってやりくりするシングルマザーの私で、死が脳裏にやってくることは滅多にないけれど。たとえば人身事故。たとえば子の夜泣き。ためいきのような出来事がふっと死をよぎらせるけれど、ぶんぶん。私ゃこの子を育てねばならぬのだずんずんと進むそれしかないのだ。
Posted by ブクログ
文体が懐かしい。
はっきりした描写も、終わりがすっきりするわけでもない、それでもどこか読まずにいられない不思議な本です。母親として、女としての苦悩が丁寧に描写されています。随所に出てくる光の表現と心情の対比がとても美しく、ゆっくりと小説の中に引き込まれます。
Posted by ブクログ
ゼミで扱われる関係で読んだ小説。先生が、「心が元気なときに、そこそこ気合いを入れて読んだ方がいい」と言っていたので、かなり身構えて読んだのが、思ったよりすんなり読めた。
こういう言い方をしていいのか分からないが、不穏な空気の流れる母子家庭の物語、というのが第一印象。読めば読むほどに、語り手である母を、どこまで信用していいのかが分からなくなっていく感じを受けた。本当は、母と子の関係と生活が壊れかけているのだが、その壊れていることを最後のところで隠そうとしている語りが、ものすごいリアリティをもって迫ってくる感じ。
正式に離婚をして、娘は自分のもとで育てたい、と思っている。と私は答えた。父親の方も、たぶん、それは受け入れてくれているのだ、と思う。が、娘を父親にどのように会わせればよいのか、まだわからなくて、父親の方は、自分の好きな時にいつでも会えるようにしておきたがっているのだが、私にはそれは納得できず、そんなことなら、なぜ一緒に暮らし続けてくれなかったのか、と思わずにいられなくなるのだ。(p126)
(前略)分からないけど……あなたは子どものことし見ていない。わたしのことなんか、見ていない。それがいやなんだわ、きっと。子どもと合わせたくない。……合わせるのが、こわいのよ。(中略)……あなたにだって、なにか頼んだこと一度もないでしょう。いらないんだもの、なんにも。……うそじゃない。でも……わたしを見ても、あなたは子どものことしか考えないんじゃない。……それだけは、いやなんです。分かって頂けませんか。(p182)
彼女の本当に望んでいたことは、ある意味、明確で分かりやすい。夫である藤野に一緒に暮らし続けてほしい。子どもよりも、あくまで「わたし」を愛してほしいということである。
ごく簡単に言えば、彼女が欲しているものは、自分に対する愛情である。だから、藤野から自分に向けられた愛情を、娘に奪われることが怖い。そして、そうやって失ってしまったものを、何かしらの形で取り戻そうとするが、すべて上手くいかない。
娘と同じ保育園に子どもが通う河内と寝て冷たくあしらわれ、学生の杉山を誘うが断れる。隣で菓子屋を営む老夫婦を一方的に、自分たちことを悪くは考えていないだろうと信頼していたが、母としての自分を責められる。心を許しはじめていた上司の小林は病気で職場からいなくなってしまう。娘の誕生日に呼ぼうとした人たちは、みんな来てくれない。そして、その愛情に対する欲望は、娘に向けられることになるが、その娘も、母であるというだけでは、自分を愛してはくれないのである。
そういった自分を理解してもらえていないという感覚は、しばしば現れる周囲の人たちや、何よりも娘に対する、自分でも止められないヒステリックな暴言となる。しかし、無償の愛とでも言えるであろう彼女が求めるものは、その暴言が向けられた、ただの赤の他人である人々にしてみれば、重すぎる要求である。結果的に、彼女の願いが成就することは、この先もありえないように思う。
そして、それによって自分が母たり得ていないこと、娘の様子が少しずつ悪い方に変わっていることに、彼女は勘づいているが、そこに向き合うことはせず、解決を図ろうとするわけでもない。
この物語で、光は、そういったうまくいっていない自分を覆い隠すためのものとしてあるように思われる。娘といっしょにはじめてビルの四階の部屋に入ったときのこと。塗り替えられた屋上を娘と見たときの感動。娘と線香花火をした思い出。光にまつわる様々なエピソードが、娘との楽しい思い出と結びついている。光は、娘と母の関係が、うまくいった瞬間を照らし出している。
読んでいて、難しいなと思った。藤野を筆頭にそうであったように、周囲の人々は、語り手の母が、親としての責任を果たしきれていないことを指摘する。それは、知り合いの看護婦(p198)のように、娘を預かってくれるという具体的な形で助けの手を差し伸べてくれる形のこともある。
彼女は、離婚が成立したことで、物語の最後に新しいアパートに引っ越すことに決める。それによって、新しい生活が始まることが期待される一方で、そのアパートの隣人たちは、すでに何か人間関係に悩まざるを得なさそうな雰囲気を醸し出している。にも関わらず、彼女は、そこに引越しを決めてしまうのである。
救いを求めているのにも関わらず、救われることを望んでいないという矛盾した心境。周囲の目から見たとき、その救い難さに対して何ができるのかを考えさせられた。