あらすじ
憂鬱な不採用通知、幼い娘を抱える母子家庭、契約社員の葛藤……。うまく喋れなくても否定されても、僕は耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。磁場を見ているハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルに吹き続ける偏西風の永遠に。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の五編。(解説・橋本麻里)
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
科学を物語にしてくれて感謝です。
論文に知的興味を持てない自分には大変ありがたい。
『八月の銀の雪』
地球の内核に降る鉄の結晶。清田の心の核に、堀川の言葉が欠片になって降り積もったのだろう。こうやって人はお互いに与えあったもので核を作る。なんて優しい願いが込められてるんだろう。
学生街の大学生が「アフィリエイトが〜」と友達と話していたので、この話の内容はきっと今でも進行形。
『海に還る日』
小学生の時、何かの影響か、はたまた現実逃避か、鯨になりたかった時期があったことを思い出した。それで頑張ってロバート・シーゲルの『歌うクジラシリーズ』を読んだ。殆ど内容覚えて無いけど、氷の下を命がけで泳ぐことは印象深かった。
母になった友人たちは盛んに「与えてあげたい」と言う。お金、環境、愛情。それも大切だとは思うけど母がいてくれて幸せそうである事の方が、大切だと思うのだ。
「当たらなかった」人生がその後も恵まれないなんて決まっていることではない。
『アルノーと檸檬』
科学者は興味のためには他の何も目に入らなくなる。倫理も含めて。鳩の不思議を追うためには愛していても解剖するんだな…
新聞記事の伝達に伝書バトを使ってたのはそんなに古い話じゃない。知らないことっていっぱいある。
『玻璃を拾う』
珪藻アートを調べてみたら、綺麗な表紙が印象的だった絵本が出てきた。そうか、これが正体だったのか。甲状腺異常は今年疑いがあった病気でちょっと調べたので良くわかった。科学オタクと繊細ケバ目女子の優しいラブストーリー。亡くなったお母さんは残念だったけど、きっと精一杯、襷を渡したんだなぁと思う。心がほっこり。
『十万年の西風』
一番読み応えがあった。「風船爆弾」は最近よく目にするようになった。どんな技術であれ、戦争になれば兵器に利用せずにおかない。9.11直後に炭疽菌の生物兵器がテロに使われた事は先日の読書で初めて知った。日本もやろうとしてたんだな。戦後80年でやっと詳らかにされ始めた事が沢山ある。だけどそれは歴史になるどころか、消えつつある。関心が向けられない物は残り得ない。原発事故でさえも。かつて近くに住んでいた私も、その問題には辰郎と同じように立ちすくんでしまう。
どの短編もフィクションであっても血が通った人間だと思える。科学的知識を学べる物語の底に、読者への励ましと、世界の美しさを伝えたいという意思を感じる。心ある小説。何度も読みたい。
Posted by ブクログ
短編小説集。
上手く生きれない人物の葛藤を描いた小説。自分自身も人生を上手く生きれなかったので、登場人物に共感と希望を抱いているのかもしれないです。
▼八月の銀の雪
就活で苦戦している主人公・堀川。彼は、コンビニで働いている日本語が下手なベトナム人留学生・グエンに会う。当初堀川は、仕事の出来ない彼女に嫌悪感を感じていたが、彼女と会話を通じて表面だけ見ても何も理解できない事に気づく。自分と他者の内面の奥深くを知り、
▼アルノーと檸檬
役者を目指し父親の反対を押しきり上京した主人公・正樹。しかし、現実は甘くなく役者の道は諦め、マンションの立ち退き業務に勤めながら希望のない日々を送る。その中で加藤という女性から「アルノー19号」というハトがベランダに住み着いたという話を聞く。
ハトは帰省本能が高く、その中でも特にアルノーは帰省本能に長けているハト一族だった。そんなアルノー19号が、なぜ帰省しないのかー
正樹はアルノー19号に、帰る場所を失った自らの孤独を重ね合わせ、故郷を想い自分の人生に向かい合っていくお話しー
▼玻璃を拾う
主人公・瞳子は、綺麗なガラス細工の写真をSNSに投稿すると、”休眠胞子”というユーザーから執拗に消去依頼の連絡が来る。SNS投稿をめぐる瞳子と休眠細胞のトラブルに関連したお話ー
印象的なセリフとしては、
・女性たちをヒストグラムにしたら、平均値の周辺に大多数が集中した、とがった山形の分布になるでしょうね。
・単細胞の珪藻が美しいガラスをまとっているように、人間もまた多かれ少なかれ、見栄えよく繕った殻と、それに不釣り合いな中身を抱えている。それがむしろ、ありのままの姿ではないのか。