【感想・ネタバレ】円 劉慈欣短篇集のレビュー

あらすじ

三百万の軍隊を用いた驚異の人間計算機により十万桁まで円周率を求めようとする「円」など全13篇を収録した短篇集、待望の文庫化

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ネタバレ

中国の方である劉慈欣が描くSF短編集。『三体』も文庫化されたらすぐ書いたいと思う。「鯨歌」「詩雲」「円」が特に面白かった。

「鯨歌」鯨にチップを埋め込むことにより外部からの制御ができるようになった世界。その技術を利用して薬物の密輸をするマフィアとその技術者。密輸自体は成功したものの密猟者たちによって鯨が狩られて2人とも死んでしまうというもの。新旧の価値観の皮肉が描かれていた。

「地火」石炭労働をメインとした話。技術革新により炭鉱夫の仕事が楽になるはずであったが、技術を過信しすぎたために自然にやられてしまう。父親と局長の言葉が刺さった。

「郷村教師」中国の農村地で一生を終えようとしている老教師。周りから変な目で見られても彼は農村地の少年少女たちに学問を教えることをやめなかった。一方で、天の川銀河の中心地では超高度に栄えた文明があった。彼らは宇宙間戦争で疲弊しており、新たな火種が生まれないように宇宙を整理しているところであった。
老教師の最後の教えが、地球を救うことになるというのが、教育の大切さを説いており、また、超高度文明の人たちが純粋さ、素朴さに気付いたのも作者が伝えたかったことなのかな。

「繊維」量子力学に基づく平行世界がたくさんあり、その世界が一堂に介してしまう話。いろんな地球の色があったり、同じだが違う人がいたりと面白かった。

「メッセンジャー」アインシュタインの過去を元にした話。彼が未来の人と交信した、という話を元にしているのだろう。

「カオスの蝶」バタフライ効果を解明し、一種の気象兵器として用いる話

「詩雲」高度に発展したテクノロジー文明に飲み込まれた地球文明。その高度に発展したテクノロジーよりも発展したテクノロジーを持つ神との邂逅。精神的な文化はテクノロジーによって越えることはできない、と伝えてている。将棋などのAIの進化も一手の評価は教えてくれるが、全体としての評価や価値は教えてくれない、というのと似ている。

「栄光と夢」オリンピックが戦争の代わりになった世界。競技での勝利が戦争の行方を左右するというもの。1人のアスリートにより国が一つにまとまるも、競技での勝利が戦争での勝利という勝者の理論には響かず、泥沼化していってしまう。

「円円のシャボン玉」シャボン玉が好きで美しいと感じる円円が科学者となってシャボン玉によって街を救う話。他に比べて暖かい話だった。

「2018年4月1日」改延という遺伝子的な延命ができるようになった時代にその手術を受けるという決断をした主人公の話。IT共和国なるものが建国され、実社会に宣戦布告をした。が、これはエイプリルフールのネタであった。この話のどこまでが虚実なのかがわからないのが、この話の面白さなのだろう。

「月の光」未来の自分から科学のアドバイスをもらうもそれを実行に移そうとすると、さらなる悲劇的な未来になってしまう話。最初に呈示されたせんたくしがやはりベストだったのかもしれない。それを知るためには、他の時間線を旅するしかない。どんな決断にも後悔があるというこれが真理であろう。

「人生」前世の母親の記憶を持った胎児と母親と研究者が会話をする話。『ドグラ・マグラ』の胎児の歌のような話に感じた。

「円」円周率には不老不死が宿っているとされるため、秦の始皇帝により、円周率を求めよ命令される。人間を使って0と1の二進法によって円周率を求めようとする。それは、コンピュータの先駆けであったが、人間コンピュータにも裏があったという話。

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2025年04月28日

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ネタバレ

ずっと気にしていた『三体』の作者の短編集ということで、一目見るなり購入し、家で順番待ちしている本をかなり飛ばして読みはじめた。

訳者のあとがきによると、本書は原著となる短編集は存在しないものの、収録作品は著者側で選考したものだそうだ。
そのため、訳者や日本の編集者の意向は含まれておらず著者の趣向に近い作品集になっているようだ。
1999年掲載の処女作から2014年発表の表題作『円』まで13篇を掲載年代順に載せている。

1つ目の作品は「ぼちぼちだな」と思った程度だったが、
2つ目の短編を読み終えた時点で「あぁ、これ只者ではないわ」と感嘆した。
SFだけでなく、作家としての文章が優れている。翻訳の上手さももちろんあるのだろうが、それを差し引いても臨場感が素晴らしかった。あとがきを読むと、この『地火』には著者の生い立ちが多分に含まれているようだが、筆致の凄まじさに納得するとともにそれでも著者の力量を感じられた。

途中までは「地球上の狭い地域での出来事を現代科学のちょっと先の技術で」というテイストの話が多かったが『詩雲』では激変。
それまでとは大きく異なり、現代とは遠く離れたレベル、未来のSF設定と中国古代の漢詩を合わせる。それだけでも面白い発想だが、すべての組み合わせを試し全ての詩、最高の詩を科学で作るという試みも面白い。「これは傑作だ」と思った。
この『詩雲』以降は再び地球上での物語が続くが、扱うテーマが全球的な問題へとスケールアップしており、物語内での時間変化も大きくなり、作品の時空間的な厚みがグッと増している感じがした。
また、後半の作品群では、別の作品で是とされたものが次の作品では否定的に扱われること(ex. 『円円のシャボン玉』と『月の光』の太陽光発電技術)もあり、一つの技術に対しても多面的な設定の検討をしているようで面白かった。

表題作の『円』は最後に収録されている。
荊軻による始皇帝の暗殺未遂をモチーフに、コンピュータ(電子計算機)の原理を融合させるという非常に驚かされるアイディアの作品だった。
この『円』もそうだが、後半(2000年代後半以降)の作品達は、前半(2000年代前半発表)の作品群で使われたSF的アイディアを複合させたりブラッシュアップさせたりという部分が見られ、より洗練された感じがする。これはネタ切れというより、荒削りで実験的であった初期のアイディアを上手く扱えるようになっている感触で好意的に受け止められた。

個人的には4作目の『繊維』の設定が面白く、印象的だった。この作品を読んだせいで、各作品間でSF設定が相矛盾しても何も感じないどころか「遠い"繊維叢"なんだな」と納得する始末で、劉慈欣作品ならどんな設定が来ても楽しめそうである。

本書を読んでいて漢字の文化圏で良かったと思うことが何度もあった。
周の文王(: 儒教でよく目標にされる聖人の一人、太公望を見出した人物)や、李白、荊軻、始皇帝といった固有名詞だけでなく、『詩雲』で読み上げられる有名な漢詩を知っていることと、その味わいも(ネイティブには遠く及ばずとも)感じることが出来る。
同じ内容でも英語で書かれていたら絶対に同じ感覚は味わえないと思う。漢詩の形態のシンプルで規則的な美しさも、ごく短い文字数に極めて情緒豊かな表現を組み込めることへの驚きも、1つ1つの漢字(:表意文字)から浮かぶイメージや読んだ際の韻も、漢字を日常的に使っているからこその味わいだろうなと思った。

SF的な仕掛けは、著者がコンピュータ技術者ということもあり、機械工学、物理学的なものが多いが、環境工学、バイオサイエンス的なものもあり多彩。
物語の作りも含めて、13篇を読んで「またこれかぁ・・」というものはない。

「登場人物が(神の目線では)正しいことを懸命に行うも、志果たせず、報われず。しかし、個人としては上手くいかなかったけれど大勢には一定以上(問いには英雄的な)の影響を与える」という形態の話が多い。主人公の悲劇的な扱いは、なんとなく日本の近代文学を思い起こしたのだが、これは著者の作風なのだろうか?それともこの短編集の選考によるものなのか?
・・と思って読んでいたのだが、文庫版に収録された著者のインタビューで個から宇宙へつながる関係を物語として描こうと意識している旨が記されていた。
後半の作品では、個としてのバッドエンドは弱まった印象があるが、他の作品はどうなのだろうか。『カオスの蝶』などは物語中盤以降の主人公の境遇が気の毒すぎてページをめくるのがつらくなったので、全体としてはグッドエンドでも個別のキャラクターが不幸になりすぎる物語ばかりだとちょっとイヤだなと思っている。

巻末の『訳者あとがき』は著者の来歴が記されている点も良いが、作品に対する愛や感動が込められている文章も良かった。

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2024年05月01日

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『三体』で著名な劉慈欣のSF短編集。
風刺とユーモアに溢れた作品群で、作品によっては辛辣なところもあるけれど、それらの底には、人間の営みや知性、芸術への憧れが流れていると感じさせる。
『郷村教師』『詩雲』などは特に、良い意味でロマンティックな作品だとさえ思う。

『三体』は未読なので、そちらも今後読んでみたい。

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2024年03月19日

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地火
業務用スーパーの社長が地熱発電やってるけど大丈夫??

郷村教師
最後の最後で救われた。
「今は理解出来なくても暗記しとけ」

詩雲
太陽系を潰してまで作った詠詞データベース。取り出し方がわからないってそんなの作る前から予想つくでしょ!? 呑食帝国が気の毒。

栄光と夢
泣けた…

人生
記憶の遺伝


「三体」で1番好きなエピソード。
荊軻のラスト、「チ。」を思い出した。

こういう短編集、もっと読みたい。

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2024年03月08日

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ネタバレ

『地火』
なんとか映像化してほしい作品。
中盤からもう絶対大変なことになるんだろうな…と思ったら想像以上に大変なことになって興奮した。地火が爆発した時の表現がおそろしくて良かった。
劉慈欣作品はやらかしたキャラクターが必要以上にしっかり報いを受ける傾向にある。三体の程心をのぞいて。

『郷村教師』
解説にもあったが、藤子・F・不二雄のSF短編集を彷彿とさせた。なんか終盤やけに宇宙人が地球の美しさに感動してて地球ホルホルか?と思った。

『カオスの蝶』
カオス理論はSFの切り口としてはかなりベタなんだろうけど、目まぐるしく変わる舞台とスリリングな会話の緊張感で楽しく読めた。“著者付記”が誠実で良い。初めて見たこんな注釈。

『詩雲』
この短編集の中で1番好きだった。
Gパンパンダのコントの中で575の俳句のパターンを全部網羅するネタがあるけど、それと発想自体は同じ。俳句に関しては実際にジェネレータが作られていたが、使う文字が漢字になるとここまで壮大な話になるのか…と絶句した。
なんか恐竜ずっとかわいそうで面白い。
全パターンの漢詩を作ろうっていう発想は根本的に詩の情緒を解せていないような気がして、それがおかしかった。

『栄光と夢』
スポ根。主人公の少女も良かったけど、射撃せずに会場を後にしたヤリク・サリが最高だった。こういう脇役がメインテーマとあまり関係ないところで理知的な判断をする展開好きすぎる。娼婦に堕ちたと見せかけて1番アツかったライリーも好き。

『円』
三体で読んだ時にも思ったけど設定が飛び抜けて好き。
コンピュータの発想に直接辿り着く荊軻がサヴァンすぎる。

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2024年01月14日

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ネタバレ

【印象に残った一文】
「李白の目に映っていた自然とは、あなたがいまごらんになっている川辺の少女です。しかし、同じ自然でも、テクノロジーという目を通して見たそれは、結局のところ、白い布の上に整然と並べられた血の滴る人体の各パーツなのです。ですから、テクノロジーとは反詩情的なものです。」( p.286, 『詩雲』)

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2023年06月24日

Posted by ブクログ

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とんでもない大ボラ話を、破綻させずに描き切る腕力がある。ストーリーテリングの巧みさもなかなか。

「郷村教師」での地と天の落差!感動的な話であると同時に、この上なくバカげた話であるという離れ業。「詩雲」もワイルドな想像力を発揮している。

「月の光」や「メッセンジャー」みたいな小品もあざやか。

国の作家だけあって、「カオスの蝶」や「栄光と夢」など、アメリカに爆撃されたり経済制裁されたりの側から描いている。「地火」や「円円のシャボン玉」も中国人作家ならでは。

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2023年07月15日

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