あらすじ
銀色に輝くヒマラヤの峰に神々しく光を放つ満月を観ながら、架山は思う。一体、しあわせとは、人間の幸福とは何であろう。「永劫」――それ以外、何も感じようがなかった。そして架山はすっと背負い続けてきた湖上の出来事を、遠い一枚の絵として眺めることができるようになっていた。――娘よ、今夜から、君は本当の死者になれ、鬼籍に入れ、静かに眠れ。死者と生者のかかわりを通して、人間の〈死〉を深く観照した、傑作長篇。
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Posted by ブクログ
架山のエベレスト観月旅行から始まる。いつかテレビで紹介していた「エベレスト街道の旅」を思い出しながら、エベレストの勇姿を描く。2020年以降、海外旅行が思い通りにならない現在であるが、いつかは登山をと考えていたが、数十年前に実現されていたことに感銘を受けてしまった。現在と比べて、どれほど、大変な旅行だったのだろうか。それゆえ、どれほどの「永劫」とか「宿命」といったものを感じることができたのでしょうか?東北の海に、夜空に私たちが感じる「永劫」とか「宿命」といったものと比べて。
そして、春の満月の下、琵琶湖に船を浮かべて二人の供養をする架山は、『殯』を終わらせてお墓にまつる。十一面観音と月と湖に、運命を沈める父親の姿が目に浮かぶ。
エベレスト街道はどうなるかわからないけど、琵琶湖湖畔の十一面観音を巡ってみたいと思って本を閉じた。
印象的なフレーズは:
★この石に、ラマ教の経文を刻んだ人のことを考えた。いつ刻んだのか、いかなる人が刻んだのか知らないが、判っていることは、これが自分一人のための祈りではないということである。
★人は生まれ、人は死んで行く。ただそれだけのことである。生まれる意味もなければ、死んで行く意味もなさそうであった。そんなことを、いま大地の真上にかかっている月は言っているようである。
★瞬間言い知れぬ畏怖感に襲われた。深夜こんなところをうろついていると、何となく一人一人、消えてゆきそうな気がする。ここはみなが必死に神に祈って生きているヒマラヤ山地なのである。深夜うろつき歩くような場所ではないに違いなかった。
★どんなに生きにくい条件があっても、なおそこから離れないで、そこに定着している人間があるということを知った。生きにくい条件の中で、神に祈って生きている。打たれたね。
★自分の過去にどれだけの時間が降り積んでいるか知らない。何事が起ったか、いかなることがあったか、一切知らない。自分はただこうしていつも一人で立っていただけである。――小さい十一面観音像はそう言っているかのようである