あらすじ
病床の妻子を置いて家を出た浪人は、なぜ自ら命を絶ったのか?―二度映画化され、二度ともカンヌ国際映画祭に出品された不朽の名作「異聞浪人記」の他、武家における殉死の意味を問う「高柳父子」、家族愛を描く「拝領妻始末」など6編を収録。武士の悲哀を描き続けた時代小説家の傑作選。
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Posted by ブクログ
不勉強ながら本書で初めて知った作家。
【滝口 康彦(1924年3月13日 - 2004年6月9日)は、本名︰原口 康彦。生涯のほとんどを佐賀県多久市で過ごし、旧藩時代の九州各地を舞台にした「士道」小説を数多く発表した。
長崎県佐世保市万津町に生まれる。実父の死去、実母の再婚後、佐賀県多久市に移る(1933年)。尋常高等小学校卒業後、いくつかの職(郵便・運送・炭鉱)を経て、1957年(昭和32年)、『高柳父子』で作家デビュー。なお、戦時中に防府海軍通信学校を卒業している。また、戦後、レッドパージをうけて当時勤めていた炭鉱を解雇されている(滝口本人は共産党員ではなかったが、共産党員の親族がいた)。
佐賀県多久市に在住し、九州在住の時代小説家として、北九州市門司の古川薫、福岡市の白石一郎と並び称された。中でも古川とは親友だったことで知られる。
他の2人が受賞した直木三十五賞を滝口は受賞しなかったが、同賞候補として合計6回ノミネートされている。
2004年6月9日、急性循環不全のため死去。享年80歳】ウィキペディア
一部作品は映画化もされているが、それも知らなかった。
本書は、「武士道」とは違う「士道」の小説。解説の末國善己氏曰く、
「武士道は主君と家臣の関係も情緒的で主君の死に際しては、殉死することが至高の奉公とされた。士道も常に死を考えることを求めているが、それはかけがえのないもの一瞬を大切に生きるための道徳律であり、死を真の奉公ととらえる武士道とは対極にある。また、士道は、人の上に立つ武士に何より礼節を求めた。そのため主君が悪政を行えば諫言し、忠告を聞き入れない場合は、辞職することも必要としていた。これも主君が悪事を働いたら、その罪を引き受けることこそが家臣の道とした武士道とは対照的である」
従って、本書には無為な殉死をテーマとする短編が収められている。殉死が寛文3年(1663年)に法令化されるまで、主君亡き後の追腹は武士の美徳とされていた。
では、勝手にランク付してみる。寸評は評価A以上の作品のみ。
【S=傑作、A=秀作、B=並、C=駄作 】
♦「異聞浪人記」A 対面のみを重んじる武家社会のかなしみ
♦「貞女の櫛」B+
♦「謀殺」B+
♦「上意討ち心得」A- 武士としての男らしさよりも取り柄のない人間らしさに惹かれた小雪の儚い想い
♦「高柳父子」S 殉死の惰性、形式主義により自決させられた父親の無念を息子が晴らすが…
♦「拝領妻始末」A+ お家取り潰しよりも守るべき価値のあるものとは…
特に直木賞候補となった「高柳父子」について、「著者の作品ノートの中で、太平洋戦争が終わった時、それまで先頭に立って戦争の旗振りをしていた人々が、たちまち20年も30年も昔から、自由主義者、平和愛好家ヅラをし始めた。その厚顔さに怒りを叩きつけたのが《高柳父子》だった」と解説されている。
「武士道」もいつの間にか本来の魂が抜け、形骸化していったのは日本人らしい。皆で仲良く猪突猛進、いつしか例外を許さず同調圧力化を強いてゆく。ところが信奉していた価値観が一夜にして崩れると、いとも簡単に尻をまくっても恥じない。
神への信仰をテーマとした、遠藤周作「沈黙」に匹敵する問題提起作(短編)だと思う。「高柳父子」は、対象が《神》の代わりに《武士道》という違いはあるが。