あらすじ
「Hマート」は、アジアの食材を専門に扱うアメリカのスーパーマーケット。人々が「故郷のかけら」や「自分のかけら」を探しにくるところ。韓国人の母とアメリカ人の父のあいだに生まれたザウナーは、アイデンティティに揺れる十代のときに音楽活動にのめりこみ、猛反対する母親とは険悪な関係に。それから十年、やっとわだかまりがとけかかったころ、母親の病気が発覚。辛い闘病生活の末に母は亡くなってしまう。喪失感から立ち直れず、途方にくれていた彼女を癒してくれたのは、セラピーでも旅行でもなく――韓国料理だった。ミュージシャンとしても活躍するミシェル・ザウナー(ジャパニーズ・ブレックファスト)のメモワール。
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Posted by ブクログ
二年前くらいになんとなく聞いていたNPRで紹介されていて、気になっていた本。日本語版が出ているなんて知らなくて、たまたま見つけて即買い。
著者はいわゆる二世で、アメリカ人とのハーフ。
母親は韓国からの移民。
いわゆる反抗期から親との距離は精神的にも肉体的にも離れるが、ある日突然母が末期がんと知る。
一世が祖国の味を恋しく思うのはあたりまえだけど、特に母親の味というのはこうやって次の代にもつながっていくんだなぁ。
私の夫は四世にあたるけど、やっぱり二世三世と続いてきた味とそれに関連する想い出はいろいろあるみたい。
それにしても、これは涙なしには読めない。
お母さんって何なの?
海外で初めて暮らし始めた時に、バラバラな出身のみんなでそんな話で盛り上がった。どこの国のお母さんも、おなじような、ハハオヤという種類の生物なんだ。
"母は私のアーカイブだった。(中略)その母がいなくなり、こうしたことを聞ける人もいなくなった。記録されなかった事がらは母とともに死んでしまった。"
"あなたに本当のことを話すのはお母さんだけ。なぜってあなたを本当に愛するのはお母さんだけだから。自分の十パーセントは自分のために取っておきなさい。(中略)万が一のとき、頼れるものがあるように。お父さんにだって全部はあげない。"
お母さんってどうして子供や周りの人の、どうしようもないような細かーいことばかりなぜか覚えてて、そうか、それも愛なんだ。
"今Hマートで食事をしている人たちの、どれくらいが家族を恋しがっているのだろう(中略)わたしみたいに人生から永遠に失われてしまった人を恋しく想いながらご飯を食べているのはどの人?"
筆者のお母さまがご自身のお母さまを亡くされたところが、心がえぐられました。
家族・親と離れて暮らすのは、それが自分の選択でも、つらいですよ。親と国を残して、何年も何十年も・・・。
"あの時の私はまだ喪失の淵のこちら側にいて、向こう側には足を踏み入れたことがなかった"
親元を離れて初めて親のありがたさが分かる。。。多くの人が一人暮らしで経験することだと思う。ない人もいるけど、反抗期があって、うるさいな、ほっておいてよ、友達といるほうがいい・・・そんな態度をとり続けておいて、ころっとそう思えるのは子供だけで、親はしこりがあるんだろうか。
筆者のアイデンティティのゆらぎ?も面白い。
アメリカで生まれ育ち、白人からは白人として扱われず、韓国に行けば韓国人として見られない。(これも夫が前言ってたな・・・)
ずっとアメリカに溶け込みたかったのに、アメリカに居場所が欲しかったのに、お母さんの看病をするお母さんの韓国人の友人と一緒にいると自分を韓国人と認めてほしくてたまらない。お母さんの言葉、お母さんの家族の言葉、文化をわかりたい。
母の家族といても、沢山言いたいこと、伝えたいことがあるのに、それを韓国語にできない。
それにしても、彼氏(のち旦那さん)、良い人だなぁ。
そして、お母さんの最後まで苦しみながらもたくさんそばで過ごせたのは、言葉が適切かわからないけど、羨ましい。
お母さんを喜ばせようと必死に頑張った韓国料理
お母さんを亡くし、その料理に支えられる。
どんな高級なレストランの味よりも
お母さんが忙しい朝にばっとつくってくれた海苔段のほうが記憶に残り、あたたかく、おいしい。
料理があまり徳ではないおばあちゃんが、食パンを切ってバターでいためただけのおやつが、なつかしい、おいしい。
そんな料理が誰にでもあるはず。
この本を読みながら、どんなひとも自分の家族に思いをはせて、目頭を熱くするんじゃないかと思う。
私はまだ淵のこちら側だけど
いつか来るその日のことを考えてしまった。
一番近いのに
一番強く反発することもある
一番愛しているはずなのに
一番わかっていなかった人かもしれない
"痛みを散らしてあげたい、お母さんへの愛を証明したいと、これほど切に願ったことはなかった。添い寝をし体をぴったりと押し付けて、苦しみを吸い取ってあげられたらどんなにいいか。人生は子どもに、親を想う気持ちを証明するチャンスを与えるべきじゃないか"
訳(雨海弘美さん)も素晴らしいです。
Posted by ブクログ
タイトルがいいですね。
なんだか惹かれるタイトルです。
私はアメリカにも、韓国にも何の縁もありませんが、読みながら、Hマートで亡き母親を思い出して呆然としてしまったし、ユージーンの森の中で、母親との関係に息がつまったし、ソウルで祖母や叔母たちとの暮らしにワクワクしました。読みながら私はミシェル・ザウナーになっていました。
著者の中の半分の韓国人としての部分が、残りの半分であるはずのアメリカで、母国を懐かしむような郷愁を感じるとはこういうことなのか。母を亡くすというのはこういうことなのか。
読み始めは、なんというか、とりとめもなく、心の底から溢れ出てくる思い出や母親への想いをたらたらと書き綴っているように感じたのですが、なぜかすごく惹きつけられて、読み進めずにはいられませんでした。
読み進むにつれ、それこそ両親のなれそめから、幼少期のこと、ティーンの頃のこと、大学のために家を出てからのこと、そして、何より、母親の闘病のことを、よくぞここまでというくらいの剥き出し感情と出来事そのままを詳細に言葉にしてあって、著者の観察眼、文才の素晴らしさにとても感動しました。
文章を読むだけでは少し厳しすぎるように感じる母親から著者への愛情は、時にうまく伝わらなくても確実に著者に伝わったと、それだけで救われる思いがしたのは、自分も子どもを持つ母親になったからかもしれません。
それにしても、韓国の食文化のその豊かさを再認識させられた気がします。著者が母親を思い出すたびについて回ったのも、母親を失ったその喪失感を埋めたのも、母に教えてもらった韓国の味だったというそのことに、すっかり心奪われてしまいました。カウンセリングに行くことを断念して、キムチ作りなどに没頭することでだんだんと精神的な健全さを取り戻していく様子には、著者の行動力に感心しましたし、そう行動せざるを得なかった状況に思いをはせ、良い意味でしんみりとしてしまいました。韓国料理にそういった懐の深さがあることがなんとなくわかりました。
そしてそれは、韓国料理だけでなくきっと、日本料理にも、イタリア料理にも、トルコ料理にもある物語で、母親(時には父親かもしれませんが)が子に受け渡す食文化が、「生きること」「暮らすこと」「家族でいること」などの全ての土台になっているように感じ入って、しみじみとしてしまいました。
決して笑いながら読む本ではなかったのですが、思わず噴き出してしまったところがありました。母親の墓碑銘について、母親が好んで使った「ラブリー」を使って「ラブリー(素敵な)母・・・」というふうにしよう「ラヴィング(愛情あふれる)母・・・」はちょっと違う、と熱く語っておきながら、いざお墓に行ってみると「ラヴィング」になっていて、父親が「嘘だろ」とつぶやいた場面。え、こんなところで笑わせてくれるの?!と読んでる方としてはおかしかったのですが、笑うところじゃなかったのかもしれません。そこでプツっと段落が変わったので、そこをどう捉えたらいいか悩みました。(←真面目か)後日、ちゃんと修正されたことも書かれていました。
まだ若い著者ですが、まるで映画のような半生でした。
著者の父親もかなり過酷な人生を送ってきたようだし、亡くなった母親も妹さんを先に亡くしたり、そもそも母国を離れているわけだし、看護に来てくれた母親のケイも不思議な陰を感じる人だったし・・・。そして、旦那さんのピーターが素敵です。
実際、映画になるそうです。基本的には「映画より原作」と思ってしまう質ですが、ちょっとこれは気になります。
本書をどこで知ったのかすっかり忘れてしまいましたが、読んで良かったと思える本でした。