あらすじ
貧しく孤独な少年ジョバンニが、親友カムパネルラと銀河鉄道に乗って美しく悲しい夜空の旅をする、永遠の未完成の傑作である『銀河鉄道の夜』や、『よだかの星』『オツベルと象』『セロ弾きのゴーシュ』など、イーハトーヴォの切なく多彩な世界に、『北守将軍と三人兄弟の医者』『饑餓陣営』『ビジテリアン大祭』を加えた14編を収録。賢治童話の豊饒な味わいをあますところなく集めた一冊。
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Posted by ブクログ
通読して4ヶ月でやっと読み終わった本。「ぼく星」というドラマきっかけで、実際に宮沢賢治(以下賢治とする)の作品を読んでみようとなってみたものの、文体に慣れるのに時間がかかってしまった。ただこの文庫は賢治の作品の全体像を総括していたため、時間をかけてこの文庫を読み終えることができてよかったと思っている。『銀河鉄道の夜』は、賢治の宇宙像とジョバンニとカンパネルラの友情から語られる哲学を描いていて、名作とされる所以を感じた。『セロ弾きのゴーシュ』は、ゴーシュが動物たちとの関わりを通して、セロ弾き・または人間としての成長を描いている。はじめ解説で「この作品を「ハッピーな内容」をもつものとする見方に疑問を投げかけている」とされていたことに驚いたが、この作品が晩年に描かれ、かっこうを通して「死」や「孤独」と向き合っていたことから、単なるハッピーエンドではない、ということが理解できた。私は『猫の事件手帳』も気に入っている。猫社会を通して、賢治や今現代を生きる私達の社会を風刺しているからだ。その他にも『双子の星』や『よだかの星』など賢治の宇宙像を鮮明に表している作品や、『飢餓陣営』や『ビジテリアン大祭』など、演劇に力を入れた賢治の喜劇チックな作品など、多様な短編小説が収録されている。まだ賢治の作品を手に取ったことのない方に、読んでいただきたい。
Posted by ブクログ
ようやく読みました。
以下表題作について。
序盤:おお、余り居心地よくないね……これどうなるんだろうな。おいザネリお前。お前。おまえら。
中盤:銀河鉄道だーー! 幻想的。大学士に思わずときめき鳥捕りがなんか、何か好き。私もその鳥食べたい。
終盤:まあ死後の世界的なあれだと思っ、まって。待って? 待って。待ってわかってて覚悟してるのになんか。え? なんか凄いわかってたのにハラハラする。まって。お父さん。お父さん帰ってくるのあのあのあのあのあの、さぁ!!!!!!!!!!
ジョバンニの不幸は「父親が帰ってこない/仕事による疲労/ザネリという馬の合わない存在」が原因なのですが、父親が金持って帰ってきてザネリもこの件で大人しくなる、となると、最後の二ページ程度で彼の問題はあっという間に片付いているんです。
カムパネルラはいません。
あの友人はそこに居ません。
でもカムパネルラは別に、助けてはくれなかったんです。
曖昧な笑顔と「いじめに加担しない」という立場にいただけなので、プラスの行動はしていないと判断しています。
むしろその態度に傷付いているのが冒頭の質問シーンです。
あの旅は夢に限りなく近くて、一緒に旅して対話したというのはジョバンニの理想でしかないとも見れます。
だとしても、ジョバンニがカムパネルラに対して強い感情(依存にも踏み込みかねない友情)を向けているのは、女の子との会話で不機嫌になったあたりで描写されています。
ジョバンニは自分と向き合ってくれる友人が欲しかったんじゃないかと思います。
カムパネルラの死と同時に三つの問題が好転したことが示唆されます。
うち一つは、カムパネルラが居なくなったからこそザネリが何も言えないだろう、という部分になっています。
あの蠍のように、カムパネルラは「本当の幸い」の為にその身を捧げたのでしょうか?
本当の幸いってなんですか?
ほんとうのさいわいって、なんだ。
■最後に
「カムパネルラ、僕達、ずっと一緒に行こうねぇ」
少なくともあの瞬間において、これがジョバンニにとってのほんとうのさいわいだったんだと思います。
Posted by ブクログ
「銀河鉄道の夜」を含めた短編集。
「オツベルと象」は教科書で読んだのを思い出した。労働者をいじめたら、いつか反撃される。税金が上がり続ける世の中を風刺していると感じた。
「よだかの星」は、よだかはなぜ星になりたかったのだろう。命を燃やしてでもなりたいもの。命より重いものがよだかにはあった。よだかにとってのほんとうのさいわいがあった。
「銀河鉄道の夜」はカムパネルラの死がジョバンニに生きる意味をあたえたように感じた。ほんとうのさいわいとは何だったのか。最後のシーンを読んで思った。カムパネルラにとっては自己犠牲。でもジョバンニにとっては幸せを家族と共有すること。家族と生き続けること。