あらすじ
電灯もオイル・ランプもなく、夜がまだ謎めいていたころ、森を忍び歩く悪魔として恐れられた「精霊熊」。死者のための供物を食べさせられ、故人の罪を押しつけられた「罪食い熊」。スポットライトを浴びせられ、人間の服装で綱渡りをさせられた「サーカスの熊」。ロンドンの下水道で、雨水や汚れを川まで流す労役につかされた「下水熊」。──現在のイギリスに、この愛おしい熊たちはいません。彼らはなぜ、どのようにしていなくなったのでしょう。『10の奇妙な話』の著者であるブッカー賞最終候補作家が皮肉とユーモアを交えて紡ぐ8つの物語。/【目次】1 精霊熊/2 罪食い熊/3 鎖につながれた熊/4 サーカスの熊/5 下水熊/6 市民熊/7 夜の熊/8 偉大なる熊(グレート・ベア)/訳者あとがき/解説=酉島伝法
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Posted by ブクログ
これは――おとぎ話なのか?痛烈な風刺なのか。どうとも捉えられそうな、イギリスと熊の物語8編。
言葉なき熊と取引めいたことをして、人間は心の安寧を得る。しかし、しょせんそれは異なる種族との取引。常識も前提も違う熊との間で、お互いに利がある取引なんてのはまやかしなのだと明らかになる。熊は知らず課された役割を、やはりそうとは知らぬまま放棄して、少しずつ人間社会から遠ざかっていく。そのさまが、人への皮肉や糾弾にみえる。
読み進めているうちに、熊が人にも思えてくるのがこの本の怖いところ。虐げられている人、支配されている人、社会の中で見えない存在とされている人たちを熊に仮託しているのではないか?ときに団結する、しかしたいがいは物も言わずうなだれて、その場を去ってゆくしかない人々を。
『下水熊』。"少年は、母親に手を引かれ、明るい陽だまりのほうに連れ戻されながら言った。「ねえ、さっき熊がたくさんいたの見た?」"
分断された、光と影。
そして影たる熊たちは、舟に乗り込んで外海へ出ていく。さながらユートピアを探し求める人々のように。
"何頭かが後ろを振り返り、冷たく残酷なイギリスに最後の一瞥をくれた。"
ラストのここに至って、イギリスが"見捨てられた場所"に感じられ、いつのまにか視点が熊に寄っていることにはたと気づく。
哀しさ、さびしさ、あきらめの思いが、読後の心を揺らしている。
Posted by ブクログ
テレビから熊出現のニュースが流れると、イギリスから逃げてきたのかと、その町は熊にとって居心地の良い場所だっただろうかと、つい考えてしまいます。
不思議と心に残る一冊です。
熊も人もナメてはいけない。
Posted by ブクログ
二子玉川の蔦屋書店で出会い購入。
熊にまつわる短編寓話。今読みたい雰囲気に合っていてすごく良かった。
イギリスでは熊が絶滅していたとは知らなかった。
(サーカスなどの見世物の対象や、毛皮としての利用など。)
人間に支配されながらも、決して腹の底では屈しない姿。弱肉強食のこの世界で人間が頂点に君臨しているのもほんと偶然なのだな、と。
秋田では熊が人間社会に降りてきて襲われた事件が年に数回起こるなどがあるから、熊を割と恐ろしい存在として認知しているから、(イントネーションもく"ま"と後ろにアクセントを置いて可愛らしさを排除)すんなりと熊の恐ろしさを分かった上で読み進められたけど、都会の人にとってはひとつのファンタジーなのかな。
113/140
Posted by ブクログ
「10の奇妙な話」を読んでからこの本が読みたくて読みたくてしょうがなかったので、文庫化により再度発売されたことがとても嬉しかったです。
読み終えて、期待していたものがここにあった感動がすごくてさらに嬉しかったです。
あとがきと解説もとても良くて、この美しくて寂しくて、ユーモラスで残酷なお話をより深く楽しめる内容となっていました。
エドワード・ゴーリーやランサム・リグズの雰囲気が好きな方におすすめの一冊です。
Posted by ブクログ
1 精霊熊
2 罪食い熊
3 鎖につながれた熊
4 サーカスの熊
5 下水熊
6 市民熊
7 夜の熊
8 偉大なる熊
「先に読むことをお勧めする」というあとがきにある通り、8つの短編(真珠)が糸で繋がって首飾りになってるような。訳者は「中編小説」と評していたがまさにそんな感じ。それぞれに異なる手触りの幻想性、ユーモラスさ、底冷えする恐怖、人間のいつもの身勝手さ、登場人物全ての生き物としての物悲しさがある。並べるとグラデーションをより楽しめるし、最も気に入った章が他の印象も引き上げる。
1000年前に国内の熊を絶滅させたイギリス人だからこそ書くテーマ、読み込める空気なんだろか。
身なりのいい下卑っていうか、こういうのは海外小説の味っていうんですかね。
8編どれもいいけれど、潜水夫の熊を書いた「市民熊」がいいなぁ。
デイヴィッドロバーツの陰鬱キュートなイラストも、熊の目には猜疑心や諦めが、人間には愚かさが見事に描かれていて文章とマッチしてる。
Posted by ブクログ
短編集だけど順番に繋がってはいる。熊たちの漫画のような行動はさておき、一部ノンフィクションのような気もする。タイトルから連想されるようなおとぎ話というよりかは、どちらかと言えば神話めいている。「イギリスの熊神話」的な。ひょっとしたら世界中の神話も、こうやってフィクションとノンフィクションをミックスして出来ているのかな…
とりあえず今掴めているのはこれくらい。あとは読んできた内容・情景が蜃気楼のように今も脳内でゆらめいている。自分の頭において、ここまでレビューに困る作品は久々かもしれない。
現にイギリスには野生の熊が生息しておらず、本書では彼らがいなくなるまでの経緯を時代ごとに辿っている。語りのスタイルが(恐らく)著者の想像に史実を加えたものであるため、神話めいて見えるのはそのせいかもしれない。
灯りが発達していなかった時代に夜の悪魔として恐れられていた「精霊熊」、人間の格好で危険なパフォーマンスを強いられていた「サーカス熊」、ロンドンの下水で雨水などを川に流す労役につかされていた「下水熊」など、本書では8種のイギリス熊が登場する。
全体的な印象としてはみんな賢くて、獰猛で、静か。
知恵が回り、時には非情に手を下す。ラスト2章の「夜の熊」「偉大なる熊」においては、どこからともなく現れ人間にすら気配を感じさせない静けさをたたえていた。こうやって振り返ると、彼らはグレートブリテン島にしばし降り立っていた神の化身とすら思えてくる。
化身でいうと、人間のフリをして生きていた「市民熊」が自分にとっては強烈だった。
そのシチュエーションはさることながら、何でそうなったのかが読んでも分からず…。思わず訳者あとがきと解説に助けを求めてしまった。(ある程度助けになったので、他のお話でも混乱した際はここに駆け込むことをお勧めしたい)
「市民熊」は終始潜水服に身を包み、素顔を見せなかったという潜水士(あるいは潜水熊?)ヘンリー・ハクスリーと、人間の相棒ジム・ストゥーリーの物語。潜水士をしながら、いったい彼は何を見てどう感じていたのか…。挿絵を参考にしても、潜水ヘルメットをされていては何も伝わってこない。
人間のフリをしていたというのはあくまで推測みたいだが、熊が熊で在れなくなった原因から考えていく必要がありそうだ。
昨年日本国内でも、熊が住宅街で発見されたり住民を襲撃するといった事件が多発していた。熊と人間との共生を巡って、人間同士の意見が対立する様子もメディアでよく報じられていた。
動物園くらいでしか熊に会ったことがない自分には何も意見が出せず、読後の今もどうすれば良いのか分からずにいる。
ただ一つ。
本書を通して伝わってきたのは、天下の大英帝国でも共生に四苦八苦していたこと。
国中から熊がいなくなるとはどういうことなのか…。そう思いを巡らす読者の心に影を落としていくことだろう。
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれて買った本でした。
イギリスに熊がいないことも知らずに読みました。
グレートベアに導かれてイギリスを逃れた熊たちが幸せに暮らしてほしいと願うのは、人間のエゴなのだろうと思いながら、本を閉じました。
デイヴィッドロバーツの挿絵が気に入り、他の絵も色々と見てみたいと思いました。
Posted by ブクログ
片手で癒される文庫本、大人の絵本。
イギリスと熊の関係、熊は絶滅していたとは・・・。
イラストの熊も日本のイメージとはかなり違う。
お話とイラストがシンクロして、おとぎ話のようでもあり、イギリス社会の風刺でもあり、明治期日本文学の幻想物にも近い。
挿絵のミック・ジャクソンの作品にとれも惹かれた。
子ども向けに書かれたものとは、ちょっとテイストが違うようだ。
Posted by ブクログ
実話と寓話の境目なのか
本当の話かと読んでたら、ファンタジーになってくるし、これ嘘と思ってたら実話みたいだし
挿絵と相まって、あやふや加減と熊の可愛さで一気読みだった
精霊熊と下水熊が好き
ツーツリー島ってどこ?
Posted by ブクログ
英国人作家の寓話集で、イギリスで絶滅した熊に捧げる8篇からなります。個人的に英国文学は不案内ですが、いかにもな?皮肉とユーモアが満載の大人向けの短編集と感じました。
興味をもち手にする方への助言です。訳者の田内さんのあとがきに、本書に限って本編より先に読んでいただきたい、とありました。えー、読んじゃいましたよー! 仕方ありません…トホホ。イギリスの熊史を把握すると理解が進むんですね。
凶暴な熊と人間の長きに亘る格闘の結果…と勝手なイメージは、見事に裏切られました。8篇全て、熊たちの悲哀に満ちた声が聞こえてくるようです。
この時代の熊が、いかに人間に振り回されていたかが解ります。勝手に畏怖・崇拝され、道楽の対象にされ、虐げらるなど、酷い扱いを受けた事実が淡々と綴られます。
8篇がつながっているわけではありませんが、著者の熊への贖罪と哀悼の念という点で、どこか共鳴し合っているような不思議な印象をもちました。
また、階級社会につながる側面もあり、下級労働者や身寄りのない老人などへの冷遇が、熊の扱いの関係と似ているようです。
要所に挟まれる挿絵もなかなか味わい深く、独特な雰囲気が本書によく合い、私たちの想像の幅を広げてくれる気がしました。
Posted by ブクログ
・あらすじ
かつてイギリスにいたという、恐れられたりたまに敬われたり地下で下水道掃除してたり戦ってたりしてた熊たちのちょっと不思議な短編集。
・感想
短編だけど世界観は繋がってる。
不思議な雰囲気のイラストが沢山収録されてた。
Posted by ブクログ
哀愁を感じる熊たちの物語だった。
数世紀前の動物に対する残酷な扱いが物語の背景にあって皮肉めいた寓話。
デイビッド・ロバーツの挿絵が世界観にピッタリ。
解説を読んでイギリスには実際に熊がいないことを知った。最後の話はタイトルに繋がっていて、子どもの頃にこの物語を聞かされたら本当のことと信じてしまうかもしれないと思った。
Posted by ブクログ
タイトルどおりの結末へ導かれる八篇。
挿絵があるので、奇妙なお伽話のような読み心地でした。
どうして熊が愛されるのか。人間性を見出そうと試み続けられ、古今東西あらゆるキャラクターになっているのか。
考えてみると確かに不思議です。
Posted by ブクログ
なんとも不思議な本である。
イギリス人は熊を絶滅させてしまったと言う話は聞いていたので、熊絶滅に至る物語を時代を追ってやや幻想風に書いた連作かな、と思って読みはじめたのだが。
どうも、必ずしもそうではなさそうだ。
どこまでが史実で、どこが寓話で、どこからが伝説なのか、奇妙にぼやけてわからない。
途中までは、たしかに伝承に基づいた実話だろう。熊は森では恐れられ、サーカスでは虐待されてきたのだろう。だが、その先は?
史実として熊が下水掃除をしたり、潜水士をしていたわけがないと思う。
この辺は寓話なのだろう。
だが、その光景は妙に心に届く。
たぶんこの本は、伝承であり、史実であり、寓話であり、伝説であり、幻想なのだろう。
それにしても、熊たちが受けてきた理不尽な虐待には心が痛み、暗い気持ちになる。
イギリスを去っていく熊たちの姿が見えるような。
そんな気持ちになる一冊でした。
Posted by ブクログ
タイトルと表紙の絵に惹かれて借りた本。イギリスという国は、熊を絶滅させてしまった国なんだな。
表紙の絵の話は人も熊もお互い何も悪意はないのに、いや寧ろ信頼関係で結ばれていたのに、身体的理由のために、人が砕かれてしまう話。これは悲しかったな。
Posted by ブクログ
イギリスが生み出した(^(エ)^)キャラは有名なのに、この国では11世紀には野生の熊は乱獲により絶滅、動物虐待ショーをするために熊を輸入していたそうだ。
そもそも人間が生み出したキャラクターたちとその生態とにこれほどギャップが激しい動物も珍しいのだが、本書に登場する熊は、熊本来の野生と我々が熊に感じる独特の神秘性を備え、8つの話に見事に収められている。(ちなみに私のお薦めは「下水熊」)
短編集ではなく、串刺しで読まないと意味がない。
話(時代)の順に、熊たちは森から町に近づき、聖性を失い、人に虐げられるようになる。いつも彼らに言葉はなく、荒ぶる野生を抑えながら運命と諦めるがごとく哀しく生きるが、チャンスを得ては逃げる。話を追うごとに人間社会に紛れ込んでいるのだが、また逃げ、最後は・・・。
イギリスの熊は絶滅したのではなかった。人間が愚かで滑稽な生き物であることを、こんな描き方で表現できるなんて!
可愛くないデイヴィッド・ロバーツの挿絵も味わい深い。クマチャンは可愛くなくていいのだ。