あらすじ
アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、養子としてやってきたアイ。 内戦、テロ、地震、貧困……世界には悲しいニュースがあふれている。 なのに、自分は恵まれた生活を送っている。 そのことを思うと、アイはなんだか苦しくなるが、どうしたらいいかわからない。 けれど、やがてアイは、親友と出会い、愛する人と家族になり、ひとりの女性として自らの手で扉を開ける―― たとえ理解できなくても、愛することはできる。 世界を変えられないとしても、想うことはできる。 西加奈子の渾身の叫びに、深く心を揺さぶられる長編小説。
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Posted by ブクログ
アイに限らず、人は生きる権利・目的・根拠を求めていると思う。望んだか否かにかかわらず、それは強いほど、長続きするほどよい。
血のつながりは生まれてきたのは正当性を担保するため。
震災の渦中に自ら残ったのは、不幸な運命に自分が選ばれたと証明するため。
しかし当事者性を持ったにもかかわらずアイが激しく苦しんだことがある。流産である。
そこでアイは、不幸の当事者でありたいと願うのは傲慢であったと心から理解する。世界中の死者数を数えて苦しみを摂取していた彼女は、たった一つの命が消えたことに絶望した。
さらにアイにとって理解できないことが訪れる。ミナが中絶することを打ち明けた。アイは非常に大きな怒りを覚えることになるが、しかしこれは必ずしも悲劇ではない。
大好きなミナを許せないという感情は、細切れに分析されることなくそのままアイの中に残った。起こったことを細かく分割することなくそのまま感じ取り、受け止める心が育ったのだと思う。
ミナに会いに行く途中、アイは事故で亡くなった、たった一人の子どものために泣いた。確かに存在していた彼の人生を思って。
彼の名はアリラン・クルディ。以前のアイでは死亡者数しか見えていなかったであろう。
幾多の苦しみの末、彼女は感受性に開かれた。
たとえ経験していなくても、海の向こうで死んだ子どもを思って泣くことができる。砂浜の感触を、海の冷たさを、花束の色彩を享受することができる。ミナが子を産む決意を、心から祝福することができる。
今や彼女は、生きる権利を探す必要はない。外に意味を求める必要はなかったのである。世界を見て、喜び、悲しみ、愛でる自分がいる。iの定義によって複素数の世界が開かれるように、アイが感じ取る世界があるから、アイは存在する。
Posted by ブクログ
主人公のアイの複雑な生い立ちや繊細な性格について考えさせられた
世界中で起きている様々な災害、戦争、事件、宗教対立について自分ごととして調べてみようとおもった
Posted by ブクログ
毎日世界のどこかで争いがあり誰かが死ぬ。誰がいつどんな形で生涯を終わらせるかそれは誰にも分からない。自身の境遇について欲を言えばキリがない。しかしこの世に生まれて好きなものを食べて屋根のある場所で寝れて好きな人と過ごすことができていることに感謝。親ガチャ、上司ガチャ、皆それぞれ思うことはあると思うが必死に生きて幸せを噛み締めたい。全て思い通りにはならないけどあなたを愛した人はこの世に存在する。生まれてきてくれてありがとう。
Posted by ブクログ
2025.7.5
話の進め方、間の取り方がすばらしい。一気に読んでしまった。読まされてしまった素晴らしい文章力。10年経った今でも鮮明に思い出すあの報道写真。それを元にした一冊なんだと分かったのが物語の最期・・・。それを知ってまた最初から読みたくなる。あまり西加奈子さんの本を読んでこなかったけど、全部制覇してみたいなと思わせる本でした。
Posted by ブクログ
私は生きている
かつて、自分も主人公のような気持ちを抱えていた。なぜ自分は生きているのか、なぜ、自分じゃなかったのか。どうして日本にいるのか、恵まれた環境にいるのか。本当にありがたくて、申し訳なくて、ほかの人生に思いを馳せた。世界の端を知って途上国に行きたいと思った。2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件をきっかけに、国際関係へと進路を決めた。
でも、何より怠惰だった。まじめに勉強することを嫌った。目の前の娯楽におぼれた。その端々で、得た薄い情報で、胸を痛めた。そしてその程度の浅はかな知識と感情で胸を痛める自分を恥じた。
全てを知りたくて、でも知るための行動は起こせなくて、数少ない情報も消えゆいて、未熟さに堕ちる。
もっと学びたい。そう思う話だった。
Posted by ブクログ
自分の存在が不確かで、どこに属しているのか分からず不安定なアイの気持ちがひしひしと伝わって来ました。何度も出て来る「この世界にアイは存在しません」の言葉が、彼女の感じる孤独を強調しているように思います。恵まれた環境にいる自分であったとしても、困難な環境にいる人々の苦しみを想像して少しでも心を寄せることは出来る。そう考えることが出来たのは自分だし、それまでいっぱい考えてきたのも自分。自分という存在はずっと存在していたことに気づくラストシーンはとても鮮烈な輝きをまとっているように感じられました。