あらすじ
有無を言わさぬ「正義」が社会を覆っている。そして、一度「差別主義」「排外主義」のレッテルを貼られると、それを覆すのは容易ではない。だが、差別と言われていることは本当にそうなのか?
『「弱者」とはだれか』の刊行から20余年。ごく普通の生活感覚を手掛かりに「差別問題」の本質を問う。
第1章 ポリコレ現象はなぜ広まるのか
第2章 非常識なポリコレ現象の数々
第3章 女性差別は本当か
第4章 性差の変わらぬ構造
第5章 LGBTは最先端の問題か
第6章 攻撃的なバリアフリー運動はかえって不利
第7章 ポリコレ過剰社会の心理的要因
第8章 ポリコレは真の政治課題の邪魔
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Posted by ブクログ
■フェミニズム思想の欠陥。それは私たちの実生活において差し障りなく流通している男女「差異」の深い意義を認めずそれらをすべて「差別」の指標の方に引き付けて解釈していしまう点である。そこには抽象的な観念で思想を立ち上げてきた人たちに特有の現実に対する鈍感さが見られる。
■フェミニズムはすべての女性が社会進出して男性と対等の待遇や地位で働くことを推奨し、それがかなえられていない場合があると「女性差別」として告発することを思想原理にしている。
■かつてユング派の心理学者・林道義氏がフェミニズムのこうした思想を「働けイデオロギー」と批判していた。フェミニストたちに刷り込まれた、そして今ではほとんどの人が異を唱えることをしなくなった「女も男並みに働くことが良いことだ」という考え方は男女の生理的・心理的条件の違いを無視している。
■LGBTの被差別者とされる該当者たちが本当に過酷な社会的差別を受けていて内部から悲痛な声を発しているのかどうか、どれくらいの人がどういう具体的な差別を受けているのか。この議論をきちんとしておかないとLGBTという「言葉」を聞いただけで彼らは差別の対象になっており、彼らの皆がそのために酷い不利益を被っているといった先入観にとらわれてしまいがちである。「とにかく差別はけしからん」という観念が支配的なイデオロギーとしてまずある。そこに先入観が加担する。すると何を差別と呼ぶのかという理性的な議論も行われないまま、声がデカいごく少数の人の感覚に依拠した言い分がそのまま公式的に認められてしまう。