あらすじ
じつは日本でデジタル化が進んでいないのはなぜか? 2021年秋に発足するデジタル庁がやるべきことは? 「日本のインターネットの父」と「天才プログラマー」が語るインターネットの未来。日々、IT、DXによって世界が激しく進歩、変化するなか、インターネット文化の普及、インフラの充実に貢献し続ける村井純と日本のデジタルを支え続ける竹中直純が対談。日本のインターネットを総括し、「この国のデジタルのかたち」について語り尽くす。
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Posted by ブクログ
日本のインターネットの父と称される村井純と天才プログラマーの竹中直純による対談。
13歳違いの両者の先輩、後輩関係が言葉遣い(俺と僕)に表れており面白い。
以下は私の備忘録。
・コロナ拡大時にリモートワークで電波が繋がりにくかったのは、集合住宅での電波の奪い合いと、Wi-Fi2.4GHzの周波数が乱れやすい性質にある( 5 GHzは繋がりやすい)
・コンピューター黎明期でのソフトウェアの汎用性を推進したのがオープンソフトウェアの元祖、ユニックス
・WWW(URL)はネット検索は世紀の大発明
・英語オンリーのネットの世界を日本語を含めた多言語化したのが村井純氏の功績
・フランスや外国の書籍は左開き(日本と反対)だったので、「キャプテン翼」では印刷が反転して左利き足の選手が多くなったので、ネイマールは日本のサッカー選手は左利きが多いと思っていたらしい(2013年以後は右開きとなった)
・暗号通貨は、犯罪に悪用される(身代金の支払いをビットコインにすればお金の流れが把握しづらく、どこでも換金できる)
さらに、今も話題のネット規制の問題点もこの対談でも取り上げている。両者の基本スタンスは、「ネットでイジメが起きて自殺者がでた」⇒「ネット規制」という方向ではなく、「イジメが起きないクラスをつくる」のが正解としている。
とはいえ、ネットの中毒性は広告収入のため意図的にネット滞在時間を伸ばそうとするIT会社の基本戦略でもあり、便利さに伴う負の側面にも目を向けるべき。特に近年、判断力の乏しい若年層対策として、スマホ閲覧時間の制限などが各国で実施され始めている。
また、本書には取り上げられていないが、日本のコンピューターウイルスからの脆弱性(理由と対策)にも言及して欲しかった。
【村井 純(1955年3月29日 - )は、工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)。専門は情報工学(コンピュータネットワーク)。慶應義塾大学教授(有期)、慶應義塾大学名誉教授。JUNET設立者。WIDEプロジェクトFounder。デジタル庁顧問。
父は、教育学者で慶應義塾大学名誉教授の村井実。母は、音楽学者でフェリス女学院大学名誉教授の村井範子。外祖父(母方の祖父)は、教育学者で広島大学名誉教授の長田新。日本におけるインターネット黎明期からインターネットの技術基盤作り、運用、啓蒙活動等に関わり続けている。インターネットが日本国内で一般開放・商業利用された1993年にはインターネットイニシアティブ (IIJ) 特別技術顧問やJPNICの理事長に就任するなどネット普及期に貢献を続けて1995年の新語・流行語大賞に「インターネット」でトップテン入賞し、受賞した。「日本のインターネットの父」とされ、「ミスター・インターネット」と呼ばれることもある。英語圏では「インターネット・サムライ」のニックネームを持つ。
広域ネットワーク上で日本語を使えるようにすることにも尽力し、UNIXやC言語を国際化する動きと連携をとりながら、英語中心だった初期のインターネットを多言語対応へと導いた。
1995年より東南アジアの研究教育ネットワークの開発、発展に尽力し、東南アジア各国のインターネットを牽引する研究運用人材を多数輩出。
2000年から2009年及び2012年から2021年、内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員[2] として、e-Japanの実現に向けた数々の提言と施策の推進に貢献したほか、内閣府のみならず、各省庁委員会の主査や委員を多数務める。2020年10月より内閣官房参与(デジタル政策担当)。2021年9月よりデジタル庁顧問。
2007年8月2日総務省の諮問機関である情報通信審議会において、「コピーワンス」(デジタル放送の著作権保護方式)の代わりに子コピー9回、10回目にムーブという「ダビング10」を提案した。(ウィキペディア)】
【竹中 直純(1968年〈昭和43年〉8月15日 - )はハンドルネームはnt。eチケット・2ちゃんねる検索・モリタポ・コッソリアンケート・レコミュニ(現OTOTOY)・BCCKSなど、多くの電子商取引・電子通貨・音楽配信などの設計・システム開発に携わった。
福井県敦賀市出身。大阪府立大学総合科学部中退。イレギュラーズアンドパートナーズ(I&P)取締役、未来検索ブラジル代表取締役社長(創業者)大統領、株式会社東京産業新聞社代表取締役社長、タワーレコード取締役兼最高技術責任者(グループCTO)、ナップスタージャパン取締役、2ちゃんねるIRC管理人、ニワンゴ取締役などを歴任。
現在はディジティ・ミニミ代表取締役社長(1997年6月の創業より関わる)、未来検索ブラジル代表取締役、東京プラス取締役、武蔵野美術大学非常勤講師、株式会社BCCKS取締役(創業に関わる)、オトトイ代表取締役(創業に関わる)、デジタル・スタジアム(NHKBS2)で2003年からキュレーターなどを務めている。
1990年代中盤から2000年まで坂本龍一のインターネット上での表現活動(「D&L Tour」「f」「Trio Tour」「LIFE」など)をサポートした。 村上龍とも交流があり、『希望の国のエクソダス』の主人公の一部は竹中直純をモチーフにしている。 また川端裕人の『The S.O.U.P.』にも執筆協力をしている。 音楽(特にテクノ)とガンダムと自転車とフルーツを好み、アートに造詣が深い。 サイバーエージェントの藤田晋と同じ、福井県立武生高等学校出身である。 2009年3月、NHK BS1の報道番組『今日の世界』でTwitterが特集され紹介された時のコメンテーターである。(ウィキペディア)】