後藤謙次のレビュー一覧
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安倍~野田内閣。一年おきに首相が替わる時代。どの首相も思うような政権運営ができなかった。特に麻生内閣は解散のチャンスを何度も逃したのが痛かった。民主党政権は良くも悪くも各首相の個性が強烈で面白かった。個性は違えど皆小沢一郎に翻弄され続けたわけでもあるが…。
安倍~野田は小沢一郎、森喜朗、青木幹雄、古賀誠といった55年体制下の派閥政治を知る人物の影が見え隠れし(特に民主党政権は小沢一郎に翻弄され続けた)、首相=与党代表の力が思うように発揮できなかったが、現在では安倍晋三が小選挙区制下での強い執行部のロールモデルを確立している。ポスト安倍の政治運営がどうなるのか気になるところである。 -
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第5巻ということで、この政治史は2016年から始まる。
悪夢の安倍政権だ。
前半こそアベノミクスで円安株高日本経済復調、なんて浮かれていたが、
後半はその奢りか、悪い面ばかり出てくる。
天皇退位はうまく乗り越えた感はあるが、
モリカケサクラに始まる奢れる自民のふるまい。
アベノミクスはここにきて日本が衰退国になった原因とされているし、
モリカケサクラの奢りは統一教会、裏金、その他非常識な議員のふるまいへと
受け継がれている。
ついでに、東京都知事選の小池旋風、都民ファースト、希望の党、排除、、、
結局は同じ穴の狢だったが、それでもここで安倍政権を倒しておけば、
ここまで現在の政治の混迷はなかったはず。
リアルタイムで把握していた平成政治史。
なんだか読むのがつらく、悲しい。
どうすれば新しい政治が作れるのか。
今のような下らん奴らが甘い汁をすすり、
何の罪もない子供たちが給食のない夏休みに怯えるのか。
シングルマザーと、政治家と、大企業の経営者の差はなんなのか?
勉強したから?いい家庭に生まれたから?
それだけで説明するわけにはいかないだろう。
そこをただすのが政治だろう。
この本には残念ながら救いはない。
今の岸田政権も酷いが、安倍政権も似たようなものだった。
それでも政権は倒れなかった。
その程度の国民なのか。
それとも、統一教会と裏金で、さすがに見捨てるのか。
しかし、、小池都政は続いたからなあ、、
NHK朝ドラが放送する朝鮮虐殺を認めない都知事。
悪いことをしても認めないのはいい子ちゃんのやることだ。
今の世襲議員や偏差値エリート上りはそんなもんだろう。
小池さんは違うような、、、
平成の歴史は終わったが、続きはこれからだ。
・・・もう令和何年かわからない。和暦はやめてほしいね。
序 章
第一章 第三次安倍再改造内閣
1 長期政権の折り返し
2 急展開する天皇退位問題
3 米大統領にトランプ登場
4 プーチン来日
第二章 見え始めた政権の「陰り」
1 拡大した森友問題
2 近づく衆院解散の足音
3 憲法改正への“奇手”
第三章 政権揺るがす「小池新党」
1 拡大する「モリカケ」
2 「都民ファースト」旋風
3 「民進党よ、どこへ行く」
4 「希望の党」
5 「小池劇場」に幕
6 視界に入った「平成」の終わり
第四章 激変する世界情勢
1 揺れる朝鮮半島
2 地に堕ちた財務省
3 衝撃の米朝接近
第五章 政権内部の変容
1 近づく自民党総裁選
2 安倍三選
3 増大する菅義偉の影響力
第六章 さらば「平成」
1 代替わりへのカウントダウン
2 迎えた代替わりの年
3 平成時代、最後の攻防
4 新元号は「令和」
第七章 終わりの始まり
1 最後の参院選
2 消費税率一〇%時代に突入
3 音を立てて崩れる安倍一強
4 退陣への序章
第八章 コロナとの戦い
1 コロナの直撃
2 判断を鈍らせた二つの課題
第九章 退陣へ
1 退陣の兆候
2 最長政権に幕
終 章
あとがき
主要参考文献 -
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平成という時代の歴史を、様々なテーマの切り口から振り返っています。
消費税、小選挙区の導入、沖縄問題、テロとの戦い(日米関係)、北方領土、震災、日中・日韓・日朝関係が主なテーマです。
平成の30年間は波乱が多かった時代でもあり、登場する政治家が多いので、整理して理解するのは少し骨が折れる部分がありました。
平成元年生まれとしては、物心(記憶)がある部分は、懐かしく感じながら読むことができましたが、いまの10代の中高生にとっては、やはり「歴史の読みもの」という感覚になるのだろうと思います。
一方で、単純に「歴史を振り返る」ことで終わるのではなく、平成30年現在で残っている”次世代への課題”も分析してくれていいるので、そういった部分からは「これからの時代を担う10代に語る」というねらいを読み取ることができました。 -
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読みやすかったと思う
平成になってから選挙制度かわったの知らなかった
バブルのこともいまいちよく分かってなかったし
でも時代はずっと流れが続いてるから、因果というか、自分が生まれる前の時代のこともちゃんと知っとらんと恥ずかしいなって思った
「これまでの人生で一番印象に残るニュース」っていうのは私自身もやっぱり東日本大震災かな
政治は遠い話な気がしてたけど、あれだけ大きな災害は当然幼心にも衝撃的だった
それでももう正直自分の中で過去になりつつあって、ニュースや本読んでてその度に「いや、まだ過去じゃない」って思い知らされるんだけど
コロナは早く過去の事にならないかな、令和は将来どうやって語られるんだろう
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平成30年に、平成の終わりが決まった頃に書かれた本。フリーのジャーナリストが記者時代の経験(かなり外交の中枢にも取材している)も含め、政治、経済、外交を中心に平成を振り返る。
悪いことばかりではないが、やはり「安定はすれども右肩下がりの時代」だったか。何となく明るい時代ではなく、日本という国を振り返ると「絶頂期を過ぎ、今後の行く道を模索して混迷し続けた時代」な印象だ。
短期間に大きな自然災害にも遭遇した時代だ。特に震災に関する部分は当時の緊張感や悲惨な状況とともに、救助に当たった人たちの尽力が伝わってきて読みごたえがあった。
元号が変わるというのは世界の歴史の流れの1コマというだけでなく、日本にとってはやはりひとつの大きな区切りになるようだ。 -
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ネタバレ平成政治史3
~幻減の政権交代~
著者 後藤謙次
岩波書店
2014年12月25日 発行
平成政権クロニクルとでもいうべきシリーズ本、最終の3は、昨年12月に出たのですが、やっと順番が回ってきました。
今回は下野を目前とした自民党政権末期、第一次安倍、福田、麻生、そして、民主党の鳩山、菅、野田と続いた政権についてたどっております。
このシリーズ、竹下内閣からスタートしていますが、当時と比べると裏の駆け引きが少ないのか、著者の切れ味が鈍ってきているのか、あまりおもしろみがありませんでした。
でも、さすがに言われると、ああ、そんなことあった、あった、ということばかり。たまにはこういうものを読んで、思い出しておかないと記憶が勝手に書き換わってしまいます。
それにしても、この6人の政権って、アホなことばかりやって、もがきまくってたんだなあと分かります。
スキャンダルあり、失言あり、漢字が読めない、空気が読めない、防衛知識クイズ風国会質問あり・・・
そして、第二次安倍政権が、いかにメディア、とくにテレビやネットをうまく利用しているのかも、読めてきます。
(メモ)
こんなこと、あった、あった、シリーズ
2006年の年の瀬。政府税制調査会の会長本間正明(大阪大学)が家族ではない女性と公務員宿舎に同居していたことを週刊誌に報じられた。外相麻生太郎は「常識的ではない」と突き放し、結局、12月21日に政府税調の会長を辞任。
福田が退陣表明した直後の2008年9月5日、農水省は大阪の米粉加工販売会社(三笠フーズ)がカビ毒や基準値を超えた汚染米を食用に不正転売していた事実を公表した。その後、不正転売した会社はさらに増え、加工販売会社に農水省大阪農政事務所の元課長が接待を受けていたことも発覚、刑事事件にまで発展した。
鳩山由紀夫の資金管理団体の政治資金収支報告書の虚偽記載問題が持ち上がった。鳩山に寄付をした覚えのない人や既に亡くなった人の名前が報告書に記載。「故人献金」「幽霊献金」と揶揄された。
参院本会議の採決で、自民党参院議員で元農相若林正俊が本会議を欠席した隣席の青木幹雄のボタンを一緒に押した。自民党の参院議員会長尾辻秀久は、民主党議員会長輿石東に動かぬ「証拠写真」を見せられた。若林は青木に詫びた上で議員辞職に追い込まれた。
2010年11月29日に参院本会議場で開かれた議会開設120年記念式典。民主党議員が秋篠宮ご夫妻に対して「早く座れよ」と発言した。ところが自民党議員の携帯電話の着信音が式典中に鳴ったことが判明した。
2011年2月28日夜、那覇市内の居酒屋で沖縄防衛局幹部と地元の担当記者との懇談会。泡盛を酌み交わしながら防衛局長は口にしてはならない女性蔑視の言葉を発した。地元紙は報道。業界用語でいう「完オフ」の縛りがあったとはいえ、局長の発言があまりにも常軌を逸していたからだった。
*田中聡局長(50)が、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古移設計画に向けた環境影響評価(環境アセスメント)の評価書の提出時期を政府が明言していないことをめぐり、女性への乱暴に例えて「犯す前に、犯しますよと言うか」と発言。
野田政権末期、赤字国債発行法案が未成立のため「11月いっぱいで国の金庫が空っぽになる攻財務省幹部)という「待ったなし」の状況にあった。
あったような気もするが・・・シリーズ
2012年9月10日。夕暮れが追った頃ニュース速報が流れた。
「松下忠洋金融担当相が自殺」
野田はうっすらと涙を浮かべた沈痛な面持ちでテレビカメラに向かった。
へーえ、そんなことあったんや、シリーズ
第一次安倍内閣が実質的に決まった2006年9月20日の自民党総裁選挙。議員票は安倍が267票、麻生69票、谷垣66票。そして奇妙な無効票が一票。「安倍普太郎」と書かれていた。晋三は思わず「父の仏前に供えたい」と漏らした。
2007年夏の参院選。小沢は中国山地を越えて鳥取県八頭町に入った。小沢には多くのテレビカメラが同道した。過疎地でビール箱に乗って演説する方がよりテレビ的だった。前首相小泉純一郎の郵政選挙は典型的な「劇場型選挙」だったが、小沢はいわば「紙芝居型選挙」で自民党と渡り合った。
福田は内閣改造前日の7月31日、麻生太郎に電話、来てくれと呼び出した。麻生は夫人と山形県上山温泉に投宿。麻生は夫人を残し東京へ。現財務相秘書官の村松一郎は「秘書がついておらず切符を買って東京に戻れるのかがとても心配だった」と振り返る。
*麻生さんって、切符買ったことないの?
政権交代後の自民党は苦しい中で賃金カットはしたものの党職員のリストラをしなかった。大島と自民党事務総長元宿仁の考え。これにより長く蓄積された自民党の選挙のノウハウの継承が担保された。2012年に自民党が政権に復帰すると、自民党は即刻職員給与を元に戻した。
鳩山総理、発の所信表明演説(2009.10.26)は、演説時間は50分を超えた。通常の所信表明演説の約二倍。文字数にして1万2905字。従来の演説にはない表現、キャッチフレーズの数々も話題を呼んだ。草稿には民主党官房副長官の松井孝治と劇作家の平田オリザだった。
ちょっといい話
各新聞社は、避難して全国に散らばった読者に対して毎朝無料で朝刊を配った。東京や神奈川の避難所には共同通信からバイク便で配達された。避難している人たちはその新間によって自分の町のことを知り、自らのアイデンテイテイーを確認した。岩手日報には読者からこんな電話もあったという。
「家が流されたので、新聞を止めてください」
混乱を続けた政治は真面日で律儀な東北の人たちの忍耐強さに支えられていたと言ってもよかった。
マスコミ抱き込み作戦
2010年7月24日の夜、菅直人は就任後初めて新聞、通信、放送各社の政治部長総勢18人と赤坂の中華料理店「樓外樓飯店」で懇談した。三つの丸テーブルに分かれた各社の部長を相手に概ね40分ずつ、菅は上機嫌でしゃべりまくったようだ。
*こんな類の話がいっぱい出てくる。信じられない。アメリカなら、記者たちは出されたコーヒーも飲まないという。
安倍側近にきくと、フェイスブックなどの発信による政治的パフォーマンスを考えているのは、「首相本人です」と即答。どのテレビ番組に出演するかの選択や演説の内容まですべて安倍自身が決めるというのだ。「フエイスブツクや携帯メールの打ち込みの速さは女子高生レベル文同)という。
驚きは読売テレビの人気番組『たかじんのそこまで言って委員会』にわざわざ大阪まで足を運んで出演したことだ。かつて準レギュラーとも言えた番組への思い入れは理解できたが、現職首相の大阪のバラエティー番組への出演は前代未聞だった。
慣行無視の安倍のメディア戦略に今のところ各メデイアはやられ放題で沈黙を強いられる。時には政権の“応援歌”のような記事にも遭遇する。ことさら政権を貶める必要はないが、是々非々を明快に論じないメディアはネズミを捕らないネコと同じだ。メディァの存在価値が厳しく問われている。 -
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ネタバレ平成政治史1
後藤謙次著
岩波書店
2014年4月17日発行
著者は、長年、共同通信記者として活躍、テレビでもお馴染みの顔で、筑紫哲也ニュース23でも筑紫哲也の病欠中と降番後にメインキャスターをしていたジャーナリスト。
長年の政治記者としての経験と記録、そして多くの資料を基に書いた平成政治史、全三巻の第一巻。政治史っていうより、政権クロニクルという感じ。昭和と平成にまたがって総理大臣をした竹下登から順に、総理大臣ごとに章立てて出来事をまとめているが、第一巻は1998年、平成平成10年に辞任した橋本龍太郎までの話。「ああ、そんなこともあったな」と思い出すこと多し。また、報道はされていたがあまり知られていないことも書かれているので、なかなか興味深い。あんまり裏話はない。
マスコミで活躍してきたジャーナリストだけにバランス感覚があり、極論やかんぐり、自身による評論はなく、淡々と詳しく綴っている。資料として、置いておくと役に立つ本でもあると思います。
当然、総理在任期間に応じてページ数が違ってきますが、一番短いのは宇野宗佑で、本文419ページ中、わずか12ページしかない。在任期間2ヶ月。この名前すら忘れていたという人も多いのでは。私は、個人的にはこの人、嫌いではありませんし、総理大臣にまたなってくれてもかまわない(もう死んでますけど)。
この第一巻を読んで浮かび上がってくるのは、権力の二重構造という側面。その主役が小沢一郎という人。ほとんどの章においてその名が頻繁に出てくる。宇野内閣は暫定的な傀儡政権で、「竹下院政」と言われていた。リクルート事件で辞めざるを得なかった竹下登が陰の総理でした。そして、そこで活躍したのが小沢一郎。
海部内閣は、小沢の完全な傀儡だったということがこの本でもわかる。その後、新進党の党首に海部を担ぎ出し、政権を狙ったのも小沢。「一龍」対決に負けたけど。また、有名な「小沢面接」によって選んだ宮澤内閣においても、裏で大きな力を持っていた。
そして、もちろん、細川内閣、羽田内閣。
それにしても、阪神・淡路大震災、オウム事件、ペルー日本大使公邸人質事件、湾岸戦争、そして金融危機などなど、大変なことが次から次への起きた激動の時代でしたね。今とは比較にならないのでは。
第二巻はまだ手許にありません。早く読みたい。第三巻は12月25日に発売だとか。
▼ちょっとしたこぼれ話で、面白いこともありました。
・細川総理退陣後、小沢一郎は渡辺美智雄(みんなの党の渡辺前代表の父親)に対し、何人か引き連れて自民党を飛び出してくれ、総理にするからと誘った。これに対し、若手、中堅5人がまず飛び出し、渡辺ミッチーの離党を促した。渡辺ミッチーも後日、決断して、返事するといっていた約束の時間には間に合わなかったようだが、小沢一郎に電話をした。しかし、数十分違いで小沢は外出。ミュージカル「ピーターパン」を観劇していた。その数十分のズレがなければ、細川の次は渡辺ミッチーが総理大臣だった。(248)
・社会党、村山富市総理がナポリサミットへ行った時、張り出されていた歓迎ポスターは、日本の総理の顔が羽田孜のままだった。差し替えが間に合わなかったとのこと。苦笑したらしい。(287)
・YKK(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎)のことを、小泉は「打算と友情の二重構造」と自ら語っていた。(378)
・ペルーの日本大使公邸人質事件で、青木大使は、人質の健康維持などのためにラジオ体操をしたり、日本語教室などを開いたりして、ゲリラ側から「セニョール・エンバハドール(大使さん)」と呼ばれていた。(380)
・オウム事件の時、羽田発函館行きの全日空機が銀行員(確か東洋信託銀行だったはず)によりハイジャックされ、犯人が麻原の釈放を要求する事件があった。乗客・乗員365人の中には加藤登紀子がいた。(320)
・橋本改造内閣の時、中曽根元総理からの強い要望でロッキード事件の佐藤孝行を入閣させた。強い批判にさらされて11日ほどで更迭、後任に小里貞利が起用されたが、小里は日本ハーレーダビッドソン協会名誉顧問をする程のツーリング好きで、歴は40年を超えていた。佐藤の後任として総務庁長官に決まった時も妻をサイドカーに乗せて阿蘇山麓をツーリング中だった。所在不明となり、警視庁の手配で非常線が張られ、警察の車で大分空港から東京に戻るというハプニングがあった。(395) -
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感想という感想もないので、とりあえず、歴代の内閣について、開始終了月、期間、本書での記載ボリューム、在任月当たり記載ボリューム、を並べてみた。
小渕恵三内閣 1998/07~2000/04 1年 9か月 103頁 4.9頁/月
森喜朗内閣 2000/04~2001/04 1年 0か月 65頁 5.4頁/月
小泉純一郎内閣 2001/04~2002/09 1年 5か月 101頁 5.9頁/月
小泉純一郎内閣 2002/09~2004/09 2年 0か月 95頁 4.0頁/月
小泉純一郎内閣 2004/09~2006/09 2年 0か月 78頁 3.3頁/月
こうしてみると小泉内閣の在任期間の長さは驚異的。
森内閣は本の中では超短命内閣と呼ばれていたけれど、宇野内閣なんて2か月だから、それに比べればましな方か。ゴルフの記憶しかないけれど。 -
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感想という感想もないので、とりあえず、歴代の内閣について、開始終了月、期間、本書での記載ボリューム、在任月当たり記載ボリューム、を並べてみた。
竹下 登内閣 1987/11~1989/06 1年 7か月 37頁 1.9頁/月
宇野宗佑内閣 1989/06~1989/08 0年 2か月 13頁 6.5頁/月
海部俊樹内閣 1989/08~1991/11 2年 3か月 53頁 2.0頁/月
宮澤喜一内閣 1991/11~1993/08 1年 9か月 85頁 4.0頁/月
細川護熙内閣 1993/08~1994/04 0年 8か月 57頁 7.1頁/月
羽田 孜内閣 1994/04~1994/06 0年 2か月 39頁 19.5頁/月
村山富市内閣 1994/06~1996/01 1年 7か月 69頁 3.6頁/月
橋本龍太郎内閣1996/01~1998/07 2年 6か月 73頁 2.4頁/月
3年続いた内閣はこの期間にはないんだな、とかいう、事実の確認もできた。それから、竹下登内閣、宮澤喜一内閣は、ほぼ同じ期間だけど、記載量は、竹下登内閣が断然少ないのは、著者のキャリアが影響しているのか、それとも、竹下登内閣が比較的安定していたのか(=つまらなかったのか)、とか。消費税導入したんだから安定どころではなかったと思うけど。