ジョンソン祥子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
アメリカ・ミシガン州に住む人間の男の子・一茶君と、柴犬の男の子・マルの日々を綴るフォトエッセイの第4弾。写真とエッセイは一茶君の母、ジョンソン・祥子さんによる。
ミシガンの美しい自然。かわいい男の子。ハンサムな柴犬。
スタイリッシュな写真と心温まるエッセイ。
シンプルだけど大切なものを思い出させてくれるようなシリーズである。
前シリーズでは赤ちゃんだった一茶君ももう4歳。立派な幼児である。
表情もずいぶんとお兄ちゃんぽくなり、マルを追いかけていた小さな子は、すっかり庇護者の雰囲気を漂わせている。
それでも2人の間に流れる信頼感は変わらない。
ぼくはきみが好き。きみもぼくが好き。
ことばにならない想いが2人をつなぐ。
犬と暮らすことはそうそう楽なことばかりでもない。
「だが」と、祥子さんがエッセイの1編に書いている。
「ある日、自分が犬に飼われることになる」としたらどうか、と。
トイレに行きたければ近くの村まで犬に連れて行ってもらわなければならないし、食事も犬のおすそわけ。お風呂に入りたいと言えば面倒がられ、淋しくて泣けばうるさいと叱られる。そのうえ、「手が掛かる」と言われたらもう絶望してしまうだろう、と。
この発想は自分にはなかった。少なからず驚いた。
しかし、他者の身になるということは、あるいはそこまで考えることなのかもしれない。
犬は過去を悔いない。未来を危ぶまない。
常に全力で今を生きる。そのひたすらさが胸を打つ。
犬はときに、哲学者のような顔をする。
犬はときに、人を哲学者のようにする。
犬は人に寄り添い、人は犬に寄り添う。
そんな風に、ともに「いま」を生きていきたい、とふと思う。
あらたまってそんなことを言ったら、犬も子供も、「そんなのあたりまえ」ところころ笑うかな。 -
Posted by ブクログ
『ことばはいらない』の続編、というか姉妹編である。
前作はほぼ写真のみだったが、本作では母・ジョンソン祥子さんのエッセイが付く。
時系列的にはこちらの方が前に当たる。赤ちゃんである一茶くんが家族の一員となり、成長していく1年間が綴られている。
少し変わった毛色で凜とハンサムなマルは、赤ちゃん誕生の前からジョンソン家にいた先住犬だった。祥子さんは一茶くんの出産にあたり、マルが赤ちゃんを受け入れることが出来るよう、さまざま気を配る。
マルは「不思議な生きものが来たよ」とばかりに、やや警戒し、そして焼き餅を焼く。
少しずつ心を開き、赤ちゃんに近付いていく犬。
初めは怯え、だが次第に興味を持ち、仕舞いには犬を追いかけ回し始める赤ちゃん。
祥子さんのカメラは、一茶くんの表情はもちろん、マルの気持ちも的確に捕えている。日々、ふたりを見守っていることがよくわかる。
異国の子育ての心細い日々。
ミシガンの長い冬の後の短く輝かしい夏。
個人的にはこのあたりを綴ったエッセイにもとても共感を覚える。
スタイリッシュでかつかわいい。ほのぼのと愛にあふれた写真が満載である。
眺めていると、とてもしあわせなのだ。なのに何だか涙が出てしまうのだ。
このしあわせが一瞬だと知っているから。
一茶くんはやがて走り回るようになり、マルも後を追うだろう。野球に夢中になるかも知れない。それともサッカーかな? マルも試合に付いていくかもしれない。一茶くんの友だちとも楽しく遊ぶかも知れない。
それもまた、フォトジェニックなことだろう。
けれど。
めぐり来る夏は、去っていった夏とは違う夏。
一茶くんはやがて大きく成長し、マルは年老いて行くだろう。たくましくなっていく一茶くんをよそに、マルは静かな日々を過ごしていくようになるだろう。そして、いつかは別れが訪れる。
だからこそ、この瞬間がいとおしい。
そんな一瞬を封じ込めた、珠玉の写真集である。