黒川祐次のレビュー一覧
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ウクライナは、同国語で、ルーシー、つまり、ロシアの語源なのだ。ロシアはウクライナから分かれていった国とある。その関係は、モンゴル支配終了から始まる。
ウクライナの重要性
①ヨーロッパの大国になりえる潜在力 面積ロシアについて、第二位、5千万の人口は、フランスに匹敵する
②地政学的の要所である。西欧世界と、ロシア、アジアを結ぶ通路であり、地中海への玄関でもある
ウクライナの特徴
①ソビエト・ロシアと融和しているにも関わらず独自の文化、言語を保持し続けてきたユニーク性。ソ連時代は教育を奨励、ウクライナ語による学習などが盛んに。
②キリスト教ではあるが、ギリシャ正教⇒ロシア正教⇒ウクライナ正教である。ローマ教会とは一線を画す
③ユダヤ人が多い
④ 農業大国であるが、工業国でもある。
ウクライナ史概説
BC8世紀 キンメリア人 印欧語族
BC7世紀 スキタイ人がウクライナ地域を制圧、ペルシャの騎馬民族
BC2世紀にスキタイ人が滅び、いろいろな民族が対応、やがて、東スラブ人が現れ、7世紀には同時にひろがる
862年 リューリク ノヴゴロド公に キエフ公国の始まり
1240年 モンゴル軍、キエフ制圧、タタールのくびき
1502年 キプチャク汗国滅亡 タタールのくびき終わる
この間、ポーランドとリトアニアに相互支配される
コサック、始めはポーランドに味方する、登録制に、各国へ派兵される
1765年 エカテリーナ2世の南下政策により、ロシアに併合、独立が失われる
1853~56 クリミア戦争 ロシアにより、セヴァストーポリ軍港が置かれる。
1917年 第一次大戦後、一瞬独立 ウクライナ国民共和国樹立、ロシアとオーストリアに二分される
1922年 ソビエト連邦へ ウクライナは、ソ連、ポーランド、ルーマニア、チェコスロバキアの4国に分断
1986年 チェルノブイリ事故発生 ソ連への不信感が増大
1990年 350年ぶりに主権を回復
目次は以下の通りです。
まえがき
第1章スキタイ 騎馬と黄金の民族
第2章キエフ・ルーシー ヨーロッパの大国
第3章リトアニア・ポーランドの時代
第4章コサックの栄光と挫折
第5章ロシア・オーストリア両帝国の支配
第6章中央ラーダ つかの間の独立
第7章ソ連の時代
第8章350年待った独立
参考文献
ウクライナ略年表 -
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ロシアとウクライナ戦争について考えるために読みました。世界史やロシア知る度に、世間の偏りがちな潮流に違和感があったからです。
さらにウクライナを一方的に善として、日本が支援する必要があるのか?とも考えました。
この本を読み、国VS国というような固定観念はまやかしでしか無いように思えてきました。
海外の歴史は民族や人種の考え方が強く、国というフレームに偏ると物事が見えにくくなる。
多民族が入り混じる大陸のほぼ中心、さらには移住させられた人たち。
そこに国境という形を作るから、民族間の争いが起き、そこに政府が介入して争いが大きくなる。
つまり民族や人種間での争いと考えたほうがわかりやすい気もします。
どちらかを肯定する意味も無いのですが、他人の意見に流されず、感情を煽る人達に対してもフラットな目で見ていく気持ちが大事だと学びました。
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ウクライナの淵源はラテン、ゲルマンに属さないスラブ人が9世紀に建てたキエフ「ルーシ」国(ルーシはロシアなので、首都キエフをつけて区別する)、988年キリスト教化/モンゴル帝国に対抗して独自コサックが生まれ/反宗教改革の浸透で、ロシア正教から分派しユニテリアンとなった/19世紀にステップ地帯の開発で穀倉地帯になり/産業革命は労働者を必要としたが、農民は都市生活を好まず、ロシア人が多く移入した/第一次大戦も第二次も両側に徴兵/スターリンの民族抹殺/フルシチョフの寛容/ゴルバチョフの不明でロシアに次ぐ大国が独立
あらためて「国を作るのは大変だな」と思う。「国」はまず言語が分離して独立する。国境を越えたら、言葉が通じないのはいい方で、誤解されたり気持ち悪がられたり反発されたり、その文化の違いは乗り越えるのが難しい(アート・芸術では融合して新しい文華となることもある)。穀倉地帯のウクライナが2.30年代スターリンの強制徴発で数十万餓死の恨み、今も続くチェルノブイリ原発事故の被害/ソ連崩壊ウクライナ独立で置き去りになった、ウクライナ東部のロシア語母語住民… -
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ウクライナの歴史を紀元前から遡って解説。ざっくりとではあるが、そもそもウクライナの歴史を何も知らなかった自分としては十分に得るものが大きな作品であった。
また現在のウクライナに対するロシアの思惑を理解するのにも役に立つ作品である。
特に近代史は周辺国の知識もある程度あったので理解が深まった。
一方で紀元前から近代までは周辺国や民族についての解説が乏しいため、ある程度の知識がないと深い理解を得られることができなかったが、親書としては十分に役に立つ作品であった。
やはりユーラシア大陸の歴史を理解するためには、民族、宗教など全体の大きな動きを理解しておくことが必要であると痛感させられた。 -
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ロシアが侵攻するまでは、ほとんど知識もなかったウクライナ。書店で見つけ読み始めるが、ドラマチックな歴史の流れにぐいぐいと引き込まれる。
駐ウクライナ大使であった著者による紹介本だが、いまのロシアとウクライナの関係の根深さを改めて感じさせられる。1991年に独立国となるまで、大国にはさまれ、分断させられながら、自立した民族としての誇りを持ち続けた歴史の重さが、今日のウクライナの底流にあることが理解できる。
キエフ・ルーシ公国を起源にもつが、キエフはウクライナの国土にあり、ロシアはルーシから派生した名前を国名にする。ウクライナの耕地面積は日本の全面積に匹敵する肥沃な国土。ウクライナの浮沈が世界に及ぼす影響について深く考えさせられる。 -
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元駐ウクライナ大使の著者が、スキタイの興亡から、キエフ・ルーシ公国の隆盛、リトアニア・ポーランドによる支配の時代、コサックの栄光と挫折、ロシア・オーストリア両帝国による支配、中央ラーダによるつかの間の独立、ソ連の時代、そして1991年の独立に至るまでのウクライナの歴史を概説。
ウクライナの歴史を振り返ると、各方面から支配されてきた苦難の連続だが、随所でそれに抵抗してきたということがよく理解できた。ただ、ウクライナ人という、ロシア人とは異なるアイデンティティがどう形成されてきたのかは正直ちょっとよくわからないところがあった。
また、キエフ・ルーシ公国の継承者は誰なのか、フメリニツキーの協定の解釈、クリミア半島を巡る経緯など、歴史的な背景が今日のロシアによるウクライナ侵略につながっているということを認識した。
そして、これまでロシアの歴史の一部と思っていたようなことがウクライナが中心的にかかわることであったり、かわいそうな弱い国と思っていたポーランドがウクライナにとっては支配する側の国であったり、ウクライナの視点から世界史を見ることで、その見え方が変わった。 -
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今、世界が注目するウクライナ。本書は元外交官でかつてウクライナ大使もつとめた方による一書。帯には「緊迫するウクライナ情勢を知るための一冊」との惹句が掲げられているが、本書刊行は今から20年前なので、もちろん現状レポートではなく、紀元前にスキタイがこの辺の覇者だった時代からソ連崩壊、1991年のウクライナ独立までが叙述されている。
地政学上、経済上、非常に重要なこの地域に現在のウクライナのルーツともなるキエフ・ルーシ公国が誕生したのが11世紀くらいの話。東スラブ人を中心に北方のヴァリャーグ人、トルコ系遊牧民のハザールが触媒となって誕生した。キエフ・ルーシの正当な?後継がロシアだというのがロシアの主張で、ウクライナの主張とは真っ向から対立する。
キエフ・ルーシが消滅し、リトアニア・ポーランドの支配を経てこの地域の栄光と挫折を担ったのはコサック。さらにその後、オーストリアとロシア両帝国の支配を受け、第1次世界大戦前後からウクライナ民族主義が台頭。何度か独立を宣言するものの、1922年にソ連邦に編入された。
1932〜33年にはスターリンの農業集団化政策、食糧の強制挑発によってウクライナが大飢饉となる。その死者は300〜600万と推定されていて、ウクライナはこれをジェノサイドと認定している。
第2次世界大戦では人口の6分の1を失い、戦後はソ連の工業化政策によって農業地帯であったウクライナにも鉄鋼、石炭などの重化学工業が移植された。またウクライナ共産党第一書記でもあったフルシチョフによってクリミアがウクライナに委譲されたのが1954年のことであった。
ソ連が自滅したあと、ようやくウクライナ独立が達成されたが、著者は「目出度さも中くらい」な独立(p.254)となってしまった指摘していることが印象に残った。
著者が予言しているように現在ウクライナは世界の注目を浴びている。最悪な形ではあるけれども……。 -
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2002年初版発行の一冊。ロシアのクリミア半島制圧(2014年)より十年以上前の本。
しかし、今の状況を理解する助けとしては大いに役立つ一冊でもある。まあ…知らなかっただけでこうなりかねない背景があった、ということなんだろう。
いろんな民族や諸外国が行き交う複雑な歴史。正直なところ自分の理解を超えてしまった一冊であり、歴史なんだと思う。
ただ、近代ウクライナ語文学の始祖とされるタラス・シェフチェンコ氏の話あたりから、ウクライナ史やウクライナ文化を紐解く手がかりをつかみかけているように感じている。
シェフチェンコ氏は「ロシア語の方言」に過ぎず「真面目なこと、高尚なこと」を表現するべきでないと考えられていたウクライナの「農民の口語・方言と古代教会スラブ語を統合して力強いウクライナ語を創造した(p.143-145)」人物。
これが容易でないことは、日本でも地方から多くの文学者が出ているにもかかわらず、方言を使った文学作品は極めて少ないことからもわかる。その偉業を称えられ、今のウクライナの最高額紙幣(100フリヴニャ券)にはシェフチェンコ氏の肖像が刻まれているらしい。
昔から豊かな土地で、それ故に独立志向が強く、結果的に内部に権威を保ちにくい、という歴史背景は見て取れた。
コサックがその端的な例で、周辺列強(ドイツ・ポーランド・リトアニア・ロシア・トルコ・イスラム勢力etc.)からの干渉に対抗し、勇敢に戦う兵士を尊ぶ歴史が長く続いてきたし、ウクライナの人の多くがそれを誇りに思っている。ただその独立志向故に、ウクライナ全域を統べる力を持つ人が出ることはなかなかなく、居たとしてもその権威が代々続くことは少ない。
今はウクライナが一丸になってロシアという一方向に向かって対抗しているわけですが、それは長いウクライナの歴史の中でも稀な事例なのかもしれない。
ロシア帝国時代にウクライナの都市部で工業化が進んでも、ウクライナの農民は都市に出ることを好まず、かえってアメリカ・カナダやロシア極東に開拓農民として出て行くことを好んだ(p.155)話や、その独立性故にソ連の集団農業とは相性が悪くそれが飢饉の一因になった話(p.210)など、その豊かさに裏打ちされた独立志向は今の歴史にもいろいろ影響を与えている様子。
一方、昔から海運・河運の要衝で地中海・バルト海にまで交流を持つ地域。それ故にユダヤ人との関わりが深い地域であるのも興味深く。
イスラエル以前にユダヤ教を国教にしたことのあるハザール可汗国(コーカサス地方が本拠)は最盛期にクリミア半島などのウクライナ南部を勢力下においていた(p.30)し、それ以降もその金銭感覚や事務能力を買われ、「都市の商人、手工業者」や農村の「貴族の荘園の管理人」として定着し、「農民の地獄、商人の煉獄、貴族の天国、ユダヤ人の楽園(p.71)」と言われていたらしい。今でこそユダヤ人のゼレンスキー大統領が国民を率いているものの、歴史的にウクライナの庶民層がユダヤ人とうまくやっていた、というわけでもない様子。
天然資源の豊富さ故の独立志向の強さは東北史と、周辺列強の影響が強く内輪の権威を維持しにくい傾向は朝鮮(韓)半島史と、似た歴史的要素を持った地域としてウクライナを捉えたらいいのかも、という印象を受けた一冊。
残念ながら、ウクライナについての厳しい情報は今後も多く入ってくるであろう、と予想される。その情報の中から、ウクライナという国がどういう国であるのかについても学ばせてもらいたい、と改めて思った。