施耐庵のレビュー一覧

  • 水滸伝 上

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    中華北宋時代のお話。
    現代とは司法や役人の倫理観などは大違い。
    侠客肌の義賊(ゆうなれば反乱軍)達の漢らしさといったら。
    三国志などもそうであるように、腐敗官僚などの強きをくじき弱きを助かる豪傑達に惹かれる。

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    2025年08月12日
  • 水滸伝 下

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    上巻ではただ山賊たちが暴れ回るチャンバラというイメージだったが、中巻、下巻と進みにつれ勇士たちの正義感が高まってきた気がした。
    正直、108人もの好漢が登場していたため全員の名前は覚えられなかったが、それでも充分に楽しむことができた。
    また、結末は思いの外あっさりと締められ驚いた。

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    2023年08月24日
  • 水滸伝 中

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    登場人物が増えてきたので、だんだんと覚えづらくなってきた。だれが1番強いのか気になります笑
    北方謙三さんの水滸伝は巻数も多いから一人当たりのストーリーも量が多く登場人物を覚えやすいのだろうか?と思ってみたり

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    2025年08月15日
  • 水滸伝 下

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    ネタバレ

    大活劇も最後はだんだん死んでいくというのは、自分が思うに日本ではあまりない。一応世の中は平穏になっているのでそれでいいとは思うが、これでいいのか。

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    2024年07月23日
  • 水滸伝 中

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    ストーリーは実に展開がはやく、難しい裏もない。それで楽しめるのだが、なんで読みにくのかと考えると、自分からすると名前が1つにあると思う。つまり長い名前に敬称や官位をつけたりするし、略して読んだりもするし、まあすぐに考えてみるとわかるのでいいが、かといってこれを変えるわけにもいかないだろう。

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    2024年07月23日
  • 水滸伝 上

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    水滸伝を読むきっかけは筒井康隆著『俗物図鑑』なのである。きっかけが俗物だ。天保水滸伝や梁山泊という単語は知っていたが、本家本元の物語は初読み。中国の古典らしく、登場人物の行動などのスケールが大きい。物語の発端での伏魔殿に封印された108の妖魔を逃がしてしまう話は、どこかパンドラの箱を彷彿させる。軍人などそれ相応の地位にあった者が、陰謀、短気、欲望などから罪を得て梁山泊に集まっていくことろで上巻が終わる。梁山泊の頭領だった王倫が思えば哀れだ。武芸の腕はなくとも知恵で統率することもできたかも知れないのに……。

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    2024年01月10日
  • 水滸伝 中

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    前巻より戦いのシーンの臨場感がよりパワーアップした。
    一人一人離れていた好漢が縁と奇跡によって一つに集結しつつあり、面白い。
    次巻がとても楽しみ。

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    2023年05月20日
  • 水滸伝 上

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    中国のおカタイ武勇伝かと思いきや、コメディ要素たっぷりのチャンバラで驚いた。
    一人一人の主人公が少しづつ繋がっていて面白い。
    次巻がとても楽しみ。

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    2023年04月20日
  • 水滸伝 中

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    もう無茶苦茶です。武松、殺しすぎ。宋江、ピンチ招きすぎ&賄賂バラまき過ぎ。そして梁山泊の頭領たち、わりと弱い!
    上巻の主役・魯智深はほとんど姿を見せず、これが下巻で物語としてどう収斂していくか楽しみ。過去読んだはずだが、きっと里見八犬伝とごっちゃになっており、何一つ確たる憶えなし

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    2017年10月24日
  • 水滸伝 上

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    なんだかんだ周囲で話題にのぼるので。キャッチコピー的には好漢とか勧善懲悪よりも、「全員悪人」の方がしっくりくる。こんなに残虐なお話でしたっけ?昔々の記憶はほとんど蘇らず。逆に新鮮な気持ちで中巻・下巻も読み進めたく。

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    2017年10月03日
  • 水滸伝 上

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    ネタバレ

    訳者の解説にあるとおりドタバタ騒ぎの連続です。騒ぎの主役がリレー形式に変わっていくけど最終的にどうまとまっていくのか、いかないのか。

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    2014年03月16日
  • 水滸伝 下

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    下巻はとみにワンパターンな展開が多かった。解説を読むと、語り継がれた物語の集積であるとのことで納得。それでも星の運命を負った108人の好漢を梁山泊に集める都合で、次々に敵対する将軍が簡単に投降したり、双方の道士が妖術を用いた戦いが出てくると、何だか白けてしまう。宋江は梁山泊を解散し、彼が憧れの朝廷、天子に仕えるが、取り巻きの奸臣のために満足な官位も授けられず、最後には毒酒を下賜されて敢え無い最期。しかし、梁山泊、水滸伝という言葉が人口に膾炙し、八犬伝のような物語に派生する底力があったのだな~。

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    2024年01月31日
  • 水滸伝 中

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    前半の武松、途中から宋江の英雄譚らしき方向に進むのだが、どうにも浮き沈みが激しい。好漢と言われる男たちも強いんだか弱いんだかわからない。県から県をつなぐ街道には、しびれ薬を飲ませて旅人を殺す一軒家の酒屋。朝廷から地方に派遣された腐った役人。時代の一面を描いているのだろうな。そして梁山泊という権力に抗う集団が喝采をあびたのだと感じた。梁山泊は旅人、隊商、街を襲うという体質に変わりなく、生産性のない集団なんだがな~

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    2024年01月27日
  • 水滸伝 上

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    ストーリーはマンガ版とほぼ同じ。
    更に詳しいので、話しが飛ばなくて良い。
    ほとんどの漢字にはふりがなが振ってあるので読みやすい。

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    2014年11月20日
  • 水滸伝 下

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    ネタバレ

    最後の最後、全64章の第59章になってようやく108人の豪傑たちが梁山泊に集合しました。  そこに至るまでの108人の人物紹介とも言うべき、個別エピソードの数々は多分にご都合主義的、刹那主義的、ハチャメチャではあったけれどそれでも結構面白かったのと比べ、全員揃った後はバタバタと戦の話が羅列されて終わりっていう感じ(要するに手に汗握る戦闘シーンみたいなものは皆無 ^^;)で、何とも残念・・・・・。

    でもまあ、KiKi にしてみると「時の権力」 vs. 「抵抗勢力」ということで読み始めたつもりだった物語がいきなり皇帝の下っ端になるという展開に目がテンになってしまい、そっちの残念感の方がより大きかったかもしれません。  北方水滸では最後の最後まで梁山泊は梁山泊だったのにねぇ・・・・・。  ま、時代ということを考えれば分からないわけじゃないけど、ホンネを言えば 

    「何だよ。  反乱軍かと思いきや、それはタテマエで要するに就職活動みたいなものだったのかよ??」

    っていう感じ?(苦笑)   宋江に至っては梁山泊のリーダーでありながら

    「じぶんは不幸にして罪人とはなったが、朝廷に対していささかの異心を抱いたことはなかった。」

    な~んて言っちゃって、天子さまからの招安を受けると有頂天っていう風情だし、そして詔勅を受けて向かったいくつもの戦で仲間たちをどんどん失っちゃうしで、KiKi がメンバーだったらこんなリーダーの下はご遠慮被りたいっていう感じです。

     

    さて、話は変わるんだけど、今回読書中にふと思ったこと。  それは「梁山泊に集う豪傑たちの数(108)と除夜の鐘の108つっていうのはあながち無関係じゃないんじゃないかしら?」 ということです。

    もちろん KiKi は子供時代に除夜の鐘の108つというのは人間の煩悩の数という話は聞いたことがあるし、そうだと今日まで信じてもきたんだけど、よくよく考えてみると人間の煩悩の108つをリストアップしたものなんてこの年齢になるまで見たことはないし、どちらかと言えば「へぇ、108つかぁ。  多いなぁ。」ぐらいの感覚で生きてきちゃったような気がするんですよね。

    そこへ行くと水滸伝の108人が何故108人かと言えば、108人が出揃った第59章によれば、どうやらこれは道教で説く「天罡(てんごう)三十六星」「地煞(ちさつ)七十二星」という星の名前に由来していたようで(36+72=108)、1人1人がそれぞれ星の名前を冠していらっしゃったりします。  「天魁星 呼保義宋江」とか「天罡星 玉麒麟盧俊義」とか「天機星 智多星呉用」とか「天間星 入雲龍公孫勝」といった具合です。 

    そしてね、「天罡三十六星」と「地煞七十二星」のランクは「天」の方が「地」より上なので「天罡三十六星」が上ということで、これがどうやら梁山泊のヒエラルキーにぴったり重なっているみたい。  序列に結構うるさい中国人らしいエピソードの作り方ですよね~(笑) でもね、おかげでちょっと納得できちゃったのは「北方水滸」では各章のサブタイトルが「天罡の星」とか「天孤の星」とか「地霊の星」な~んていう風についていて、初読の際には「なんじゃ、コレ?」状態だったんだけど、あれって恐らくは全108章で「天罡三十六星」と「地煞七十二星」の名前が全部羅列されていたんじゃないのかしら??  今回、再読する際にはそのあたりにもちょっと注意して読んでみたいものです。

    ま、それはさておき、除夜の鐘です。  ちょっと調べてみた限りでは除夜の鐘というヤツは鎌倉時代に日本にもたらされたそうで、それをもってきたのは禅宗の御坊様なんだそうです。  で、中国でこの禅宗が栄えたエリア(何せ中国と言うのはめっぽう広いんです)というのはどうやらもともと道教が盛んだったエリアらしいんですよね。  で、その道教には上記のように「天罡(てんごう)三十六星」「地煞(ちさつ)七十二星」という考え方もあれば、9という数字を尊ぶらしいんだけど108を分解して足すと(つまり 1 + 0 + 8)、9になるとか、まあ色々なお話が転がっているようで、いずれにしろ「除夜の鐘文化」そのものが道教の影響をかなり受けていると考えられてもいるらしい・・・・・。  へぇ x 10 っていう感じです。

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    2013年07月13日
  • 水滸伝 中

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    ネタバレ

    いやはや、なかなかもってこれは激しい物語ですねぇ。  上巻の Review で KiKi は登場人物の1人、魯智深について

    あっち(北方版)の魯智深はイマドキの言葉で言えば「フィクサー」だったり「メンター」だったり「プロモーター」だったり「プロデューサー」だったりともっと知的な雰囲気が漂っていたんですけど、これじゃ単なるハチャメチャな暴れん坊じゃん!

    と書いたわけだけど、その時からあっち(北方水滸)では108人の豪傑たちを梁山泊に集めるうえでスカウトマンさながらに暗躍していた魯智深がこっち(少年文庫)では単なる暴れん坊にすぎなくて、尚且つ、楊志と一緒に山塞にこもりっきりだったら、どうやって人を集めるんだろうと思っていました。

    そうしたら宋江の名声というかブランドに勝手に引き寄せられてくるか、さもなければ味方に取り込むために家を焼きはらっちゃったり(帰る場所をなくすため)、濡れ衣を着せたり(居場所をなくすため)、奥さん・子供を殺しちゃったり(未練を残させないため)と目的を達成するためには手段を選ばないハチャメチャぶり・・・・・・ ^^;  どうやら現代日本人と彼らを比較すると「卑怯」という概念が大きく異なるようです。  

    と同時にあっちの水滸では梁山泊に集う豪傑たちはめっぽう強いうえに、戦で負ければじゃんじゃん命を落としていくのに対し、こっちの水滸では強いことは強いけれど、結構とっ捕まっちゃっては牢屋に入れられて、そうすると獄卒とかその上役とかにカネを握らせて・・・・・という描写が結構多い(苦笑)  まさに絵に描いたような「地獄の沙汰も金次第」という風景が頻出します。

    KiKi は学生時代、一応「世界史」を専攻していたんだけど、中国の、特に宋の時代あたりに関してはどんな時代だったのかほとんど記憶にありません。  だからこれが中国の文化の1つだったのかどうか判断がつかないんだけど、やたらと「食人肉」の話が出てくるのは何なんだろう??  これは当時の食糧事情によるものなのかなぁ・・・・・。  「西遊記」にも「食人肉」の話は結構出てきたけど、あっちの物語はかなり「ファンタジー色」が強いのであまり抵抗もなかったんだけど、こっちで出てくるとちょっと不気味・・・・・。

    もっともこっちの話だって妖術を使うヤツがいたり、お札の力で飛ぶように走るヤツがいたりと、ファンタジーっぽさはなきにしもあらずなんですけどね。  

    いずれにしろ中巻まで進んでも梁山泊にはまだ108人が出揃っていません。  でもあっちの水滸と比較しても生産活動やら経済活動という面では「この人たち、どうやって食べてるの?」状態のこっちの梁山泊ですから(何せ略奪以外に糧食を得る方法はないらしい)、108人とそれに従う兵たちを養っていける状態には程遠い。  結局最後の方でようやく108人達成となりそうな雰囲気がプンプン漂っています。

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    2013年07月12日
  • 水滸伝 上

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    ネタバレ

    文庫本裏表紙の文章にもある「三国志」「西遊記」は子供時代に読んだときからかなり気に入り、ストーリーも詳細まで・・・・とはいかないまでも大筋ではしっかり頭に残っていたのに比べ、こちらの「水滸伝」はほとんど印象に残っていませんでした。  ただ、「北方水滸」を読み始めた際に強烈に感じたのは

    「あれ?  この水滸。  昔読んだものとかなり違うような気がする。」

    ということでした。  今回、本当に久々にこの上巻を読んでみて「気がする」どころかやっぱりこの2つは似て非なるモノであることを改めて認識しています。

    そもそも子供時代にどうしてこの物語がほとんど心に残らなかったのかと言えば、少なくともこの上巻に関して言うならば、登場人物の誰も彼もが気が短い(苦笑)  そして酒癖が悪い。  「好漢」って何? と思わずにはいられない・・・・・。  そんな感じなんですよね~。

    冒頭の「洪大尉、百八の妖魔を逃がすこと - 物語の発端」で、しょ~もない役人がしょ~もない感覚でお寺に封印されていた魔王を解き放ってしまうというお話があり、ある意味で「役人」とか「公権力」みたいなものを絶対悪として規定しているように読めちゃうんですよね。  そしてそうであるだけに役人を殺したり役人の金を奪ったりという行為が「好漢」として世に認められる必須条件みたいに読めたりもすれば、あそこで逃がした妖魔が百八ということで梁山泊に集う豪傑の人数が百八であることにより「妖魔」≒「好漢」みたいに読めちゃったりもするわけで、内容を覚えていないだけにこの先がちょっと楽しみです。  

    北方水滸の方では同じように腐敗しきった宋という国の国家体制とそれに抗う抵抗勢力の物語という構図の中で、「志」とか「替天行道」といったアクション・プランやプラクティル・プランには欠ける Vision Only の「理想論}が行動原理として規定されていたんだけど、それってとっても現代的(つまり理屈先行、イメージ重視)な道徳観念みたいなものに根差しているのに対し、こっちはもっと刹那的(苦笑)

    「時の権力」vs.「抵抗勢力」という対立軸がベースにあるのはどちらの作品も変わらないわけだけど、こっちの物語は「話せばわかる」「問答無用」みたいな実力主義というか、すぐに腕力で解決する暴れん坊だらけという感じです。  まぁ、元々が権力闘争な~んていうのはそういう力と力のぶつかり合いの中で最後に勝ったものが正義みたいなところがあるわけで、それを痛快にデフォルメしているとも言えるわけですが・・・・・(苦笑)

    それにしても、魯智深ってこんなに暴れん坊だったんですねぇ。  あっち(北方版)の魯智深はイマドキの言葉で言えば「フィクサー」だったり「メンター」だったり「プロモーター」だったり「プロデューサー」だったりともっと知的な雰囲気が漂っていたんですけど、これじゃ単なるハチャメチャな暴れん坊じゃん!

    でもね、ちょっと直感的に感じたのは中国人という大陸民族のものの考え方のベースはここにあるのかもしれないなぁ・・・・・・と。  やっぱりそういう意味では「和を以って尊しとなす」という日本人とは大きく異なるものがある、そんな気がします。  それがいいとか悪いというようなことではなく、多くの王朝が建っては崩れ、その度に覇者が入れ変わり、その権力維持の背景には「天の意志」というような摩訶不思議な「絶対神」的なそれでいて得体の知れないお墨付きを欲しがるメンタリティとでも言いましょうか。

    ま、いずれにしろ次は中巻です。  この上巻では梁山泊に集っているのは晁蓋、呉用、林冲、劉唐、阮三兄弟、杜遷、宋万、朱貴ぐらいしか揃っていないわけで、中巻では108人が集まってくれるのかしら??

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    2013年07月11日
  • 水滸伝 上

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    武勇に自信のある好漢たちがそれぞれ思い思いに大暴れするお話。
    この物語を通して役人は絶対悪なのらしい。役人を殺したり役人の金を奪うのは好漢として評価をいっそう高めるものみたい。
    こういう考え方はそれこそ悪どい役人に普段からこっぴどくやられてる平民たちの恨みつらみが口伝のかたちでこのような物語になったのだろうと推察される。

    てなことを考えると「水滸伝」のもともとのはじまり、役人がお寺に封印されていた魔王を解き放ってしまう……というここだけファンタジーなお話は、役人という絶対悪を規定してそれに立ち向かう108人の勇者……という神話の体裁をとっているのかなあ。

    登場人物が次々出て来てそれぞれが勝手にチャンバラしだすから、うーん疲れる。中下巻では登場人物が徐々にまとまってひとつの話を形作る…?らしいのだが、おそらく上巻で断念。

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    2012年09月13日
  • 水滸伝 下

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    ネタバレ

    水滸伝は想像を超えた話だった。

    義のために人殺し過ぎ!人攫いすぎ!賄賂ばらまき過ぎ!(笑)

    さすが3巻にまとめただけあって、あらすじ読んでるみたいだった。

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    2011年10月25日