小林照幸のレビュー一覧
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日本住血吸虫との歴史を大全的にまとめたノンフィクション。YouTubeやWikipediaでざっくりとは知っているつもりだったが、断片的な知識だけでなく話の動線を追うことができ幅広く知ることができる。
よく撲滅までに100年かかった、100年戦争だと言われるが、それは明治期の本格的な対策が始まって以降のことであり、古くは武田勝頼の時代の文献が存在し、人々がその存在を認識するより遥か前から人々を蝕み続けていたというのが驚きだった。
1人の大先生が一足跳びの研究成果を挙げ解決していったのではなく、あくまで地道に一歩一歩論理的に核心に迫っていき、時には私でも思いつきそうな直接的な対照実験を繰り返しながら俗説、噂を否定していくのが意外だった。
'死の貝'と言われるものの、単体では何も悪くないミヤイリガイ/カタヤマガイが中間宿主という枷を外れ、細々とはいえ現在も絶滅せず生き続けているというのが良かった。 -
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絶滅動物物語3にミヤイリガイが出てくるので、読んでみた。
先人達の犠牲や、医師の苦労の末、漸く日本住血吸虫症が100年余かけて収束した記録である。
日本住血吸虫症の患者の症状はあまりに酷い。だから、原因を追求し、病気を治したいという気持ちがとても理解できる。
調査していくにつれて、原因となる寄生虫が発見された。また、その寄生虫の成長の過程でミヤイリガイが中間宿主であることを突き止める。そこで、寄生虫の成長を阻止する為、ミヤイリガイを根絶させることになり、薬剤や河川の工事などを行うことにより、ミヤイリガイの生息を阻害してきた。その結果、ミヤイリガイが激減し、同時に日本住血吸虫症患者も減った。官民力を合わせて撲滅運動を続けた結果、ついに日本住血吸虫症は退治された。
現在ミヤイリガイは絶滅の危機に瀕している。
中間宿主であったばかりに、絶滅に瀕しているミヤイリガイの事を忘れないことが、唯一の供養かもしれない。
そう言えば、子供だった頃、学校でギョウ虫検査を受けたことがあった。背景にはこういう歴史があったのだと、先人達の努力に感謝せずにはいられない。 -
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絶版になってたハードカバーを一度借りたものの挫折し、単行本が出たので買ってきた!!今度は3日で読み終えました。
日本各地に見られる謎の地方病の原因を紐解く話。
非常に素晴らしい本!!
前に途中まで読んだ時も思ったけど、藤井先生から始まった研究者の生涯をかけた研究リレーや杉山なかさんに強く心を打たれました。
感じたことは沢山あるけど上手く言い表せない!
ただ、私が今生きるこの環境も、さまざまな先人たちのたゆみない努力の上に成り立っているんだ、すごくありがたいことだと思った。
私は平成生まれなので昭和天皇のことはほぼわからないけど、この本を読んで皇族の方が科学や医療など、そのような学術的な方面に明るいことの意味も知れた。すごく大事なことだ〜。
宮入貝についてはすごく可哀想だと思った。もともと水の綺麗なところで過ごしてただけなのに!へんなやばい寄生虫を育てちゃう素質があったんだよね…。
目黒の寄生虫館で宮入貝を見れるとのことなのでそのうち新幹線に乗って行ってみようと思います!
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2日で読んでしまった。
文献的な記録としては江戸初期、本書は1844年に広島で水腫脹満というお腹が膨れ、重症者は死に至る古来からの謎の病気が流行している所から始まる。
私はこの本を読む前、日本住血吸虫症という言葉を今まで聞いたことすらなく、明治の時に流行した遠い昔の感染病と思い込んでいた。
しかし、最後まで読み進めるとこの感染症は私が生まれた平成まで続き、今なお世界では流行していることを知った。
未知の感染症が流行したとき、人々は過去の記録や知識を総動員して原因の究明をする。そこには多くの人の死や動物実験による犠牲がある。それでも人類はそれらを克服してきた。
この本はその一例を示しており、明治より前の時代の医療が発達していない時代から明治、大正、昭和、平成と多くの医者や関係者がその時の最大限の知恵を絞って感染症と闘い、現在の医療に繋げてきた。
原因が分からなかったとき、日本住血吸虫症により多くの人が何もできずに死んだ。犬や猫など多くの動物が実験の犠牲になった。
経皮感染することが判明したとき、川に入らないようにしたり、糞を肥料に使うことを規制した。
ミヤイリ貝が中間宿主と判明したとき、人々は茶碗と箸で駆除を始め、その後生石灰やコンクリート化など様々な対策が講じられた。
そして現在、日本では日本住血吸虫症という言葉は聞かれないし、多くの人が知らないであろう。
しかしそれは、過去に多くの人が知恵を出し闘い、克服してきたからであり、これらの事実は今の人たちも知るべきことなんじゃないかと思う。 -
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ネタバレタイトルがもう怖い。そしてサブタイトルを見ても何のことやら分からない。貝に寄生する虫が起こす恐ろしい病気だということが読み始めてすぐに分かるのだけれども、本文に入る以前に目次のすぐ後にある資料にまずものすごい衝撃を受ける。
写真のインパクトがすごい。限界かと思われるほど膨れ上がったお腹、三人並んで写った男性の比較写真で、小学生中学年くらいに見える人が実は25歳男性であること(本文によれば感染が重くなると著しく成長が阻害されるためらしい)、寄生虫のおぞましい姿やその感染経路や変態の仕方、宿主となる貝があまりに小さいことなど、もう本文を読む前からすさまじい。
これを突き止めあらゆる考えられる対策で戦い、ついにその病をなくしたという研究者の執念と努力には本当に頭の下がる思いがした。
p109経皮感染か経口感染か(略)医学の常識を鵜呑みにする自惚れがいかに恐ろしいものか、を示すことにもなったのである。
ここは教訓だと思う。
また、p102から太平洋戦争末期のレイテ戦について書かれているが、飢えや病に苦しめられという話を聞いたり読んだりしてもその病の中に日本住血吸虫症と言うものがあったことはあまり知られていないのではないかと思った。p276にも大岡昇平のレイテ戦記が出てくるが、大岡昇平や井伏鱒二という文学者がこの寄生虫から来る病の撲滅運動をすることになったエピソードにもとても驚いた。p194ガダルカナル島のマラリアの話も聞いたり読んだりしたことはあったけれどもここにも日本住血吸虫症があったことは知らなかった。そもそもこんな恐ろしい病気の存在自体知らなかった。
子供の頃「昔農作物は人糞の肥やしで育てていたから寄生虫が湧いて酷かった。野菜を食うというより寄生虫を食うようなものだった時もあった」というショッキングな談話を聞いたことがあったが、それはいわゆる回虫のことで住血吸虫などという寄生虫は知らなかった。でもいま思うと単一の種類の寄生虫を指して話していたわけではなかったのかなとも思う。
検便も自分の子供の頃は寄生虫の検査だと聞かされていたけれど今は大腸検査としてしているのだろうか。寄生虫はほぼ撲滅されたので小学校から検便はなくなったとも聞いたことはあるが全国的にそうなのか、地域や学校単位によるのかも知らないので今の現状は分からないけれど。
河川のコンクリート化というものにも単なる整備や近代化ではなく、ミヤイリガイ撲滅を目指す意図がメインの地域があったと言うことも初めて知った。また山梨県の有名なブドウ生産の裏にもミヤイリガイ撲滅の刃意図があった地域など驚くことばかりだった。これは知らない人が多い事情だと思う。知らないことの多さにずっと驚きっぱなし、恐ろしさに震えっぱなしだった。
中国訪問時の話も大変興味深かった。後書きにある日本人であることの誇りという下りを読んでジーンと感動した。もしも宮入先生がノーベル賞を受賞されていたら、私たち以下若い世代の人たちにも寄生虫の恐ろしさはもっと啓蒙されていたのではないかと思えてならない。
ミヤイリガイの供養碑に刻まれた「我々人間社会を守るため」「人為的に絶滅に至らされた宮入貝」の文言にまた頭が下がる思いがした。
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ネタバレ目黒寄生虫館に行ったときに、「なぜ蚊は人を襲うのか」とセットで買った本。
なかなか難しそうな気配がしたので、読みやすそうな「なぜ蚊は人を襲うのか」を先に読んだのだった。
が、結果として難しくはあったものの、とても読みやすかった。というか面白すぎて一気に読めた。
いや、最初から最後まで悲惨な出来事なので面白いと言ってしまってはいけない雰囲気を感じはするものの、いや、面白かったとしか言いようがない!名著。
まだ解剖が一般的でなかった時代に、主婦が自ら検体に申し出るシーンや、とうとう長い闘いが終わったときの宣言とか、何度か泣きそうになったレベル。
人の力が及ばないはずの強大な魔王に「これが、ヒトの力だぁー!!!」とトドメの一撃を刺しているシーンが思い浮かぶ…と言いたいところだが現実はそんな大きな一撃は存在せず、とても小さい努力が何年も続き、徐々に大きな流れになっていくという、出てくる人々すべてが主人公である、これが歴史。
・Wikipedia3大文学とは?
ちなみにこの本、文庫なのだが帯にいきなり「Wikipedia3大文学とは?」と書いてあるのがなかなかズルい。それだけで手に取っちゃう人、いるよ〜。自分は3大文学の存在自体は知ってたし、軽く読んだことあると思うけど、主要参考文献があったことは知らなかった。
というか、この本自体はだいぶ古いからWikipedia3大文学がまだ存在しないはずでは?と思ったら、文庫化されたのがなんと令和6年、去年やんけ!新刊ほやほや!元々は1998年の単行本で、タイトルも「死の貝」だけだったところを、分かりやすくするため、そしてミヤイリガイ自体が別に動物を殺そうとしてるわけじゃないしな… ということでサブタイトルの「日本住血吸虫症との闘い」をつけたとのこと。
ミヤイリガイも被害者なんや…!蚊の本でも書いてたけど、単に中間宿主であって蚊が直接相手を殺してるわけじゃないし、なんなら中間宿主になる時点でこっちも寄生されて何かしらのダメージは受けてるからやっぱり被害者で、諸悪の根源は寄生虫や病気なのだというスタンスなのがなんか、良いね…
日本住血吸虫症を如何に撲滅させたかという話ではあるのだが、100年にも及ぶ戦いだからか、病気とその解決だけではなく、その調査によって起きた副次的な出来事もあり、一見関係ないように思える出来事が病気の調査に繋がったりきっかけになったり…
例えば中間宿主がミヤイリガイと判明したことで、他の住血吸虫も同様の原因なのでは?となり、原因解明に繋がったりした。
病気の撲滅の第一目的はもちろん人々の健康を守るためではあるのだが、研究に力が入った間接的な理由として実は戦争がある。戦争のために健康診断をしていると、該当地域の青年の成長が甚だしく悪いため、それを解決するために国から発破がかけられた。
つまり戦争がなかったらそこまで研究に力が入れられなかった可能性もある。
更に戦争に負けて研究が止まるかと思いきや、アメリカが入ってきて過去の戦いで同じ病気で苦労した経験があるから調査と研究に力を入れさせるという追い風も。うーん、色々と複雑な思いが生じる。
あとは、100年も経っていると人々の生活も大きく変わり、そんな文化の変化がプラスに働いたというのもあった。家庭で合成洗剤を使い始め、その排水をそのまま川に流した結果寄生虫に大ダメージとか。更に川岸のコンクリート化を進める要因にもなったなど、今の景色は色々な出来事が背景にあって成り立ってるんだな、という当たり前のことを再認識させてくれる。
山梨ではコンクリート化するような川があまりなく、要因が田んぼということでいっそ水田を埋めて果樹園にするという力技で解決した上に後年山梨といえば果物となったわけで、色々な副次効果があるのが読んでて面白すぎた。
・構成が良い
内容だけでなく、構成も良い。
まず頭から面白い。武田勝頼のエピソードから、狭い地域だけで起きていた奇病と思わせておいて、そのときには実は全国で起きていた、と。割と最近になるまで情報共有の方法が少ないから、一部の村特有の病気だと思われていたのが、医者の治療や研究を通じて実は様々な地域で起きていたことがわかってくる。
しかし、論文でもない時代に書かれた文書は、この本の著者が見つけたんだろうか… と不思議に思っていたところ、後ほどやっぱり寄生虫を同定させた医者たちが参考にした文献としてまた文書を書いた人の名前が出てきた。研究が連綿とつながってるのはなんか感動するなぁ。
ホルマリンも冷蔵庫もなく、移動にも数日かかる時代に医学的研究してるの、大変すぎる…
明治時代に入っても京都から山梨に行くだけで4日間かかってしまう。特に解剖したいというときは新鮮さの問題もあるし、顕微鏡は光学だし…
でも、時代は進み、西洋医学も入ってきて、糞便の調査で寄生虫の卵が見つかったり、解剖の結果なども見えてきてどんどん医学パワーが強まってくるのが面白い。そしてそれでも分からない原因…
蚊の本で読んだロナルド・ロスが出てきたりして地味に嬉しくなる。
章の名前がまた良い。
第2章のタイトルはなんと「猫の名は"姫"」。
突然の猫!?そうか、犬猫が媒体になるからか。
でも名前がついてるということは飼い猫で、それを解剖しちゃうのか… と、タイトルだけで色々と想像できてしまう。
そして内容は想像を超える。
姫、なんと病気の治療、研究をしていた三神医師の飼い猫!でも11歳で同じ病気にも罹っていて長くはないから、ということ。泣きそう。
途中で舞台が急に中国に変わり、実は中国ではもっと事態が深刻で死者や病人の数も段違い、揚子江周辺でもはや対処の仕様がなさそうなレベルの貝の量というのが判明する。どうするんだこれ?と思ってたら特に解決しないまま舞台が日本に戻ったのは、ただの歴史の紹介だったのかなぁという感じだったが。
とりあえず現在は日本では闘いは終わったけど、日本住血吸虫症という名前ではあるが日本だけの問題ではないというのはわかった。今でもまだ続いてるのだろうか… 調べるとあの写真がたくさん出てきそうでちょっと怖いので調べてない。
・結果がわかっていてもやきもき
読んでるこちらとしては病気が克服されたこと自体はもうわかっているものの、本の中では時系列で徐々に徐々に研究が進んでいくだけなので、結果がわかっていてもハラハラしてしまう。
例えば病気の感染経路が経口感染か経皮感染がわからない!というときにはとにかく実験実験!医者が自ら田んぼを歩き回るなどもしており、かなりの体当たり研究。
結局予想と違って経皮感染だと判明したあともまだまだ問題山積み。まずどうやって体内に侵入するのかがわからない。
卵を孵化させてネズミとかを使ってみても何も起きず、中間宿主がいるのではという仮説に至る。
そして水場をひたすら調べて解剖して調べてを地道に繰り返してようやく見つけて… そこから更に感染させてみて貝の中で育った寄生虫が実験動物に侵入して病気を引き起こすことがわかってようやく判明!
うーん、牛歩。でも研究ってそんなもんだものなぁ。
そしてようやくミヤイリガイという中間宿主が見つかったところで、本はまだ半分。
残りは一体何が…
何がも何も当たり前なのだが、病気そのものの治療や、ミヤイリガイの根絶方法の実践が大変だった。
病気の治療には、体内の卵や寄生虫そのものを殺さなければいけないが、血液の中にいる卵や門脈にいる寄生虫をどうやって狙うかという問題。そしてここで愛猫を解剖した三神医師がまた登場して熱かった。
そして貝対策には生石灰を撒くというのがめちゃめちゃ効いて、実際病人も減り、貝の数も減ってきていたが、土地土地で対応や規模が異なるため、根絶には遠い、と。
それでも着々と進めながら時は進み、太平洋戦争、そして原爆が挟まる。挟まるという一言で終わらせられない規模の出来事だが、それでも対策は続けられていた。
そして大きな進展があったのが、なんとアメリカによる後押し。
どうもレイテ島での戦いで住血吸虫症に悩まされたらしく、それを根絶してないし重要だと感じていない日本けしからん!となったらしい。うーん、戦争も負の面だけではないとは…
コンクリートで川の溝渠を補強するのも良い対策らしく、貝が多いところがガンガンコンクリートになっていったらしい。
なんか自然派とかに嫌われがちなコンクリートはこういう利点もあったのか。
その後、時代が進み、革命的な治療薬が発明されたり、治水技術の発展があったり、家庭で合成洗剤が使われるようになって、川への排水が寄生虫を殺す効果もあったとか色々あり、ミヤイリガイが絶滅危惧種に指定されるほどになり、病人の数が年々減り、1996年にとうとう撲滅!
そう考えると、1998年にこの本が出たの、早すぎる… 別に著者が日本住血吸虫症の研究をしてたとか何かしら関わっていたとかではなく、1994年にフィラリアに関する本(これも読んでみたい)を出したあと、1996年に初めて知って調べ始めたとのこと。たった2年で100年の闘いをまとめて本にして… とんでもないな。 -
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すぐ近くに筑後川があるものの病気予防のために川で遊ぶことを禁じられていた、それを可哀想に思ってブリヂストンの石橋正二郎さんがプールを作ってくれた、というような事を久留米市に住んでいた頃に年配者から何度も耳にした。その話が気になり、日本住血吸虫とミヤイリガイについてはWikipediaで読んで凡そは知っていたつもりであったが、本書を読み、正体不明の「風土病」について原因から治療法、根絶まで沢山の研究者の想いを感じた。
この病気を根絶する流れで、山梨の葡萄栽培とワインや筑後川河川敷のゴルフ場が出来たのは凄く興味深い。かつて、さまざまな方法で絶滅を目指したミヤイリガイが今では絶滅危惧種に指定されているのも、人間の身勝手さを象徴している。 -
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古くは『甲陽軍鑑』に記述があるらしい。
武田氏滅亡直前の勝頼が府中を捨て岩殿城に向かう途中、ある足軽大将が、腹が水で膨れあがり歩けなくなり殿の供をすることが困難になったと暇乞いをした。勝頼はその足軽大将の姿をみて、その気持ちだけで十分である、と涙を流していたわった、という。
のちに「日本住血吸虫症」と呼ばれる寄生虫により引き起こる病は腹が大きく膨らむ(水腫張満)一方で、手足はやせ細り、衰弱が激しいことが特徴だ。
『腹に水がたまって妊婦のように膨らみ、やがて動けなくなって死に至る――古来より日本各地で発生した「謎の病」。原因も治療法も分からず、発症したらなす術もない。その地に嫁ぐときは「棺桶を背負って行け」といわれるほどだった。』(文庫本裏表紙より引用)
原因究明はなかなか進まなかった。日本で症例がみられるのは山梨の甲府盆地、広島の片山地方、九州の筑後川流域と限られた「地方病」だったためだ。(症例報告があがっていなかっただけで、他の地域でもみられた)
しかしこれらの地域での被害は甚大だった。農村部に被害は集中し当初は、井戸水や湧き水、川の水が汚染されていると考えられ、経口感染を防ぐため煮沸して飲むようにしたが被害は収まらない。水腫張満になって衰弱すれば死ぬし、ならないものも、なぜか体の発達が阻害され、痩せて背の低い者が多かった。成人男子で徴兵基準に充たない者が多く、兵役免除されることだけが不幸中の幸いだった。
やがてこの病気は水田や川べりに生息するたった数ミリの小さな巻き貝(ミヤイリ貝)が原因とわかった。貝自体に毒があるわけではなく、貝を中間宿主として成長した寄生虫が、農作業中の人間の手足の皮膚から経皮感染することで発症した。人間だけではなく家畜や野生動物にも感染するので、動物からうつされることもあった。
住血吸虫の名の通り、経皮感染した寄生虫は腸などに住み着き、宿主から栄養分を吸い続ける。そのため感染した者は発育が阻害された。大きな血流にのり脳まで達した場合は脳炎を発症した。
原因はわかった。根絶のためには貝を無くせばよい。しかし、それには途方もない労力と予算が必要だった。
まずは手当り次第に人力で貝を除去した。しかし、貝の繁殖力も強く、イタチごっこの様相を呈した。
次に実験によって殺貝効果が確認された特殊な石灰を撒くことにした。こちらはかなりの効果があったが、大量に広範囲に、計画的かつ継続的に根気よく撒く必要があったため、地域によるムラがあった。
水田や川をコンクリート護岸にすると貝の繁殖が抑えられ、しかも急な流れの場所では繁殖できないこともわかった。
除去、殺貝材の散布、コンクリート化という対策により、様々な困難があったにも関わらず、年々感染者も減っていった。そして皮肉なことに高度成長期になると、洗濯機の普及などにより家庭からの洗剤などの混じった生活排水が川に捨てられるようになり、川は汚れたが貝も死んだ。
治療法も格段良くなった。以前は点滴により体内の寄生虫を殺す手法が取られていたが、これは毒を注入しているようなものだったので、副反応によって亡くなる者も一定数いた。その点滴を個人の体力に合わせて数ヵ月かけて何度も注入することによって退治できるのだが、あまりの苦しさに途中でやめてしまう者も多かった。
1979年になってようやく、バイエル社が経口治療薬を開発したことで劇的に病状の改善がみられこととなり、ついに「日本住血吸虫症」は日本では根絶された。
この感染症は「日本」とついているが、これは発見者が日本人であるためつけられたのであって、日本原種の病気ということではない。世界にはまだこの病気で苦しんでいる地域もある。
かつてこの病に苦しめられた甲府盆地周辺は、いまでは果樹栽培が盛んな日本有数の果樹王国だ。このきっかけとなったのも、罹患の不安を抱いたまま米を作るより、いっそのこと貝の繁殖できない畑に切り替えたほうがいいんじゃないか、という方針転換だったようだ。
そんな歴史的背景があったとは驚きだった。
山梨産の果物を食べるたびに、日本住血吸虫症との戦いの歴史を思い出してしまうかもしれない。