竹森俊平のレビュー一覧
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世界的な貯蓄過剰状態にある。
不確実性を負う傾向。
中央銀行の最後の貸し手としての役割=バジェットルール=相手が望むだけ、高めの貸出金利をつけて、貸す。=自分がカネを持っていることを示すには、惜しみなく使う必要がある=最後の貸し手の役割を果たす
IMFへの批判=最後の貸し手にならない。
ナイトの不確実性=確率分布の描けるリスクとそれ以外の不確実性=真の不確実性
真の不確実性を前にすると臆病にも楽観的にもなれる。
楽観的になった部分に企業収益がある。
臆病の連鎖によって、バブルが弾ける
フリードマン、サベージは主観的確率を考えることで、真の不確実性はないと考えた。その結果、経済が予測可能と考えた。
エルスバーグ・パラドックス=反戦家 主観的確率分布を想定できないことを実験経済学によって確かめた。
ナイトの不確実性には、扱いが困難な事柄も含まれる。情報がまったく存在しない中での判断も含まれている。
アジア通貨危機などの危機は、マキシミン原理によって説明できる=最悪のシナリオの中の最善手を打つ。
流動性の枯渇=最後の貸し手が、バジェットルールに従って貸し出すことで解決する=IMFへの批判。
合成の誤謬=マーシャルによる論文
ドルの信用が失われないのは、国際通貨であり貯蓄過剰のため低インフレだから。
通貨危機への対処は、外貨準備をふんだんに持つこと。IMFはあてにならない。今や、IMFの資金量は雀の涙ほど。
民間による危機対策=ベイルイン=債権者が多すぎると不可能=LTCMの救済は、民間での拠出によったもの=ベイルイン -
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ユーロ危機が深まるに連れ、つねづね一番の課題はドイツが歴史上初めてヨーロッパ圏の筆頭国になったこと、にもかかわらずその覚悟に欠けると見受けられることだった。筆頭国になる(帝国システムの担い手になる)のはいろいろ物質的、精神的に大変なのに、周囲の二番手国民あたりはそんなことも知らずに、あれこれイチャモンをつけてしまうわけである。というわけでドイツには同情を禁じ得ないが、そもそも英仏の覇権に挑戦して、筆頭国になるために二度も世界大戦を起こしたのはドイツ自身なんだから、こんなことになる前にもうちょっと心の準備をしておけよ、と指摘したい。ちなみに本書の結論はドイツが最終的に芋を引いてユーロが崩壊する、であるが、私個人の予想はドイツはそこまで思い切ったことが出来ずますます危機が長引くとしたい。それをもってドイツやフランスの政治家が日本のそれよりマシなんて言う幻想がさっぱりと消えて、日本国民に自分たちの課題に集中する気構えが出来ればそれだけでユーロ危機の価値はあったといえよう。
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Posted by ブクログ
ユーロ危機について。
想定しているよりもずっと深刻な問題が最初から最後まで続きます。
ユーロ危機は劣等生のギリシャやポルトガルの財政危機によってもたらされた、のではなく、
ユーロが抱える本質的な欠点がリーマンショックによって信用市場(超短期市場)が崩壊したことで全面に出てきたことで生じたというもの。
ユーロ圏内の投資に国境を設けない取り組みを続ける一方で、優等生も劣等生も同じ通貨を使うようになったことで劣等生の為替リスクが消滅し資本が流入、リーマンショックによる短期市場の緊急停止により流入した資本が逆バブル的に流出したことでやばいーとなったと。
つまり実力の違う国が同じ通貨使っちゃだめだよ、と。
しかも各国が自由にその使い方決めれちゃ誰もコントロールできなくて危ないよ、と。
ユーロの運命を握るのは優等生のドイツ。
ドイツはユーロ維持により永遠にユーロ圏内の周辺国に財政援助を行うか、ユーロ崩壊により多額の損失をこうむり、かつ政治的な困難(対ヨーロッパ)を背負うか、どちらも地獄、という状況の中で方針を決めきれないでいる。
結果大胆な打ち手が打たれず危機は深刻化。
著者によるユーロの将来予測は、
ドイツはユーロ維持を選択。
ただし、ユーロ圏なひたすら緊縮財政を敷きまくって世界経済に対して多大なネガティブ効果を与えると。
そしてユーロにはドイツだけが残って後はひたすら債務国である周辺国になります。
「そしてドイツだけが残った」
というのが私がこの本を読んで理解した内容。
私にはちょっと難しい内容も多かったのでかなり大雑把な理解かもしれないけど。。。
もてはやされたユーロ。
ノーベル賞も与えて鼓舞してるけど。。。
こんなにユーロ危機が根深いとは。
難しいところもありますが、明晰な文章はとても読みやすいです。
おすすめ。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
アジア通貨危機が世界を襲い、日本の大手金融機関がバタバタと倒れた1997年。
金融危機が深化したこの年を境に、世界のマネーの流れが大きく変わった。
「不確実性」に支配された市場を、どうコントロールするか―。
1997年の動きを検証し、次なる「危機」への処方箋を探る。
[ 目次 ]
プロローグ 「1997年」に何が起こったのか
第1章 危機の内実―「質への逃避」を生んだ市場心理(日本の不良債権問題はなぜ深刻化したのか アジア危機を読み間違えたアメリカとIMF 絡み合う日本とアジア)
第2章 危機を読み解く―「ナイトの不確実性」というブラック・ホール(世界経済を理解する鍵 ナイトの原議論 異端視したシカゴ学派 エルスバーク登場 流動性の危機と「質への逃避」 グリーンスパンが世界を救った? ドルは大丈夫か)
第3章 危機の教訓―世界経済の安定化は可能か(民間による解決を模索する世界 政府の積極性は効果があるか)
エピローグ 歴史は繰り返す
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
竹森俊平の新書版。1997年のタイから生まれた通貨危機、思わぬ通貨の暴落があったが、この「危機」について「返済能力危機」の欠如あるいは、「流動性の危機」と認識するかによって対処の仕方が変わってくるとして「論述」しているが、これでは、ドルペッグという固定相場制、しかも資本の移転を禁止しない固定相場制と変動相場制の「質」的な差という理論的な視点が全く欠如したマクロ認識となってしまう。竹森はあえてその理論的な「差」を無視しているのだろうが、それが何故なのかは筆者には解からない。
貯蓄と投資のバランスから米国経済から世界経済についての「資金」がありあまっているという展開は、竹森ならではのマクロ的類推であるにもかかわらず、相場制ついての論述が全く無いのは期待していただけに、肩透かしにあったような気分を持った。しかしながら「バジョット・ルール」や「ナイトの不確実性」、「質への逃避」、など 竹森の著作には、キーワードを読みながら具体的な直近におきている経済事象を理解させてくれる手腕がある。これだけでも読む価値はあることは間違いない。
「貯蓄が投資を上回ることで生まれる不況圧力
この立場は(マクロ)経済の総需要と総供給のバランスに注目する。こういうことだ。いま、一国において500兆円分の財・サービスの生産、つまり総供給が実現したとする。その結果、500兆円分の収入が同時に発生するが、それは賃金や利子の支払い、あるいは利潤の配当という形で家計に所得として還元される。家計には、所得を消費に回すか、それとも貯蓄に回すかの選択がある。消費に回せば、そのまま総供給に対する需要となる。しかし貯蓄に回せば、そのままでは総供給に対する需要につながらない。このため、総供給の全額が家計に所得として還元されたとすれば、総供給に対する総需要は貯蓄の分だけ不足する。
しかし、話はまだ終わりではない。家計の貯蓄は銀行預金の形で、あるいは証券の保有の形で、資本市場への資金供給となる。もし、家計による資金供給に見合うだけの企業による資金需要があり、その資金需要が企業による投資に直結するならば、総供給は消費と投資を合計した総需要と一致する。それで景気の過熱も下降も起こらない理想的な状態が達成される。しかし、かならずしもそうなるとは限らない。
一つの問題がある。それはケインズの考えでは、投資と貯蓄は独立の原理で決まることだ。
つまり、貯蓄の計画は家計がする。その際、家計はさほど金利など考慮しない。他方で、投資の計画は企業がする。企業も金利だけを考慮するわけではない。そのため両者が一致する必然
性はなく、いわんや金利の調整で両者をマッチさせることも不可能である。したがって、「計
画された投資」と「計画された貯蓄」とはかならずしも一致しない。
しかるに、「計画された貯蓄」が「計画された投資」を上回る状況では、経済は不況圧力に見舞われる。両者のギャップの分だけ、総需要(消費プラス投資)に結びつかない総供給が発生するからだ。といっても生産したものは処分せざるを得ないから、企業はそれを在庫の積み増し(在庫投資)で処分する。だから在庫投資までを総需要に勘定すれば、やはり総需要と総供給の一致は成り立つ。しかし在庫の積み増しは企業収益を庄迫するから、企業は早晩、生産計画を縮小する。その結果、不況圧力が生まれる。
以上は、国際取引をしない一国を念頭において説明したが、同じ原理は世界経済全体についてもそのまま当てはまる。重要なのは、世界全体として「貯蓄」が「投資」を上回る傾向があれば不況圧力を生む原因になるという点だ。しかるに、97年から98年にかけての極東での金融危機は、まさにそのような傾向を発生させた。なぜかといえば、日本や東アジアの多くの国々の投資行動が、この事件をきっかけに慎重になったからだ。つまり、これらの国は、「不確実性のもとでは人々は最悪のシナリオを考えて行動する」というエルスバークの原理通りに行動した。投資を減らして同時に貯蓄を増やしたのである。
経済危機で企業心理が様変わりすでに説明したように、どんなビジネスも「不確実性」を避けられないというのが、ナイトの洞察である。将来における生産の増加や効率化を見込んでの投資は、とくに将来の 「不確実性」と切っても切れない関係にある。その 「不確実性」 にしり込みをしないような人間が、もともと企業家という職業を選ぶ。しかし、さすがの彼らでも、それまでの 「楽観的な予測」 の誤りがはっきりと示されれば、考えを変えざるを得ない。東アジアでいえば、97年と98年の2年間は甘い見通しのつけが突き付けられた時期であった。アジアの企業家は自信喪失に陥り、以降は、むしろ「最悪のシナリオ」を想定してビジネスの計画を立てる。その影響を受けたのが投資である。投資とはそもそも将来を見据えて行うものだが、将来の見方が「楽観的」から「悲観的」 に変わったため、投資は大幅に削られたのである。
97年から98年にかけて危機を経験した後に、企業が慎重な態度に転じたことは投資の動きに如実に表れている。とくに東アジア通貨危機経験国の投資には、はっきりとした特徴がある。
第一の特徴は、通貨危機直後の急激な投資率の落ち込みだ。これ自体は、国際資本の逆流やIMFによる緊縮プログラムの押し付け、倒産や解雇の激増といった要因を考えれば当然と言えるだろう。しかし、第二の特徴として挙げられるのは、インドネシアを除き、これらの国の経済が軍に?字型回復を遂げてからも今日にいたるまで、投資率が軍以前の水準には回復しなかったことである。97年、98年の2年間の経済危機が契磯となって、東アジアの企業の心理が変わり、「ナイトの不確実性」を考慮してマキシミン原理に近い行動を取るようになった。
最近ようやく変化が見られるものの、日本でもひところは「企業の金余り」という言葉をよく聞いた。実際、日本の「貯蓄」は依然として高水準で、国内投資に使い切れなかった部分を海外に資本輸出するという傾向がますます顕著になっているが、最近はその貯蓄は家計ではなく、おもに企業から来ている。パブ〜の頃とは大きな違いである。パブ〜の頃の企業の投資意欲はきわめて旺盛で、国内市場から資本をじゃんじゃん取り入れ、家計貯蓄がその需要を満たしていた。ところが最近は高齢化の影響からか、家計貯蓄は急速に減少する妄で、金余りの状態の企業の貯蓄がそれをうわまわって増加している。だから、結果的には海外への資本輸出が増加している。
もちろん企業貯蓄の増加の背後にも、積極から消極への企業のビジネス観の変化がある。つまり、十分収益を上げても、企業は以前のようにそれをゴー・サインと受け取り、資金を調達してまで事業を拡大することをしなくなった。むしろ、いまの時代に現金ほど頼りになるものはないから、それをしっかりと握っておこうとする。上手に事業を拡張して収益の悪化をもたらす危険を冒すよりも、スリムな状態で高収益を維持しょうと考える。このような手堅いビジネス観への変化には、97年から98年にかけての「貸し渋り」の影響が考えられる。「貸し渋り」により辛酸を舐めて以来、企業は現金が必要な時にいつでも入手できるわけではないことを悟った。「流動性の危機」が企業の流動性選好を高めるという傾向が、通貨危機を経験した
東アジアだけでなく日本でも見られ、しかもその影響が長期に及んでいるわけである。
全世界への波及
企業の行動パターンの変化には、この他にも、1997年以降の外資歪融機関の進出や株
主の立場強化策の影響もあるかもしれない。危機の収拾に、日本政府も東アジアの政府も、外資系金融機関の進出を支援した。外資の進出が「改革」の姿勢を示すことに役立つと考えたからだ。株主保護の政策が進められたのも株価低迷に対する特効薬という意味がある。結果的には、投資家の視点から企業経営を見る習慣が、日本でも東アジアでも徐々に浸透していった。
投資家の観点からすれば、これまでの日本や東アジアの企業はあまりにも収益性を無視して、規模拡大に突っ走っていた。いまやそれが変わり、これまでの拡大路線に歯止めが掛かった。
そういう見方ができるわけだ。しかし、これは決定的な要因ではないだろう。なぜなら企業が投資に慎重になる箕、企業貯蓄が増加するという現象は、アングロサクソンの国も含めて、ほぼ全世界的に見られるからである。
(中略)
住宅「バブル」で景気回復
いずれにしても、「消極的」な態度が経済全体に浸透して、その結果、経済活動の萎縮が起
こっている時には、政府か中央銀行か、誰か「積極的」な行動を取るりリーフ役が現れなくては不況の悪循環が生じる。それがケインズ主義だけでなく、現代のマクロ経済学の根底にある思想だ。グリーンスパン前連銀議長が2001年以降に取った金融媛和策は、企業心理が「消極的」になることによって全世界的な経済の萎縮が発生する兆候が見えた段階での、ことさら「積極的」な行動という、まさにリリーフの役割を担っていた。
ともかく、議長が01年に1年間で政策金利を5パーセント近くも引き下げる類例のない強力な金融緩和策を実施した結果、家計の住宅投資と消費が盛り上がって、ものの見事に景気後退は短期で収束する。住宅投資と消費が盛りあがる様子はこうだった。もともと金利が下がると、住宅ローンを借り換えるのがアメリカの家計の習性である。しかし、この時は低金利による住宅投資の増加で「バブル」を思わせるほど住宅価格が上昇したので、家計はさらに積極的な行動を取る。つまり、住宅ローンの担保となる住宅の評価額が上昇したのを良いことに、以前より「プラスアルファ」だけ余計に借りたのである。もちろん、それで債務残高は増えるが、金利が低下しているので月々の支払いは以前と同じに維持できる。だとすれば、「プラスアルファ」は一種のボーナスである。そう見立てて、家計は「プラスアルファ」を消費に使った。
「バブルを思わせるほどの住宅価格の上昇」は、アメリカを起点とした全世界的な景気回復の鍵であった。アメリカにおける住宅価格の上昇ははたしてバブルだったのかという問題は、いまもよく議論されている。いずれにしても、この時、グリーンスパン議長は、住宅バブルという副作用の危険を顧みず金融緩和を貫徹した。バブル崩壊後、1992年からの景気の崩れを見てからの日本の金融緩和策が、バブル再発の恐れから不十分に終わったのとは対照的であるが、思い切った行動を取れたのは、議長がバブルに対する金融政策について長年考えた末、明確な結論を持っていたためである。
「ITバブル」の発生を警告して、彼が96年に「非合理な熱狂」という言葉を使ったことは有名である。しかし、この言葉を使ってから、議長はバブル予防のための金融引き締めをしなかった。むしろ、それはするべきではないという方向に考えが傾いていった。前例のないIT革命が、前例のない「株高(株価利益率)」を正当化するものなのか。これは所詮、「ナイトの不確実性」であり、客観的な基準で評価はできない。投資家は間違っているかもしれないし、間違っていないかもしれない。では、どうしたら良いのか。議長はこの問題に結論を下すことはやめた。99年の議会における証言で、それをはっきり述べている。」
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2012年出版。問いかけの後にすぐに回答を明示してくれない書き口も合わさって、EUの前提知識ゼロで読むにはやや難解。
金融と通貨について少しずつ理解が進んできたつもりであったが、
改めてユーロについて問われると、何もわかっていなかったのだと気付かされる。
そもそも、国ごとの経済力の差を為替や金利で埋めていたとすれば、
経済状況が異なる国々が単一通貨で共通の金融政策をとるときに、どのような調整が必要となるのか。
例えばある国で財政危機となり通貨の信用が失われれば、そこからの資本流出は加速する。
特にユーロ圏内であれば、共通通貨特有の流動性により、安全性の差がわずかであっても高い箇所に一極集中することとなる。
ギリシャが危ういとなれば、次に危ういスペイン・イタリアをすっ飛ばしてドイツに集まるということだ。
そんな事態の回避のため、EU加盟国で参加国家の財政危機が訪れた時、常に他の国が手を差し伸べなければならないようでは、
ドイツの一人損になってしまうが、何もしないでは、資本と一緒に膨大な移民が押し寄せる事態となる。
では、財政危機となった当事国の取りうる手段はなんだろうか。
本書では、不況のさなかに増税を行ったフーバーと、減税を行ったケネディの両者とも間違いではなかったとする。
ケネディの政策は、減税による需要と供給の活性化により雇用改善を行い、その結果としての市場活性化による税収増加で財政再建を狙うということであり、
フーバーの政策は、金本位制の中でドルの信用を維持するため、まず増税による財政の健全化を行うことで資本逃避を防ぎ、その結果としての安定した市場にて雇用改善を狙う。
これと現在のユーロの状況を見比べると、ギリシャもスペインも不況時に緊縮的な財政政策を採用したが、
これは国家として市場の信頼を回復するためであり、財政均衡を目指さなければさらなる資本逃避に見舞われるためであるとわかる。
ここまでが本書の半分程度であり、結局のところ、そもそもユーロはどのような設計であったのか、
2021年現在、観光業が大きな収入源であったギリシャがコロナ禍でも何故破綻しないでいられるのか、
本書のみから推察することは不可能だ。
事例と理論の両輪を学ぶことで学習効率が上がるとすれば、
本書での勉強も遠回りでなかったはずだと信じ、ユーロ設立当初の理論から学び直すこととしたい。 -
Posted by ブクログ
経済学の専門家によるユーロ危機に関する本。ユーロの現状について詳しく述べ、将来を予想している。ドイツのように経済的に強い国とギリシアのように弱い国とが同じ通貨を使うことの不具合がよくわかった。このままでは、ドイツが一人勝ちになり、富の分配が進まなければユーロは成り立たないことを理解した。
「経済のダイナミズムが失われていない中国では、日本と違い、金融緩和はインフレと住宅価格の上昇につながる」p21
「経済的国際競争力の格差は為替レートの変化、つまり国際競争力に劣る国の為替レート減価によって調整することができる。ところが各国が同一の通貨を使用するなら、そのような調整は不可能となり、最も優れた国が市場を席巻する事態は避け難くなる。現実に、ユーロ圏の現状を見るとドイツの独り勝ちに終わる見通しがますます強くなっている」p102
「本来ならユーロに加盟する17カ国について異なった政策金利が適用されるべきなのだが、共通通貨を使用しているために、17カ国に対して単一の政策金利しか選択することができない。そのため国別に見ると過剰な低金利や、過剰な高金利が選ばれてしまうのである」p141
「同一通貨を持つ地域間では、インフレ率の高い国に資本が流入する」p182
「財政が持続不可能な状態にある主権国家は、さらなる緊縮財政政策を実施するか、さもなければデフォルトもしくは債務リスケジューリングをするかの選択に追い込まれる」p242 -
Posted by ブクログ
知らないことが多すぎた。
ドイツの経済力はユーロ圏では圧倒的
経済が成熟した社会では製造業は銀行から金を借りず
社債などによって調達する。
そのためドイツの銀行はリスクのある
他の国の製造業に貸さざるを得ない。
同じユーロ圏でもインフレ率に差があるため、
通貨が同じになると
インフレ率が高い国(南欧)の物が高くなるため
国際競争力が落ちる。
GIIPS(ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペイン)が破綻しないのは、
自国でユーロを印刷できるから
破綻しかけの国でユーロを使いまくったツケは
自国では返済できるはずもなく
最終的にはドイツが間接的に負わなければならない。