中川理のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書を通じて一貫して示されたのは、我々が「当たり前」だと思い込んでいることの多くが、実は確固たるものではないということである。自然と文化、科学と呪術、商品と贈り物、国家と社会——これらは相互に対立するものとして捉えられてきたが、実際には境界があいまいで、つながり合い、相互に影響を与え合っている。
著者たちが示すのは、世界が単純な二項対立で成り立っているのではなく、複数の「わからなさ」や「揺らぎ」を抱えながら構築されているということだ。しかも、その揺らぎの中にこそ、人と人、人と物、人と自然との関係の豊かさが存在している。
特に興味深いのは、この思考法が単なる学問的議論に留まらず、現代社会の課題——グローバリゼーション、少数民族問題、市民参加、暴力と平和——へのアプローチを提供している点である。我々が対立していると信じている事象も、フィールドワークという民族誌的な営みの中から見直すことで、新たな関連付けや理解が生まれてくる。
また、本書で繰り返し強調される「比較」という思考方法も有益だ。「芸術のようなモノ」という中間領域において、一見無関係に見えるものを繋ぎながら考えることで、固定的な概念による支配から自由になれる。この柔軟性こそが、混沌とした現代を生きるための知恵となるのではないだろうか。
本書は「文化人類学の思考法」というタイトルだが、実は現代を生きるすべての人にとって必要な思考法の教科書である。自分たちの社会も、相手の文化も、あるいは自分自身さえも、複雑で揺らぎに満ちたものとして捉え直すことで、より柔軟で創造的な関わり方が可能になるだろう。 -
Posted by ブクログ
文化人類学がどういう学問かについて、扱う範囲を横断的に取り上げた入門書。学生向けのようですが、一般の読者にも大いに参考になると思います。
30年近く前、大学生の頃に少し文化人類学を学んだのですが、当時とは比べものにならないほど文化人類学側の意識が変わっていて、決して解釈を押し付けない、人々にどこまでも寄り添おうとする態度が印象的でした。
たとえば、呪術の章でシャーマニズムが取り上げられていましたが、大学時代にはこれが社会の安全弁として機能する側面もあると学びました。シャーマンとして託宣をする者が貧困層の出身で、託宣を聴きに来る者が富裕層である場合などは特に。
しかしこの本では、そうした解釈を価値観の押し付けだと切り捨てていて、30年近くも知識をアップデートしないままだった自分を恥じると同時に、文化人類学は約30年間、批判的に顧みてアップデートすることを続けてきたんだなと思いました。
煮詰まったとき、余裕がなくなったとき、選択肢は他にもあると思い起こすために、この本をずっとそばに置いておきたいです。 -
Posted by ブクログ
文化人類学というものに初めて触れました。エンジニアという職種で仕事していることもあって、普段から構造化やパターン化をして物事を単純にする思考が習慣になっています。そのような生活をしていると、ある種の人間社会にもその構造化やパターン化がうまく当てはまるような錯覚をしてしまっていると自覚しています。その人間社会に引いた、もしくはすでに引かれた境界線の脆さに対しての向き合い方や考え方に色々なきっかけをもらえた内容でした。
また、多くの論文を引用する文章構成は普段そのような文章に多く触れる身としてはすごく読みやすかったです。
文化人類学を学ぶことで、チームビルディングや会社の文化形成にも応用できると感じたので他の書籍も当たってみようと思います。 -
Posted by ブクログ
松村圭一郎の贈り物と負債、を読んだ(第6章)
商品交換と贈与交換は分離された営みではない、というのが面白い。そのやりとりの中で、モノは意味や価値を変化させる。どこでも売られている商品でも、親族の遺品だと故人を偲ばせる大切な形見になるし、有名人の持ち物はありふれていても高額オークションの対象となる。モノは、いろんな履歴を辿る。このモノの意味や価値の変遷に注目したのがイゴールコピトフだ。彼はモノがかけがいない交換不可能なものといつでも交換できる商品という2つの極のあいだを動く、と指摘した。
私達社会の人間関係は、特定のモノのやりとりをするからこそ人間関係として維持される。
家族は何もしなくてもつながっているわけではなく、食卓を一緒に囲むといった行為を通して家族になる。別のモノのやり取り、たとえば食事の度にお金を払ったりすれば、その関係は別のものになる。世界の現実はこうして私達のモノを介したコミュニケーションが作り出している