森崎和江のレビュー一覧
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まっくら 女坑夫からの聞き書き
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解説によると、底本の初版は1961年。
筑豊の石炭鉱山で働いた女性からの聞き書き。方言を使って生き生きと語る様子が書かれる。苦労したんだろうが、当時は楽しかったと思い出を語っている。
1920年代から女性労働者の環境改善という世界情勢から子供や女性の入坑禁止となった炭鉱で、男性に負けず働いた女性がいた。男とも対等に働いたという。
かつては、大学卒業生の就職先第一志望先だった時代もあるという炭鉱だが、その最前線の現場で働いた女性坑夫(歴史から消えた女性労働者)の存在に焦点を当てる。
鉱山の中という暗闇の中で働き、夜明け前から夜中まで働き続けて鉱山の外に出ても、まっくら。坑夫の仕事が終わっても、女性には炊事や子育てなどが待ち構える。そんな環境で女性が元気に働いていた時代があった。
先山(さきやま),後山(あとやま)、スラ、セナなど、炭鉱作業の用語が出てくる。説明を忘れたら、解説文の初めのほうを読めば思い出せた。
九州の方言で語る言葉も、関西弁で育った私にはほとんどが理解できた。
宮本常一の「忘れられた日本人」を読んだ時のように、こんな日本もあったのか・・・と。 -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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まっくら 女坑夫からの聞き書き
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『サンダカン八番娼館』の山崎豊子にも大きな影響を与えた本。作者が谷川雁などと一緒に活動していたのは知らなかった。それはさておき、何故、からゆきさんは天草、島原に多かったのか。その理由を歴史的背景から、土地の貧困さ、農村・漁村の貧しさという経済的側面、また鎖国時代に唯一海外に窓を開いていた長崎の近くという地理的理由など、なるほどと思わせる考察が沢山あった。また、国から捨てられたからゆきさんの海外での行動範囲には舌を巻いた。幕末の頃から多数の芸妓が勤王の志士を支援するしたが、明治になって大陸浪人が活動するようになったら、今度はからゆきさん達が支援していたなど知らない歴史もあった。
しかしこの本の中での読みどころは様々なからゆきさんの人生。もちろん不幸なものがほとんどであるが、その限られた生を自信と誇りを持って生きた人たちの話に感動を受ける。特に島木ヨシの死に様には強い共感を持つと同時に自分には絶対無理だと。そのヨシの言葉で印象に残っているものを列記して終わりたい。
「がんばらんば。あんたどま、がんばりが足らんばい。日本人ちゅうことを忘れちゃおらんな。あんたどま、なんとも思うとるまいが、いくら日本が強い国でも、外国にいる日本人が笑われるようなら、国はしまいにはなかごとなるばい。‥あんたどま、ひとりひとり生きた日の丸ばい。あんたどんが、じだらくすれば、日の丸をじだらくにしよるのと同じばい」。I am japanなどと大見え切ってる阿保に聞かせてやりたい。さらに「日本はアメリカには勝たんど。日本は三年も持ちきるもんじゃなかっど。えらか人はなんば考えとっとじゃろうか。日の丸のおかげで助かっとる者は外国にどがしこおらすとかわからんとに。ばかなこっばして。外国へ行ってみればわかっとに。こがんこまか国が世界の白眼ばうけて、なんのよかこっがあろうか。日の丸ば、よごして」
身体一つで海外で働いたからゆきさんの目こそ正しかったのだ。 -
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とってもいい本だった。
森崎和江自身の、自分を育んだ土地への心からの愛着と植民2世としてのどうしようもない後ろめたさがびしびしと伝わってきて、心が切なさと哀しさでいっぱいになる。韓国に行きたくなる。
贖罪に貫かれているけど、少しも説教くさくはないところもすごい。ただ温かく、とても切ない。
戦後80年であり、私にとっては仕事で思いがけず韓国と関わる機会を得たこの1年の、まさに締めくくりにふさわしい本だった。
やっぱり人生って自分の生きる日常と本が連動している。こんなに面白く豊かなことはなく、静かに感動する。
森崎和江の書く朝鮮半島はとても魅力的。
静かで趣があって伸びやか。
そういえば私は植民地時代の朝鮮半島のまちや人々の暮らしについてちゃんと読んだことがなかったかもしれない。
「まちですれ違うオモニが頭をなでてくれた」とか、そんなことがあるんだと意外に思った。もっと人々はいがみ合って交わらず暮らしていたのかと思い込んでいた。
軒先の道端で寝ているアボジの足先の間を縫って通学していたくだりとかも、意外だった。ちゃんと庶民の生活は存在し続けていたんだなと初めて知った。
牧歌的な幼少期から、どんどん戦況は悪化していき、それに重なるように母も病床に伏し亡くなった。そんなふうに、時代と個人的な生活が重なっていることにも引き込まれた。
なんと心細い思春期を過ごしたんだろう。
母を失ったために、父母の会話に耳をそばだてられることがなくなり、父の内心がわからずおろおろするなんて、そんな感情があると初めて知った。なのにその感情が手に取るようにわかった。
朝鮮の人々に対して特別な思いを抱き続け、それゆえに不遇も経験したであろう父。
当時は家父長制の常識ゆえ、父と娘が自分の思想信条を率直に話したり聞いたりできなかったんだろうと思うと、とてももったいない。一読者としても、「この時の父の思いをもっと知りたいな」などと思ってもどかしかった。
それでもこの父あっての森崎和江なんだなととても腑に落ちた。
年の暮れにいいものを読んだ。
私はもちろん戦争を知らない世代だけど、すばらしい本は時代を超えて人を感動させる。
改めてそう思った。
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まっくら 女坑夫からの聞き書き
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ネタバレカテゴリ「ルポルタージュ」にしたけど、正確には「聞き書き」というジャンルになるらしい。その名の通り、福岡の炭鉱などで戦中・戦後に働いてきて、そのまま「炭鉱住宅」などに住まっている高齢女性たちから話を聞き、彼女たちの来し方を記録したもの。間に著者の想い(だいたいは哀しみといってよい感情)が挟まれている。
女坑夫たちの生きざまは、すさまじい。しかし当の本人たちは「みんなそんな風に生きてきた」と思っているから、淡々と語る。
私は北九州で育ったので、ここにつづられている筑豊の方言はだいたい理解できたし、親戚のおじさんが言っていたあの言葉、こういう意味だったんだな、と思い出すことも多かった。でも福岡にゆかりのない人は、きつい方言の部分はだいぶ読みにくいのではないだろうか。例えば休むことを「よこう」とか言う。横になる、という意味から来ているらしい。夫のおじいちゃんが言ってたらしい笑。
炭坑で、文字通り地を這うようにして生き、暮らしてきた女性たちは、炭鉱が閉鎖されて時代が移ろったあとも、相変わらず貧しいままだ。貧しくてもそれを受け入れ、「私らは一生懸命生きてきた」という誇りをもっている。今のように人権意識が広まり、法が整備される前から、自分たちは男と対等だ、腕力がなくても工夫して男と同じくらい、いやもっとよく働いてきた、という自負がある。
戦時中の記憶を語る人の中には、「朝鮮の人もいっぱいおった」という記憶も多い。貴重な証言だと思う。
戦後、女性が半裸で地下を這いつくばるような労働環境を放置しているのは、国として恥だ(?)女性を保護しなければ、という感覚から、法整備が進み、女性が炭坑に潜ることができなくなった。炭坑で働く女性からしてみれば、生活の糧を失うことになり、いい迷惑だったようだ。現場を知らない官僚が考えることと、市井の人々との感覚の乖離が垣間見える。一方的に辞めさせるのではなく、男性も、女性も安全に働ける環境づくりが優先だったのだと今なら皆わかる。
働いて働いて働いて働いて、働いてきた炭坑の貧しい女性たちを通して、日本の現在がいかにして作られたのかに思い至ることができる、貴重な聞き書き。読んでよかったです。 -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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読む前は、たぶん内容は書名どおりとても暗いんだろうな、と思っていた。だから、気になりつつ、手に取るまでだいぶ時間がかかった。ところが読み出してみたら、なんとも元気の出てくる本であり、しかも仕事頑張るぞーと思える本でもあった。ただし、著者から聞き書きをされている十一人の女性たちの語る仕事・労働や家事や性や、つまり生きることに対しての態度は、現代の我々とはかなり違う。彼女たちにとって、働かない人生など人生ではないのであり、週に一日休むなんて、とんでもないことであり、最近の若い者はなっとらん、なのである。炭鉱にもぐっていくことは怖いし、男たちに対しては、なんだ、偉そうに、という思いもあると同時に、炭鉱の中で男とこっそりセックスすることも、仕事中にしっかり楽しんでいるし、その結果として子どもが産まれる。だから、全面的に共感しながら読んだ、というわけではないのだが、とても勇気づけられたのであった。その時代その場所で、生きることに対しての態度は異なるのであり、わたしは、今この時代この場所から、国内のだいぶ遠い場所にかつて生きていた彼女たちに、生きることそのものの根っこのところで共感し、勇気づけられたのだ。
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すごくいい本だと思う
日本の歴史のことが書かれてて
でも残念なことに、昔の言葉と九州の方言で
意味が分からないことも多々…
現代風に書き換えてくれたら、もっと見やすいのに…
炭鉱で、採炭作業がまだ機械化される前の大正期頃の話
スラ(そり状の木箱)やセナ(竹の籠)に石炭を入れて地上へ運ぶ
これを、ほぼ女の人がやってて
夫婦で炭鉱で働いて、採炭作業が終われば家事
その頃、旦那さんは飲みに行く…
夜中に子どもを保育園に預け、また夜の寝てる頃に迎えに行く…
子供の顔は寝顔しか分からない
今じゃ考えられない
でも、それが当時は普通
14歳で炭鉱で働いたり
学校は行かなかったり
戸籍はなかったり
何者か分からないものが働いてたり
すごい世界と感じた
坑内で、亡くなる人の亡くなり方が
スラに轢かれたり…
人がやっと1人通れるような暗い道を1人通る怖さは想像を絶する… -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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衝撃の一冊。
おばあさんたちによって、炭鉱での仕事と生活が平易な言葉で語られるけれど、人間とは、歴史とは、労働とは、女性とは、産業とは、と色々な観点で考えさせられる。後を引くおもしろさ。かつ、私の人生を変える予感。
祖母と同じ語り口。祖母から話を聞いているような、あたたかい気持ちになる。
○まず、女性がこんなにワイルドで強かったということに驚愕。これが私にとって一番力になる。私の中にもこれくらいの強さがあるのかもしれない、と思えることがこの本の希望。
・偉そうなむかつく男を女子グループで手足を縛って袋叩きにして暗闇に放置してあやまらせる。
・先山となってマイトをうまくしかけて石炭を掘り男たちからも尊敬される。
・神を信じず、迷信に囚われず、自分の意思で物事を決める。
・月のさわりでも休めず、草履でも新聞紙でも突っ込んで仕事。
○彼女たちの恋愛事情もシンプル
・いい仕事ができる、いい先山に惚れる。そうせな生きていけん。組んで仕事しよったら情が移る。
・(坑内で)やらんではおれん
・子持ちでも若い男とけつわれ
○不条理や恐怖に耐え抜く
・親の借金のかたに突然結婚
・貧しくて教育を受けられない
・事故死
・極貧、そのひぐらし
・制圧
・競争
・女性の入山禁止
・男より安い賃金 -
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ネタバレこの一年半ほど、
「まっくら―女坑夫からの聞き書き―」1961、
ラジオ「にっぽんの子守唄~出稼ぎの女たち(F面)」、
ラジオドラマ「海鳴り」「いのちの木の方へ」「産湯の里」、
現代詩文庫の「森崎和江詩集」、
「からゆきさん」1976、
とぼちぼち読んでいる。
本書は1984。
作者の著作は膨大なので全容を把握するのは難しそうだが、本書は作者にとっての根っこを描いているので、読んでよかった。
まずは朝鮮植民二世としての、原罪意識。
これだけなら辛さ一辺倒になりかねないが、さらに、生きて在ることのエロスを文章の端々から感じる。
これは例えばこうの史代と片渕須直の「この世界の片隅に」や、おざわゆきの漫画「あとかたの街」に通じる、少女の目から戦争を証言する作品だと思った。
作者は他の著作でいわゆる証言文学をものしているが、本書は自分の声を散文で残した証言文学でもあるだろう。
「からゆきさん」の感想で、以下のように書いた。
・
一人の少女が、成長過程で得た根拠地を引き剝がされた後、得たり失ったりした挙句、回顧するときどう思うか……その機微にまで、さすがに一読者は至れない。
が、当人や関係者から話を聞いた森崎和江は、身が震えたのだろうな。
・
これはおヨシさんという女性の話を森崎和江が書いていることを受けての感想なのだが、このときの「震え」は自分自身のものでもあったのだろう、と感想が深まった。
また、以下のような詩がある。
・
おはよう!/おはようと夜明けの空がこたえた/うれしくてからだがふるえたの/でもその空/にほんが攻めこんだくにの空でした
・
これはそのまんま。
所謂ポストコロニアル文学としても拡大して考えたい作品。
それにしても、お父さんの偉大さに敬服。
(森崎庫次についての研究論文が検索するとヒットする。)
@
■序章 007
■第一章 天の川 012
■第二章 しょうぶの葉 072
■第三章 王陵 110
■第四章 魂の火 169
■余章 226
■あとがき 247
◇解説 松井理恵 252 -
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著者のことはサークル村の主要人物の一人ということは知っていたが、その著作で読んだのは『からゆきさん』と『まっくら』の二冊。本書は、著者が自らの原郷とする生まれ育った朝鮮での17年間の生活を回想したもの。
著者は、理想化肌の朝鮮学校の教師である父と、優しく慈しんでくれる母との間の長女であった。そして父の学校異動の関係で、慶尚北道の大邱、慶州そして金泉に住んだ。
幼き日の思い出から著者は朝鮮での生活を細部まできめ細かく描いていく。朝鮮人のアブジやオモニの姿も自らの見たままに生き生きと描かれる。こんなにも瑞々しく記憶にとどめ文章として表現できるというのは本当にすごい。
愛情を注いでくれる両親ー特に父はあの時代に ”自由放任” を教育方針と言っていたほどの人物であったがーの下で育つ著者は、ある意味では内地の日本より伸び伸びと育ったのであるが、当時の朝鮮での体験を今の時点で書く著者の思いは苦い。自らの愛した故郷が日本が植民地としていた地であることを知り、オモニやアブジが日々の生活に痛みを感じ、日本人をどのように思っていたかを振り返って考えるようになったから。
戦後ずいぶんの年月が経過したが、今なお重い問いを投げかけている一冊だと思う。 -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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ユリイカ2022年7月号、「スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ」特集での、佐藤泉氏による寄稿、
「とばりの向こうの声を集める」のなかで、聞き書きの代表的書き手として、森崎和江氏が、そしてこの「まっくら」が紹介されており、読むに至った。
明治期後半から昭和初期の、女性坑夫からの聞き書きで構成されたこの本は、1961年に発行されている。その当時、まだかろうじて残っていた福岡県筑豊炭坑住宅に著書自らが暮らし、聞き取ったもの。
森崎は当時の女性としては最高とも言える教育を受けて育って、しかしその中で触れるたくさんの文字、書かれた言葉中の日本人は、「もう結構だった」と言う。
「文字に縁なく、そんなものを無視して暮らす人びとは、新しい泉に思えた。私は救われたかった。」と。
記された10人の、かつての女坑夫である老女の話す言葉は、訛りもそのままに生々しく、読み手をも焼き滅ぼすようにこちらに向かってまっすぐに向かってくる。
たいていの坑夫は、流れ着いてまた流れて、を繰り返すようで、戸籍のない人も多い。その日の炭の取れ高により、米や金券のようなもので交換される。そこから納屋代や道具代なども差し引かれると、手元には何も残らない。ほとんどの人がその日暮らしだ。夜暗いうちから地底に降りて、這うように炭を掘り、外へ出る頃にはもう真っ暗。
「黒雲天井たい。数えの十四たい。十四の歳から坑内にさがった。そして二十二の歳まで、わたしは青空天井とは縁が切れた。」
印象的だったのは、「生活のぜんぶが、人間的なものの抹殺であるようなぎりぎりの場」では、実体験として、信仰や信心は「ないがよか」と悟る坑夫の話。
赤不浄(生理中)は坑内に入るな、山の神さまは女だからとか、坑内での様々なタブー。
しかし、おがみやと呼ばれる年寄りに彼女の母親が無事かと聞いても、地下で働く者の安否は見えないのだという。
ならば、「ないがよか」と。
「神さんも地の下ににんげんが入ると、生きとっても生きとらんのと同じことげなばい。神さんにも。」
「信心は、これは地の上のことばい。神も仏も、これは地の上のことばい。」
生理中だろうと、出産したすぐ後だろうと、今働かなければ食べられないというギリギリの状態で、十七の歳に彼女はそうして信心を捨てる。切ないを超えている。
それを涙を流して話す姿から透けて見えるものを、今までずっと言葉にならなかった言葉を、引き出していく。
巻末の解説に書いてあるが、1928年には、国際労働条約の締結に伴い、女性の坑内労働は原則禁止になる。
「男は仕事、女は家事」という性分業の先駆けとも見えるが、女坑夫達の気持ちは違った。
もちろん辛い仕事だが、そこにはあまり男女の優劣が無かった。坑内では男女は対等であり、先山(先に掘り進める者。主に男)と後山(掘った炭を集めて函に入れ運ぶ。主に女。親子の場合先山が親)は、どちらが楽ということはなく、男も女も同じように働く。炭鉱によっては、男女差の無い賃金のところもあったようだ。
女はより能力の高い先山を求めて男を変えることもある。
そのような生き方の中にある「始点」というような得体の知れない感動。
しかし大きな物語の中でそれらの小さな感動は言葉をもたず封印され、(書かれた)当時の近代的価値観により、進化による性分業とみなされてしまったと森崎は訴える。
そのような森崎の視点は、インテリジェンス(しばしば大きな物語目線になりがちな)が無ければ得られないものだが、その側からは語られない。その場所に居る人に聞くことでしか封印は破られないし、それを公共の言説空間に現出させることは森崎側にしか出来ない。
だからこそ、森崎は
「心を無にして、相手の思いの核心に耳を澄ます」という方法で挑んだ。
私はそれを両側から受け取る。
西欧社会にはパロール(話し言葉)本意主義があり、パロールはエクリチュール(書き言葉)に先行するという哲学的思考がある。
デリダはこれに異を唱え、二項対立の脱構築を試みるのだが、
先に紹介した佐藤泉氏の寄稿には、
「ロゴスの世界にアクセスできるのは、話し言葉ではなく書き言葉のみだからだ。」
とある。
ならば聞き書きとは、より一層真理の方へ、下へ下へ、向かうのではないか。
両側から受け取った今、そう思う。
書かれた時代と現代で比べれば、森崎の考え方の遅れも感じる。女性が男性と同じように働くのが平等では必ずしもないし、家庭に収まる女性にどこか攻撃的な部分、冷ややかな書き方もチラと感じられるからまるごと共感は出来ないが、
「それは確かにあった」という前提で聞いた、その地の裂け目からの声を私もまた聞いたように読んだ。
それはかつての女坑夫達への何にも代え難い鎮魂になるのではないのか、と思う。
語ることもなく死んでいった彼女達への。
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明治時代、外国に売られていった女の子たち、その背景、女の子たちのその後。
綾さんの養母のキミが精神の異常をきたしている様子が、胸に迫る。
養子の綾さんに、このいんばいおなご!おまえのいんばいをようしっとるよ。ひとりの男も百人の男も同じこつ、と罵る。それは、おそらくキミさん自身の自己認識で、雇い主や客や故郷や社会からそう言われてきて、それが彼女の中に刷り込まれてしまったのだろうと想像できる。
炭坑夫を描いた「まっくら」の女たちは、まずしくてももっと、なんというか、正常だった。本来の人間の強さを持っているように読めた。それは貧しくても人間の暮らしだったからたみろう。
が、からゆきさんたちは、アウトオブノーマル。底辺よりも、さらに下。
日露戦争とか安重根の伊藤博文襲撃とか朝鮮の鉄道敷設とか。そういう歴史の背後にこんな物語があったことを、覚えておこう。
わたしは、選択肢を多く持ち、お腹いっぱいで自己実現とか平和に暮らせることを感謝しよう。
森崎さん、すごい仕事をありがとう。あなたの女性への眼差しが、本当に励みになる。女性が幸せであることを、こころから願った人。 -
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石牟礼道子は読んでいたのだが、サークル村の同志だった森崎和江は読んだことがなかった。
『からゆきさん』は昔から知っていたのだけど山崎朋子の本や『五番町夕霧楼』みたいな遊郭に娘が売られる話とごっちゃになって、なんだか暗い因習に満ちた救いのない話だと思い込んでいて、手に取っていなかった。しかし石牟礼道子や藤本和子との関係を知り、これはちゃんと読まなければと思って読んでみた。
確かに貧しい家の娘が家計を助けるため、あるいは口減らしのため、密航状態で船に乗せられ東南アジアで身を売ったわけで、労働基準法もなければ健康保険ももちろんない中、性病の危険にさらされながらの毎日も辛かっただろうが、そこまで自分を犠牲にして働いても、故郷に帰ればまともに扱われない、というところはもちろん辛い。
しかしもっとずっと前から貧しさのため身を売る女性たちを「醜業婦」「淫売」「売女」と蔑む女性観が、経済・政治・ジャーナリズムなどすべてを握る男たちにあったのでである。娘を農村漁村から集めて(家畜同様)売りさばいていたのはほとんどが男であったのだが。
確かに悲惨である。しかし、意外にも救いのない暗さとは違う。
それはまず村の若い男女の性意識が現在とは全く異なることがきちんと取材されていること。性行為を淫靡なものとは思わず、「性が人間としてのやさしさやあたたかさの源である」(p64)と感じて育った娘たちは「おおらかでふてぶてしいエネルギー」(p65)があった。武士層やその後の中産階級が規範とした「二夫に見えず」といった貞操観念とは無縁であった。しかしそういった性意識と貧しさに付け込んだのが明治の男たちであった。
この本には「からゆき」になった後実業家として成功した女性も出てくる。悲惨な人生を送った者ばかりではなく、混乱の時代をたくましく生き抜いた姿に救われる。
しかし、男が集まるところには身を売る女が必要であるという男たちの意識は昭和になっても変わることはなく(石牟礼道子も水俣にチッソの工場ができるとすぐに女郎屋ができたと書いている。)、これが戦争中従軍慰安婦の流れになったことは容易に想像できる。女たちを集めて売る業者の男たちは役所からはお目こぼしで咎められず、女たちはつかまれば実名報道と「淫売」の烙印。
そこが一番暗澹とするところである。
売らせた男や買った男は咎めを受けず、売った女だけが貶められることは今も続いているのではないか。
取材を重ねるというより、「からゆき」だった女性と身を一つにしているといった書きぶり、貧しい人、蔑まれている人の中にある強さや美しさを描いている点も石牟礼道子と近いものを感じた。
男が書いた歴史には書かれなかった、たくさんの女性の声が聞こえてくるようだった。 -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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