森崎和江のレビュー一覧
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まっくら 女坑夫からの聞き書き
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試し読み
Posted by ブクログ
一昔前福岡に勤務していて、炭鉱自体はとうの昔に閉山していたが、ボタ山や炭鉱跡を見たり、上野英信の『追われゆく坑夫たち』、山本作兵衛の画文集などを読んだりして、多少の知識は持っていたつもりだった。
今回本書を読んで、聞き書きという形で語られる、かつて炭坑で働いていた女性たちの、それぞれの人生を語る生々しい肉声を読んで、死と隣り合わせの労働の厳しさや、男何するものぞとの逞しさなど、いろいろなことを感じさせられた。
お天道さまの見える地の上と真っ暗な地の下、農業に従事する者からの差別、地上に上がっても男と違い、家事や育児をしなければならない生活、今では考えられないような生活をしていた人たちが大勢いた訳だ。
各人の聞き書きの後に、話者からの話を聞いた著者の感懐がそれぞれ綴られる。良く分かるものもあれば、どうしてこのように著者は感じたのだろうと疑問に思うものもあった。直接接した人が感得し得たことなのだろうか、それとも時代が隔たり過ぎた故なのだろうか。
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Posted by ブクログ
ずっと読みたかった。なんとなく知っているつもりだった「からゆきさん」。思ってたより生々しく強烈に描かれていた。ディテールにいたたまれなくなり、何度も途中で本を置いた。
12、3歳で売られる子もいて、おそらく今の子供より背丈も小さいだろうと思うと胸が詰まる。そして、二十歳まで生きられなかった子がたくさんいる。娘を売らなければならないほどの貧乏、飢えが想像できないとはいえ、あまりにひどい。これだけを見れば、時代が進んで良かったと思える。確かに今の方がマシなのだが、それでも女性の性を搾取して儲ける人たちはなくならず、少女を商品と見てお金で買う人はなくならず、どうすればいいのかと思う。
後の方の、ヨシさんの話は痛快だったが、最期を思うと、やはりスタートがダメで、いくら本人の才覚で運命を切り開いたとしても、深く窺い知れない闇が中に巣食っていたのだろう。それがわかりやすい形で現れたのがキミさんだった。
ずっと前に書かれたものに、現在を強く感じることが最近続く。
"「可哀さうに人民は重い税と、少数の金持の懐中を肥すために、なけ無しの銭を搾られて居る」。"
184ページ
一時の日本より貧富の差、「人民と金持」の差が開いてきたのだろう。
二度と「からゆきさん」が出ないとは言えなくなってきたのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
著者は1927年朝鮮大邱生まれ。1923年生まれの司馬遼太郎氏と同世代。「能登早春紀行」と「津軽海峡を越えて」の2編を収録する。同じく紀行文である司馬氏の「街道をゆく」が歴史を中心に触れているのに対し、本書は人々の生活、民俗に重きを置いている。
第一部は冬の能登半島を時計回りにぐるりと一周。各地に笑い話が伝わる。千浦の又次(沖で船から包丁を落とし、港に戻ってから船につけた目印を手がかりに海に潜って探す話)、引砂のサンニョモン(3つまとめて三文や、全裸で松茸売った話)。
浄土真宗の宗徒が多い地域はこういった昔話や民話が少ないと、司馬遼太郎先生がどこかで書いていたような気がするが、加賀の本拠地・金沢と文化的に違うのだろうか。江戸時代から北海道のニシン漁に漁業労働者を送った土地柄とのことで、日本海沿岸各地の人々と交流があったためかも知れない。 -
まっくら 女坑夫からの聞き書き
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試し読み
Posted by ブクログ
九州の女炭鉱夫への聞き取り本。
インタビューのまま強烈な方言で書かれており、読みにくいがその分、生々しく体験が伝わる。
炭鉱は暗く、狭く、陰鬱な恐怖の場所である。ガスへの引火、落盤、トロッコの暴走でいとも簡単に人が死ぬ。
そのような環境だからこそ、暗闇で蝋燭がひときわ輝くような強烈な生命の発露がインタビューから感じ取れる。
作者の解説で、炭鉱労働は無くなる一方の労働であるというくだりがあった。採れば採るほど、炭は枯渇し、深くまで掘ることとなり、最後は鉱山が終わる。そこに発展はない。殖えることのない労働だ。
そのような労働に殖やす性である女性が身を捧げるちぐはぐさ、それも作者がこの本で伝えたいことではなかろうか。