宮野真生子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
哲学者宮野さんは各種のエビデンスと統計データを理解し,主治医を専門職セクターにいる存在としてリスペクトする、物分かりのいいがん患者である…
しかし彼女は病気で不安に駆られる中で、合理性で未来を予想して自分を守ろうとしていたことに気付く
そこで見失っていたもの,世界への信頼と偶然(まさに彼女が20年間研究していた九鬼周造の哲学)に生まれてくる「いま」に身を委ねる勇気だった
宮野さんから言葉を引き出すのが上手い人類学者の磯野さん、時間とは物理的時間✖️深さという…
2人の往復書簡はまさに宮野さんの具合がどんどん悪くなり、救急車で運ばれてICUに入り、、またほんの束の間持ち直して(おわりに)と(謝辞)をギリギリ目を通して、最期の最後まで哲学の言葉を紡いで「この世は人と人が偶然出会い、タイミングをつかみ合い、運命と変化して、他者と生きる新たな時が生まれる」この世が愛おしい,と締めくくる彼女の言葉に打たれた…
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Posted by ブクログ
9月の読書会のテーマ
本を受け取ったのは8月初旬、にもかかわらず読み終えたのは読書会前夜…
じつは最初は内容に入り込めず(こういう往復書簡の本は初めてで)、そのまま仕事が忙しいのを理由に放置すること1ヶ月…
これはヤバい、読書会に間に合わない!とあわてて少しずつ読む。
半分近くなって、だんだん内容に集中できてきて、ふむふむ~、ほ~そういう考え方もあるのかetc
1. 単なる「美談」や「闘病記」ではない
この本は「病気に負けずに頑張る」という感傷的な闘病記でも、お互いを優しく慰め合う本でもありません。
死を目の前にした宮野さんに対し、磯野さんは一切手加減せず、研究者同士として全力の知的なボール(問い)を投げ込みます。
その「対等で真剣勝負なやり取り」こそが、病気によって「かわいそうな患者」という枠にはめられがちだった宮野さんの尊厳を支えました。
2.周りからのノイズ
病気が悪化したときに周囲から寄せられる民間療法などの情報が『親心と分かっていてもノイズでしかなかった』という宮野さんに、すごく共感しました。
ウチは子供がいないんですが、むかし親戚のおじさんに「〇〇のお守りもらってきてあげようか?」有名な子宝神社
と言われたときに、大きなお世話やー(とは言えなかったけどな)イラっとしたのを思い出しました(笑)
3. 「不運」と「不幸」の違い
作中で特に深く議論されるのが「病気になること」についてです。
不運:確率や偶然によって自分に起こってしまった「点」の出来事(誰のせいでもない)。
不幸:その出来事を「自分はなんてダメなんだ」「人生が終わった」と意味づけてしまった「線」の状態。
病気になるのは単なる「不運」であって、それをどう生きるかによって「不幸」にするかどうかは自分で選べる、という強い思考が語られます。
宮野さんは、始めは「自分は不幸ではない」と言ったけど、カッコつけすぎたかな~と後で仰ってました。
でも、カッコつけてしまう気持ちはとてもよく分かります。自分が宮野さんの立場なら多分そうしてしまうと思うの。
病気や困難に直面したとき、周りに心配をかけたくないという気持ちもありますし、「可哀想な人」「弱っている人」として見られたくない。
自分のプライドを守りたいという気持ちから、つい「大丈夫」「不幸ではない」と振る舞ってしまったり、自分に言い聞かせてしまう。
逆に、悲劇のヒロイン(言い方わるくてスミマセン)になれる人が羨ましいと思う時もあるわ(笑)
4. 「急に具合が悪くなる」という不確実性を生きる
タイトルの言葉は、主治医から告げられた一言です。
「明日どうなるか分からない(未来の予定が崩れるかもしれない)」という極限の不確実性の中で、人はどうやって希望を持ち、他者と「約束」をして生きていくのか。
二人は「不確実な未来を恐れるのではなく、今この瞬間の出会いや対話を引き受けること」に生の意味を見出していきます。