宮野真生子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
*この本を残してくれてありがとうございます。
と心から思う。
宮野さんが磯野さんと出会えて良かった。
命がけで言葉を渡してくる宮野さんも、逃げ出さなかった磯野さんも尊敬する。自分が何をするべきかを己の命が求める使命感と絶対に逃すことのできないその瞬間、瞬間に適切な形で想いを言語に変えられる力には、私の魂に響くものがあった。人間ってすごいんだな、と思う。
「くもをさがす」でも、自分のアイデンティティが病気に支配されてしまうことに言及されていた。
そして、これが自分だと思っているものは実はいろんな偶然性からその道へと運ばれたことも往々にしてある。
意図することが全て正義ではなくて、他者との関係性 -
Posted by ブクログ
生きてきて、出会えてよかったと思う本がある。
私にとってそのうちの一冊です。
たくさんの既成概念に苦しんでいるひとがいる。苦しみはいつもとても個人的なものだと思う。
普通の枠に孤独感を持つ、怒りや孤独は深い痛みになる。
死を迎えるひとと、生き残るひと。その二人は大きく隔てられて言葉も無くしてしまう。
それでも、「ただのあなたと私」で繋がり続ける物語(往復書簡)です。
病気にどう向き合うか、向き合わないか、受け入れるか、抗うか。
病気に自分らしさを削られているひとのそばに、臨床に立つものとして、自分の考えを新たにする必読の一冊だと思いました。
今年映画化され、そちらはまだ観ていませんが、映画 -
Posted by ブクログ
同タイトル映画の主演女優2人がカンヌで賞を取ったことにより、書籍の存在を知り、映画を見る前に読もうと本を手に取った。
同時期に自分の母が急に具合が悪くなり、このテーマを読むことに抵抗を感じだが、この偶然?必然?を受け入れようと読み始めた。
学者同士、人間同士、女性同士の深い言葉のやり取りに、引き込まれるように読んだ。彼女たちが書いていることは、たくさんの人たちも考えていることだが、彼女たちのように言語化できずにいるのだと思う。自分では言語化できなくても、魂のレベルの話だから、読みながら「ああ分かる」となった。かなり深い内容で消化不良感はあるが、読んで良かったし、また読み返したいと思う。
読み進 -
Posted by ブクログ
カンヌ国際映画祭で受賞されたことが話題になっていた。
そこでわたしが驚いたことがあり、
服飾の専門学校の頃は、よくコレクションを観てて、
その中で日本人のモデルtaoさんを何度も観てたから、彼女が女優と活躍されていて驚いた。
授賞式では、CHANELだっけ?のドレスに、
またふっくらとしたお腹がより神秘的で美しかった。
さて、本棚。
宮野さんは哲学者で、磯野さんは人類学者
お二人が普段感じている世の中はこうも違うのかなぁ?と
考え方が哲学的だったりして、
正直、話が難しかったりしてついていけない部分もあった。
でも、よく考えてみたら、
余命宣告もされて、具合が悪くなっている方と、
こんなに -
Posted by ブクログ
哲学者と人類学者の往復書簡ということで、抽象的なやりとりも多く少し難しく感じましたが自分なりに感じたことを書きます。
人は不運なことが起きた時に「◯◯したからこうなった」みたいな原因結果論を持ち出して自分を納得させようとする生き物ですが、生きるってそもそもそんな単純明快じゃないしコントロール可能なものじゃない、もっと偶然とか運命的なものに導かれるものだよということを言ってくれていたのかなと思います。
私は子供を妊娠したときに、実母から「◯◯をしたら障害児が生まれる(育つ)」というプレッシャーを妊娠中から産後までずっとかけられて、人間ってそんな「AすればBになる」みたいな単純な方程式が成り立 -
Posted by ブクログ
映画を観て、原作を読みたくなった。最近の私の読書と重なり、何か壮大な物語というか、繋がりを感じている。モモで時間について考え、聞く技術聞いてもらう技術で聞くことについて考え、映画を観て、今この本を読み終えた。
この本を読まない選択もできた。にもかかわらず、私は本を読み、哲学者宮野と人類学者磯野との書簡に出会った。出会う前の私とは違う私。本を読みながら、乳がんで亡くなった友を想い、今関わる患者さんを想い、ケアすることを想った。直接は出会っていないが、お2人のラインは私にまで繋がり、私のラインになって踏み跡の深さが増したのではないか。そんなことを思った。お二人のラインに繋がる、なんておこがましいこ -
Posted by ブクログ
映画を見て原作が気になり読んでみました。
この本に出会えたことに感謝したくなる、
素晴らしい一冊でした!
人類学者の磯野真穂さんと
哲学者の宮野真生子さんの往復書簡。
宮野さんはガンを患っていて、
“急に具合が悪くなるかもしれない”と医師に告げられる。
2人の書簡から導き出されるのは、
病を患うのは不運ではあるが不幸ではない、ということ。
がんになることは必然ではない、偶然である。
急に具合が悪くなる“かもしれない”という確率論の話だ。
父は「遺伝子のせいで申し訳ない」と言うし、
未来の可能性が狭められたと思うことで悲観的になる。
そういう偶然に起きたことの前後に脈絡をつけることで、単なる -
Posted by ブクログ
この本を読んでふと嫉妬している自分がいることに気がついた。この本に、というか宮野氏に、だろうか。「魂を分け合った」なんていえる相手に出逢えること。こうして彼女の「生」と「死」が刻まれた書籍が出版されたこと。はたまた。
「死」という偶然性を孕んだ必然。「かもしれない」が個人の日々の在りようを一変させる、未来の可能性を封じてしまうこと。僕が「老後2000万円問題」に感じる違和感はこれだ。「安全な」未来に向けた「(己による)リスク管理」の重要性が騒がれるいまに、「今を生きること」を見直す時間。
この本を読んでいて、以前読んだ「選挙に行こう」 という文句の根本的な誤りについてをどうしてか思い出した -
Posted by ブクログ
むちゃくちゃすごい本だった。これは魂が宿っている。
映画化もされたけどこの本自体は物語ではなく哲学者と人類学者の往復書簡という形式でこういう本は初めて読んだ。
ガンを患った哲学者の死生観や病気への受け入れ方、日々の生活という部分にフォーカスしてその考え方を深ぼっていくのが往復書簡を始めた経緯だとは思うが、本当に哲学者の方が具合が悪くなってしまい、そこから展開が急スピードで進んでいき最終的には2人の魂の触れ合い、その出会いに感謝に帰結するという凄まじい濃さの本になっている。
病気への受け入れ方をここまで言語化出来るのが単純にすごいし、それでも尚必死に生きている哲学者である宮野さんの様はかっ -
Posted by ブクログ
ネタバレ
- ヘルスケアシステムの構造は政治(国家や個人)と宗教の構造とも似ていて、国家を信頼できないと宗教に縋る(というよりもこれは両立できるが)という民族セクター的な役割があるように思う
- 選ぶことは一見合理的に自分が選択しているようで、実はそのように合理的に選択できてると思わせるような社会システムになっているという点は、今後aiが発達しそこにエビデンスを求めるようになってくるとより顕著になるし、massive attackのライブを見て改めて感じだが、アルゴリズムによってインプットされる情報に偏りが出るとこれは全て私の意思とは言えないし、そういったaiやアルゴリズムに塗れた人たちと関われば、脱 -
Posted by ブクログ
宮野真生子さんの本を読み、偶然性とは何かを考えた。人は生まれてから死ぬまで、無数の選択の中を生きている。その一つひとつは、別のあり方もありえたはずのもので、決められた必然などほとんど存在しないのではないか。
私自身、国試浪人を経験し、失敗が続いたとき、もう人生は終わったと本気で思った。看護師に向いていないのではと悩んだ。だが今、十数年目を迎えている。あの失敗は、振り返れば人生の一つの点でしかなかった。そこから私は自由な選択をいくつも重ね、その積み重ねが今の自分になっている。決して楽な現状ではないけれど、どうにか生きてこられたという手応えが、静かな自信になっている。
意味は出来事そのもの