住田祐のレビュー一覧
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六条河原に晒されていた浅井、朝倉の首が何者かによって盗まれてしまった。明智光秀はその報告に衝撃を受ける。もしも主君の信長がその事実を知れば、光秀自身は殺されはしないだろうが、競争相手として脅威になっている秀吉に遅れを取ってしまうことになる。それだけは耐えられない。そんな嫉妬心も相まって、信長にバレないように、光秀は首を別人のものとすり替えようと決める。
ということで本書は去年の私のベスト1小説だった『白鷺立つ』を書かれた住田さんの第二作目となります。江戸時代を舞台にしていた前作から大きく時代はさかのぼり、舞台は戦国。信長、秀吉、光秀と歴史に詳しくないひとでも知っているスーパースターが中心の物語になっています。なので普段、歴史ものは苦手で読まない、というひとにも馴染みやすい物語になっているのではないかと思います。首をすり替えた一件は光秀にとって暗い影のように付きまとい、やがて意外な形で信長と光秀の関係を大きく変えることになります。最後に報いた一矢には、忘れがたい余韻が残ります。 -
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叡山。
千日回峰行。
7年に及ぶ過酷な荒行を生き残り、完遂した僧侶は北嶺大先達大行満大阿闍梨と称され崇められる。
成し遂げられなかった者には死しかない。
最も過酷な堂入りと呼ばれる行は、生前葬の後9日間、断食・断水・不眠・不臥で真言を唱え続ける。
比叡山延暦寺。名前は教科書で習いました。
天台宗、なんですね。
あまりにも知らない世界だったので理解できるかな?
という気持ちで読み始めましたが杞憂でした。
むしろ満たされる知識欲。
物語としての面白さ。
気づけば完全に世界観に引き込まれ、自分が行を終えたかのような読後感がありました。
思ったよりも人間臭いです。共感できるという良い意味で。
人が集まれば寺であっても俗世の企業と変わらないんですね。
色んな人の思惑、欲、不正。相性もある。
主人公の慈照は師を敬愛する清らかで真面目な僧侶だけれども、
不遜かつ恐ろしく優秀すぎる弟子に翻弄され、苦悩する。
二人には共通する境遇があり、それゆえに承認欲求という欲は強い。
そんな二人が互いに向き合う様は切れ味鋭い戦いのようで、
嫌悪感や憎しみを隠そうともしない。
けれども違いこそが唯一の理解者でもある。
唯一無二の、特別な関係なんです。
最後は哀しくもあり、いじらしくもあり、清々しくもある、
不思議な読後感のある物語でした。 -
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ネタバレかつてバラエティ番組で北嶺千日回峰行を目にし、自らの命をかけてまで人を修行へ駆り立てるものは何なのかと気になり、本書を手にした。
命がけで、失敗すれば自害を求められる北嶺千日回峰行の過酷さは想像以上だったが、いちばん心に残ったのは、それを経験した人の心のあり方だった。とりわけ印象深かったのは恃照である。戒閻を疎ましく思い、この修行さえ失敗すればよいと願っていた恃照が、戒閻にかつての自分を重ね、いつしか達成を願うようになる。その変化が深く心に残った。
極限の修行は人をただ強くするのではなく、見たくなかった弱さや醜さも含め、自分のすべてに向き合わせるのだと思う。エピローグで恃照が再び北嶺千日回峰行に挑み成し遂げた姿からは、戒閻との出会いによって、恃照自身もまた救われたのだと感じた。 -
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ネタバレ実家から毎日眺めていた比叡山を舞台にしたお話。
めちゃくちゃ面白い。
仏の道に入り、ともに千日回峰行を為さんとする恃照と戒閻の2人の人物を中枢に、彼らの同族嫌悪に近い厭悪や確執が、叡山という因循姑息な組織の上でどんな顛末を辿るのかを描いた小説。
規則という柵の中で死ぬことが許されず、恥を晒して生きてゆくしかない恃照にとって、出生を近くしながらもずんずんと自らの道を突き進む戒閻がどれだけ嫉ましく厭わしかったか、そしてどれだけ憧れ、堂入りを満することを願ったか。
長きに渡って、確執という殻の中で育まれてきた戦友同士の同情と信頼が一気に弾け出るラストシーンには、胸を打つものが大きかった。 -
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白鷺(はくろ)とは 白い浄衣を纏い 山道を跳ぶように歩く 叡山における回峰行者を指して用いられる比喩である─。
寛政8(1796)年 比叡山 延暦寺。
成し遂げることができなければ “死” とされた〈北嶺千日回峰行〉に挑む32歳の恃照。
彼は ある特殊な生立ちを抱えていた。
そしてその後 恃照は自らと同じ境遇をもつ17歳の太之助を弟子として預かることになる──。
「この世には おらぬはずの者」
恃照と戒閻(太之助)。真逆のようでいて、抱えている屈託は同じもの。
戒閻を目の当たりにすることで 恃照は自らの心の奥底を覗かざるをえなくなる。
俗世から隔離された場所ではあるけれど そこにいるのは人間。忿怒、嫉妬、嫌悪、自尊、そして欲……
ないわけがない。
なまぐさ坊主たちは論外としても。
教えの全てを理解したうえでの〈北嶺千日回峰行〉だと思ので 私には到底 理解できないが、少なくても 後世に名を残す為とか語り継がれる為に行われるものではないだろうと思う。
にもかかわらず手段としてそれを選んだ 恃照も戒閻も 哀しい。
何を目的で挑もうと 結局、成し遂げることができるのは その器にある者だけなのかもしれないなと 読み終えて思った。
ラストの穏やかな恃照は それまで彼が抱えてきたものを思うと とても感慨深い。ここに至るまでの全てのことが この恃照を作っているんだなとしみじみ思う。
今までに読んだことのない題材が 新鮮でとても良かった。
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第32回松本清張賞
圧倒的!!
作中に漂う厳粛な空気や緊張感、僧たちの胸に潜む熱、仏道の世界観に触れる読書体験ができた。
仏教用語や独特の難しい言い回しがあるのに、読みやすく心地よい文章で、前半からこれは!と星5を確信。
一見地味そうな僧の修行の話なのに、ささやかなユーモアもあり飽きることなく没入した。
千日回峰行はとんでもない荒行。
人って、水も飲まないと3日くらいしかもたないんじゃないっけ?
不眠も死んでしまうんじゃないっけ??
医学的に無理だと思うし、そんな危険な修行をすることになんの意味が、、、と全く理解はできないけどすごい世界を見てしまった気分。
寺院と朝廷が深く結びつき、寺院が世を成り立たせるための存在になっている関係性がわかりおもしろいと感じた。
戒閻の悲痛な思いが表れているこんなセリフにグッとくる。
「蝉はなるほど、やかましゅうございます。が、私には蝉の大音声が要るのです。蛍の弱々しき光では足らぬのでございます」「ここに…おらぬがゆえ」
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