朝宮夕のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
亡くなった人の最後のお支度をしてくれるのが納棺師です。この本ではご遺体の損傷が激しい方たちの修復作業と、納棺師たち各々の事情が紡がれていました。
まず、登場人物たちの名前を目次に投影させていることに気づきました。
次に、思わず目を背けたくなるような修復作業の過酷さに向き合う読書になると思いました。
大切な人を失い、自分を生かしていくために作られたこの職場での逡巡する思いはとても重いものでしたが、いつか自分も味わう思いであるかもしれないと思い、目が離せませんでした。
空の移り変わりと同じく、人生も一度たりとも同じではないということ、長いようで、あっという間に終わる人生の瞬間を紡ぎながら生きているということを語り合う場面がとても印象的でした。
大丈夫だとそのまま受け止めてくれる人がそばにいることは、明日への道しるべになると思いました。
この本は第19回小説現代長編新人賞受賞作品「薄明の先に」を加筆修正し、タイトルを変更して発行されました。新人賞でこの作品を生み出した朝宮夕さんの、今後の小説がとても楽しみです。
読んでよかったと思える一冊でした。
〈目次〉
0 有明の月
1 朝未(あさまだ)き
2 入相(入相)の鐘
3 宵の明星
4 東雲の空
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Posted by ブクログ
前作、『アフターブルー』の続き。
孤独死の現場を清掃する特殊清掃・遺品整理の
仕事をする水生悠浬。
現場を担う水生と鳴海(先輩)は、誰にも看取られずに亡くなった故人の生きた証と向き合う。
家族はいるが一緒に暮らしておらず餓死した男性、
家族で暮らしているのに家族の誰にも気づかれず
死後数日放置されていた男性、浴室で突然死で
亡くなった女性。
壮絶な現場を、仕事として淡々と作業する水生と
鳴海だが、なぜ孤独な最期を彼らは迎えなければいけなかったのか、遺された品々は一体何を語るのか、思いを馳せる。
途中まで、何度も息をするのが苦しくなった‥
しんどかった。
辛い話だが、このようなケースは現実に増えて
いる。誰かがやらなければいけない仕事、
きれいごとかもしれないが彼らの仕事は
現代社会の大きな課題を支える尊い仕事だと思う。
母親からネグレストを受けている水生悠浬は
幼い弟たちを育てるために、過酷な特殊清掃の
仕事をしている。時たま帰るだけの名ばかりの
母親。アパートの大家は彼らを見守り、生きていく術を教えてくれた。そんな大家が認知症となり、
施設に入ることに。大家の娘が水生悠浬にかけた
言葉が辛かった。でも彼女もずっと苦しかったの
かもしれない。アパートを出た悠里たち兄弟は
これからどうなっていくのか。
過酷な仕事とネグレスト‥正直、どちらかに
テーマを絞って欲しかった。
この本を、夜寝る前に読むんじゃなかったと
ちょっと後悔(しんどすぎる) -
Posted by ブクログ
前作アフター・ブルーと同じ会社の別部署、特殊遺品整理課で働く水生と鳴海。現場で淡々と作業を進める水生、そこに生きていた人の人生を問う鳴海。ほとんどの依頼者は遺品を全部いらないと言う。現場の凄絶な状況が低い温度で静かに語られる。
悠浬の母親は彼ら兄弟を放棄しているが、悠浬は自ら公的な援助を拒否している。テレビのない家に住み、海を見たこともない水生兄弟。正しいとは言えないかもしれないが、悠浬にはその選択をサポートしてくれるおばあちゃんがいた。
先輩の鳴海は遺品を処分しきれない。ものを遺してしまった人の思いをなかったことにはできない。それは彼の生い立ちに関わっている。
背負った過去と現実を一歩踏み越えた悠浬。そこに母親が戻るスペースはあるのだろうか。育った過去を片付けた鳴海のこの先は。
小説の中の出来事と割り切れない現実がここにある。気持ちを抉られる。正直怖い‥ -
Posted by ブクログ
前作『アフターブルー』で物語の舞台となったのは、葬儀会社の損傷の激しい遺体を専門に扱う納棺部二課。今回は、その会社の孤独死の現場を清掃し、遺された物を処分する特殊遺品整理課が物語の舞台となる。
家庭に問題のある入社半年の水生(みお)悠浬は、先輩社員の鳴海とバディーを組み、なぜ孤独な最期を迎えたのか。遺された品々は何を語るのか。故人の生きた証と向き合う日々を送るが…。
よくニュースの特番などで放送されるゴミ屋敷。なかなかすごいなーという軽い気持ちで見ていたが、ここでの描写はかなりリアル。そして、孤独死した遺体についてもかなりリアル。こうなるまで放っておいて清掃を依頼だけの親族もいるし、身内のない方でも近所の方と親族以上の交流があったりもする。これが実際に起こっている現実なんだろうなぁ。
200ページもないので、すぐに読み終わってしまった。もっと大家のおばあちゃんのこと、鳴海の家庭のことを知りたかった。
「海月の骨」の意味。ありえないものの象徴とは、なるほどなぁ。初めて知りました。 -
Posted by ブクログ
はい、そういう訳でひまめろ的期待の新人朝宮夕さんのデビュー二作目『海月の骨』です
海月に骨なんかねーよ!です
この間、職場でパワハラ研修なるものを受けてきました
役付きの人、正直ちょっとアウト気味な人たちから始まって、もちろんひまめろさんは最終組です
でね、講師の先生曰く、最近パワハラ、パワハラ言われすぎて没コミュニケーションになってしまってはいませんか?と
職場でそれはいかんよねって言うね
それでは個人の成長も会社の成長も望めません
うんうん全く持ってその通り
ではどうするか?
まずはこういった研修などで「どこからがパワハラか?」というラインを全社で共有する
ふむふむ
その上でコミュニケーションを大切にする
良いコミュニケーションとは相手の変化に気付くこと
気付いて関わっていくこと
そしてそのためには、相手を”見て”挨拶すること
見なかったらなにも気付かない
「見ること」の大切さ
この物語もなんとなくそれを教えてくれたような気もしたのです -
Posted by ブクログ
前作『アフターブルー』とつながりがあった。前作と同じ会社の【特殊遺品整理課】で働く、わけありの水生(みお)が主人公。
どうしてごみ屋敷になるまで放っておいたのか、家族は何もいわなかったのか、仕事を頼む人は本当に亡くなった人のことを考えて頼んだんだろうかという会話の中で人の身勝手さを痛いほど感じた。
育児放棄の母親が教えてくれなかったことを教えてくれて、弟たちと暮らすのを助けてくれた人との別れ。仕事で向き合う人の死。そして、同僚の抱えている思い。読み進めるほどに色々な思いが渦巻いた。
この仕事を淡々とこなす理由に、そう思わなければならなくなった過去が切なすぎた。
「家には、生きていた人の人生が詰まってる」という言葉が忘れられない。 -
Posted by ブクログ
前作の『アフターブルー』がとても良かったので、2作目発表時から楽しみにしていた。タイトルも素敵!
前作と同じ会社の、別の部署の話なので、前作の登場人物との絡みはほとんどなく、ここから読んでも問題なし。
今作は遺品整理の仕事を軸にしている。
故人の家や部屋を片付けると、その人が生前何を考え、どう生きていたのかがありありと浮かび上がってくる。生きた証がそこにあるのに、遺族からは「ゴミなので処分してほしい」と依頼され、すべてを廃棄していく。
思い出とゴミの違いって、一体なんなのだろう、、、。
主人公の水生や同僚の鳴海は、過酷な家庭環境で育っているせいで、故人と遺族の両方の視点から物事を見てしまう。
自分自身にも重ねてしまい、葛藤しながら仕事を通して自分を見つめ直していく。
思い出は過去になって、もう要らないものなのか。そう簡単に捨ててしまっていいのか。今やこれからだけが大事なのか。その人の生きた証は、本当にゴミなのか?
特殊で馴染みのない仕事の話なのに、いまを生きるすべての人に関わってくる生と死や、それぞれの思い出となった遺品。
答えのない問いが、主人公を通して私自身にも静かに問いかけてくるため、他人事ではない。
分かりやすい答えがあるわけではなく、考えさせられた上で、でもどこか暖かい希望の光も見せてくれる、尊い作品だった。 -
Posted by ブクログ
今回は遺品整理の話。前作ほど死体が絡まないと思っていたけど、そうでもない。残された部屋の状態が生々しい。
孤独死。
将来の自分にも重ねられるんだけど、まだ実感のないところへ一撃を喰らった感じだ。
残されたものはゴミ?本人にとっては大事な思い出か。遺族にとってはやはり意味のないゴミに見られる。
ゴミ屋敷になる人を同じく想像してみる。本文には満たされたい思いがあるのかも、っていうのもあったがやはりまだ分からない。その気持ちが分かる時がいずれくるのか。
それでももう無駄に物を買ったり溜め込んだりする気にはなれてない。
中々に重たいんだけど、辛くなく読めた。 -
Posted by ブクログ
株式会社C・F・Cの納棺部二課『特殊復元処置衛生課』は、身体や顔の損傷の激しいご遺体の復元処置をおこない、ご遺族が対面できるようにすることが仕事であることから、『二課は途切れた人生を繋げる場所』と言われており、それはご遺体とご遺族の人生であると共に、二課のメンバーである有明、八宵、朝未、入相、東雲の人生でもあることに、著者朝宮夕さんの本書に対する思いの強さや力の入れようを感じられた、渾身のデビュー作。
死という最も理不尽と思われるところに関わる仕事ということで、現場の生々しさには凄まじいものを感じられた一方で、その仕事の存在がどれだけ必要不可欠で大切なものであるのかを痛感させられた、そんなお仕事小説としての内容も素晴らしいのだが、私がより心を動かされたのは、それに関わる二課のメンバーそれぞれが内に抱えている個の部分に対して、どのように向き合っていくのかを描いていることであった。
本書の中で朝宮さんが、『いつだってマジョリティが強くて、それが世の中のルールになる。だからといって、マイノリティが集まったところで必ずしもお互いを理解できるわけではない』と、人それぞれの個という存在は決して単純でないが故に孤独を感じてしまうことがあることや、『理由がわからないことは、人にとって大きな不安要素』や、『人は行く当てのない感情を抱えると、必死に押し付け先を探そうとする』のように、内に秘められた人の本能的な弱さと思える部分を伝えていたことに、私は激しく共感を覚えた、その根拠として、この方は単純にマイノリティという言葉だけを一括りにしていない上、時に理不尽と思われる人の行動の裏には、そうした防衛本能があったことを客観的に教えてくれたことが挙げられる。
そして、それらをひっくるめて捉えてみると、人とはなんて弱い存在なのだろうかと思ってしまいそうになった一方で、二課のメンバーそれぞれの裏に抱えているものの重さとは裏腹に、彼らはどうしてそこまで自分自身を抑えて生きることができるのだろうと感じたのだけれども、そんなことはなく、彼らは皆もうどうしようもないという諦めと、いつか必ず変わる時が来るはずだという希望を抱え続けながら生きてきたんだということを、読み進めるにつれて痛感させられながら、尚且つ、未来へと目を向けられるような展開へと運ぶストーリーは、死を扱う重い題材でありながら爽やかな読後感をも伴う点が斬新で、例えば八宵は『春の陽気に似た香り』で、東雲は『初夏にも似た爽やかな香り』と、彼らがこれまでにどんな人生を送って来ようが、生まれて以来、ずっと変わらず目には見えないところにしっかりと宿り続ける、その人自身の良心の象徴みたいなものを香りに擬えたような表現法に、彼らに向けた朝宮さんの優しい眼差しを感じられたことも大きいのだと感じた、そんな温かみは、全5編の題名それぞれに二課のメンバーの名前を含めていることからも明らかなのだと思う。