中野慧のレビュー一覧
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ネタバレこれまでの管理職は、情報を運ぶ「中継役」でした。
これからの管理職は、AIという優秀な取材記者を使って、最終的な紙面を決める「編集長」になります。
誤解しないでください。ここで言う「編集長」とは、上がってきた原稿のてにをはを直す人のことではありません。
「今、社会(市場)は何を求めているか?」
「今、我が社は何を1面トップで報じるべきか(!何にリソースを集中すべきか)?」その「問いのアングル」を自ら決め、AIという記者を走らせ、集まってきた情報に対して全貴任を持って「掲載(ゴーサイン)」を出す。それが、AI時代のリーダーの仕事です。
想像してみてください。ある日の役員会議。
これまでは「進捗はどうなっている?」「確度は?」という現場の事実確認のための詰められ役だったあなたが、AIが集めた全商談の解析結果を背に、こう発言する姿を。
「社長、現場の顧客の声を集計すると『新しい鉱脈』が見つかったと言えます。私は、この新しい顧客ニーズへ予算を投下して、クロスセルを実現する新たな商材を開発すべきだと考えます」
会議室の空気は一変するでしょう。「調役」が「事業家」へと変貌する瞬間です。
編集長は、てにをはの修正や、印刷の手配はしません。
編集長の仕事は、突き詰めると3つだけです。
1.問いを定める:何を追うか。何を追わないか。
2.判断基準を言語化する:部下(Al)に「何を重要とみなすか」を渡す。
3.腹を持る:得られた情報の中で、最後に賭ける。
全社一斉ではなく、「出島」から始めよ
狙うべき「価値の源泉(本丸)」が定まったら、次は実装です。
しかし、そこは企業の心臓部であるがゆえに、いきなり全社一斉に変えるのはリスクが高すぎます。
だからこそ、本丸の中に出島(特区)を作ります。
ここで重要なのは、場所の選定だけでなく、誰を隊長にするかと、どう期限を切るかです。
成功確率を劇的に高めるための、3つの条件を提示します。
①人選: 現状維持バイアスの弱い「野心家」を選べ
出島のリーダーに、実績があるからといって「現状維持バイアスの強いベテラン管理職」を選んではいけません。彼らは「今のやり方」で成功してきた自負があるため、無意識に変化を拒みます。
選ぶべきは、現状維持バイアスの弱い、チャレンジングな管理職です。
「今のやり方に限界を感じている」
「新しい武器を使って、上の世代をごぼう抜きにしたい」
そんな野心を持ったリーダーが率いるチームを、出島に指名してください。
②動機付け:「実験台」ではなく「先遣隊」だと告げよ
彼らを指名する際、「新しいツールのテストをしてくれ」と言ってはいけません。それでは「やらされ仕事」になります。
こう伝えてください。
「君たちのチームは、会社全体の変革の命運を握る『試金石(モデルケース)』だ」
「君たちが成功すれば、全社がそれに続く。君たちは全社員の未来を切り拓く『先道験』なん
だ」
この「選ばれし者」としてのプライドこそが、困難なオペレーション変更を乗り越えるエンジンになります。
③期間とKPI:2~3カ月で「白黒」をつける
出島のプロジェクトを半年も1年もやってはいけません。間延びすれば熱量は下がり、世の中の技術進化にも置いていかれます。
期間は「2~3カ月」。これが鉄則です。
・最初の1カ月:
「物理」を変える期間。オペレーションを強制変更し、AI利用を習慣化させる。
・次の1~2カ月:
「成果」を出す期間。集めたデータを使って、実際に数字を作る。
ここで重要なのがKPI (重要業微評価指標)の設定です。
人材業や不動産業のように、リードタイム(受注までの期間)が長いビジネスの場合、2カ月で
「売上」という結果が出ないこともあります。
その場合、「売上」が出るのを待ってはいけません。「プロセス進捗率」や「キーマンへの接触率」、商談のフェーズ移行率といった中間指標(先行指標)をKPIに設定してください。
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Posted by ブクログ
本書が提示する「スポーツは大人の社会に利用されてきた」という視点は、私自身の経験と強く響き合った。子どもの頃、父はプロ野球中継に、母は夏の甲子園に夢中だった。家庭のテレビが野球に占領されることへの反感と同時に、勝敗に一喜一憂する大人の姿に不思議な魅力を感じていた。
学生時代はスポーツは“するもの”だったが、社会人になると“見るもの”へと変わる。この変化は、本書が指摘する「スポーツが大人の社会構造に組み込まれていく過程」をまさに体現している。
また、文化系と体育会系の対立を扱った序盤の議論は、身体性と文化性を分断してきた日本社会の構造を丁寧に読み解くものであり、スポーツを単なる娯楽としてではなく文化として捉え直す契機を与えてくれる。
本書は、スポーツを“する/見る”という単純な二分法ではなく、社会の中でどのように位置づけられてきたかを考えるための視座を提供してくれる。「野球部はクソ」と、何となく共感できる話題から、そう思う人が出てしまう構造への問題提起が面白かった。 -
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AIと向き合う時の姿勢や活用の仕方についてうまく言語化されてると思う。
ただ、要約してと頼むのでなく、人格や着眼点、ゴールを与えていくこと。
AIは最強のイエスマンだと使っててホントに思っていた。だからこそバイアスを除いたAIへの問いの仕方はデータの視聴、因子抽出を自分で泥臭く作業して、自分の頭で考えて作ることで、AIが自分にとって最強の参謀に進化してくれると学んだ。
AI を組織に定着させる3つのレイヤー
1、義務化 使わないという選択肢を物理的に消す
2、リターン これ楽だと体でわからせる
3、意味づけ やらされてる感を誇りに変える
AI 時代はブラックボックスが消滅する前商談が録音解析されるガラス貼りの時代
会社の方針通りに担当者が商談してるかどうか
これは優秀な成果ではなくて最低限化される
差がつくのは戦略の外側にある新たな示唆を持ち帰ったかどうか
現場の肌感覚は評価基準が曖昧で決まってない。仮設や戦略をアップデートするため、情報の持ち帰りができるか。が人が現場に行く唯一にして最大の価値になる
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ここ数日のいらいらからようやく解放されそうだ。
ワールド何某、世界選手権、スポーツの祭典、全て大嫌いである。当然この何日間のオリムピック報道、見たくない、聞きたくない、にも限らず漏れ伝わってくる。
選手たちの皆様には何の恨みもありません。TV、ラヂオ、インターネットなどのマスメディア
を通してのこれでもかと言う「感動したの押し付け」には全くウンザリです。
何気なく手にして読み始めたのですが、いやあ面白い。「野球」をメインに考察していらしゃるのですが、歴史的な事実、当時の世相、当時の民衆への情報操作、いちいちなあるほどと得心しながら読み進めさせてもらいました。
本書での「野球」をその他のスポーツに置き換えて考えてみても、その「仕組み」と「構造」はそのまま「そりゃあ こうなってしまうよなあ」と思い至りました。
そして、もうええ加減にして欲しいと思いながら、冒頭の気持ちに戻っていくのでした。 -
Posted by ブクログ
タイトルから日本の変な野球文化を面白おかしく書いた本かと思いきや、意外にも骨太な本でした。アメリカでの発祥と日本の明治時代における黎明期から現在までの野球文化の歴史が新書としては多めのページ数で詳しく解説されています。
主なテーマは甲子園に象徴される軍隊的な魂の野球と、運動することを楽しむエンジョイ・ベースボールとの対比です。なぜ日本の野球が一部のエリートが青春の全てをかけて燃え尽きるまでやるスポーツになったのか、そしてこれからの野球がどうあるべきかについての筆者の提案が書かれています。
いろんな野球うんちくも楽しいです。自分も野球をやっていましたが、少年野球の頃から応援に口汚い野次が混じっていたことが、明治の一高のころからの文化だと知って意外でした。華美で商業主義な野球を批判して炎上した朝日新聞が、良い野球を広めるという建前で始めたのが高校野球の全国大会で、結局は新聞社が新聞を売るためのマッチポンプだったというのが面白いです。
いちばん目から鱗だった主張が「甲子園は高校生には贅沢」という主張です。莫大な費用と関係ない大勢の生徒の応援招集をかけてまでやる必要なし。自分たちで運営すれば教育にもよい。その通りだと思いました。
甲子園を見て何か100%熱中できない自分の気分をみごとに言語化してくれた本でした。 -
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ネタバレ野球部に前時代的な慣習が残る原因は、実はスポーツ資源が不足していたからなのでは?という新しい見方が提示されている。
私はてっきり旧日本軍の影響が色濃く残っているせいだと思っていたけど、むしろその色は戦前<戦後だという。長嶋茂雄・王貞治の戦後の野球ブームによって野球をやりたい少年たちへの環境的な受け皿が十分になかった当時は、人数を減らす手段として理不尽な指導や坊主の半強制によって篩にかけ、去るものは本気度が足りないとして門戸を閉ざさざるを得なかった。
これにはスポーツをやりたい人が性別、運動能力、"本気度"にかかわらずに(ささえる側ではなく、する側)としてできる機会を得られるまでに至っていなかったことが問題であると著者は指摘する。
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Posted by ブクログ
書名から野球文化を批判する本のように思えるが、ベースボールの発祥から日本での野球文化の形成について、それぞれの時代や文化背景などから論じた一冊。野球の歴史だけでなく、日本の体育・スポーツに対しての問題点や提言もされており非常におもしろかった。
野球の女人禁制の話題の際に取り上げられる大相撲についても明治以降に「作られた」伝統である可能性が高く、「坊主頭」と「暴力的指導」については戦後のプロ野球人気で野球部の人気の沸騰とスポーツ環境の貧弱さとアンバランス調整のために活用されたが、それが次第に「慣習」「伝統」となったという説は面白い。このような明治以降に作られた新しい「伝統」や「慣習」は日常生活のあちこちに溢れている。
「野球害毒論」の連載により炎上し不買運動にまで発展した朝日新聞がそれを覆すため、野球の害悪を「善導」するというスローガンのもと、夏の甲子園の前身となる野球大会を企画。「善導」の1つとして、試合前後の整列と礼が取り入れられた。これも作られた「伝統」である。「大会を主催してニュースを作り出し、それを新聞の拡販につなげたい」という本音を「善導」で隠すスタートの時点で健全とは言えない文化が埋め込まれた。大手マスコミの行動は今も昔も変わらず独善的だと感じた。
関東軍が自主性を持ち過ぎて日中戦争に突入したという背景から、戦後に上意下達が徹底されたという。また、戦況の悪化で軍紀が乱れて厳しい上下関係が刷り込まれ、戦後にそれを経験した野球選手たちが各地の学校に広めていった。高校野球は戦前の日本軍よりも日本軍らしいという指摘は面白い。