須藤アンナのレビュー一覧
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思春期ならでは閉塞感、危うさなどその微妙な心理状況を文章でここまで表現することができる言葉の巧みさに驚いた作品でした。良い意味で現代の小説ならではのフレッシュさも持ちつつ、新人とは思えない書きっぷりに脱帽します。
特に面白いなと思った部分は、登場人物は同じなのに一章ごとに登場人物が変わったような、シリーズ物の小説を連続して読んでいる気分になれる、文章のだらけが感じられない読み応えのある所が素晴らしいなと思った。
余談ですが、本のカバーを外して読んで欲しいなと思いました。装丁まで物語の一部、実際の本でないと味わえない良さを改めて感じました。 -
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ネタバレ不条理は細分化、「わかる人にはわかる」が進んだ時代の後、「誰もわからないけどなんかわかる」というふうにボディ側に行き着いてしまうものだろう。つまり360°地点。反体制の風刺画のようだ。
とにかく、世界がゲームチェンジして、生まれるものも変わってくる。21世紀生まれはどんなものを作っていくのか。言葉から言葉が生まれているようにも読めるのだけど、その時代の次の段階に抜け出した小説のように思えた。
でも学長も、ロスジェネあたりなのだろうなぁ。同時に発展段階の生成AIだ。
追記
ロスジェネ世代を中心に、こうすれば生き心地を得られると思って取り組む自己啓発。または現実召喚困難なネット言説。それを跳ね返して、人間でいることを選んだ21世紀生まれ、とも読める。学長は、まあ、自己啓発ビジネスをしているポジションか、口の上手いAIさん、要はディープフェイク。そう考えると「マトリックス」のようでもある。
ただ僕がいいたいのは善悪や問題ではなく、時代変化だ。その時代はそういう時代だからそう生きることになっただけのことだ。60年代の若者の大暴れもそうだし、80年代のコピーライターやギョーカイ人もそう。そういう時代だったからそうすることになっただけだ。
もし過去からのその態度が嫌なら、距離をとって態度を明確にするだけのこと。自分の空間を生きようとした方がいい。これからくるAI化もそうだ。
とにかくこの本から感じることは、これからの時代の生き方が変わるだろうという予感。
SNSなどを通じて、どうも21世紀生まれは何かが違うと感じていた。95年代生まれと00年代生まれで、時間差以上の違いを感じていた。それは社会経験の差かもしれないと思っていたが、どうやらそれだけではない気分が増していく。
20世紀生まれはビジネスブーマー:ロスジェネメンターを支持しやすい。21世紀生まれは比較的に、自分の言葉を持っているように感じる。
それは、言葉の中で言葉を作っているような、僕にとっては閉じ込められているような閉塞感を感じるものだが、それにしても世代間の違いをそこに感じる。しかも5年かそこらの違いで。
なんにしてもつまり360°まわってきたのかなと。次のタームが表面化してきてこの小説が初期の表現になるのだとしたら、僕からみて大きな存在になるし、上の世代が(サブ)カルチュラルスタディーズを続けるのであれば、扱われてもいいようなものだろう。 -
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書店で題名と素敵な表紙に惹かれて手に取りました。
主人公のソフィアのが住む町のモットーは「壊れていないなら直すな」
余計なことをすれば話がややこしくなるだけと、見て見ぬが教育方針の大人たち。
支配的な父、見て見ぬふりをする兄と暮らすソフィアには町が灰色に映っていた。
十三歳の夏、向かいの家にナタリー・クローバーが越してくる。
ソフィアは町長から見張りを頼まれる。
ナタリー・クローバーが町の地図を作ると言い出す。
ナタリー・クローバーの地図作りに協力していくうちに、ソフィア自身がしたいことに気がつき旅立っていく物語です。
言葉選びが個性的だと思いました。
例えば、時間がたつのが遅いと感じたときの表現は「あの時計こんなに足が遅かったけ」とか、変わらない日々の表現は「町は変わらず曇り空で、特別なことは起こらない。昨日を切り刻んでつなげ直した、使いまわしの一日が果てしなく続く」など秀逸で可愛らしい言葉が素敵だと思います。
ナタリー・クローバーが住む家の家主のブラックさんが、ソフィアに言った言葉が一番印象に残りました。
「数字のように、安易に捉えられるものばかりではない。些細な善行が、他人の人生を大きく変えてしまうことがある」
「時に因果は逆転し、結果のために原因をでっちあげるという矛盾が生じる。個人の為に存在するはずの町が、先人の捻りだしたくだらないモットーのせいで、町のための個人へと精神の規範がすり替えられたように。長く続いているものは強大だが、正しいから残ったのだとは限らない。伝統は往々にして取り返しのつかない負債へと醜く変貌してしまうものだ。真に残されるべきは、歴史の皮をかぶった呪いなのではなく、真心から成る財産だ文化遺産など。物質的なものでも、感情の授受でも構わない。」
歴史的な遺産は伝統を守ることは大切だと思うが、個人にも当たり前のように長く続いていることがあると思う。当たり前のことはあまり深く考えたりしない。ブラックさんが言うように「真心からなる財産」なのかを一度考えてみる必要を感じ、「真心からなる財産」は大切にしていきたいと思いました。
次の作品が楽しみです。 -
Posted by ブクログ
まず、冒頭部分の抜粋です。
「子供は誰だっていつだって、親にとって一番の自慢でありたいと願う。だって、親は世界のすべてだから。もし期待に沿えなかったら、鏡を見ながら、自分で自分のおでこに、「ダメな子」と泣きながら書かないといけない。~中略~ 子供は何歳になっても親の子供で、自分が粉々に砕け散ってしまうのを覚悟で暴走しない限り、レールから外れることはできない。つまり、わたしたちは生まれを選べないだけでなく、生き方さえもほとんど選べない。~中略~ 十三歳のわたしにとって、世界は霧の町、チェリータウンだけだった。町のモットーは、「壊れていないなら直すな」。 余計なことをすれば話がややこしくなるというのが大人たちの言い分で、見て見ぬふりが 教育目標。~中略~ 褒められたものではない大人たちに認められなかった子供たちが、他にすることもなく安い安いスリルに手を出し、後先を考えずに 子供を作っては、親にされて悲しかったことを自分の子供にする。~中略~ 町はある意味で安定していた。日常は時計の針のように機械的に進み、みんないつか自分がすりつぶされる番を待ちながら、くすんだ日々を過ごしている。誰も正常を知らないから、何が間違いなのかもわからない。」
チェリータウンは、まるで現代社会のメタファーのような町だと思いませんか。
主人公の13歳の少女ソフィアは、そんな霧の町から一度も外に出たことはありません。彼女の父親は酒場を経営する町一番の人気者スタンリー、兄のエディは部屋にこもりっきり、母親は5年前に家を出て行きました。ソフィアはひとりぼっちでうつむいて暮らしています。
そんなある日、お向かいのミスター・ブラックおじいさんの家に、とても変わった「その人」がやってきます。胸まで伸びた髪はボサボサ、服はボロボロ、最初は何歳かも分かりませんでした。なんとブランコの柵の上で逆立ちしたりします。その人の名は、ナタリー・クローバーと言いました(ソフィアのクローバー柄の服を見ながらそう名乗りました)。
ナタリー・クローバーは、夏休みの間だけブラックさんの元に預けられるということでした。町長はナタリーが変なことをしでかさないように、ソフィアに見張り役を頼みますが、自由奔放を絵に描いたようなナタリーは、好き勝手に町を歩き回り、自分だけの町の地図を作っていきます(巻末にナタリー作成の地図が掲載されています)。
そんなナタリーを見ていてソフィアの心に変化が起こります。長~い間押し殺してきた自分の願いに気づいていくのです。。。
本の紹介文には、「孤独を抱えた二つの心が奏でる〈ひと夏の、永遠の物語〉。まばゆくきらめく、エバーグリーンな青春小説が誕生!」とあります。
ナタリーの言動が「実に面白い」のです。霧の町の霧を吹き飛ばすかのようなナタリー。「空気読むって、なに?」、そう言っているかのようです。
このお話を読んでいて、象さんの足かせの鎖の話を思い出しました。象さんは、子象の時に足かせの鎖でつながれます。もがいてももがいても子どもの象の力では鎖は切れません。これを繰り返すうちに子象は足かせから逃れようとしなくなるそうです。子象が大きくなれば本当なら鎖など簡単に引きちぎれるはずなのに、一度諦めた象は足かせを切って逃げようとはしないそうです。
わたしたちも、知らず知らずのうちに暗示にかかっていて、無意識に自分を自分で抑え込んでいることがあるのかもしれません。そして、なんとなく諦めている。。。
そういう限界を破っていくのが若者であり青春なのかもしれません。
(複雑な事情もあるでしょうが)、ナタリーとソフィアを見習って、わたしたちもエバーグリーンを心がけましょう!
みなさん、限界突破ですよ!♡
作者の須藤アンナさんは、2001年 東京都生まれ。本作で第37回小説すばる新人賞を受賞してデビューされたそうです。
(わたし、この作品を読書感想文コンクールの課題図書に推したくなりました♡) -
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ネタバレ初めての作家さんの小説でした。作者の須藤さんは、私と同年代ということでたいへん驚きました。
①互いを支え合えるような友だちの大切さを知りました。
私自身、人付き合いが得意な方ではないのですが、本作を読んで、ナタリーとソフィアのようなそんな唯一無二の友人がほしいなと思いました。
②ナタリーを見て、周りに囚われることなく、『自由に生きる』ということの大切さを学びました。
私も、自分のなりたい自分に生まれ変われるように、少しずつ努力をしていこうと思える。
本作は、読んで明日からの毎日を生きるための勇気を教えもらえるような大切にしたいと1冊でした。
また、夏に読んでみたい1冊です!
今後の須藤さんの作品を楽しみにしています! -
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村山由佳、荻原浩、朝井リョウなど、名だたる作家が受賞している小説すばる新人賞受賞作。
霧が立ち込める町チェリータウンに住む13歳のソフィアは、酒場を営む父親の暴力に支配され、母親は5年前に家を出、兄は父親からいないも同然の扱いを受けている。そんな彼女の隣家に1週間ごとに記憶が無くなるという風変わりな少女ナタリーがやって来る。ナタリーとの出会いで、ソフィアは少しずつ自分の本当の気持ちに気づき始め…。
架空の町で異国の物語設定だからか、ソフィアだけでなく、ナタリーの不幸な生い立ちもすんなりと受け入れられた気がする。これを今の日本を舞台にしたら、もっともっと重くて辛かったと思う。
新人さんだけど、とても丁寧な文章で読みやすくYA世代にはぜひ読んでもらいたい。
須藤さんはまだ23歳。もう、小説を書くのに人生経験だの、書いた小説の量だの関係ない。文章が上手い人は若くても上手い。
会社員との両立に大変だろうが、次作にも期待! -
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霧に覆われた町、チェリータウン
壊れていないなら直すな、がモットー
ソフィアとナタリーの関係性はとても純粋なものだった
どちらも孤独で、どちらも誰かを必要としてて、その二人の心が通い合っていく様がとても良かった
家族というものはとてもやっかい
子どものうちは、自分の家族しか知らないから、それが他とは違うことがわからない
結びつきが強いからこそ、壊れていることに気がつけなかったりする
そう、子供は誰だっていつだって、親にとって一番の自慢でありたい
絶望を味わい、感情を抑え込んで自分の心の痛みに気がつけない
それを、友達が救ってくれる
家族の外側の人の存在は、とても大切だと思う
たとえ一週間の出来事だったとしても
心を通わせることは確かにできる -
Posted by ブクログ
第37回小説すばる新人賞受賞作。
なんか変わった設定です。場所も時代も明示されていいませんが、雰囲気からして舞台は70~80年代のアメリカ南部の閉鎖的な小さな町でしょう。主人公は父親の抑圧的支配(&暴力)を受ける13歳の女の子のソフィア。母親は子どもを置いて逃げ出し、父親と合わない兄が一人と言う家族。
夏休み、そんなソフィアの前の家に現れたのがナタリ―・クローバー。ナタリ―は『博士の愛した数式』の前向性健忘の博士に似て、1週間おきに記憶がリセットされ別人格になる。彼女は毎週月曜日にそれまでの日記を読み返し「初めまして」とソフィアの家に現れる。そんな破天荒なナタリ―と付き合ううちにソフィアは・・。
少女(と、その兄)の自立の物語です。前半は一風変わった舞台や設定について行けず少々苦戦しましたが、後半は良い盛り上がりです。ただ出版社の書いたうたい文句「まばゆくきらめく、エバーグリーンな青春小説が誕生!」という感じでは無く、かなり重い家族の物語。
最終盤に書かれた「親なんて、生まれたときにたまたま一番近くにいたってだけで、人生の中で出会う沢山の他人の中の一人でしかない。」という兄の言葉が寂しい。なかなか良い話なのですが、私の様なシニア世代の男性ではなく、YA世代が読むにふさわしい作品の様です。