村田奈々子のレビュー一覧

  • 物語 近現代ギリシャの歴史 独立戦争からユーロ危機まで

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    場所が悪い。ヨーロッパにとってギリシャとは、19世紀まではイスラム世界との前線だったし、20世紀に入ってからは共産主義との前線だった。おかげで大国の思惑に左右されて自立した国づくりができなかった。やっと冷戦も終わったと思ったら、今度はユーロのおかげでバブって弾けてにっちもさっちも行かなくなってしまった。

    古代ギリシャに対する憧れ(自国民自身の憧れ・誇りと、ヨーロッパ世界からの憧れと両方)は、良い面と悪い面の両方があるだろう。
    良い面・・・独立への支援、諸外国からの文化的な関心、観光産業
    悪い面・・・分不相応な野望(メガリ・イデア)、言語の混乱(カサレヴサ対ディモティキ)
    しかし、良くも悪くも個人主義的に見えるのは、やはり古代ギリシャの遺風か・

    ・ビザンツ帝国時代の「ギリシャ人」のアイデンティティは「ヘレネス」ではなく「ロミイ」、すなわちローマ人であった。広義にはローマ帝国臣民であり正教キリスト教徒、狭義にはギリシャ語話者を指した。このロミイ意識はオスマントルコ支配下でも継続した。アイデンティティの中心は正教徒であることだったので、多神教のパルテノンに畏れこそはらったが、自分たちの歴史とつながっているとは思っていなかった。しかし、オスマントルコからの独立運動が盛り上がると、消極的・保守的な正教聖職者への反発から、ビザンツを軽侮して古代ギリシャへ回帰する思想が現れる。独立の後、やっぱり古代ギリシャから直結でアイデンティティを主張するのは苦しいのでビザンツも再評価される。

    ・独立戦争当時のヨーロッパ列強指導層の反応は「ウィーン体制を乱すような余計な真似をしてくれるな」。ギリシャ人の名士層も各々の利害しか眼中になくバラバラだった。しかしバイロンに象徴される古代ギリシャに魅了された人々や自由主義者の残党が熱心に応援した。最後はイギリスとロシアのパワーバランスが独立を後押しした。

    ・初代大統領はカポディストリアス。ダ・カーポですな。

    ・1832年の独立当初はペロポネソス半島あたりの僅かな領土しかなかった。当時は田舎町に成り果てていたアテネをわざわざ首都にした。コンスタンティノープル奪回を唱えて軍事力もないのに領土拡張を目指した。イギリス、オスマントルコからの割譲、ブルガリアらとのバルカン戦争などで今の領土になった。

    ・第一次大戦後に列強にそそのかされて小アジアのスミルナに進駐して、ムスタファ・ケマルのトルコと戦争に。惨敗。領土拡大の野望終了。トルコ領内のキリスト教徒と、ギリシャ領内のムスリムを交換。

    ・第二次大戦でドイツに占領される。共産党系のゲリラが抵抗するが、国内も反共主義のために二分されてしまう。兄弟殺し。戦後、共産党は弾圧されて、ドイツに協力した人々が復活する。英米も反共を後押し。

    ・黒海南岸出身の「ギリシャ人」ポンドス。黒海からオスマントルコに追われてロシア/ソ連のグルジアへ。グルジアで粛清されて中央アジアやシベリアへ。冷戦終了後ギリシャへ行ってもなかなかなじめず。ディアスポラ。

    ・今のパパンドレウって、父も祖父もギリシャの首相をやった人。

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    2018年11月05日
  • 物語 近現代ギリシャの歴史 独立戦争からユーロ危機まで

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    歴史にこんなに興味があるのに、そういえばギリシャについては、古代ギリシャ以来全く知らないことに気付いた。今回の財政危機で改めてスポットライトを浴びた(といっても暗いものだが)ギリシャ。この機会に1800年から現代までの歴史を知り、ギリシャショックを巻き起こした原因を探りたいと思った。

    国民を裕福にさせる方法は2つある。経済を回してお金を生み出す方法、そして税金を徴収して国民に社会保障として還付する方法。ギリシャは政策に行き詰ると、国民の人気取りも兼ねて、後者の方法をよく用いる。ただし、粉飾決済付きで。

    現代のゼロ成長と言われていた日本を見て、厚い社会保障に傾くと、より経済が悪化すると感じていた私は、ギリシャが常に後者の方法を選択していることを苦々しく思った。

    「古代ギリシャの過去の栄光を今でも背負っている」「怠惰な国民性」などと揶揄されるギリシャ。そういった精神性の部分を含めて、今後、より理解を深めたいと思った。

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    2013年05月15日