鈴木俊幸のレビュー一覧
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新聞にとって「出版広告」とそれ以外の「普通広告」は出稿料金が違うと言われてきました。書籍や雑誌の広告の方が料金が優遇されているのです。今でも第一面の下に掲載される「サンヤツ広告」(3段を8等分した枠)と言われるスペースは出版社専用の広告枠です。それは新聞というメディアにとって「出版広告」が多いことが、その文化的価値を高め紙面のクオリティイメージを上げていくことに繋がったから、と言われています。明治時代に新聞が政治を論ずる「大新聞」と娯楽的な記事で構成される「小新聞」に分かれていたころ「小新聞」を広告媒体として用いるクライアントには、怪しげな薬屋や小さな飲食店などがあり(これは現在のデジタル広告
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Posted by ブクログ
版元・蔦屋重三郎が手掛けた出版物と
それらに関与した人物たちを紹介し、如何に江戸の風俗や
文化に影響を与えたかについて、詳細に解説する。
・はじめに
第一部 吉原の本屋として 第二部 日本橋への進出
第三部 江戸から全国へ
・おわりに
蔦重その人の人物よりも、如何にその分野に彼が関与したか、
そして出版物と関係した人物たちに、焦点を当てている。
機を見てせざるは勇なきなりとばかりに、
吉原の情報発信を手掛け、流行の兆しを察しての富本節の
正本や稽古本の出版、狂歌や黄表紙の大流行の牽引、
往来物の工夫。洒落本の出版。寛政の改革での失態以後は、
地方の需要や和学書の需要を鑑み、書物仲間問屋に加入 -
Posted by ブクログ
江戸時代の文化を牽引した本屋・蔦屋重三郎の生涯を、
当時の吉原の様相や文化の流行、幕府の状況を交え、
豊富な資料の画像と共に解説する。
・はじめに
第一章 吉原と蔦重 第二章 天明狂歌・戯作と蔦重
第三章 新たな時代の到来
・あとがき
江戸時代中期から後期への歴史の変遷の中で、
吉原に生まれ育った蔦屋重三郎は貸本屋を商う。
そこから身を立て、本屋兼出版業・書肆の耕書堂の経営に。
そして日本橋へ出店し地本問屋に。書物問屋へ加入し、
地方への流通、牽いては全国展開の道を開拓する。
「吉原細見」、富本浄瑠璃と正本の専属出版、往来物、
狂歌、黄表紙、洒落本、錦絵に浮世絵、和学など、
江戸市中の文化の