デヴィッド・ボームのレビュー一覧

  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ・対話とは、共通理解を探し出す行為
    ・古い脳が主に活動しているのは現在に関してであり、本質についてではない。新しい脳は主に本質に関する活動をしている。
    ・参加型思考と具体的思考

    0
    2024年01月06日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    デヴィッド・ボームは、アインシュタインと共に研究をしていた20世紀を代表する物理学者の一人ですが、そんな人が晩年に提唱したのが「On Dialogue」,「対話」でした。



    彼のいう「対話」をまとめてみると、参加する人々の背景に小川のように存在する「意味」の流れを汲み取りながら、「想定」(バイアスのようなもの)にとらわれずに、新たな意味をつくりあげる営み、という感じでしょうか。



    私は大学生の頃からファシリテーターのような役割を経験してきましたが、2013年頃にこの本を読んでから、姿勢が変わったように思います。なんというか、本当に、話し合いの場に参加するときには「小川」をイメージす

    0
    2021年01月26日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    対話と議論は異なる。
    議論は勝ち負けをつけるものであるが、対話は全員が得をすることだ。

    レーザー光線はコヒーレントに同一方向に向かうため、強い力がある。
    集団もレーザー光線と一緒で、ばらばらでは力が出せないが、同じ方向に向かうことで強い力を生み出す。
    このちからを生み出すのが対話である。



    対話では勝利を得ようとするものはいない。もし、誰かが勝てば、誰もが勝つことになる。対話では点を得ようとする試みも、自分独自の意見を通そうとする試みも見られない。それどころか、誰かの間違いが発見されれば、全員が得をすることになる。これは、お互いに満足のいくゲーム、と呼ばれる状況だ。

    0
    2010年05月26日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    コミュニケーションが手段だとすれば目的は何なのでしょう?
    何かを勝ち取る事、うまく進める事、それとも…
    対話というコミュニケーションの基本の本質を記載した本。
    リーダークラス、人事関連の方にはおすすめできる本です。

    0
    2009年10月04日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    【目的】:自分に役立つ情報を得る。
    ・あるべきコミュニケーションは、ダイアローグ(対話)である。
    ・ダイアローグでは、コミュニケーションの目的を設定せず、結論も出さない。
    ・すべての意見は想定であり、自らと異なっても保留する。
    ・宇宙の一部としての意識により、自らのなすべきことに触れ、行う。

    #自分が求めていたコミュニケーションのあり方を提示してもらった気がする。
    #しかし、ダイアローグの場を設定すること自体、理解を得られるか、また継続させることも、近代社会の意識の中では、なかなか難しそうだ。
    #意見を批判せず、発展させる点は、目的をもってすればブレーンストーミングのようなイメージだと思った

    0
    2009年10月07日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    実務家が書いた壁打ちの本を読んだので、次は学者が書いたものを読んでみた。デヴィット・ボームという物理学者が対話について書いた本。対話に必要なことは、巧みな話術ではなく、相手と干渉しあう性質のものであると事前に理解しておくこと。つまり、自分の意見を押し通すのではなく相手の意見を受け入れる準備をしておくことである。必要なのは「意味=文化」の共有であり、そこから新しい価値を生み出すこと。ゆえに、何かに束縛、固執するのではなく、自由でなければならないし、創造的でなければならない。全体的な真実はないことを理解し推しはかる鋭敏さがなければならない。お互いが解決しなければならない「問題」の語源は「前に投げる

    0
    2025年03月16日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    230415021

    なぜ人は対立するのか。対話とは共通理解を探し出す行為だと理解できれば、議論とは違うということを認識できれば、分かるのだろう。
    サステナブルという言葉を目にすることが多い現代において、対話の重要性は増している。

    0
    2023年04月15日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    例え話が極端に少ない、もしくは分かりづらいものが多く、抽象度の高い難解な本であろうと思います。

    今回、私はペア読書という3,4人で1ヶ月かけ、1日10ページ程度に区切って、読んで、その箇所の感想や質問をしながら、少しずつ読み進めるという方法で読みました。まさにその場は、ダイアローグという形で、難読書ながらも共通理解を得ようとした試みでした。その記録を少し残したいと思います。

    コミュニケーションの語源は何かを共通のものにすること。対話は言語を通じて、共通認識を作り上げる行為。

    現在の社会では、あらゆる対立、議論、説得に基づくコミュニケーションがなされ、共通のものが作られずインコヒーレントな

    0
    2022年03月27日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    最近自分の「対話力」が低下しているのではないかとの危機感から、4年ぶりに再読。単なるディスカッションではなく、Win-Winを実現するための「対話」に必要なスキルとプロセスを解説した一冊。

    人は自分が所属する社会・集団の中で身につけた「思考と感情」により、事実をありのままに見ているつもりでも無意識の「想定」を行っており、他人が異なる「想定」から述べた意見に対して「守り」の姿勢を取ってしまうことが、対話を阻む障壁となる。著者はその背後に、現代社会に浸透した「科学的思考」があり、人々が”唯一絶対の真実”を追求する姿勢が社会の「断片化」を招いたのだと指摘する。

    これらの課題を克服して「対話」する

    0
    2015年06月08日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    邦訳のサブタイトル『対立から共生へ、議論から対話へ』というのが、本書を平易なものだと勘違いさせる原因になっているのではないかと思います。
    自身の知識と読解力の貧弱さを棚に上げて…というのは気恥ずかしいですが、それでもやっぱり生易しい内容の論文ではありません。

    物理学者という背景が、文章を複雑にしているのでしょうか? 内容も、断片化や論理性の重視を否定する一方で、本論では対話の過程を細分化して論理的に考察しているようにも思えたり。
    とにかくそんなことは置いておいたとしても、これは難解な一冊です。

    全体の十分の一も理解できていないのではないか、と残念な気持ちです。
    通常、目次を見れば大筋を把握

    0
    2015年02月09日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    自分には難解すぎた。

    本によると、以下の引用のように、
    「思考」の機能がさまざまな対立の原因である。

    『人が持っているさまざまな意見が、過去の思考の結果だという』
    『思考は結果を生み出すが、そのあとで、自分はそんなことをしなかったという』
    『人類の問題はすべて、思考に自己受容感覚がない事実が原因だ』

    このような思考の弊害を避け、物事の真の意味を把握するため、
    「対話」という手法を提案している。

    しかも対話では、一般的な会議、議論とは違って、
    問題意識や目的を持たないで行う必要がある。
    もちろん、無意味におしゃべりをして時間を浪費するのでもない。
    対話の後ろを流れている共通の意味を探るの

    0
    2013年07月23日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    ああああああああああああああああああああああああああああ


    あああああああああああああああああ

    ああ

    0
    2009年10月04日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

     集まって話し合いをするときや、何かを共同で行うとき、自由に耳を傾ける能力を「ブロック」 しているかすかな恐怖心や喜びを、一人ひとりが自覚できるだろうか? こうした自覚がなければ、話されたことすべてに耳を傾けろと命令したところで、何の意味もないだろう。しかし、コミュニケーションを実際に「ブロック」しているものに各自が充分に注意を払い、適切な態度で、 コミュニケートされている内容に参加すれば、何か新しいものを人々の間に創造できるかもしれない。個人や社会において、現在のところ未解決の問題に光明をもたらす、非常に意味あるものを作り出せるかもしれないのだ。


     この「ダイアローグ」を「ディスカッショ

    0
    2025年10月04日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    ディベートできないようでは、子供のチーム。しかし、ディベートだけで物事を決める組織文化は、寒々しいし、人には感情があることを考えればベストなものとはいえない。そこで提案されるコミュニケーションスタイルがダイアローグである。この主張はある程度は納得できるが、実践は非常に困難であると思われる。まずは、ディベートできるチーム作りが肝要かと思う。

    0
    2018年10月23日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    "物理学者のデヴィッド・ボームさんが「対話」ダイアローグに焦点を当てた本。人間はとかく、自らの主張というものを守ったり、押し通したりしがちだ。そこから、より俯瞰した高次元に意識を持っていって、社会、世界全体を連続性を持って見る必要がある。この連続性(著者はコヒーレントという言葉で表現している)が大切で、連続性のないものでは、不毛な争いを避けて、全員が望む未来を作れない。
    ダイアローグを通じて、我々は多くの人が望む未来を作ることができるはずだ。国家、社会、人種、個人を超えて、より高次の視点を我々全員が共有する必要がある。"

    0
    2018年10月20日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    カバーの色が黒と白で、同時発売のジャウォースキーの「シンクロニシティ」と対になっている「コミュニケーション論の名著」だそうだ。

    著者は、物理学者のデヴィッド・ボームで「シンクロニシティ」にも、印象的に登場している。「シンクロニシティ」が、個人的な経験談、自伝であるのに対して、こちらは対話に関する理論的な考察で、かなり難しいというか、読みにくい。

    物理学者による対話論ということで、まずイメージしたのは、ニルス・ボーアなどのコペンハーゲン学派が、自由な対話、議論ということを重視していて、その自由な風土は、さまざまな物理学の研究所の模範とされた、といったところ。しかし、この本には、そういう話

    0
    2018年09月03日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    (引用メモのみ)
    ・大破は、意識それ自体の理解を目的としたもの。日々の人間関係やコミュニケーションにおいて、問題がある性質を探るのと同様に。 p.24

    ・対話における「聞くこと」は対話プロセスの中でしばしば誤解されている問題だ。対話における「聞くこと」とは、グループのメンバーの言葉や意図に徹底して注意深く、共感的な態度で接することを意味する場合が多い。

    ・対話の狙いは、全体的な思考プロセスに入り込んで、集団としての思考プロセスを変えることにある。。これまでは思考をプロセスとみなす考え方に、あまり注意が払われなかった。思考には謹んでも、その内容だけに注目し、プロセスに関心を向けなかったのだ。

    0
    2013年06月28日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    コミュニケーションでの対話の重要性。
    対話とはリーダーを置かず話題も決めずに話し合うこと。
    対話では必要性を考えていくことで余分な反論がなくなり対立がなくなる。コヒーレント(一貫性のある)、意味の共有、思考における共通意識、暗黙的対話。
    ダイアローグ(対話)とは、共通認識を高めることを目的としている。
    解決の性質を持ったなにかから始める。
    集団的描写の変化が必要。
    全体的に、内容の難易度が高く理解するのに手間取った。

    0
    2013年06月27日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    「学習する組織」のチーム学習の元になった書籍。知識を増強するために読んだ。
    後半は、哲学的な内容になっている。

    0
    2013年04月03日
  • ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

    Posted by ブクログ

    対話の方法論ではない。世界観の話。正直、難しかった。特に後半は。分かったような分からなかったような。。表現を変えるなら、偉大な画家の描いた絵画を見たような感じ。機会があればまたあらためて読み返してみたい。

    0
    2012年11月05日