藪本勝治のレビュー一覧
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ネタバレ<目次>
序章 弁慶という虚像~イメージと史実
第1章 義経像の生成~弁慶誕生の条件
第2章 五条の対決~「遊ぶ」あぶれ者の分身
第3章 勧進帳~「戯れる」逃避行の庇護者
第4章 立ち往生~「狂ふ」豪傑の自由の境地
終章 「室町ごころ」~弁慶と『義経記』生成の時代
<内容>
ほとんど架空の存在の「弁慶」。この人物がどのようにできたのか、主な舞台である『義経記』を中心にみていく。『義経記』は室町前期後半(1420年代)に成立しており、もともとは話芸として、声聞師や山伏、芸人たちの物語を束ねる形で生まれたという。この時代は「室町ごころ」(悪と自由のはざまを行く心)の時代で、南北朝を経て、世の中が正しい方向に行きかけた時代だという。その後応仁の乱を経て、また混沌の時代になり、「強さ」が正義のような時代を経て、江戸幕府が「秩序」を求める時代になっていくのだが…。ある意味、”中世”の最も”中世”らしかった時代、弁慶はその落とし子なのだという。 -
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ネタバレ著者は言う「ある過去の事象に対して、当事者たちの証言が食い違う」吾妻鏡は北条氏顕彰方針の中、夢見等の怪異・不思議を混ぜてひとつの物語叙述の中に申し訳程度の歴史(時に虚偽を含む)がある前半、後半は最近の事柄故の生存一族に配慮がある故に、欠落又は事件を記述しない、しても無機質に事象を並べる体でつまらない後半部分という構成
正史を装い北条時頼を理想と見せる物語、忠臣を演出した一族の活躍報告書や神社仏閣の由来エピソード、貴族の日記等を切り貼りして分業で執筆をしたせいか、筆拙く着想が締め切りに間に合わなかったのか多くの欠落したセンシブな部分・・・面白い -
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著者は1983年生まれ。神戸大文学部•院を出て現在は灘高校•中の国語教諭。歴史家というよりも国語的な書物として吾妻鏡を見ている。面白い。
吾妻鏡は一見すると“史書”のような体裁をとっているが、あくまでも(誰かにとって)『正しい歴史』を描いた“物語”だ。本書はそのことを、膨大な先行研究を一つ一つ参照しながら一般向けに解説した新書本である。労作だ。読みでがある。
本書で一貫しているのは、「歴史とは過去の事実の羅列ではなく、事実同士が、あるいは虚構を交えつつ関係付けられ、一定の意味を与えられ、ストーリー性を付加されて初めて歴史になる」という認識に立っている事だ。私達は今、ウクライナで、そしてパレスチナで、どのように歴史が刻まれるのか注意深く見なければならない。 -
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鎌倉幕府草創から中期までの事績を記し、従来、鎌倉時代史の根本史料とされるとともに鎌倉時代を描く小説やドラマの種本とされ、鎌倉幕府の「正史」とも言われる『吾妻鏡』について、頼朝挙兵、平家追討、奥州合戦、比企氏の乱、和田合戦、実朝暗殺、承久の乱、宝治合戦という合戦を中心としたトピックを取り上げ、歴史学の進展により明らかになってきた鎌倉時代の実像に照らし、その誤りや改変、曲筆を検証して、事後の視点から振り返って歴史を叙述する「物語」として読み直す。
非常に読みやすい構成で、教科書や大河ドラマなどで得ていた鎌倉時代の知識・イメージを刷新しつつ、振り返ることができた。
『吾妻鏡』は、鎌倉時代の正史的存在として、北条得宗家に都合のよいように編纂されたものとは思っていたが、このように北条得宗家の支配の正当性を歴史的に紐づけるために練られた「物語」となっているというのは、本書を読んで認識を新たにした。また、『吾妻鏡』が『平家物語』や『明月記』などの原史料をパッチワーク的に組み合わせて作られたものだといったことも初めて知り、興味深かった。
著者は、日本中世文学を専門とする国語科教師ということだが、本書は、歴史学の基本手法である史料批判の良い素材となっているとともに、人間が過去を語り直し、意味づけ、更新してゆく営みとしての「歴史」について考えさせられる良書だと感じた。史料批判に当たって、事実誤認や虚構を明らかにするだけでなく、何を語っていないかや、事実であってもどのような配列等で語っているかなどに着目することも大切だということを感じさせられた。また、歴史の持つ「物語性」を自覚することの重要性を再認識した。 -
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<目次>
序章 『吾妻鏡』とは何か
第1章 頼朝挙兵(1180年)~忠臣たちの物語と北条氏の優越
第2章 平家追討(1185年)~頼朝の版図拡大と利用される敗者たち
第3章 奥州合戦(1189年)~幕府体制の確立を語る軍記物語
第4章 比企氏の乱(1203年)~悪王頼家の退場と逆臣の排斥という虚構
第5章 和田合戦(1213年)~頼朝の政道を継ぐ実朝と北条泰時
第6章 実朝暗殺(1219年)~源氏将軍断絶と得宗家の繁栄を導く神意
第7章 承久の乱(1221年)~執権政治の起源と語る軍記物語
第8章 宝治合戦(1247年)~北条時頼による得宗専制の開始
終章 歴史像の構築
<内容>
著者が灘高の国語教諭というのが驚きだった。高校教諭でも(灘高でも)研究が進められるのだ、ということ。また『吾妻鏡』が歴史書ではあるが、軍記物語および歴史物語であるということ。北条氏に都合のいい本という認識はしていたが、虚構の積み重ねには驚いた。また1300年より前閉じられていることも知らなかった。確かに冷静に考えれば、作者たちが同時代史を語るのは怖い。事件などの当事者や関係者が多く生存していれば、書きにくいわけで、中国の正史も前王朝の滅亡後に書かれるのが当たり前なのだから、室町幕府が書くならわかるが、鎌倉幕府徳宗家北条氏関係者が書けば、幕府の終焉まで書くはずもなく、利害を意識するのも当たり前なわけだ。著者は、その徳宗家の物語として『吾妻鏡』を捉えてるのだ。 -
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「吾妻鏡」は構成として漢文・編年体・将軍記と3つの外径的形式になっており、「北条貞時による得宗政権が如何に正当なものであったかを歴史的に裏付ける物語」であり、全てが事実の記録とは限らないと言う。歴史はよく勝者の書物と言い、勝者に対し捏造、敗者に対し削除も頷ける。1180年の頼朝挙兵から平家追悼、奥州合戦、比企氏の乱、和田合戦、実朝暗殺、承久の乱、宝治合戦とその後1266年までの鎌倉「北条本」全52巻(欠45巻)軍記物語である。もっとも徳川家康が手本にした本とも言われ、徳川光圀がその後「大日本史」を編纂した。黒田長政が家康に献上した「北条本」は源氏の鎌倉幕府開幕(武家社会)から関東領において年貢、守護・地頭、荘園制度の政所の確立、一方得宗家、北条氏の家格家督・家職の固定化など、六波羅探題を置き、朝廷に対する支配を固め、御成敗式目の制定、執権政治へと進めた。都市造営では鎌倉の鶴岡八幡宮、文化(流鏑馬・笠懸)なども重要行事として扱った。果たして家康は「吾妻鏡」から武家社会、武家・法制度さらには荘園制度などを題材にした江戸作りだったのかと。