島薗進のレビュー一覧
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ネタバレ統一教会に関する本ということで読んでみた。
統一教会と1990年代から今に至るまでの政治のかかわりについては、なんとなく推測が多いような感じがした。全体的に統一教会のどういったところが問題なのかに関しては読者との共通理解が出来上がった上での話になっている感じがしたので、どうして政治と宗教(特に統一教会)結びつくと危険なのかが伝わり切ってないような。
公明党と創価学会に関する章もある。以前に創価学会と公明党に関する本を読んだことはあったが、この本ではその歴史がダイジェスト版で理解できてよい。
フランスとアメリカの宗教と政治のスタンスについても問題点を提示しながら解説があり非常に興味深かった。とりわけフランスのライシテは革新的であるけれども変にバッファのある解釈がいい点でもありリスクもあるというようなところがなるほどと思わされた。
日本の現状だけでなく、他国の状況も踏まえて政治と宗教を理解する一助となる一冊。 -
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若松英輔さんと平野啓一郎さんの名前があるし、と軽い気持ちで手にした本。そして、長らく積読本。今回、ようやく読み始め、初めて世田谷事件の被害者家族である入江杏さん主催のミシュカの森という会があることを知った。そして、その会の講演をまとめたのがこの本であることも初めて知り、心して読まねば、との気持ちになって読んだ。
平野啓一郎さんの話では、死刑について考えさせられ、東畑開人さんの話では、居場所についてを考えた。特に居場所の話は自分レベルで考えられたと思う。そして、自分にとっての居場所について考えられた。もっと居場所を作らなくては、とも思う。居場所、座っていられる場所。立っている場所は落ち着かず、疎外感を感じる。だから、座ればいいのだ、そこが居場所になる。体と心は繋がっているのだと改めて思わせてくれる、話の流れだった。と思ったことが、私の文章では伝わりにくいとは思うが、私としては腑に落ちた。 -
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日本において新宗教がなぜ発展してきたのかを述べた論文で、研究書に近い位置づけです。機会あって宗教関連の簡単そうな本を何冊か読んでみましたが、これが一番内容的に難しくて重厚でした。
「世なおし」「心なおし」「病気なおし」という3つの側面をキーワードとして、各宗教の考え方や活動を捉えようとしています。
いわく、一般庶民に受け入れやすい心なおしや病気なおしのメッセージや、現世救済的な側面が大きいことが新宗教の拡大に寄与したと思われるとのこと。
大きく取り上げられているのは、創価学会、霊友会系(立正佼成会)、大本ですが、その他、天理教や世界救世教、エホバやオウム真理教など広く触れられています。
ちょっと難しすぎて、★3〜4。 -
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宗教のうち、救済的な側面に着目して、なぜ宗教が発展・維持されてきたのか、その根底にある救いとは何なのかを考察した本です。
救済宗教あるいは救いを求める理由は、「人間には限界があるから」ということに尽きると思います。
科学や文明が進んでも、人間は死や苦悩などの限界に直面しなければならない。そのときに、今を生きる人間の精神は、科学や技術でコントロールできるものではないと思います。
そのときに、人間は救いを求め、ある人はより資本主義に邁進し、ある人は科学や技術に希望を見出し、ある人は救済宗教に惹かれていくのだろうと思います。
第1章では、物語や詩・歌詞の中に見られる「救い」のあり方を考察します。人間には、信仰とは直接関係がなくとも、救いを求める本質があることが垣間見えます。
第2章ではキリスト教・イスラム教・仏教のような世界宗教を題材に、共通する「普遍主義」「力の支配に対する代替物」という側面を見ていきます。日本独自の宗教の発展や、神道の変遷についても触れられています。
第3章では、「救済宗教」がなぜ宗教を理解するうえで重要なのかを、宗教学者・知識人たちの論文や著作をベースに述べています。トレルチ(キリスト教の絶対化)、ウェーバー(合理化・脱呪術化への疑問)、ヤスパース(限界状況と軸の時代)、など少し学術的な内容です。
第4章では、宗教をめぐる近代の議論について述べられています。宗教は人間に不可欠とする立場のほか、マルクスやニーチェによる宗教批判、世俗化による影響力の低下、という3つの立場が紹介されます。近年のスピリチュアリティについても言及されています。
全体的に少し難しいですが、わかりやすく解説されています。もしかしたら☆5かも。 -
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ネタバレ未解決事件の遺族である入江杏さんが主宰する集まりの場「ミシュカの森」。
そこへ招かれた方々が「悲しみとともにどう生きるか」をテーマに様々に語ったことをまとめた一冊。
六人の方それぞれの悲しみに対する向き合い方に考えさせられたり理解が深まったように感じたり。
第4章東畑開人さんの「アジールとアサイラムとパノプティコン」という話が興味深かった。避難所と収容所。シェルターと管理所。
そしてその後の対談の中で「自分の物語を物語ることによる癒し」という話がなされます。河合隼雄先生が物語によって生きる力や癒しを得られるというようなことをいくつかの著作の中で語られていたことを思い出しました。
読みながら自分は、物語として書くのが難しければジャーナリング的(思いついたことをそのまま書き出すことでストレス軽減や心を整える効果をえる手法)にとにかく書いてみるというのが救いの一つになるかもしれないと思いました。
第5章平野啓一郎さんの話の中で「当事者でないからこそ書けることがある」ということが話されています。本書とは全く関係ありませんが看護や介護などでも、対象者が身内ではないから必要なケアを感情を込めることなく施せるという意味合いで、そういう側面があるのではないかと思いました。
誰かの辛い話を聞く時、共感することも大切だけれども理解ができない・共感できないからこそ受け止めてあげられるということもあるように思います。
当事者ではないということも状況によっては大事な時もあると思います。
同じ平野さんの話の中で加害者に対する処罰感情が強いあまりに、被害者遺族に対し「亡くなった人に対する思いが薄いのでは」というようなことを言ってしまう人がいるがあってはならないことである、ということが話されていました。
以前読んだ「家族が誰かを殺しても(阿部恭子)」の中に「遺族らしくない」とバッシングする人の話があったのを思い出しました。
平野さんの話の中には他にも、自身の提唱する「分人」の考え方や死刑制度についての意見(これらも本で出されています)、警察や司法に対する不信感など考えさせられる意見がたくさんありました。
入江さんがあとがきの中で、「被害者遺族らしく生きろ」という外圧について書かれているのを読んで辛くなりました。誰であっても勝手に世間から枠を当てはめられて生きさせられるような不条理さに甘んじることはないと思います。
でもどんなに辛いだろうと思います。理解も共感も及ばないだろうけれども、自分にできることは忘れないということくらいでしょうか… -
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『大学4年間』シリーズの宗教学編。
『大学4年間の◯◯学が10時間でざっと学べる』というシリーズの宗教学編です。
タイトルにざっととある通り、一つ一つの項目を深く掘り下げるものではないですが、宗教とは何かから世界の宗教、新宗教の展開や宗教が必要とされる場についてなど、広い分野をこの一冊で学べます。
個人的に理解が薄いと思っていた、仏教の諸形態や宗教と歴史の関りについて学びなおせたのも良かったです。
日本に住んでいて日本的な宗教観に慣れていると感じにくいですが、やっぱり宗教は政治や歴史、心理など様々な分野と密接に関係していて面白い。
今後も色々な本を読むにあたり、宗教学の基本の書として手元にあると便利かもしれません。 -
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安部元首相殺害で関心が集まる宗教、カルトの世界。容疑者家庭における母親の一億円寄付、家庭崩壊がいわれるが、ではなぜ宗教にそこまで入れ込んだかという視点も必要ではないか、というのが冒頭の問題意識としてあった。読んでいくと、本来宗教とは、そういうものではないんだな、と思ったね。ただ、宗教の力を利用して、そういうことをする集団もある、と。見分けるポイントは「恐怖」「搾取」「拘束」する集団であるかどうか。あと「嘘」をついていないか、ということも言われていた。
「宗教というのは、その扉に鍵がかかっていないはずなんです。もしなんらかの宗教画内側から鍵をかけるようなことがあれば、それは宗教と呼ぶには値しないのではないでしょうか」
日本では宗教教育が行われていない。政教分離だから、とはいわれるが、本来それは政治と教会(宗教集団)の分離であって、宗教とは人間が生きていくうえで強力な力を持つものなのだから、本来分離すること自体が難しい。教育しないことによって、危険である部分もわからなくなってしまったのではないか。
いろいろ考えさせられる本だったんね。 -
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ネタバレ「カルトの子」に衝撃を受け、何度も読んでいる身としては読まずにいられないテーマ。宗教と発達障害の関係については考えたこともなかったけど、人生がうまくいかずに宗教に助けを求めることを思えば、生きづらさを感じやすい人たちがはまってしまうのはなるほどと思う。当事者のインタビューは読みやすかったけど、専門家のところはちょっと読み飛ばすところも。信田さよ子さん、久しぶりに読んだけど、やっぱ分かりやすかった。斎藤環さんとの対談のとこも。こういう本を読むと、あの高校時代のエホバの子を思い出す。今どうしてるんだろうなぁ。エホバの個別訪問が辛い思いをさせて、コミュニティへの帰依を高めるためだという意見にはなるほどーと思った。しかし、こういうのって誰が仕組んでいくんだろうな。金なのか権力なのか性的なものなのか、絶対どこかの少数がうまい汁を吸ってると思うんだよな。
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ネタバレ宗教者、精神科医、ジャーナリストなどこの問題に向き合っている様々な専門家との対談や取材と2世当事者の声を集めた章が秀逸。
むしろそこだけでも良かったのでは、と思うくらい。
最後の方の章は著者自身の著作や宗教関連の文学や映像作品の紹介と見解が多く、興味を惹かれるものもあったが映像に関してはほとんど見ることのできないものが多いこともありちょっとうるさく感じてしまった。蛇足感がある、と言ったら言い過ぎだろうか。
p253で著者が創価学会について、エホバの証人のように2世問題を唱えてる人や宗教被害を受けたと言っている人が実数からすると多いと思えない、ゆえにエホバが2世問題を生み出しやすい宗教と言えるかも、という趣旨のことを言ってます。2世問題というくくりの中で共通する困難さや生き難さなどもあるでしょうが、宗教の中身によって確かに問題の深刻さや複雑さはかなり違うだろうと思います。
一括りでは解決できないところにどう対処していくかというところにまだまだ全然現状はたどり着いてないと思います。
鈴木エイトさんが懸念するようにこの問題がコンテンツとして消費されてもやもやと終わらされないことを願っています。
斎藤環さんが言うように、宗教をR20にするというのはかなり名案だと思います。私自身も子供のころから親の入信した宗教に結婚後も振り回され(本書に出てくる当事者の方々とは困難さは比較になりませんが)「何故自分に意志で入信したものでない宗教にこれほど神経をすり減らされなければならないのか」とその理不尽さに怒りをずっと抱いていたので、本当にそのような法律ができてくれたらどんなにいいだろうと思いました。
…まぁ現実にはほとんど無理だとは思いますけども。