イスラーム文化を
真にイスラーム的
ならしめているものは何か。
その本質に迫る一冊。
筆者の井筒俊彦は
日本の言語学者、
イスラーム学者、
東洋思想研究者。
本誌は3章で構成される。
第1章 宗教
イスラーム文化の
宗教的根底から始まる。
信仰としてのイスラーム。
その根底にあるのは
聖典「コーラン」。
預言者ムハンマドが神の啓示を受け、
その神の言葉が記録されることによって
成立した一冊の書物。
この「コーラン」をもとにして、
解釈学的展開としてできあがったのが
イスラーム文化。
深く言うと、
聖典解釈学的原理が
大規模に、組織的に、意識的に適用され、
公私にわたる人間生活の内外すべてが
全面的にカバーされているのが、
イスラーム文化だ。
つまり、生活全部が宗教となる。
そして、宗教イスラームは
ユダヤ教とキリスト教による
歪みをもとに戻して、
「アブラハムの宗教」を
根源的、形而上的理念に最も近い
純正な形で立て直そうとするものだった、
それは神は上、人は下。
神は絶対的超越者であるということ。
そして、「コーラン」は
神と人との間をつなぐ
唯一の手段であるということ。
人類創造の初めから、
神は預言者を次々に立ててきた。
その最終点として
預言者ムハンマドが現れたとされる。
イスラームでは
神に対する絶対帰依、
絶対帰属が根源的立場。
そして、イスラームの神アッラーは、
人格性、絶対的唯一性、全能性をもつ。
つまりはキリスト教の
三位一体などは入り込むすきがない。
第2章 法と倫理
「コーラン」は約20年の年月をかけて
少しずつ断片的に
預言者ムハンマドに下った。
この20年は前期と後期に分かれる。
前期は、
一介の商人であったムハンマドが、
西暦610年頃、故郷のメッカで
最初の啓示を受け、
預言者となり、使徒となり、
周囲のアラブたちの猛烈な反対運動に対抗して
わずか数人の同志とともに悪戦苦闘した時期。
これをメッカ期と呼ぶ。
後期は、
西暦622年、ムハンマドが活路を求めて、
ヤスリブ(後のメディナ)に移り住んで、
632年に世を去るまで時期。
これをメディナ期と呼ぶ。
この前期と後期で
イスラームはがらりと性格を変えてしまう。
ここにイスラーム文化の
二つの根源的パターンの萌芽がある。
イスラーム法(シャリーア)は
後期メディナ期の文化である。
イスラームでは、
全知全能の人格神と人間が契約を結ぶ、
それが信仰であり、宗教である。
しかし、この契約が
前期と後期では異なる。
神と契約を結ぶ人間が、
個人であるか共同体であるか、
つまり実存的であるか社会的であるか
という違いが出てくる。
イスラームでは
神が人格的である、
つまりは倫理的な神である。
その特性のひとつに
神の義がある。
イスラームの神は
厳粛な、峻厳な正義の神。
人間が少しでも正義にはずれたことをすれば、
絶対に許さない。
罰を下さずにはおかない怒りの神。
これが前期メッカ期の宗教性を
根本的に性格づける。
これがメッカ期の宗教的世界観、人間観を
暗い雰囲気で包み込む。
人間は放っておけば
いくらでも悪いことをする。
機会さえあれば
すぐにでも罪を犯そうとする。
己のいかに罪深い存在であるかという
痛切な自覚をもたざるをえない。
この罪の自覚から「怖れ」という
実存的態度が生まれる。
イスラームの世界観では、
死の向こう側、現世の彼方には来世がある。
重要なのは、メッカ期では来世である。
終末の日と審判の日に向かう終末論的怖れが
神の倫理に対する人間の倫理となってくる、
メディナ期に入ると、
神が人の目に
慈悲と慈愛、恵みの神として映り始める。
信仰深い人々、善人には、
来世で天国の素晴らしい歓楽を
与えるであろうことを約束する。
メッカ期の怖れに対して、
メディナ期では感謝が象徴される。
メディナ期では
神と人の契約が
ムハンマドと人の第一義的な契約になる。
そして、ムハンマドと契約した人々は
お互い同士が同胞として契約を結ぶ。
つまり、神と倫理的関係に入った
人間同士の人間的倫理学へとなる。
嘘をつかないこと、
慈悲、親切、寛大さ、赦し、
物惜しみしないこと。
およそ神の属性と考えられる性質は
人間の次元で求められてくる。
神と人との縦の結びつきが、
預言者ムハンマドを中心とする
人と人との同胞的結びつき、
純人間的な横の広がりを加え、
イスラームが社会性を帯びて、
ひとつの社会的宗教に転生していく。
イスラームとは、
この共同体的宗教の正式名称なのである。
ムハンマドは
宗教人であると同時に、
急速に膨れ上がっていく
共同体の主権者として
それを制御する政治家になっていく。
はじめは個々の
実存的宗教であったイスラームは、
社会的宗教となり、
社会的、政治的に組織され、
制度化されていく。
そして、完全に制度化され、
ひとつの社会秩序の構造となった時点での
イスラーム共同体の宗教が自己表現した形、
それがイスラーム法である。
このひとつの信仰共同体が出現したことは
アラブの歴史では未曽有の大事件だった。
太古以来、アラビアでは
部族が人間存在そのものの基礎だった。
この砂漠的人間の血の連帯感に、
イスラームは宗教共同体の理念で
真正面から衝突していった。
イスラームは、
血縁関係に基づく部族的連帯感という
社会構成の原理を完全に破棄し、
その代わりに唯一なる神への共通の信仰を、
新しい社会構成の原理として打ち出した。
イスラーム共同体の特徴として、
普遍性、平等性がある。
改宗は要求せず、
ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、
その他の宗教集団をを
「啓典の民」として認めた。
この「啓典の民」として認められれば、
イスラーム共同体の内的構成員でありえた。
この「啓典の民」からは
特別の税金が課せられ、
これがイスラームの主たる財源となった。
イスラームでは生まれ変わり、
輪廻転生を否定する。
また、人間は原罪によって
本質的には汚されていない。
現実の人間はたしかに悪に染まり、
堕落して汚れたものであるけれど、
本本質的な汚れではない。
人間の力で直していけるものである。
このような自身、自己肯定的態度が、
メディナ期にはっきり出てくる。
つまりは現世肯定的な世界観が成立していく。
そこには聖俗不分という
イスラームの大原則も出てくる。
イスラームの世界観は
現世と来世という二重構造である。
その二重構造全体が、
神の絶対的管理のもとにある点において
現世が俗で、来世が神聖だというわけではない。
また、現世のなかに
世俗的次元と神聖な次元をも立てない。
だからもし現世が、神の世界として
正しい形で実現していないなら、
正しい形に向かって立て直さなければならない。
その実践的機能を十分に発揮するために
とるに至った具体的形態がイスラーム法だ。
そのためにしっかりした行動の指針が必要だ。
それが、絶対善、相対善、善悪無記、相対悪、絶対悪
という5つである。
イスラーム法は、命令と禁止の体系となる。
イスラーム法が成立したのは、
ムハンマドの没後まもなく。
神の意志の探求から始まり、
神の意志で善悪が決まる。
それは「コーラン」から始まる。
しかし、「コーラン」だけでは
すべての問題を捌ききれない。
そこで補完するものとして
「ハディース」が出てくる。
これはムハンマドの言行録だ。
この「ハディース」で
「コーラン」を幾重にも取り囲んで
「コーラン」「ハディース」を
テクスト解釈して、イスラーム法が成立した。
第3章 内面への道
第2章で見てきた
共同体への道、
すなわち後期メディナ期の宗教社会化を実現し、
イスラーム法まで仕立てた人々は
主流派であるシーア派である。
一方、内面の道を求めた人々がいた。
それはシャリーア(イスラーム法)に対して、
ハキーカ(真理、実態、実相)を追求した人々だ。
これには大きく二つの違った系統がある。
シーア派とスーフィズム(神秘的イスラーム)だ。
シーア派も分岐していて複雑だが、
文化的に一番重要であり、
イランの国教となっているのが、
十二イマーム派だ。
このシーア派はイラン的だ。
現世を、存在の天上的な次元と
あくまで戦うことを本性とする
悪と闇の世界だと、考える。
これは古代イラン、ゾロアスター教の
二元論的世界表象がイスラーム化されている。
この現世において光の国は、
世俗的世界の内面に潜むハキーカだけだ。
そして、「コーラン」から
それを解釈できるのは、
シーア的霊性の最高権威者
イマームだけだとされる。
「十二イマーム派」は
このイマームを
十二人しか認めない。
第十二代イマームは
四~五歳のときに
行方知れずとなる。
これを姿を隠しただけと見る。
「小さなお隠れ」を経て
今は「大きなお隠れ」の状態だとする。
この隠れたイマームは
常に不可視の世界の奧処にあって
シーア的世界を中心として広がる
全可視的世界を支配している。
終末の日に、メシアとして
再びこの世に姿を現してくると
信じられている。
イラン革命後、
国家最高主権者の地位についた
ホメイニー師は、
イマームの代わりに世を治める人である。
イマームはシーア派の根本的特徴だが、
スーフィズムでは
このイマームを一般化し、
ハキーカに精通した人として
人数に限定がないワリ―と呼ぶ。
修行によってはじめてワリ―になれる。
最終的には神との一体化をめざす。
この目的のために、
まず自意識を払拭しなければならない。
我の内面に、我でなく、
溌溂と創造的に働く生けるハキーカを、
つまり神を見出し、神に会わなければならない。
これがスーフィズムの第一段階である。
つまりは内在神である。
これが人格的一神教スーフィズムである。
イスラームにおける「内面への道」は
スーフィズムで行き着くところまで
行き着いた感がある。
スンニー派イスラーム。
シーア派イスラム。
スーフィズム。
これら三つの潮流の
闘争の歴史こそが、
イスラーム文化。
相対立する三つのエネルギーの
間に醸し出される
内的緊張を含んだ
ダイナミックで多層的な文化、
それがイスラーム文化なのだ、
というふうに考えていくべきだ、
と筆者は結んでいる。