HCDの目的とメリット
人間中心設計(HCD: Human Centered Design、以下HCDと略記する)は、「苦い経験」をできるだけ少なくし、「うれしい経験」をできるだけ豊かにしようとする設計への取り組み方です。
HCDに取り組むメリットとして、国際規格であるISO9241-210では、下記の7つがまとめられています。
①ユーザーの生産性や組織の作業効率を向上できる
② 理解しやすく使いやすくなることにより、訓練やサポート費用が削減される
③ 多様な能力をもった人々へのユーザビリティを高めることで、アクセシビリティが向上する
④ ユーザエクスペリエンスが改善される
⑤ 不快感やストレスが緩和される
⑥ ブランドイメージを向上させるような形で競争力が付く
⑦ サステイナビリティという目標にも貢献する
HCDという考え方
HCDは「製品やシステムやサービスを、人間工学やユーザビリティの知識や技法を使って、そのシステムをより使いやすくすることを目指すシステム設計開発のアプローチ」と呼ぶことができます。HCDは製品やシステムやサービスなど広い分野で活用されています。HCDの原則として、ISO 9241-210では下記の6つの原則(図1)がありHCDという考え方の基本になっています。
① ユーザーやタスク、環境に対する明確な理解に基づいてデザインする
② 設計や開発の期間を通してユーザー(の視点)を取り込む
③設計は人間中心的な評価によって駆動され、また洗練される
④ プロセスは反復的である
⑤ 設計はユーザエクスペリエンスの全体に焦点をあてる
⑥ 設計チームには多様な専門領域の技能と見方を取り込む
UXのハニカム構造
ピーター・モービル(Peter Morville*, 2005)の「UXのハニカム構造」では、UXの要素を「便利か、利用できるか、望まれるか、発見できるか、信用できるか、アクセスできるか、価値があるか」 の7つに分けています。
Useful 便利か
Usable 利用できるか
Desirable 望まれるか
Valuable 価値があるか
Findable 発見できるか
Accessible アクセスできるか
Credible 信用できるか
UXの5階層モデル
ジェシー・ジェームズ・ギャレット (Jesse James Garrett, 2003)は、Web構築時に考慮すべきことは、ユーザーにとってのエクスペリエンスであるとしています。そしてUXの構成要素を、 Surface(表面)、Skelton (骨格)、Structure (構造)、Scope(要件)、Strategy (戦略)の5つとした、UXの5段階モデルを提唱しています。
■サービスデザインの5つの原則(マーク・スティックドーン、2012)
ユーザー中心:ユーザーが本当に欲していることを把握しそれが提供するものをデザインする
共創:ステークホルダーのチカラを集結させる
インタラクションの連続性:いくつものタッチポイント、インタラクションを巧みに編集し、 サービスの持つ固有のストーリーを顧客に伝える
物的証拠:形を持たないサービスエクスペリエンスに形を与える
ホリスティックな (全体的な)視点:サービスの全過程を通して、あらゆるステークホルダーの行動や思考を考える
IDEO社とデザイン思考
IDEO社のCEOであるティム・ブラウン (Tim Brown, 2009)は、「デザイン思考とはデザイナーの感性と手法を用いて、ユーザーのニーズと技術的な実現性、持続的なビジネス戦略を考慮することで、顧客価値を市場機会にしていく手法」であると定義しています。イノベーションには技術、人間、 ビジネスの3つが必要であり(図1)、その3つが重なりあうところにイノベーションがありますが、デザイン思考ではまず人間に着目します。そして、商品やサービスを利用する人の要求を知ることを起点に、アイディアの創出、ビジネス化の検討を行うデザイン思考のプロセスを提唱しています。
IDEO 社によるデザイン思考の事例としては、Bank of America社での「キープ・ザ・チェンジ(おつりを貯めよう)」というサービスの事例があります(図2)。この事例では、ユーザー観察によりユーザーの本質的な価値を発見し、アイディアを発想し、新しいサービスを導入して新規顧客が大幅に増加しました。具体的には、預金をあまりしなかった人たちを対象に、Bank of America社のカードを使って、商品を購入すると小額の差額が切り上げられて、残金が自動的に預金されるシステムです。
ノーマンとデザイン思考
ノーマンは2013年に出版した『誰のためのデザイン?増補・改訂版』でデザイン思考を大きく取りあげています。この中で、「デザイナーは、対処すべき基本的で根源的な課題は何かをみきわめるのにまず時間を費やす。彼らは、本当の問題が何かを見定めるまでは解決策を探そうとしない。問題が定まったときでさえ、問題を解決しようとはしない。彼らは立ち止まって、広い範囲から可能な答えを探す。そうして初めて、最終的に彼らの提案を収束させていく。このプロセスは『デザイン思考』と呼ばれる」と記述しています。そして、デザイン思考はデザイナーだけのものでなく、すべての偉大なイノベーターは知らず知らずに実践していると説明しています。また、デザイン思考の2つの強力な道具として、HCDと、デザインのダブルダイヤモンドモデルの発散・収束プロセスの活用について述べています(図3)。
IDEO社のデザイン思考の5つのステップ
共感、問題定義、アイディア創出、プロトタイピング、検証
HCDサイクル
①利用状況の把握と明示
②ユーザーの要求事項の明確化
③ユーザーの要求事項を満足させる設計による解決策の作成
④要求事項に対する設計の評価