ウィワット・ルートウィワットウォンサーのレビュー一覧
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『闇に包まれた穴の底には、龍が横たわっているような気がした。(中略)年寄りたちの言うには、そうした穴は龍が冬眠をする穴ぐらだそうで、龍は夏になると穴からはいずり出てきて天空に飛び立ち、冬になると再び穴に舞い戻ってくるという。穴の付近の雪が解ける理由は、龍の吐く息が穴から噴き出してくるせいらしい。ぼく
...続きを読むはその言い伝えを知っていたので、穴の底でひとりぼっちにさせられたとき、龍に食われてしまうんじゃないかと怖くてたまらなかった』―『ラシャムジャ/穴の中には雪蓮花が咲いている』
「絶縁」というテーマのアンソロジー。村田沙耶香が作品を寄せているというので読んでみたのだけれど、その他のアジア圏の作家の短篇にも魅せられる。中でもチベット語で創作活動をしているという中国青海省海南チベット族自治州生まれのラシャムジャという作家の作品は、地方出身の主人公による地元の幼馴染の思い出と都会で失望感を味わう自身の境遇の対比の問わず語りなのだが、その対比の中にある地方と都会あるいは自然の中に生きることの多面性と都市化された環境の中の画一的な生活の効率性の対比という構図が多重露出的に描かれ、知らない筈の土地に対する郷愁を呼び起こす。まるで台湾の呉明益の小説かと思わせるような作品で、特に惹かれた。
日本、シンガポール(マレー語)、中国、タイ(南部)、香港(広東語)、中国(チベット語)、ベトナム(南部)、台湾(広東語)、韓国の作家が並ぶのだが、国籍は必ずしも作家の特徴を典型的に表象する訳ではないのだと(アンドレイ・クルコフの「優しい死の天使」の中で国民性と国語の関係について言われていたことを思いだすが)判ったようなことを言いたくなる。それが編んだ人の意図であるのかは定かではないが、母語がその国の標準的な言語である作家と方言を含め母語が標準的言語ではない(もちろん、書き言葉では口語ほどの違いは出ないだろうけれど)作家の立ち位置の違いが、「絶縁」という言葉から連想されるものの違いになって表れているようにも見える。例えば、村田沙耶香の「無」(日本語)や郝景芳の「ポジティブレンガ」(北京語)では絶縁は「個人」の感情から主に湧き上がる「違和感」に由来する。その違和感を感じさせるものの正体は「社会」という捉えどころの無い、あるいは実態の無い相手であり、その実態の無さを二人の作家は空想科学小説風のディストピアとして描く。基本はミヒャエル・エンデの「モモ」あるいはジョージ・オーウェルの「1984」に似た物語。一方で、その国において少数民族と呼ばれる人が用いる言語で書かれたラシャムジャの「穴の中には雪蓮花が咲いている」(チベット語)やアルフィアン・サアットの「妻」(マレー語)が描く絶縁は違和感ではなく「孤立」に由来するものであり、少数派としての視点を通しての社会への隔絶感はあるとは言え、対象は個人の顔をしている。もちろん個人はその社会における多数派という立場を代表していると読めるのだが、社会の制度そのものというよりは立場を利した強者への拒絶感が孤立を生む(生ませる)という構図が共通してあるようにも思う。
そのように要約してみると、ベトナムやタイにおける南北対立の構図や、香港、チベット、台湾における「中央」との対立の(それらは往々にして官民の対立でもある)構図といった社会的課題が「違和感」を「拒絶」へと高める一因となっているのだろうかと考えたりもする。だからと言って日本の村田沙耶香や中国の郝景芳や韓国のチョン・セランが何も社会的課題を描いていない訳ではないが、敢えて言えばこの三人の作家の描く主人公には個人が能動的に「絶縁」をすることの可能性がある一方で、他の作家の描く主人公には「絶縁」を受動的に許容する他選択肢が無いようにも見えるという違いがあると言えばよいだろうか。
もちろん、違和感であろうが、孤立であろうが、向き合っている社会に対する個人の信条との対立という構図に変わりはない訳で、それは突き詰めれば個人の持つ正義感とでも呼べばよいような硬質の言葉に帰結するように思うが、それを声高に叫ぶことを必ずしも善しとしない態度が、不思議なことにどの物語の主人公にも共通して認められる。日本では最近若年層の対人関係におけるとみに「温和」な態度が話題となったりもするが、格差間の弱い側に属しがちな若い世代はどの社会でも同じような傾向にあるということを示しているのだろうか。だとすれば、ポピュリズムに支配されつつある世界の中で「対立」の構図を越えた新しい関係性を産み出す萌芽をそこにみることも出来るのかと思ったりもする。
『私くらいの世代のことを、私は、心の中で「リッチナチュラル世代」と呼んでいる。世代それぞれの生き方や性格の流行を、心の中でこっそり名付けるのが好きだ。私より上の「過剰浪費快楽世代」には理解できない、ぱっとみて楽しそうな浪費や快楽ではないものにお金をかけている世代なので、「ずいぶん地味ねー! 人生楽しまなきゃ!」と九条さんに言われたりしてしまう。一方、「安定志向シンプル世代」からみると、無駄遣いに思えるような高いインテリア家電に手を出したりして、戸川さんに、「え、あれ買ったんですか、すごいですね」と少し引かれてしまったりする』―『村田沙耶香/無』
そしてそんな硬質の思考を紡ぎがちな作品が多い中、やはり村田沙耶香のデフォルメし架空の社会に投影された現代の写し絵は、その一見するとぶっとんだような語り口とは裏腹にいつも通りの世界観を強烈に放っていて、秀逸なのだった。
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村田沙耶香 著「無」を目的に手に取った本。
著者の“近未来SF”チックな作風が全開でした。
フィクションだけど、どこか現実と繋がっている様な…
Posted by ブクログ
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日本の作家と共作しませんかと問われた韓国の作家チョン・セラン氏が「アジアの若手世代の作家が同じテーマのもと短編を書くアンソロジーはどうか?」と編集部に逆提案。それで編まれたのが本書だとか。
今回のテーマは“絶縁”。人によって、国や地域によって、こんなにもいろんな“絶縁”があり、それぞれが自分だけの「
...続きを読む生」に翻弄されながらそれでも生きていくしかないのだな…。誰かに代わってもらうわけにはいかないものね。
作品ごとに作者紹介に加えて訳者解説やあとがきがあるのがうれしい。世界が広がるような一冊でした。テーマを変えたり執筆者の顔ぶれを入れ替えたバージョンも読んでみたい!
Posted by ブクログ
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「絶縁」テーマのアンソロジー
訳者のあとがきにナイスフォロー大賞を捧ぐ
村田沙耶香、天才
と思いきや、芋づる式に天才現る
そして、しんがりのチョン・セラン
一気に世界が広がってしまったので、これからどうしようかと悩む
Posted by ブクログ
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チョン・セランの提案で、”絶縁”をテーマにアジアの作家9人の作品。どれもそれぞれに面白かったけど、ハオ・ジンファンとラシャムジャが特に良かった。
Posted by ブクログ
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東アジア~東南アジアの若手作家による『絶縁』という共通テーマのもとに書き下ろされたアンソロジー。
かなり読みごたえがある。
読み終えるのに結構な時間がかかった。
同じ時代を生きているのに、その国の政治・社会状況によりこんなにも違った世界が広がっているとは、想像もしなかった。そう、同じテーマのもとに
...続きを読む書かれているにも関わらず。
作家の個人的な傾向もあるだろうが、それとてその国の社会情勢に影響されることは少なくないだろう。
村田沙耶香、チョン・セランの作品は、読みながら(村田沙耶香のはディストピアのようだったが)その状況や心理が掴みやすかったのは、やはり似通った社会構造の国の作家だからだろうか。
他の作品は、知識のなさゆえに想像力が追い付かないものもあったが、アジア文化圏の多様性と奥深さを感じ、もっと和訳されてほしいと思う。
2023.1
Posted by ブクログ
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正直、難解なものも多く(特に燃える)、途中で断念しそうだったが、「穴の中には雪蓮花が咲いている」が素晴らしくて、読んでよかった〜と思った。チベットが中国なことも知らなかかった無知な私だが、ラシャムジャさんの他の作品も読んでみたい
Posted by ブクログ
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「絶縁」がテーマだからどの作品も薄暗い雰囲気だった。けどほのかに温かみも感じる作品が多かった。(特に、『穴の中には雪蓮花が咲いている』という話が最もそれ)
全然読んだことないような国の作家さんたちの作品が読めてよかった。国が違うだけで雰囲気が全然変わる!
そもそも村田沙耶香さん目当てだったからだけ
...続きを読むれども、やっぱ村田沙耶香さんは圧倒的だ〜…
読者をピシャリと閉め出す感覚がくせになるよね
Posted by ブクログ
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アジアの作家の豪華ラインナップ。村田は相変わらずで、たまに読むとそのヘンさが心地よい。ハオ・ジンファンの作品は、彼女らしい寓話だがやや月並み。チョン・セランはさすが。こういう、ストレートに苦いテイストの作品も書くんだと思った。あとよいと思ったのは、ベトナムのグエン・ゴック・トゥと台湾のリエン・ミンウ
...続きを読むェイの作品。こうしてみると結局、日本と距離的に近い国々の作家に共感しやすいのかもしれない。
Posted by ブクログ
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アジアの作家たちの共作ということで読んだ作家だけをメモ。
村田沙耶香「無」
アルフィアン・サアット「妻」
韓麗珠「秘密警察」
ラシャムジャ「穴の中には雪蓮花が咲いている」
グエン・ゴック・トゥ「逃避」
チョン・セラン「絶縁」
Posted by ブクログ
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面白いのも、そうでないのもあったが、色々な国の色々な作家の作品が読めたのは楽しかった。
文学は政治や社会の状況と密接に繋がっているのだと改めて感じた。
Posted by ブクログ
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絶縁をテーマに九つの話からなるアンソロジー。海外小説はどうも頭に入らず途中リタイア。残念。原文で読めれば違ってくるのかなぁ。でも村田沙耶香さんの「無」は読み応えあった。「完璧な無」に生きてる意味はあるのだろうか。でも「無」の生き方に憧れる気持ちもあるな。そういう境地に私はなりたい、気もする。
Posted by ブクログ
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「絶縁」という同じテーマでアジアの9都市9作家がそれぞれ物語を描いたら…面白いなぁ~と、しかも村田沙耶香さんだぁ…と思い手にしました。村田沙耶香さんの作品「無」は、楽しめました!「無」になりたい…とは思ってもなかなか難しいもんですね…。「無」が崇め奉られる…スゴい世界っ!!しかも「無街」が各地にでき
...続きを読むるって…ちょっと怖い世界っ…でも村田沙耶香さんらしい作品でした。
他の作家さんが描く作品も読み応えありました。ただ、やっぱり日本とは全く違うなぁ…って思うと、なかなか深く読み込めなくって…私には難しい作品を選んでしまったのかもしれません…。
Posted by ブクログ
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村田沙耶香さんは凄まじく村田沙耶香さんだった。各国の背景や歴史を知っていたらもっとたのしめたんだろうなぁという作品もいくつかあって残念だった。ほろ苦い後味。
Posted by ブクログ
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9人のアジアの作家による短編集
村田沙耶香の「無」や郝景芳の「ポジティブレンガ」は社会の薄気味悪さを感じ、チョンセランの「絶縁」はやり切れない男社会の蛮行に傷つきながらも少し光がさしているように思った。どの作品も(そうで無いような作品もあるが)暗い現実の先に、何らかの希望が垣間見えるのが救いだ。
Posted by ブクログ
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絶縁がテーマの短編集。
期待していた村田沙耶香さんの短編も良かったが、意外に他の作家さんの短編が気に入った。
幼なじみの少女と結構良い仲だったのに、結局その少女とは結ばれることなく、小さい頃の少女との会話を思い出す主人公の話(「穴の中には雪蓮花が咲いている」)は、自分の思う通りには世の中は進まない
...続きを読むということ、あともう一歩踏み出せていたらという後悔などの主人公の気持ちが押し寄せてくる。ただただ切ない。
「絶縁」では、仲の良かった先輩夫婦と主人公が、ある出来事をきっかけに疎遠になるという話。そんなことで人は袂を分けてしまうものなんだな…と思うが、譲れない思想は皆それぞれ持っている。それがたまたま主人公は「遊び人ユンチャンを許すまじ」だったんだろうな。私はどちらかというと先輩夫婦の考え方に近い。芸能人の不倫等のスキャンダルって誰が面白がっているのだろうと思う。まあ、女性に恨まれるような人とはあまり近づきたくないけれど。
Posted by ブクログ
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村田沙耶香さんの作品が読みたくて手に取ったのですがこの本を手に取らなければ一生縁がなかったなと思う素敵な作家さんがたくさんいて、そのお国柄が出ててとても面白かったです
Posted by ブクログ