菊地よしみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
自己陶酔することなく、過去にあった出来事を淡々と書き記す。そのスタイルだからこそ、深く深く胸に突き刺さる内容であったと感じる。50年前という現代から近い過去、1970年代にフランスでは中絶が禁止されていたという事実に驚き、そして、その時代に生きて苦しんだ一部の女性たちのことを思うとやるせなさを感じる。「中絶は悪だから禁じられているのか、禁じられているから悪なのか、決定することはできないのだ。世間の人は法律に従って判断するのであって、法律を判断するのではない」。今までに辿り着くことができなかったこの考え方にハッとさせられるものがあった。
アニー・エルノーの作品をもっともっと読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ凄い本を読んだ。
ノーベル文学賞を受賞されたので、その時に買っておいたのだと思う。ずっと積読でした。
『嫉妬』という作品と『事件』という作品の2篇が1冊になっている。
淡々としている文ですが、ものすごく強い力があって心が揺さぶられ震えた。
読み進めていくうちに複雑な感情が湧いてくる。
恐怖とか悲しみとか安堵みたいなものが、ぐちゃぐちゃに掻き回されて1つになったような感情だった。
読後も心の中がまだ小さく小さくザワザワしている。
それでも暗いイメージはなく、陽射しの明るいイメージが残った本だった。
「わたし」の自己対話を通して、読者も「わたし」の「経験」を体感するような本だと思った。
余韻が物凄い。
ずっと心に残り続けている。
著者の思いの強さというか、そういうものの強い力で私の心はこの本に引き止められている。
この本を読んで、読書とはただ目で文字を追って読むだけの行為ではなく明らかに体感するものなんだと改めて実感した。
想像を遥かに超えました。
『事件』の方は『あのこと』というタイトルで映画もあるので観ようと思っています。
覚悟して観ないと。
こんなにも心が揺れたのは久しぶりかもしれない。
感動ってすごいな。 -
Posted by ブクログ
初アニー・エルノー。すごく良かった。小説ってこんなに生身の人間を直に曝け出すことができるんだと圧倒された。
恐らく筆者自身が経験したであろう出来事を深く正確に綿密に的確な言葉を重ねて描きつつも、決して感情だけに流されることのない冷徹とも言える明晰さ。個人的な出来事を突き詰め続けることで至る普遍。特に嫉妬には自分自身に思い当たる経験があり、個人的な経験を分析して突き詰めて文学に昇華させる彼女の手腕に驚いた。小説というのはこういう書き方もできるだと世界を広げてくれる作品だった。
事件は男女問わず必読。甘えのない生々しい描写に気分が悪くなるかもしれない。しかしこれが現実なのだ。本作のレビューを読むと中絶に関して日本に比べフランスが遅れているような印象を受けている人が見られたが、本当にそうなのか、いま一度自国の現状を学び直す必要があるだろう。
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Posted by ブクログ
別れた男の現在の彼女への嫉妬を描いた「嫉妬」、中絶が認められていなかった時代のフランスで中絶する「事件」2編のオートフィクション。
ものすごい解像度と赤裸々さで、感情とその流れが克明に記されていき、全て本当にあったこととしか思えない。
性愛を重視していることと、時々ある観念的な考え方はフランスっぽいなと思うが、どの国でも女の思考は共通しているところが多いな、と連帯感を覚えた。「嫉妬」なんて失恋した時に読んだら共感の嵐だと思う。
やはり衝撃的だったのは「事件」。
読んでいて自分まで下腹部が痛い気がしてくるほどだった。
中絶を禁じるって、本当に悪しき文化だと思う。胎児の命を軽視するのはもちろん良くないけど、そちらを盲目的に尊重して、産む側の人権がないがしろにされるのは、本当にいいことなんだろうか。
ていうか中絶しないといけない状況に追い込む男の方が明らかに悪くない?
中絶が成功しそうなタイミングで、主人公は自分の血と体液に濡れたパンティを見る。それで、死んだ飼い猫の血と体液の染みが自分の枕の真ん中に残されていて、学校から戻ってきたときには、猫はお腹のなかで死んだ子猫たちとともに既に埋められていたことを思い出すというエピソードが、抒情的で心に残った。 -
Posted by ブクログ
「嫉妬」も「事件」も女性として考えさせられる小説だった。アニー・エルノーの小説は自伝的。本当の所は知らない。淡々と書かれているけど、情熱的。その相反する読後の印象が自伝的だと思わせるのだろう。「事件」で知った、フランスは中絶が違法だった期間が長かったこと。フランスのイメージとは大きく異なるこの法律にヨーロッパがいかにキリスト教と結びついているのかを改めて見た気がする。
「嫉妬」の主人公。恐らく表面上は淡々と生活はしていたのだろう。だけど、内面は相手女性への執着でドロドロしている。それを伝える文章は全くドロドロしてはおらず、一歩間違えばメロドラマ的になってしまう内容をいたく知的で詩的なものに感じさせる。それがとてもフランス的に思える。
この本で自分の中に強固なフランスという国への固定観念があることに気付いた。 -
Posted by ブクログ
「彼をもう一度自分のものにしたかった」
当時真実だったただ一つのこと、私はそれをけっして口にしないつもりだったけれど、それは、「あなたと寝たい、そして、あなたにもうひとりの女性を忘れさせたい」だった。他のことはすべて、厳密な意味において、フィクションにすぎなかった。
これが嫉妬の誕生でしょう。
精神と肉体のステータスを満たすもの、満たしているものを喪失する、奪われる危険性にたいしてだとか、自分が手にできないものに対して抱かれるのではないでしょうか。
また、それにたいして"努力をしていない"であったり、"努力の程度"が低い者ほど強く抱く傾向にあると感じます。
それには個人差があり、人や物に対しての関心の度数、指数的なものなのかとも…
たいていの場合、その事柄に囚われ、占拠、占領され、用事として忙殺されているのは自分だけなのですが…
それを理解していたとしても、それを作り出している環境、状況が変わらない限り、なかなか解放されないものだとも感じています。
サルトルがいう「他者の視線の中での自己の位置づけ」という考え方を認識するのも大事かと思います。
作者は書くことによってしっかりその事実を認識し、それからの解放を試みます。それは彼女にとって"やり方"であり、もっとも有効な手段だったのです。
時折、次のような可能性を垣間見ることがあった。もし彼が私に突然、「彼女とは別れる、きみのそばに戻る」と言ったなら、私は絶対的な幸福の一分間、ほとんど耐え難い感動の一分間ののちに、エネルギーの尽き果てた感じを、オルガスムのあとの体の弛緩に似た精神的弛緩を覚え、そして、自分はいったいどうしてこれを得ようとしたのだろうと自問するだろう。
では、自分にとっての解放の手段は何か?
"それが全ての世の中ではない。この世は相対的である" あくまでも人生の主人公は自分自身であり、その舞台でスポットライトを浴びているのは自分なので、嫉妬なんかしてたら"カッコ悪い"ので、カッコよく生きる思考に転換しないとですかね。