大社淑子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1941年のオハイオで、黒人の少女ピコーラは「青い眼にしてください」と熱心に祈っていた。黒い肌で縮れ毛の自分は醜い。美しかったら、不幸な人生は違っていたに違いないのだ。ピコーラは貧しく、学校ではいじめられ、父親の子どもを宿すことになる。
語り部を担当する少女がいるにはいるが、物語はあちこちに飛び、何の話だか分からなくなる。これには著者の狙いがあり、読者が「責任を顧みることをせず、彼女を憐れんでしまうというという気楽な解決のほうへ」流されないよう、読者自身が語りを再構成するようにしむけたかららしい。
この手法のせいかは分からないが、確かに「ピコーラがかわいそう」「父親や白人が悪い」で済ませられない。ピコーラの受難に対して、読者も責任を感じ、罪悪感を覚えずにいられない。貧困も差別もいじめも虐待もない世界だったら、おとぎ話の悲劇として読めると思う。しかし、現実は違っていて、今もピコーラがあちこちにいるのを私は知っている。ニュースで虐待事件が読まれ、ドキュメンタリーでサバイバーが声を上げるのを聞く。ネットでは信じられないような差別発言を目にする。そして、私は何もしていない。
「彼女の上でからだを洗ったあと、とても健康になったような気がしたものだ。わたしたちは彼女の醜さの上にまたがったとき、ひどく美しくなった」「彼女は口下手だったので、わたしたちは雄弁だと思い込んだ」「彼女の貧しさのおかげでわたしたちは気前がよくなった」「彼女はこういうことをわたしたちに許してくれたので、わたしたちの軽蔑を受けるのにふさわしいものとなった」。この言葉に、良心が動揺し、うしろめたさを感じない人が、一切身に覚えがなく純粋な義憤を持てる人がいるだろうか。他人の不幸で自分がそうでないことを確かめたことがなかっただろうか。
また、『青い眼がほしい』はピコーラをいじめ、犯す人間がなぜそうなったかも描き出す。人種差別やそれに伴う貧困に無力感と羞恥心を植え付けられ、それが自分より弱い者への嫌悪感に変わるのだ。他人の不幸で自分の運の良さを確認し安心するときほどではないが、この感情の転換も残念ながら私にはよく分かる。得られなかったものをどうして人に与えることができようか。
人種差別が本書のバックボーンではあるが、「逸脱」させられる側と、「逸脱」を定義する側の相剋の物語として、普遍的な意味を持っていると思った。とにかく重く深刻な物語なのに、非常に美しく繊細に書かれている。心の奥深くに届く作品だった。
【追記】
物語の冒頭の「家があります。緑と白の家です」はアメリカの小学校のリーディングの教科書に登場する白人の兄と妹、ディックとジェインの物語の一節だそう。
file:///C:/Users/tanak/Downloads/annual_intl_17_83-85.pdf -
Posted by ブクログ
オハイオ州の小さな町、メダリオンが舞台の物語、二部構成、主人公のスーラピース、ネルライトの友情を描く。第一部はネルが結婚する1927年まで、第二部はスーラがメダリオンに戻ってくる1937年から始まる。社会常識的な生き方をするネルと、自由奔放に生きるスーラの対照的な性格のもととなる母、祖母の背景を含め話は展開される。ネルの夫を寝取って、棄ててしまうことからスーラと疎遠になってしまうが、スーラが亡くなる間際ネルは最期に会いに行くが、お互いが理解し合えないまま家を出る。スーラの埋葬式の後、仲のよい友達だったことに気づき号泣する。登場人物が何をもたらしてるのか、また一読するだけでは解読できない深い後味を残す作品です。
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Posted by ブクログ
ネタバレ既に形成された価値観を覆すことは難しい……
だけど、2020年を迎え、今まさにアメリカを中心に、黒人達が立ち上がろうとしている
日本人達は対岸の火事の様相。外国の著名人が声を上げてもシラーっとしてる。だけど、日本に住む外国人に対する排他的な視線や感情を、彼等は敏感に感じ取っているはず……。
日本人も、自分の価値観を今一度確かめてみる必要があると思う。
しかし、この本の素晴らしいところは、ピコーラを破滅に追いやっていった人物達をも鬼畜な敵として描くのではなく、『人間』として描いているところだと思う。どんな想いを抱いて生き、価値観が形成されていったのか、その足跡を丁寧に描いている。
自分と相手。一人の人間として相対することこそ、今求められているのでは。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ9歳の黒人の少女クローディアの目を通して、近親相姦や黒人間での貧富の差が描かれ、他人の眼を意識せず自分を愛せていたはずの主人公が、白人中心の「美」の基準を内在化していく様が恐ろしかった。訳者あとがきを読んでから知ったのだが、序文や、各章の冒頭で度々登場するテクストはアメリカの小学校でよく使われていた『ディックとジェイソン』からの引用らしく、テクストが表す暴力的なまでに理想的な、白人至上主義の家族像と、黒人の少女ピコーラの家族との対比が鮮やか。娘を強姦する父、犬の殺害を子供に肩代わりさせる男など、描かれる内容はリアリティを伴っていてグロテスクだが、トニ・モリソンの文章の美しさゆえに読み入った。読後には、自分自身の中にある、象徴としての「青い眼」への憧れについて考えた。
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Posted by ブクログ
万人にはお薦めできないが、人間と人生のネガティブな側面に正面から向き合えるような、真の意味で勇敢な方々に強くお薦めしたい書籍である。
登場人物が皆、何らかの(主に人種的な意味で)シビアな闇を抱えている。その闇が詳らかに描写され、そして息つく間もなく事件が続く。
最も凄惨な目に遭う人物は、間違いなく主人公のピコーラという黒人の少女だ。本人にはほとんど落ち度はない(ように見える)のに、行く先々で様々な悲劇に見舞われる。
一見悪くないのに不遇な扱いを受ける人物は様々な作家の様々な作品で出てくるが、ピコーラはその極致と呼べそうだ。
個人的に特に共感したのは、終盤に出てくるあるエセ呪術師だ。彼の歪んだエリート意識、選民思想は僕自身のかつての歩みを追体験させられるようで、読んでいてとても痛ましいものを感じた。
差別やいじめ、虐待といったきわめて深刻なテーマを真剣に扱っているため、読むのに勇気がいると思う。だが読後はそれらに対する認識が深まっているはずである。