カトリーン・マルサルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ性別役割分担の解消について語るとき、〜男性が「まともに取り合ってもらう」ために花柄の服を着るべきだ、と主張する人は見かけない。〜でもビジネスの世界で活躍する女性に対しては、控えめな格好をすることが未だに求められている。〜ニュートラルな服装、つまり、男性っぽい服装だ。男性の身体に合わせてつくられた世界に、女性は自分を合わせなくてはならない。
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ところが男の子の服装については、なにもいわれなう。ピンクのバレリーナみたいな服装に顔をしかめる保育士も、男の子がサッカー選手の格好をするのは問題ないと考えているようだ。
p.210-211
すごい。目から鱗が落ちた。少し読みにくいところもあったけど、 -
Posted by ブクログ
"”ただし、家事や育児を誰かに頼むのが経済的なのは、その時給が雇い主の側の女性(人を雇わなかった場合に家事をするはずだった人)よりも大幅に低い場合だけだ。自分の給料よりも高い値段で家事を頼むのでは割に合わない。つまり家事労働の雇用は、雇う女性と雇われる女性の恒久的な格差を前提にしているのだ。”
”新自由主義の核心は政府を縮小し、その役割を紙幣発行、軍事、司法といった値段に限定することだ。政府の仕事は市場への介入ではなく、民営化を進めて市場が自由に動ける環境を用意すること。それ以上の手出しをしてはいけない。ただし市場がない領域については話が別で、大地や水、空気、ケア、教育といったもの -
Posted by ブクログ
『アダム スミスの夕食を作ったのは誰か』、そのタイトル引かれて読み始めた。
女性の家庭内労働は、経済の社会から排除され、価値のないものとされてきた。そして伝統的に女性の労働であったケア労働は賃金の安い不安定な仕事となっていた。その結果、人の身体に関わる仕事が軽視され、ケア労働は低賃金の不安定な仕事となり、人材不足の問題を引き起こしている。ケアワークを保護したいので、経済から締め出す代わりにきちんとお金とリソースを提供するべきである。
子供を育てながら無理なく、働ける選択肢を社会が支援しない限り、少子化は解決しない。この1文は私が最も共感した言葉だった。
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Posted by ブクログ
話題になったのは3年も前。
気になっていた本書をようやく読むことができた。
タイトルにあるように、おもに女性が担ってきたケア労働が無償ゆえに経済学の中で無視されてきたことについての本。
面白かった。
しかし後半はちょっとダレてしまい、ズルズルと惰性で読んだ。
アダムスミスの母、従姉妹、偉いよなあ…
女性たちがあげ始めた声、発展途上国の躍進、世界はもっといい方へ行こうよ。
大学でほんのわずか経済をやったとき、えー、ニンゲンはこんなことしないよー、と思った不満を思い出す。
みんな同じことを思っていたんだなと安心できた。
以下、印象に残った箇所を引用。
ある人は1日に200回手を洗い、ある