三砂慶明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『千年の読書』 三砂慶明著
①テーマ別の選書 ★★★★★★
※お金、死など。
②著者の魅力 ★★★★★
③本好きの世界 ★★★★★
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【購読動機】
読者レビューがきっかけです。
レビューのなかに「読んでみたい1冊がちりばめられている」「本を読みたくなる理由がすっきり解釈できた」という内容がありました。
本だけを題材にした書籍を手にしたのは、これがはじめてです。
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【著書の魅力】
①タイトルの魅力
「千年の読書」。
このタイトルだけで、なにかな? なんで千年なのか?という好奇心がそそられませんか?
②選書の魅力
著者がテーマ別に選書しています。
読者にとってうれしいのは、選書された書籍が、どのような背景で執筆されたものなのか?また、著者自身の読者体験がどのようなものだったのか?を知ることができることです。
③本好きの世界の魅力
本に携わる人の書籍ははじめてでした。
印象は、言葉・日本語が綺麗、読みやすいというものでした。
著者の考え方、感じ方が、読者のわたくしに対してストレートにぶつかってくる時間の連続は心地よいものでした。
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【共感した「フレーズ」
読んでみたい『書籍』。本書より。】
「私たちは、千年前の本の作者や、それを読んだ人の想いに、本を通して触れることができます。」著者/三砂慶明
「ホモ・サピエンス」とは、知恵の人を指す。18世紀 博物学者リンネ
「本は、僕たちの内部の凍結した海を砕く斧でなければならない。そう僕は思う。」
カフカ決定版全集
『潜水服は蝶の夢を見る』ポーピー著。障害があるため、まばたきだけで執筆を完了させる。執筆完了2日後に逝去。
「本当に大切な自由というものは、(省略)無数にとるにたりない、ささやかな行いを、色気とはほど遠いところで、毎日つづけることです。」ウォレス氏
「考えるっていうことは、そうした見えない枠と戦うことでもある。見えない敵と戦う。それはとても難しい。」『はじめて考えるときのように。』野矢茂樹著
「学ぶことは選択肢を増やすことだ。」『サカナ・レッスン』
「平凡の非凡さ」。『モーリー先生との火曜日』
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Posted by ブクログ
千年前、源氏物語の続きが読みたくて読みたくて気もそぞろ、何も手につかないくらいになり、読むことを心待ちにしていた人がいた。
読書とは第一に、読んでいる精神の駆動そのもの。
最も困難な状況でこそ読書は大きな力を発揮する。
そうそう!そうやねん!これが言いたかってん!読書の良さってこれなのよ!
何度も頷き共感し、感動しながら夢中で読み進めました。
紹介されている本、全てが魅力的。全部読みたい笑
読書とは文字を追って読むということというより、読んだ自分の心の動きを感じること。響いた気持ちを体に染み付かせていくことの喜びなんだなと。
読書している時のあの快感は、自分で自分の心の響きに感動してるってことなんだなと。
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Posted by ブクログ
本屋さんでたまたま手に取り、1時間ほどで斜め読みした。
元旦の能登地震があった直後に読んだが、
著者の推薦の本の中にナチスドイツの時代に、アメリカでは兵士たちに本を送ったとゆう話がでてきた。
その本を兵士たちはボロボロになるまで読み漁り、生きる力を見出したという。
北陸の人々はまさにいま災害の脅威にさらされ、日々を生きている。
自分に出来ることを考えても、芸能人のように、ぼんっ!と多額の寄付ができる力は到底持ち合わせていない。
でも、本の力の偉大さを改めて感じ、今すぐ自分に出来ることはと考えると、やはりこうして、本を読み感想を書き続けることなのかな、と思う。
この本も狙って探してわけではなく、たまたま手に取った。著者の言う通り求めている本は本棚から飛び出てくるんだなあと思うと、ますます、本が好きになった。 -
Posted by ブクログ
蔦屋書店の書店員さんによる読書エッセイ集。
個人的に蔦屋書店は、いつ行っても新しい本との出会いのある、すごく好きな本屋で、家の近くにないのがすごく残念なのだけれど、
この本は、そんな梅田の蔦屋書店で限定カバーで並んでいたのを手に取った。
読んでみて、まず思ったのは、やっぱり読書はすばらしいなぁということ。
本との出会いがあって、本を読めるというのは、すごく幸せだと思った。
この本には、著者が出会ってきた様々な本が紹介されているのだけれど、
読書、生きづらさ、働き方、お金、食事、瞑想や自然、死、と、それぞれの章で、流れるように次々に本を渡っていくように、エッセイが書かれている。
ただ、それは「教養とはこういうことだぞ」みたいな嫌味はなくて、「こんな本がありましたよ」というような、本への感謝をこめて、読書に対して本を紹介してくれているような感じだった。
読み終えて、ますます本が読みたくなるような本だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「欲しい本があって買う」という目的に照らせばネット通販などが適しているかもしれない。私自身も一時期ネットでいいや、と思っていた時期もあったが、やはり本屋に帰ってきている。
なんとなく本屋の雰囲気が好きなのもあるし、同じ本だったとしても本屋でなければ買わなかったであろう本もある。そういう上手く言い表せない本屋の魅力が言語化されている本だと感じた。
本屋が焚き火と同じで、火がある場所に色々な人たちが暖を取りに来る、そして薪をくべて行く場所、というのはとてもいい表現で、まさにそう!と思いながら読み進めていた。
私は本屋に対して客以外の立場であったことはないが、書店員の方や経営者の方がこういう風に考えて棚の構成を考えたり本を仕入れたりされているのだということが知れてよかった。あれだけ考え抜かれた本たちが集まる場所だからこそ、それぞれの書店で個性が生まれるのだとよくわかった。
祖父にお気に入りの本屋があり、あの本屋じゃなきゃダメなんだ、と歳を取っても通っていたことをふと思い出した。
著者の作品は二冊目だが、相変わらず素敵な装丁で丁寧に作られていることがよく伝わる。
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Posted by ブクログ
「親友が子どもを事故で亡くして、一年近く外出できなくなりました。親友を励ましてくれる本を選んでもらえませんか?」というお客さんからの質問に対して、「問合せを受けたとき、自分はこの先この仕事を続けていけるのか不安になりました。どれだけキャリアを積んだとしても、この質問に答えられるイメージが沸かなかったからです」と思ったという筆者。
相談ごとには、答えではなく、質問で返す方が良いと聞いたことがあります。
「ささやかな本の世界への招待状」とのことでしたがテーマごとにまとまった7章を通じて、書店員さんがよく聞かれる質問の答えのヒントとなる本もまとめて下さっているのかな、と。
読んだことがある本、聞いたことがある本、全く知らなかった本。いろんな本が混じっていて、読書好きとしては何度も読み返したくなる本でした。
『死ぬ瞬間』のエリザベス・キューブラー・ロスのその後の人生のエピソードに象徴されるように、本やそのあとがきだけではわからない、作者の背景・その後やその本の生まれた社会的背景なども丁寧に織り込まれていて、歴史の本を読んでいるような気分にもなりました。
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Posted by ブクログ
またまた素敵な本に出逢ってしまった。
三砂さんのことは全然知らなかったのだが、本の語りが優しくて素敵。
上からの目線ではなく、私たちと等身大のところから、一緒に考えていく中で様々な本を紹介してくれる。
生きている中で私たちが経験する試練や疑問を
それぞれのテーマごとに一緒に考えてくれる感じが素敵。
テーマは「人生を変える本」「働き方」「生きづらさ」「お金」「食事」「瞑想と脳」「死」。
どのテーマもおもしろいのだが、私は特に「死」のテーマが印象的だった。
「死」という言葉が存在する以上、「死」は存在のひとつの状態をさし示すことになる。
つまり「死」は存在形態のひとつとして、「在る」ものなのである。
ではどういう状態で「在る」のか、というところから死後の世界の概念が生まれてくる。
これは言語がもたらしたそもそもの錯覚なのではないだろうか。
厳密に考えるのなら「生きている」の反対概念は「死」ではなくて、
「生きていない」でなければならない。「生」というものが「在る」ものならば
「生きていない」という言葉は「無」を意味するはずである。「生きている」か「生きていないか」か
この2つのありようのどちらかなのであって、「死」という状態は想像力によってのみ想定され得る概念でしかない。
今の自分自身にすっと寄り添ってくれるような視点、自分の中でまた一つ新しい視点が増えていく。
いろいろな視点を知るのが本当にうれしい。
この本は時間をあけずに再読する。
久しぶりに日常生活の何よりも優先して読みたい本だった。
読みたい本がものすごい増えてしまった。これもうれしくて素敵なこと。
以下、印象に残った部分(私の感想も一部入っている)。
傑作というのは、それのみで、孤独の中で誕生するわけではありません。
何年もかけてみんなで考えた結果、人々が一体となって考えた結果として誕生します。
ゆえに1つの声の背後には集団の経験があります。
私たちが本屋で手に取る一冊が、実は人類の歴史と地下水脈のようにつながっているのです。
書物の一冊一冊には、時の流れのなかで、
我々が加えた解釈がこびりついています。我々はシェイクスピアをシェイクスピアが書いたようには読みません。
したがって、我々のシェイクスピアは、書かれた当時に読まれたシェイクスピアよりもずっと豊かなんです。
書物は読まれるために変容します。それは我々が経験してゆく出来事と同じです。
偉大な書物はいつまでも生きていて、成長し、我々とともに手を取りますが、
決して死にません。時と共に作品は肥沃になり、その一方で、
面白みのない作品は歴史の傍らを滑りぬけ、消えてゆきます。
傑作は、初めから傑作なのではなく、読まれることで傑作になっていくのです。
悪気がなくて、想像力も欠如した人が一番おそろしいんですよ。
僕は常日頃思っているんです。世界には冷たい雨が降り続いていて、僕達にはそれを止めるすべはない。
でも想像力という傘があれば ― それが小さければ自分だけだけど、
大きく広がる傘なら たくさんの人を 雨に濡らさずすむかもしれない
「幸せのイメージ」がときに「それらを得られない人々への暴力になる」
子どもの写真が印刷された年賀状が、送る相手によって人を傷つけてしまうことに、
どうしてこれほど多くの人が思い至らないのか。
貨幣はいくらかエネルギーに似ており、時間軸に沿って移動できる。
このエネルギーはたいへん役にたつと同時にきわめて危険でもある。
貨幣のタイムトラベルが可能なのは、まさに利子があるからだ。
貨幣のこの性質のおかげで将来のエネルギーを今日の利益のために移転することができる。
債務が未来から現在にエネルギーを転移できるのに対し、
貯蓄は過去から今日にエネルギーを移転することができる。