椋田直子のレビュー一覧

  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    めちゃくちゃ面白かった!私の頭が悪いのと、原著が英語で書かれているがゆえに起こる「読者が英語文法に精通している前提」の説明が噛み砕けなかったけど、それを差し引いても文句なし星5だと思う。頭悪いのって私が悪いし。
    色彩語が視覚に影響を及ぼさないの、最初は不思議に感じてたけどたしかに私達も青リンゴを青だとは思ってないしな……全然黄緑に見えてるもんな……と腑に落ちた。ほかの主要なテーマとされた空間とジェンダーについても思うところはあり、特にジェンダーは本当に思考様式に影響することあるの!?と衝撃だった。日本は無生物への性ジェンダーを使用しないと思うけどなんか例外あるのかなあ。
    本当に難しかったから再読はしないけど!笑 でも面白かった、こういう本を定期的に読んで脳を使わないといけない。

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    2026年01月14日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    英語と日本語が喋れる(英語を大人になってから学んだような)人が日本語で喋ると内気になるけど英語で喋ると性格が変わったかのように自分が積極的でポジティブで行動的になる、みたいな事を言ってるのを以前Xのポストで見かけたので、そういう事が書いてあるのかな〜言語が性格に与える影響って何だろうと思い、読んだ。
     
    最初の方は古代ギリシアの詩人ホメロスの色を表す語彙の少なさ、海や鉄を葡萄酒色と呼びハチミツを緑色と言い空を一度として青いと言わない、それは古代ギリシア人が色弱だったのか?という謎から始まる。
    様々な研究者の色々な実験や希少言語の原住民へのフィールドワークの結果、冒頭で私が書いた使う言語によって性格が変わるのか?ということにも答えが与えられる。
    それは言語がそもそもの原因というより言語を話す人々が所属する社会の文化での、その言語を通してのコミュニケーションによって強いられる思考というものだった。

    一例を挙げると、左右の概念がなく、方向を話す場合はすべて実際の東西南北で表すとある部族の話が面白かった。「右の」「左の」手や足、部屋に入って右の棚みたいな概念がなく右手を「お前の南にある手」とか「店に入って北東の棚」となるのだそう。それも外だろうが太陽も星も見えない室内だろうがお構いない上にその時自分の体がどっち向きかによって違ってくるから右手は「お前の東にある手」にもなりうる。そしてその方向感覚はその部族が生得しているわけではなく、赤ん坊の頃から周りの大人や人々と話が通じるために必須で、子ども自身が東西南北を瞬時に判断できるように覚えていくらしい。そこはそういう文化になっちゃっているので、そうやって覚えて成長していかないとまわりと話が通じず、コミュニケーションができなくて生きていけないから。
    な、なるほどー!!

    つまり日本語だと大人しい人が英語をしゃべると積極的になるのは言語で性格が変わるのではなくて、
    その言語を使う社会の文化によってであり、生きていくうえでのその文化の中での相互コミュニケーションがどうなされるのかで変わるってことですよね。
    アメリカ辺りで英語で恐らく「あなたの意見は何?」「あなたはどう思ってる?」としょっちゅう聞かれたり積極的で陽気な人たちと積極的で陽気なコミュニケーションを取らざるを得ないから英語を使う場面で積極的で陽気に染まっていくんだろうなあ。(ならない人もいるでしょうけど!)
    そして色の問題もまた、文化的差異の結果だそう。

    当たり前と思っている物事が、社会の慣習が違うと全く違うものになってくる、という本書のなんとなく理解していたと思っていたけど実は良く理解してなかったものがストンと腑に落ちて、世界がちょっと明瞭になった気がする。

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    2025年12月22日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    言語が私たちの思考や世界の見方にどのような影響を与えるのかを、色覚・方位感覚・文法的ジェンダーなどの例から探る一冊。
    どんな言語でも同じことは表現できるが、話す際に“何を強いられるか”が異なるという表現が新鮮でした。
    英語と日本語を使う自分の感覚の違いとも重なり、言語が思考だけでなく、性格や居心地の良さにまで影響しているのではと改めて感じさせる内容でした。
    まだまだ掘り始めたばかりの分野という印象で、これからも興味深い発見が多くありそうな予感がします。

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    2025年10月17日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    「認知能力において、人類は基本的に平等であり、民族間、種族間での差異を説明するのに遺伝子に着目するということはなくなった」ということを前提に、異なる言語を話すことによって身についた思考方式の違いについて、「色覚」「語構造」「空間表現」「ジェンダー文法」という4つの観点から論じている。

    結論からいうと、わたしたちの母語が絶えず、ある概念に注意を払うように仕向けたり、またはその逆であったり、連想関係を喚起させたりすることを繰り返し心に刻むことで、思考体系に影響を及ぼす、としている。

    それは、わたしたちの思考を習慣化させ、文化として根付く。

    人種間や民族間で、概念や抽象的思考、認知機能に優劣があるということではない。
    しかし、言語は「記憶」「知覚」「連想関係」などの思考領域に影響を及ぼす。それについての感受性に影響を与える。

    そして、わたしたちが現実に生きていくうえでは、これらの領域が抽象的推論よりもはるかに重要であることがわかる。

    本書は、わたしたち、自分の考えが普遍だという思い込み、自文化中心主義になることへの警告でもある。

    とりわけ、ジェンダー文法についての章は興味深く、日本語でもジェンダー名詞はないことから、ドイツ語の詩に付されている日本語訳との対比に驚嘆した。

    日本では、今日当たり前として使用されている言語も、明治以降の造語が多く含まれていることから、わたしたちの思考もかなり西欧よりになってきているのではないか、と感じる。

    解説で、今井むつみ先生が「わびさび」について挙げているけれど、この概念を理解している平成、令和生まれの若者はどのくらいいるだろうか。

    他文化を理解することはもちろんだけれど、自分たちの文化の中で育まれてきた日本語、も大切にしていきたいとあらためて感じた。

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    2025年08月23日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    「色」を手がかりに、言語という文化的慣習が如何に人間の世界認識に影響を与えているかを紹介してくれる本
    人間の無意識下でも作用している言語の力が近世の賢人から現代の科学者にかけて明らかになっていく過程が面白かった
    絶対方位感覚を備えさせるグーグ=イミディル語の話者がどういう世界なのかを紙面で体験させたり、本書で扱われた実験で使われた色のセットなど、読者にも実体験してもらおうという気がして楽しめた
    ドイツ語の文法における性(ジェンダー)をトウェインが面白おかしく取り上げていたのも面白かった
    サピア・ウォーフの仮説(言語相対論)が、現在では否定されたとはいえ本書の主題でもある、言語が認知に与える影響の分かりやすく衝撃的な例として興味深かった

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    2025年02月20日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    面白い。
    言語が人間の認知機能にどの程度影響をあたえうるのか、というシンプルな命題に空間、ジェンダー、色を中心に実例を出しながら丁寧に分析を行っていく。
    文化的土壌がアプリオリに人間の主観的判断や認知に言語を通じ、変化させ、どのように変化させ続けているのか。
    物事を捉える際、言語が人に課す認識の方向性や趣向こそが、言語が違えば世界が違うというウォーフの極論の学問的進歩を感じた。
    著者の親切丁寧な文章力に拍手を。

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    2024年12月05日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    言語の違いが思考にどのような影響を与えるのか。欧米における研究の歴史を振り返りながら、丁寧に説明されている。その歴史はバイアスとの戦いであり、それゆえに本書の説明はとても慎重であり、誠実な印象。

    「絶対方位」しか使わないグーグ・イミディル語など、具体的な言語も紹介されていて、興味深く読めた。

    言語の違いが論理的推論に影響を与える実例は「いまだ提示されていない(原著は2010年)」とされているが・・・。

    文庫版では、「ゆる言語学ラジオ」でおなじみ(?)の今井むつみ先生の解説、最新の実験結果の紹介もあり、お得感がある。

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    2023年02月23日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    生得主義が言語学の主流であるとは聞くのだが、面白そうだと思って手に取る本は、この本も含めて「非主流派」の本になりがちだ。本書の立場は生得主義に真っ向から反対するものでもないみたいで、自然により与えられた「制約のなかの自由」により、文化もある程度まで言語に影響を及ぼす、さらにその逆として、言語が文化に影響を及ぼすこともあるといったところ。

    言語の「氏か育ちか」論争が、ある極端から一方の極端へと行き来する歴史も丁寧に解説しており、一種の科学史としても読める。

    色の認知については、どこか他所で日本人の少し上の世代にミズイロの認識がないことを読んだ。ベーシックな知覚だけに驚いたせいで覚えているのだが、それにとどまらぬ様々な色の表現パターンが世界の言語にはある。面白い。グーグ・イミディル語の方向認識にも驚かされる。言語についての工夫をこらした実験デザインも興味深い。

    そろそろピンカーあたりの本を読んでおいたほうが良い気もするのだが、あまり面白そうでないのだよなあ。

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    2022年07月16日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    やっと読み終えたー。
    第二章の初めがどうしても進まなくて、断念しようかと思ったけどそこを過ぎたらまた興味深くなって読み切れました。
    へぇ〜って内容が盛り沢山で、全体としては面白いです。
    ただ、普段小説という厳選された言葉と文章を読んでばかりいるので、論文的なしつこい口調は辛かったです。
    例えが多過ぎるし、全然先に進まないし、書き手の自己満足的な上手いこと言っただろ的な言い回しとか、要らないと思う部分が多いように感じました。

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    2023年12月05日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    「母語の言語体系(文構造、文法、語彙)が、話者の知覚・認知・思考を規定している」という命題について。

    その言語によって「何を伝えることができるかではなく、何を伝えることをを強いられるか」という観点に拠ってみると、↑の命題は正しいようだ。
    そして特に色の見え方について、碩学の方々が導いた結論はかなり驚くべきもので、ぜひ読んでみてほしい。

    言語の「強制」の興味深い事例をひとつ。。
    「前後左右」の語彙がないオーストラリアの先住言語では(!?)「東西南北」を代わりに用い(!?!?)、例えば絵の中の位置関係も「東西南北」で表す。
    だから絵について記憶を辿って説明するとき、「自分がどの方角に立っていたか/イラストがどの向きにあったか」も合わせて把握しないと、そもそも他者とコミュニケーションできない、という。
    ただ「前後左右」の概念を理解できないわけではなく、ここを見誤ると一気にトンデモ論化らしい。

    日本語も含め、名詞のジェンダーなどいろいろな言語の事例がユーモアたっぷりに紹介されており、とても楽しい。

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    2022年05月14日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    ネタバレ

    言語相対論——私たちが話す言語は世界の捉え方や思考様式に影響を与える——に興味があり、本書を読んだ。
    この説が登場するのは後半だが、前半で語られる色の認識と文化的線引きの論点等、全体を通して全く飽きない面白さがあった。

    著者曰く、異なる言語が話し手の心に異なる影響を与えるとすれば、それは各言語が話し手になにを考えるのを許すかではなく、各言語が習慣的に話し手にどんな情報について考えるのを強いるかによるとのこと。

    たしかに、英語では過去形/未来形+完了形で時制や相が分かれる一方、日本語では助詞の「た」がこれらをまとめて引き受ける。ドイツ語では名詞にも性別があり、男性/女性/中性に合わせて適切な冠詞をつける必要があるが、日本語にそのような区別は存在しない。この意味で、英語やドイツ語が明言を強制するような文法的特徴も日本語では明言が免除されているということか。
    では逆に日本語を話すうえで自然と制約される要素は何だろう?思いついたのは「一人称」と「敬語」である。僕、私、俺、儂、朕、妾、拙者・・・という一人称の豊富さと尊敬語、謙譲語、丁寧語、美化語という敬語の世界観は日本語特有のものだと思われる。
    一人称、敬語の習慣が、集団内での自分の立場を常に把握するようなマインドセットを日本人に植えつけてきたのか?相関はありそうだが、勿論、因果とは言えない。むしろ、自分の立場に注意を払う姿勢が一人称や敬語の広がりを推し進めた可能性もある気がする。
    この辺りをもっと勉強してみたいと思う。

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    2026年09月14日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    言語の不思議を言語学、進化生物学、文化人類学、文学、様々な観点から解き明かす本。小難しい部分もあるが比較的素人にも読みやすく満足感があった。

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    2026年01月17日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    ネタバレ

    あなたの世界はどう見える?

    虹の色の数は言語によって異なる。ある言語には男性・中性・女性の区別があり、ある言語にはない。異なる言語を使っていたら、世界の捉え方が違うのか? 一般的にはふんわりと信じられていて、言語学者がずっと挑んでいる難問をユーモラスにまとめた本。

    英語のtunaと日本語のツナ・マグロの指し示す言葉の範囲の違いに気付いたのは言語学をかじった大学生の頃だった。日本語の切り分け方が絶対ではないと発見した大きな経験だった。この本では色の表現を出発点にして、言語の示す色の違いはどこに要因があるのかの研究の歴史から、人間の眼の構造ではなく、思考レベルの差でもなく、習慣的に獲得してきた文化の伝承であったり、その社会的要請だったりという、言語と思考の関係を示している。どちらが上とか下とかではなく、かと言って同じとか共通とかでもなく、もっといえば因果関係だと断定するのも乱暴な、異なる言語と思考の関係。

    性があったりなかったり、またあっても言語によってバラバラだったり、なぜそうなるのか、というのは日本語を母語として育ち、英語に親しみ、フランス語とドイツ語をかじった身としてはよくわかる問題だった。必要性はさておき、言語の性別に思考が引っ張られないのかは自然な疑問としてある。どうやら影響はあるらしいが。

    研究の歴史として面白いのは、論証方法である。最初は宣教師が書いた記録から例を引っ張り出して論証していた。だんだん実験としてさまざまな試験が行われていく。そして脳波の測定へ。それでもまだ思考を直接確認することはできない。自分も脳波測定はできないからとテストを作って認知の実験をしたので、調べ方の変遷が興味深かった。

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    2025年12月22日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    色彩と色彩表現の関係に焦点を当てて、言語
    が私たちの思考にどのくらい、どんなふうに影響を与えるのかを書いている。
    一章では、言語研究の歴史的発展が、二章では、言語が思考に影響を与えるそのいくつかの観点が提示されている。
    自分にとって区別が簡単な色を区別できないあの人は目の作りが違う、と言うような主張に対してドイッチャーは反論し、彼は「目や脳の生物学的機能としては区別できるが、文化として区別しないのだ」と言うことを数々の研究を紹介することで示している。
    二章で紹介されるのは、方向づけについての言語及び文化差が思考に与える影響と、文法的性の有無が同じく与える思考への影響である。ここで紹介される研究は、文化及び「社会的慣習が言語を超えて思考の諸相にまで影響を及ぼす」ことを根拠づけている。
    サピアウォーフの仮説に触れて少しでもときめいた人、そしてその仮説がすでに腫れ物扱いされている事実を知ってがっかりした人にとっての救済のような本。

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    2025年12月22日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    言語が違えば、考え方・世界の見え方も異なるのか?
    ワクワクするテーマに対して、答えはかなり小さい。我々が如何に見えていないかが痛いほどわかるし、そんな中でも見えていることすら、見えていなかった自分にもびっくりする。
    筆者の語り口はクセありだけどだんだんじわじわ面白い。個人的には、1章読み終わるくらいまでは耐える必要がある気がした。

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    2025年08月21日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    言語の違えば世界は違って見えてくる、とは読む前から時折感じていたことだけれど、その違い方は私が想像していたよりも些細なことで、ただその些末なことの積み重ねが世界の認識に確実な違いをもたらすものである、と教えてくれた。
    少し読みづらさはあるけれど、着実な論理の積み重ねが丁寧に書かれていてとても納得させられる書籍でした。

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    2025年03月18日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    いろんな興味深い例が紹介されてて面白かった。

    言語の違いは色、ジェンダー、空間の認識に対して影響を与えるようだということがいくつかの実験をもとに紹介されている。
    かつては他言語の概念理解や思考にも制約がかかると考えられていたが、現在は否定されている。
    ただし脳の働きを調べる手法が未発達なので、わかっていないことも多い。

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    2025年01月02日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    ネタバレ

    タイトルに「わけ」と入っているが、実際には理由までは切り込めていない。むしろ、言語が認知に関わるということ自体が、(意外にも)科学的には最近分かりはじめたばかりらしい。
    タイトルと中身がずれているので、読む前に期待していた内容とは違った。面白かったけど。

    鏡としての言語とレンズとしての言語の二本立てとなっている。すなわち、前者は言語が外界の認知のしかたを反映するというもので、後者は逆に、外界の認知に言語が影響するというもの。
    本書の主題は後者なのだけれど、歴史的経緯もあって、まずは前者が紹介される。特に、グラッドストンによるホメロスの詩をはじめとする、古代の文章の色にまつわる研究が詳しく紹介される。古代の詩には青に相当する色が登場しないそうで、たとえば葡萄酒色(ワインレッド)の空などと表現される。このことから、当時の研究者は、古代の人々は青が見えていなかったのだ、と推論した。これは誤りだったと後に分かるのだが…。ただ、誤りであることもそれなりの驚きがある。私たちと同じように青色が見えているにもかかわらず、青を示す語彙が生まれないというのは、一見すると信じがたい。
    ただ、古代の人々が青を見えなかったという主張は、一部の少数民族の言語と色彩感覚の研究から否定される。実際、少数民族などの言語には、黒、白、赤の3色の基本語彙しか持たないものがあるという。(どの言語でも黒白赤が最初に現れて、青は最後になるらしい。)とはいえ、彼らは青を正しく識別することができた。また、子供が色を独立した概念として認識できるのは、他の物の認識よりも相当遅いとのこと。人間にとっての色の認識は、私たちが思うほど当たり前のものではないのかもしれない。

    青の語彙を持たない言語を話す人でも青を認識できないわけではないし、未来時制のない言語でも未来の話はできるから、言語と認知の関係については否定的な見方が主流になっているらしい。ここまでが前半部分。
    著者はそこに異を唱え、言語が認知に影響する事例を紹介する。ただし、過去の見方とはある意味逆で、言語のできることではなく、言語がしなければならないことに着目する。「時制のない言語は過去や未来を語れない」という主張は誤りだが、代わりに「時制がある言葉は話し手に時制の認識を強いる」と考えるという具合だ。
    例として、我々とは異なる空間認識をする言語(あなたの前にと言う代わりにあなたの北にという)、ジェンダーをもつ言語による認識の歪み(男性名詞・女性名詞というのが生物学的性とこうもズレるということに驚いた)、色の認識を挙げている。

    色にまつわる前半部分の記述など、細かい歴史的な経緯がかかれている。興味深くはあるものの、本書の主題からすると前置きにあたる内容なので、もう少しコンパクトでも良いのかなと思った。
    人間の脳には、言語の種類によらない普遍文法を理解するための仕組みが備わっているという考えがあるらしいので、そのあたりの本も読んでみたい。

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    2024年11月30日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    初めて読んだ言語学の本。
    言語が文化や知覚・思考に及ぼす影響、社会的慣習が言語に及ぼす影響を多面的に分析している。
    とても興味深いテーマで、新たな発見が多かった。
    バベルの塔伝説による、言語の違い(文法体系、語彙体系、音韻体系等)が、どのように生じてきたのかという新たな興味が湧いてくる。

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    2024年05月18日
  • 言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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    想定よりも専門的で難しかったですが、理解はできるレベルであり、とてもおもしろく読めました。
    言語が違うと見える世界が違うのか、というテーマで、空間、色、ジェンダーについて詳細に書かれていて、基本的には読んでいて、そういうもんか〜とただただ頷くのみでした。
    その言葉がないことがその概念を理解しないこととは違うというのは、言われてみれば当たり前ですが、言われないと言語化できなかった感覚でした。
    言語が文化や思考に影響を及ぼすのか、文化や思考が言語に影響を及ぼすのか、一意に定まるわけではどうやらなさそうですが、考えるのが楽しいテーマです。

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    2024年05月03日