ワクチンを打ったか打たないか。いまだにその効果を信じているかいないか、という意見は分かれる。効果はあったのかもしれないが、結果的に感染の波もあり、打つ必要が無かったという判断もあるだろう。私なんかは、年齢的にも、一緒に暮らす家族構成的にも(そもそもアクティブな動きをしていないという事も含め)、効果があろうとなかろうと、何回も打つことになってその度に副反応に苦しむならば、打つ必要がないと考えていた口だ。
本書は、mRNA誕生秘話であり、開発の苦労話である。エズレム・テュレジとウール・シャヒン夫妻の科学者らの迅速な対応と決断力が、わずか11カ月で新型コロナウイルスのワクチンを開発する成功の鍵となったとされ、この夫妻の移民としての背景や、がん研究から新型コロナウイルスワクチン開発への転換が感動的に描かれる美談だ。
だが、企業は金儲けにも繋がるので開発を躍起になって競っていたのも事実だ。金を儲けて悪いとは言わないし、それがモチベーションに繋がるのは良い事なのだろう。ただ、この開発の速さは、有難い反面、不安につながった面もありそうだ。
― ビオンテックとファイザーの最初の共同事業であるこのワクチンは、コロナウイルス対策プロジェクトにより現実世界から得られた膨大な安全性データをもとに、間もなく臨床試験に入る予定だ。幼い子どもをはじめ年間二億人以上が感染しているマラリアのワクチンについても、すでに取り組みが始まっている。これで、既存の結核対策プロジェクトやHIV対策プロジェクトに続き、「三大感染症」すべてが網羅されることになる。そのほか、数多くの感染症への対応が予定されているが、そのうちの一部は、既存のワクチンの設計図の「指名手配ポスター」を置き換えることで対抗できる。また、複数のウイルス株や疾患に対応する多価ワクチンも、理論上は可能であり、すでにビオンテックのがん治療薬に採用されている。ウールによれば、mRNAは全体的に見て、ビオンテックに「医療を民主化する機会」を与えてくれたという。きわめて珍しい疾患や治療の難しい疾患でさえ、それを根絶する薬剤を生み出せるからだ。一例を挙げれば、同社はすでに、多発性硬化症の治療薬の試験を進めている。この治療薬では、mRNAの力を利用して、免疫反応を引き起こすのではなく抑制する。多発性硬化症は、身体が誤作動を起こして健全な細胞を攻撃することにより発症するからだ。この疾患に対する同社の先進的なワクチンでは、免疫部隊に正反対の指示を与える「指名解除ポスター」を送り込む。するとそれが、免疫部隊の警戒態勢を解き、敵と味方を適切に区別するよう促すのだという。
― 免疫系とコミュニケーションがとれるmRNAはいずれ、アレルギーから心臓病まで、あらゆる疾患への対応に利用されるようになるかもしれない(たとえば、心停止時に細胞が死ぬのを防ぐなど)。「理論的にはどんな機構であれ、そのメカニズムが十分に解明されているのであれば、それを操作することはできる」。そう言うエズレムは、将来的にはmRNAにより老化プロセスを逆転させることさえ可能だと確信している。
コロナワクチン騒動で微妙な印象がそのまま続いている気がするが(私はそうなのだが)、リテラシーを高めてmRNAを正確に理解し、実績を積み、不安なく効果を享受できる日が来れば良いと思う。