阿部修士のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ミシェルらは、子供にとっての報酬となるお菓子が目の前に見えている状況と見えていない状況を、マシュマロテストで比較しました[19]。この実験の結果は明らかで、子供たちは目の前にお菓子が見える状況では、我慢することが困難になりました。その一方、見えていない状況では、以上待つことができることがわかりました。目の前に見えているか、そうでないか、たったそれだけのことで、子供たちが自制心を働かせることに大きな影響を与えたのです。
この結果は当然のように聞こえるかもしれませんが、欲求をうまくコントロールする方法を身につける上では、きわめて重要な研究成果です。目の前に報酬があると我慢が効かなくなるのなら、気をそらすことで欲求の充足の先延ばしが可能になるかもしれません。実際、マシュマロから目をそらしたり、注意をそらそうとしたりする子供は、長時間待てる場合が多いことは、以前にも紹介した通りです。
これらの一連の実験からは、わたしたちが日常生活で効果的に自制心を働かせる上できわめて重要なヒントが提供されていると言えるでしょう。というのも、まったく同じ状況であっても、意図的に対象から注意をそらしたり、あるいは対象を抽象的にとらえたりすることで、抗いがたい誘惑に抵抗することが可能になるのです。自制心そのものというよりは、柔軟性を持つことが重要であると結論付けられるかもしれません。
読者の中には、「正面から誘惑に向き合って、それに抵抗できてこその自制心だ」と考える方もおられるかもしれません。気をそらしたりすることは、まるで逃げているかのように感じられるかもしれません。でも、それは杞憂にすぎません。上手に気をそらすことができた子供がより長い時間を待つことができ、幼少期のマシュマロテストの成績は、将来の社会的な成功を予測できるのですから。自分が誘惑を感じてしまう対象から、意図的に距離をおくことは、適応的な戦略の一つなのです。帰宅途中に、つい家の近くのコンビニでお菓子を買うのをやめられない人は、思いきって道を変えてコンビニの前を通らないのが最善の策、ということです。
先に紹介した研究から、自制心を効果的に働かせる方法がたしかにあることがわかりました。ではそういった方法を学習して、さらにトレーニングを重ねることで、誘惑に抵抗できる克己心を養うことは可能なのでしょうか?多くの読者の方は、可能であってほしいと思っているはずです。なぜなら幼少期の時点での自制心を、その後の人生で変えることができないなら、わたしたちの人生の成功・失敗は、まったくコントロールできない困難なものになってしまいます。
ご安心ください。ミシェルらの一連の研究によれば、その答えは「イエス」です。彼らは、誘惑に直面した場合に、それを回避するための戦略をあらかじめ準備しておくことで、効果的に自制心を発揮できるようになることを証明しました。もし○○したら、××するようにする、というように、自分の行動方針を決めておくのです。帰宅途中にお菓子屋さんが目に入っても、もっとヘルシーな果物が家にあることを思い出して、足早に家に帰るようにする、とあらかじめ決めておくのです。”トは、誘惑とそれに対する抵抗手段との間に、自動的な結びつきを作ることです。○○したら、すぐに××する、というように行為が自動的に発現するようにするのです。
たとえば、ミシェルらが行ったある実験では、子供たちに退屈な課題(たくさんのペグをペグボードに差し込むなど)をやってもらいました。この実験では、子供たちが作業をしている間に、そばにあるおもちゃの木箱がスピーカーを通じて子供たちに話しかけてきます。「一緒に遊ぼうよ!」と言われることは、子供たちにとっては強い誘惑です。退屈な作業をするより、おもちゃの木箱と一緒に遊びたいのです。この誘惑に対して、事前に準備された対抗策は非常にシンプルなものです。おもちゃの木箱が話しかけてきても、相手にせずに見ないようにする、ということです。あらかじめこの作戦を準備していた子供たちは、準備していなかった子供たちに比べ、気をそらされる時間は短く、より多くの作業をこなすことができました[23,24]。
こうした方略は、練習を続けることによって、自動的に発現させることができるようになります。つまり、つらい思いをして誘惑に抗っていたのが、練習によって楽になるわけです。その後の研究でも、誘惑に抵抗する行為を事前に計画しておくことが、様々な状況で効果的であることが確認されています[25-28]。最近の研究では、衝動的な行動の多いADHD(注意欠陥・多動性障害)の子供であっても、こうした方略が有効であることが示されています[29]。
理性は情動を制御できる
本章ではマシュマロテストを中心に、主に欲求の充足を先延ばしにするメカニズムについて、これまでにわかってきたことを紹介してきました。こうした一連の研究は、幼少期の自制心がその後の人生にも影響を与え続けること、自制心の個人差に対応する脳の領域がたしかに存在することなど、わたしたちの自制心と欲求との関係について、多くの示唆を与えてくれています。
お金は魔物?
本章ではお金にまつわる意思決定に焦点をあてて、これまでの研究を紹介してきました。これらは研究全体の一部に過ぎませんが、わたしたちの意思決定の仕組みの一端が浮かび上がってきます。日常的にもありふれたお金が関わる意思決定では、速いこころと遅いこころのバランスがたやすく崩れうることを、おわかり頂けたのではないでしょうか。
よく「お金は魔物」という表現を使いますが、筆者はちょっと違うように感じます。お金そのものは、連続した数値で表現可能な、きわめて客観的かつ具体的な存在です。お金自体が魔物なのではなく、そのお金を扱う人間のこころにこそ、魔物がひそんでいるのではないでしょうか。こうしたこころのメカニズムを明らかにしていくことは、時として利己的で不道徳な振る舞いをしてしまう人間の本質に迫る上で、非常に有益なステップになると筆者は考えています。
人間関係における速いこころと遅いこころ
本章ではわたしたちが社会で経験する複雑な意思決定――特に、人間関係に関わる意思決定のメカニズムに焦点をあてました。複雑な人間関係において、意思決定のベースとなるのは速いこころのはたらきのようです。
恋愛場面では強い情熱が、脳の報酬系によって生み出されます。遅いこころのはたらきをうまく使って、失恋からうまく立ち直ることも可能ではあるようですが、中毒のようになってしまった恋愛では、自分の意志でコントロールするのは容易なことではありません。うまくいった恋愛に心の底から喜び、その一方で実らなかった恋愛に絶望する背景には、速いこころを支えている脳のはたらきがあるのです。
理性が情動を超越する
さて、グリーンの研究は、理性と情動のはたらきで道徳的判断のメカニズムを説明することに終始するわけではありません。彼の哲学的議論の詳細については、彼の著書『モラル・トライブズ』[19-21]をご覧頂きたいのですが、彼は異なる道徳的価値観を持った集団間で生じる様々な社会的問題を解消する時にこそ、理性のはたらきが重要であると考えています。
具体的には、理性をうまく働かせることによって、葛藤や対立を生む情動を一旦脇に置いて、全員が共有できる道徳的価値観を見つけることができると主張しています。理性の力を信じているという点では、第二章で紹介したウォルター・ミシェルと意見を等しくしているとも言えるでしょう。理性が情動を本当に超えられるのか、この点は第七章でもう一度考察してみたいと思います。
人間の本性の科学的理解へ向けて
本章は人間の本性という大きなテーマに対して、既存の心理学と脳科学の研究成果をもとに議論するという、やや挑戦的な試みでした。これまで紹介してきた通り、最近の心理学と脳科学の研究成果からは、人間の本性を議論する多くの手掛かりが提示されていると言えるのではないでしょうか。
本章での大事なことをおさらいすると、次のようになります。まず、協力行為や寄付行為にみられるように、人間の善行は思いのほか、速いこころによって実現されている可能性があるということです。これは人間が他者との共存を有効な戦略として利用するために組み込まれた、生得的なこころのメカニズムである可能性もあります。ただし、これは遅いこころが人間の善行に関わっていない、というわけではありません。速いこころ、遅いこころ、両方のはたらきが重要なわけですが、最新の研究からは両者を統合して理解できる枠組みが提示されています。つまり、何らかの個人の特性によって、ある善行を発現する際に、速いこころが優位になるか、遅いこころが優位になるかが決定されている、ということです。
こうした研究は、次章でも議論する速いこころと遅いこころの相互作用のメカニズムの解明につながるだけでなく、古来からの人間の本性に関する人文科学的な議論を進める一助にもなり得るものです。性善説や性悪説といった一見相反する人間観に対し、自然科学の視点から新しい議論を提案することが、近年の心理学と脳科学の研究からは可能になっているのです。ヒトを対象とした脳とこころの研究のなかでも、今後の展開が最も期待される分野の一つと言えます。
最後に、ここで本書で主張する最も重要なことをまとめたいと思います。「遅いこころ」は「速いこころ」をコントロールできるのか?
この問いに対して現時点で筆者は、「俯瞰的に二つのこころのはたらきをとらえ、遅いこころをサポートすることで、多くの場面ではコントロールが可能」としたいと思います。そしてこのこころのはたらきをより正確に理解し、より正しく使用するために、脳の取扱説明書が必要、ということももう一度述べておきたいと思います。 -
Posted by ブクログ
人がウソをつくときの状態(環境的な要因、心理的な状態、生理的な状態など)を明らかにしたいと考えている研究者による、ウソに関する考察、研究をまとめた本。
ウソに関する研究手法としては、以前は、人間の行動を観察する実験デザインしかありませんでしたが、技術の発達により、脳の動きを直に測ることが可能になり、どんどん進歩していっています。
しかしながら、ウソに関するこれまでの研究は、被験者に「ウソをついてください」とお願いするような不自然な設定が多く、被験者が「ウソをつくかつかないか判断する」という、ウソを研究する上で最も重要かもしれない部分については、あまり丁寧に扱われてこなかったようです。
それが、近年になり、被験者が「ウソをつくかつかないか判断する」ところまで含めた実験デザインが考えられるようになり、ウソに関する知見が、随分と
深まったようです。
とはいえ、ウソに関しては、まだまだわからないことが多いのも事実。
また、著者は、「ウソがこの世からなくなることが良いことだとは思っていない」とも言っていまして、そこに、ウソの深さや効力を感じました。
ウソに関する研究については、もっと進むと面白いな、と思うと同時に、すべてが明らかになるのは興ざめだな、というのが、この本を読んでのウソ偽りのない心境です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ意思決定に関わる、情動的反応や直感的思考、
欲求などの自動的な「速いこころ」と
合理的判断や論理的思考、自制心といった
主に意志の力による「遅いこころ」の
「二重過程理論」が取り上げられている。
例えば、マシュマロテスト(マシュマロをいま1個
もらうか20分待って2個もらうか)をクリアした幼児は
将来のSATの成績も良いという結果があるけれど、
欲求に対して気をそらすことができれば待てるように
なるので、待てない子でも訓練で自制心を学ぶことが
できる。
第六章『意思決定と人間の本性ー性善か性悪かを
科学的に読む』では他者に協力するのは、
速いこころか遅いこころかを取り上げ、協力は
素早い決断によっていること、寄付は脳の
報酬処理によって支えられている。
正直さには「自然な正直さ」と「意図的な正直さ」
の2種類があり、人は性善か性悪かという
議論は引き分けである、としている。
最終章『「遅いこころ」は「速いこころ」を
コントロールできるのか?』では工夫により、
この2つのこころのバランスを保ち、
「俯瞰的に二つの心のはたらきをとらえ、
遅いこころをサポートすることで、
多くの場面ではコントロールが可能」(P185)
とまとめられている。 -
Posted by ブクログ
【意思決定の心理学】
●A.意思決定の多くの場面では、こころの中で2 つのシステムが機能している。1 つは「素早く湧きあがる情動や欲求」、もう1 つは「時間をかけた思考に基づく理性や自制心」だ。この2種類のこころの働きを想定した理論を「二重過程理論」と呼ぶ。
●B.2 種類のこころの働きは、学術的には次のように分類される。
・システム1:直感的・情動的な反応、本能的な欲求の発現を支える。論理性よりも直感に依存する「速いこころ」。
・システム2:合理的判断や自制心など、意志の力によるこころの働きを支える。システム1 の働きにブレーキをかけようとする「遅いこころ」。これを働かせるには集中力が要り、別のことに気をとられるとうまく機能しない。
●C.二重過程理論の考え方をサポートする研究成果の1 つに、「マシュマロテスト」がある。これは、保育園児が目の前のマシュマロを食べずに我慢できるか、意志の力を試すものだ。
・食べるのを待てた子供は、青少年期には、他の子供より強い自制心を持ち、理性的な判断を下す能力にも優れていた。
・マシュマロを食べずに我慢できた子供たちが中年期になった頃、脳活動を調べると、脳の前頭前野(衝動の制御や論理的思考を担う領域)の活動が高かった。
●D.速いこころ(情動や欲求)をコントロールするには、遅いこころ(理性や自制心)を、次のような方法で働かせるとよい。
・欲求の対象を抽象化したり、欲求の対象から意図的に気をそらせたりする。
・俯瞰的に2 つのこころの働きをとらえ、遅いこころをサポートする。
●E.キャパシティの限界
システム2 を働かせるには、ある程度の集中力が要る。何か別のことに気をとられていると、うまく機能しない。言い換えると、システム2 のキャパシティには限界がある。一度に処理できる量には限界があるため、同時に複数の仕事を掛け持ちできないのだ。
また、睡眠不足や飲酒も、システム2 の働きを損ねる。ある研究では、一晩睡眠をとらなかった場合、注意力を必要とする課題でのエラーが顕著になることが報告されている。
別の研究によれば、人間の意志の力や自制心は有限である。すなわち、システム2 を使うと疲弊してしまい、連続してシステム2 をうまく機能させるのは難しい。これを「自我消耗」という。 -
Posted by ブクログ
オビにあるように「嘘、偽り、欺き、騙し」と書かれると、嘘は悪いもののように思うのだけど。
事実の切り取り方次第で「フェイク」になるように、敢えてそのように解釈して、生きやすくしているのが、人間の処世術なのかなと思う。
動物も嘘をつくこと(認識すること)が書かれていたり、嘘の見抜き方、脳との関係、性善説と性悪説への筆者の見解なども述べられている。
結局、全容は解明されなくてモヤモヤは残るのだけど、以前から知っていた実験が実は再現出来なかったことなんかを知り、そもそも「嘘」を設定すること自体が難しいのかな、とも思う。
サイコパスと嘘については、道徳的なためらいが見られないことが、脳の部位の反応から分かるとあったけれど、脳科学が発展すれば、こうしたこともさらに詳細に分かっていくのだろうか。
それはそれで、少し怖かったりする。
人間は、恐らく動物とは違って、「嘘」を「嘘」として認識しても、楽しめる生き物だと思う。
その意味では、虚構との結びつきなども、気になるところである。 -
Posted by ブクログ
「ウソも方便」「嘘から出た誠」「ウソは泥棒の始まり」…などなど,ウソに関わる言葉は,日本にも多い。ウソは,それくらい私たちの身近である証左だろう。だいたい,ウソをついたことのない人はいない。ウソをついた方がいいときだったあるのは,みんなも知っている。「わたしちょっと太ったでしょう」と言われて,「そうだね,ずいぶん太ったね」という人は,よほど仲よしどうしではないと言えないだろう。そんなときには,自分の本音を言わないのが「社会性」というものである。
さて,本書には,「人はなぜウソをつくのか」について研究されてきたことが書かれている。それらの研究内容や方法,その研究結果など,たいへん興味深い。
が,しかし,本書が面白いのは,別の面にある。著者は数々の研究の紹介をしたあとで,「ただ,これとは逆の結果が出ている研究例もある」「まだ追試ができていない研究であり鵜呑みにすることなできない」みたいなことが,何カ所にも書かれていることだ。
要するに,本書は「まだに決定的なことは何も分かっていないけれども,みんな気になるだろうから,こんな本をまとめてみました」みたいな感じなんだろうなと,わたしは読んだ。
いやー,研究って本当に面白いですね。