キャロライン・クリアド=ペレスのレビュー一覧

  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

    Posted by ブクログ

    【感想】
    「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」

    2月3日に開かれたJOC臨時評議員会でのとある発言が、国内外に大きな波紋を広げた。この発言を擁護する男性、表立って批判する女性と野党議員、沈黙を貫く与党議員と、めいめいのポジショントークは連日メディアを賑わせ、女性への権利意識について再考するきっかけとなった。
    しかしながら、意見が割れに割れたこの騒動の中にあって、擁護する側も非難する側も、ある一点では同じ意見を有していた。
    それは、「あなたの感じていることは思い込みにすぎないのでは?」ということである。

    ジェンダー本は、まさにこの「思い込みにすぎないのでは?」という批判との戦いだ。

    ジェンダー本は、「潜在的差別」というはっきりしない事象の存在を証明しなければならない。それにはかなりの困難が伴う。差別を被っていない男性たちから「近視眼的な被害妄想だ」というレッテル張りをされるのを避けるよう、慎重に、論理的に、言葉に気を配り、かつ老若男女に納得感を与えなければならない。

    その難題を、本書は見事にやってのけたのではないだろうか。

    本書が他のジェンダー本と一線を画しているのは、「潜在的差別」をデータの形で顕在化している点である。
    ジェンダー論の中には、ともすれば語り手の身の回りのエピソードトークに終始するあまり、逆方向にバイアスのかかった論調に転んでしまうものがある。実際、フェミニストが男性優位社会に警句を鳴らそうと必死になるあまり、自身の観測範囲内での不快感を大きな主語で話してしまい、せっかくの男性読者にも白い目で見られてしまうことがある。
    そうした読者は自分の偏見を更に強めてしまうのだ。「あなたの感じていることは思い込みにすぎないのでは?」と。

    しかし、この本は違う。論旨を簡潔に述べると次の通りだ。

    ①車の設計や薬の効能など、世の中は「男性の標準モデル」を前提として設計されている。
    ②女性と男性の身体の作りはこんなにも違うのに、女性のデータは活用されていない。それを指し示す「データ・ギャップ」の証拠はこんなにもある。
    ③女性のデータが無いのは、ビッグデータ社会の到来を考えると大問題だ。
    ④だから女性を社会に登用すべきである。

    本当にロジカルで、筋道が通っている。圧倒的なデータ量、データに裏打ちされた問題提起、首尾一貫とした主張。この本を読んでなお、「世の中にジェンダー・ギャップは存在しない」と胸を張って言える読者はいないのではないだろうか。

    個人的には、「ベスト・ジェンダー本」と言っても過言ではないぐらいの傑作。是非色んな人に読んで欲しい。


    【本書の概要】

    この世界は男性のデータを中心に構築された世界である。何でも男性を基準に想定し、女性のことを考慮しない。これが「データにおけるジェンダー・ギャップ」だ。それは悪意によるものではなく、意図的でもなく、むしろ一種の思考停止である。

    ビッグデータが人々の行動規範を定義づけている昨今において、学習データが女性の存在を考慮していなくては致命的欠陥を生む。データにおけるジェンダー・ギャップが甚だしい世界にビッグデータを導入すると、既存の差別がさらに拡大し加速化することにつながる。

    女性が職場で直面する性的ハラスメントや暴力、また実生活における不便不利益について、世界的にデータが不足しているのは、①研究が不足している ②大多数の女性が損害を報告していない という理由によるものだ。これは問題に対処するための適正な手続きを定めていない組織にも責任がある。

    女性たちが今後、世界とどう関わっていくかを左右するテーマは次の3つの通りだ。
    ①女性の体について(身の回りの商品が女性の体の特徴を考慮しておらず、女性の身体のサイズには合わない車のデザインや、女性に効きにくい薬が生まれている)
    ②女性に対する性的暴力(押し付けられたジェンダー感により、男性は無意識のうちに優越主義に浸っている)
    ③女性による無償のケア労働が当たり前になっている

    ジェンダー差から来るデータ・ギャップに対する解決策は、女性参画を促し、意思決定過程における格差を縮めることだ。女性たちが意思決定や研究、知の生産に関わっていれば、女性の存在が忘れられることはないのだ。


    【本書の詳細】

    1 男性が基準
    「man」という単語が人間全般を指すこと、「医者」と言われれば無意識に男性を想像することのように、私達は女性であることが明確に示されない限り、ほとんどは男性のことを指していると考えている。男性が基準となる価値規範は私達の心理に深く根ざしている。現在の文化のように男性中心主義が顕著な場合は、文化そのものが当然のごとく女性を軽視するようになる。
    文化史に女性が登場しないのは女性が権力の座につけなかったからだ、というのは一面的な見方であり、正しくは女性が一個人として尊重され要職を任される世界になっていなかったからである。アイデンティティが軽視されている人々や、自分たちの存在やニーズが認められない世界で動揺するのに慣れてしまった人々(=歴史における女性たち)は、この「男性優位への暗黙の了解」から逃れることができない。

    言い換えれば、女性の存在が目に見えず、忘れられているせいで、そして私たちの知識の大半を男性に関するデータが占めているせいで、男性=普遍的と「みなされるようになった」のだ。


    2 データで見る性差別
    ・車優先の除雪スケジュール
    多くの国では降り積もった雪を除雪するときに車道から行う。車を運転するのは男性が多く、歩行者は女性が多い。車中心社会の運転手は概して男性であり、ベビーカーを運転するのはたいてい女性だからだ。また、滑って怪我をするのも女性のほうが多い。
    移動に関する公共政策の多くは主に「雇用業務に関する移動」を想定しており、幼稚園の送り迎え、食材の買い出し、介護などの「ケア労働に関する移動」を、データで区分していない。実際には、車道よりも歩道を優先的に除雪したほうが、より経済的に便益が高いことがデータから分かっている。
    ・公共施設の不平等さ
    トイレの数、公共施設における照明の少なさなどが挙げられる。男性よりも女性の方が、オープンスペースを歩くときに恐怖を抱く割合が高く、それゆえ移動に不便を感じている。(地下鉄やバスでの痴漢、夜道でのストーカーなど)
    都市空間や交通環境をデザインする際女性を考慮に入れないという、「データによるジェンダー・ギャップ」の例である。

    これらはほんの一例だが、「男性を基準にデザインする」という弊害が産んだジェンダー・ギャップは、世の中のいたるところに見られる。


    3 労働
    世界の無償労働の75%は女性が担っている。男性が無償労働を多く行う場合であっても、大部分を占めている日常の家事をこなすのではなく、子供の世話など楽しめることだけをやる場合が多い。無償労働を「カウントすべき労働」とみなせば、男性よりも女性のほうが、週当たりの労働時間が多くなるのだ。そして、この労働負担の差は実際に健康状態の悪化に繋がっているというデータがある。

    有給出産休暇の長さと賃金補填率がどの国でも未だに足りていない。長時間労働の文化を悪化させているのは、典型的な男性の生活パターンにもとづいて設計された昇進制度だ。
    私達は無償のケア労働を認め、正当に評価し、無償のケア労働に配慮した職場づくりを始めなければならない。


    4 実力主義
    先進国の人々は、世の中は実力主義であるべきだと思っているだけでなく、実際にそうだと信じている。しかし、実力主義は神話である。
    米国を拠点とするさまざまなテクノロジー企業から収集した、248の勤務評価を分析した結果、女性は男性に比べてネガティブな個人的批判を受けている一方、男性にはそのようなことはなかった。また、白人男性は同じ業績の女性やエスニック・マイノリティの人々よりも高評価を受けていることがわかった。さらに、実力主義を標榜する組織ほど、男女ともに能力は変わらない場合でも、管理職たちは女性より男性の部下を好む傾向があることがわかった。

    これは学問の世界においても根強く、被引用論文数は女性よりも男性のほうが圧倒的に多い。また、そもそも女性は前述のケア労働に従事するために時間を取られるせいで、研究の時間を確保するのが難しくなっており、スタートラインから公平でない。

    こうした「男性のほうが優秀」というバイアスは学校で植え付けられてしまい、優秀バイアスを植え付けられた子どもたちが大人になって働くようになると、それを助長する側になることが多い。
    今後、データの発展により採用過程をAIが担うことになると、問題はより深刻になってくる。現に、とある採用ツールが、客観的な基準を使っていると謡いつつも、実は女性に不利なように採用を行っていることが発覚している。
    人間の偏見を取り除くために開発したはずのアルゴリズムが、逆に女性への偏見が含まれたアルゴリズムを考案してしまったのだ。


    5 職場環境
    エアコンの推奨温度は、47歳で体重70キロの男性の新陳代謝を想定している。そのせいで、女性は自身への適性温度から2℃ほど低い環境で仕事をしていることが分かっている。

    これまでの職業研究は典型的な男性中心の業界を対象としてきたため、女性労働者の傷害を予防する知識に乏しいのだ。

    特に介護士、清掃員など、重量物を運ぶときの配慮が全くなされていない。
    女性は男性よりも筋骨格損傷が7倍も多く、股関節及び骨盤の疲労骨折は10倍も多い。
    バックル、ハーネス、軍用装備などの「身体に密着させる器具」は男性の標準に合わせて作られているため、女性にフィットしないことが多く、怪我の原因になっている。

    さらに悪いことには、女性労働者が主となる業種については、労災研究がいっさい行われておらず、使用可能なデータが蓄積されていない。データが揃っているのは男性のデータだけなのだ。
    化学物質を扱う工場(ex.プラスチック製品を作る工場)では、作った製品の危険性については議論されるものの、「働いている人への悪影響」には蔑ろにされている。もちろん、給料が低く劣悪な環境で働く人の多くは女性である。男性と女性では免疫系もホルモンも異なるため、化学物質に対する耐性閾値が違うのにも関わらず、女性への悪影響の研究は全く進んでいない。


    6 男性向け=万人向け
    女性の方が男性よりも手が小さいのは明らかなのに、スマートフォンやピアノは男性用サイズに設計されている。
    また、音声認識ソフトは、男性の言葉よりも女性の言葉のほうが、変換ミスが有意に多いことが明らかになっている。
    自動運転、医療補助、面接などにどんどんAIが導入されている中、こうした性差別的アルゴリズムによって、女性が不利益を被るばかりか、健康や安全が脅かされている。

    女性のニーズの中には、男性には縁がないせいでまったく日の目を見ないことがある。こうした隠れた潜在需要に対して、投資家の動きは鈍い。例えばフリーハンドで扱える搾乳機のように、潜在市場がありながら男性目線では投資の対象にならないため、埋もれている市場はたくさんある。
    データによると、女性経営者が受ける投資額は、平均的に、男性経営者が受ける投資額の半分以下である。にも関わらず、収益は男性経営者の2倍以上をあげている。

    投資家が機敏に動くのは新興テクノロジーの世界だが、この世界こそ、「ハーバード中退の白人男性社会」が形成されている。
    新しいテクノロジーの世界では、男性が人間のデフォルトであるという暗黙の了解がある。アップルは健康管理アプリを開発し、それを素晴らしく「包括的な」ヘルストラッカーだと豪語したものの、生理トラッカーは付随していなかった。
    自動車の設計もそうだ。
    女性が自動車事故に遭った場合は、死亡率は男性に比べて17%高い。それは車が誰のために設計されたかに関係がある。運転するとき、女性は背が低いため男性よりも前のめりになりがちで、その分危険なのだ。
    こんな状況にあっても、運転席に置かれる衝突実験のダミーは男性用しか使われていない。女性用ダミーは助手席に置かれることが多く、しかも助手席のデータはさほど尊重されていないのだ。


    7 医療
    医療データにおけるジェンダー・ギャップはいまだに甚だしい。女性は男性の縮小版ではなく、免疫系や細胞も性別によって有意な差があるが、なぜ未だに男性が標準なのか?
    男性に効果はあるが女性に効かない薬、その逆だが動物実験の段階で排除されている薬については、おそらく相当な数が存在するだろう。なぜなら、治験の対象者はほぼ男性であり、たとえ女性に多い疾病(うつ病など)の動物実験においてさえ、雌性動物が含まれていない(全体の12%)のだから。


    8 市民生活
    GDPに家事労働は含まれていない。サービス労働を除外した数値であるGDPは、現在の社会環境を正確に反映している指標とはもはや言えなくなっている。
    1970年代半ばまでの戦後の時代は「生産性上昇率の黄金期」のように見えるが、実際に起こっていた大きな変化は、女性たちが外に出て働き始めたために、以前は家庭でやっていた料理や裁縫が、GDPに計上される市販の物やサービスに取って代わられただけなのだ。
    推計によれば、無償のケア労働は、高収入国ではGDPの最大50%を占め、低収入国では80%を占めるとされている。一例であるが、オーストラリアで、無償の育児ケアの市場規模を計算したところ、金融部門を大きく抜いて、同国最大の産業とみなすべきほどの規模であることが分かった。

    データによると、「女性が無償労働に費やした時間」と「雇用労働市場への女性の参加率」には、強い負の相関関係があることが明らかになっている。多くの女性は無償労働のおかげで、雇用形態をパートに変えなければならない状況に直面している。そんななかでも、女性の無償労働の詳細なデータはどこの政府も収集していない。
    私達はつい、女性の無償労働というのは、女性たちがそれぞれの家庭の事情によって、子供や親の面倒を見ているのだと思ってしまいがちだ。女性たちの無償労働は、社会を支え、社会に利益をもたらしている。女性の無償労働は単なる選択の問題ではなく、私達が作り上げた制度に組み込まれてしまっているのだ。


    9 女性の権利
    人間は、自分が経験することを「他の人も一般的に経験することと似ている」と感じる「投影バイアス」を持っている。すると男性は、男性中心主義社会こそが「公平で普遍的な常識である」と信じ込んでしまう。ここで対等の立場を要求する女性に出くわすことで、初めて偏見の存在に気づき、そのような女性の行動こそ偏見であると錯覚してしまうのだ。

    同じ国会議員でも男性と女性では、政治にもたらす視点が変わる。国会議員になった女性が政治において限定的な影響力しか与えられないのは、男性中心の後援ネットワークから排除されているからかもしれない。
    そして、今の政界は女性が活躍しやすい環境ではない。男性は女性の話を遮りやすく、女性は不当な扱いによって討論の時間を奪われるケースが多いことが分かっている。また、概して男性は「野心的な女性」に対して――同じように野心的な男性とは違って――ネガティブな感情を抱くことがデータから分かっている。
    人口の半数を占める女性を政治の場から除外することは、データにおけるジェンダー・ギャップをより一層加速させることになる。


    10 女性のいない災害復興
    戦争、自然災害、パンデミックをはじめとする災害が発生すると、都市計画から医療まで、あらゆる分野のデータにおけるジェンダー・ギャップが悪化する。平和なときに女性の視点を取り入れなかったつけが回ってくるのだ。

    復興計画担当者たちはビジネス上の利益を優先し、「住む場所を失った何千人もの人々」のニーズを汲まなかった。結果として、キッチンのない仮設住宅、通勤手段のない場所への居移転計画、女性特有の医療ニーズ(産科検診など)の不備、といった憂き目にあっている。

    避難所、難民キャンプといった施設は、男女分けがされていないがために、レイプ被害が発生しているとされている。仮設トイレや風呂場も別れておらず、トイレへの道のりにも、トイレ自体にも照明がないため、女性は二人一組で行動したり飲まず食わずで過ごしたりと不便を被っている。

    実は、女性たちが難民になるのは男性による暴力が原因である場合が多い。私達はふつう、人々の住む場所がなくなったのは戦争や災害のせいだと考える。避難民が男性である場合はそのとおりで、女性の一部にももちろん当てはまるが、女性がホームレスになる原因の第一位は男性の暴力なのだ。

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    2021年05月11日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

    Posted by ブクログ

    中学生の頃の話だ。ある晩、母親が「500円あげるから食器洗いをしてくれない?」と言った。

    それほど大仕事でもないし、別に疲れるわけでもない洗い物が時折ものすごく面倒になることは、たかだかひとり分で済む今の僕にもよくわかる。それでも普段から淡々と家事をこなしていた母が、「たかが食器洗い」に500円を出すというのには少し驚いた。

    その後の記憶はあやふやだけれど、500円に釣られて僕は機嫌よく食器を洗ったと思う。そして偉そうに褒美をせしめたはずだ。ちょっぴり母のことを心配はしたけれど、「皿洗いくらい毎日やろうじゃないの」とは考えなかった。恥ずかしながら家事は母の仕事だと思っていたし、「家事なんか面倒くさがる思春期男子」という「特権」を手放すつもりもなかった。

    首相時代から問題発言を繰り返してきた差別主義者が、自らが推進すべきオリンピック・パラリンピックの精神に泥を塗る暴言で世界を呆れさせている。僕も耳を疑ったし腹が立った。だけどこの本を読んでいる今、同時に怖さも感じている。これを読めば、濃淡の差こそあれ、僕も彼と地続きのグラデーションの中にいることに嫌というほど気づかされるからだ。

    この世界は男性をデフォルトにして出来上がっている。辞書にもあるように「man=人間」なのだ。鍵盤の大きさが原因で女性のピアニストに手の故障が多いのも、ウィキペディアの「サッカーイングランド代表」のページに男子チームしか載っていないのも、極寒のフィールドで女性研究者だけが小用を足すために防寒着を脱がないといけないのも、すべては物事を決める場に女性がいないせいだ。

    人々に「女の子らしい走り方をして」と頼んだ実験の動画を観たことはないだろうか。男性はおろか女性さえもクネクネとデフォルメされた滑稽な走り方をする中、まだ幼い少女たちだけがまっすぐ前を見据えて全力疾走する純粋さに涙がこぼれた。アメリカの調査によると、女児は6歳になる頃から「男性ほどは賢くなれないのではないか」と思い始めるという。間違った刷り込みは女性自身にも及んでいる。

    世界の無償ケア労働の75%は女性が担わされている。5分もかからない僕の皿洗いが500円に値したはずがない。終わりのない家事労働に追われる母のたった5分の「一回休み」にこそ価値があったのだ。

    目の前にあるのに見えていなかった不平等を膨大なデータで明らかにしてくれるとても良い本。大げさじゃなく(そして情けないことに)、どのページにもハッとさせられる事実がこれでもかと書いてあります。おすすです。

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    2021年02月06日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    データに基づいて男女の差について論じられており、特に医療実験や自動車の安全性については衝撃を受けた。見えない性の壁を意識する重要性がよくわかった。ただ一方で、男女で捉えるべきではないものも含まれているように感じ(北欧の雪かきの問題は、男女ではなく、自動車の利用者と歩行者の問題である)、偏った見方をしていることも否めない。

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    2026年07月29日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

    Posted by ブクログ

    日本語訳は2020年刊行。オリジナルはイギリス。

    ネットで話題になっていたので読んだが、恐ろしい本だった。
    女性トイレの数が足りない、という話は今やよく聞くところだが、もともとずっと話題にはされていたのだなと思った。
    (日本ではもっとこの本の状況が激しいうえに、気づかれていないのだと思わされた。)
    政治、経済の世界からはもちろん、あらゆるジャンルにおいて、女性はサイレント・マイノリティの立場におかれ、迫害され、そのことすら激しく無視されている事実が淡々と列挙されていく。

    医療分野でも、これほど女性の立場が弱いとは知らなかった。
    治験に参加できる女性がもともと少ないのに(自分の時間や動きの決定権がない)、結果にも男女別の評価はほぼなされない。
    体重も違うし、体内の構成も違うため、本来は男女別の結果が必要なのだ。
    それゆえの医療不備が女性には多く、ケガや病気も女性のほうが治りづらい。まさに命の危機である。
    そもそも、マウス実験の時点でも、大半のマウスはオスだし、そのことに注意を払える研究者もほぼいないらしい。たぶん研究者もほぼ男性。

    なによりまず、政治の意思決定の場に女性を増やす必要があるのだが、女性政治家には男性政治家からのヤジや発言の遮りがとかく強い(データあり)。
    男性政治家たちは自分たちの場に女性が入ってくることに激しく抵抗し、攻撃していく。
    反発に次ぐ反発だが、なぜか世間イメージは、女性政治家こそヤジや遮りが多いと言及している。
    はあーーあ。
    (日本でついに現れた女性首相はあんな媚び媚びバブル最悪の置き土産のお神輿で、政治の現場に女性の声を増やす力が全く無くて涙が出る。)

    女性たちが無償労働にすりへらされていく日々。
    そのことを、世界の大半の男性は知らない、女性も知られていないことに気づいていない、ということ。
    中世の話ではない、21世紀の話だ。
    いまも、この瞬間も、私たちのまわりを通り過ぎる、そのことに無意識であるという事実が、思いあたりすぎて寒気がした。

    (車、ピアノの鍵盤、スマホのサイズ、なんでもこの世は健常成人男性を基準に作られている。
    そういえば電車のつり革は使いにくいし、新聞も私にはデカすぎる!)

    本書の執筆後に発生した、2020コロナ恐慌下では、女性のダメージが男性のそれより大きかったであろうことは、この本からも推察されて苦しい。

    これを読んで思い出した本は、水無田気流『時間のない女、居場所のない男』、片田孫朝日『男子の権力』、アメリカの『男はなぜ孤独死するのか』。
    このへんの本と強く繋がった内容です。

    そうそう、トイレと同様に、女性服にはポケットがない!
    これもずっと言われてたことよね。


    以外は長い長い引用である。

    第五章 死ぬのは災害のせいじゃない
    極限状況の女性たち
    災害時や非常時に女性の意見を排除するのが皮肉なのは、そのような極限状況では、女性に対する昔からの偏見は容認されるべきではないからだ。紛争やパンデミックや自然災害によって、女性たちはただでさえ著しい被害を受けている。紛争時に女性が受ける被害に関するデータ(死亡率、疾病率、強制退去など)はきわめて少なく、性別で区分されたデータはさらに僅少だ。だがそれらのデータは、武力紛争によって女性たちが甚大な被害を受けていることを示している。現代の武力衝突においては、最も死者が多いのは戦闘員ではなく市民だ。男性も女性も同じように強制退去やトラウマを経験し、負傷者や死者が出ているが、女性たちはさらに女性特有の被害に遭っている。
    紛争が勃発すると、女性への家庭内暴力が増える。紛争関連の性暴力よりも家庭内暴力のほうが一般的であったほどだ。3年に及んだボスニア紛争においてレイプされた女性たちは推定6万人、100日間のルワンダ虐殺では25万人にのぼる。国連機関の推定では、シエラレオネ内戦(1991〜2002年に2度の内戦)でレイプされた女性たちは6万人以上、リベリア内戦(19989〜2003年)では4万人以上、コンゴ民主共和国では1998年以来、少なくとも20万人にのぼる。データ不足のため(最たる原因は、女性たちが被害を報告できる相手がいないから)、実際の数字ははるかに大きいものと予想される。そして、家庭内暴力はもっと多かったのだ。戦争によって社会秩序が崩壊すると、女性は男性よりも深刻な影響を受ける。紛争後も、女性に対するレイプや暴力の横行は収まらない。「暴力を振るうのに慣れてしまった兵士たちは、復員しても夫や父親としての役割になじめなかったり、失業状態に苛立ったりする」からだ。
    1994年ルワンダ虐殺以前、女性の平均結婚年齢は20〜25歳だったが、虐殺期間およびその後の難民キャンプでは、女性の平均結婚年齢は15歳にまで下がった。
    戦争の間接的な影響によって死亡するのも、女性のほうが男性よりも多い。世界の妊産婦の死亡のうち半数以上は、紛争地域や脆弱国家で起こっている。妊産婦の死亡率が最も高い10か国は、紛争状態あるいは紛争後の状態にあり、妊産婦の死亡率は平均で通常よりも2・5倍も高くなっている。その原因のひとつは、紛争後および災害後の救援活動において、女性特有の医療ニーズが考慮されていないことが多いためだ。危機的状況におけるリプロダクティブ・ヘルス研究協議会では、20年以上にわたって、紛争地帯や被災地域の女性たちに対し、出産用キットや避妊具、産科検診やカウンセリングの提供が必要であると訴えてきた。しかし、「ニューヨーク・タイムズ」紙の報道では、「過去20年間、そのような支援はごく散発的にしか行われていない」。ある報告書では、妊婦たちは産科検診を受けておらず、「流産も多く、きわめて非衛生的な環境での出産を余儀なくされている」。
    これは被災地でも同じく問題となっている。フィリピンでは、2013年の台風によって400万人を失ったが、推定では1日当たり1000人の女性たちが出産し、そのうち150人は命にかかわる状態になった。出産設備や器具は台風によって破壊され、女性たちが次々に死んでいった。

    中略

    (2009年新型インフルエンザ(HIN1豚)において、きちんと政府や国連団体が対策をしたにもかかわらず、被害は多くでた。おもに女性に)
    「実際には、家畜の世話の大部分は女性たちが行っていたにもかかわらず、関係者がやりとりをしたのは農場所有者である男性ばかりだった」からだ。2014年、シエラレオネでエボラ出血熱が発生したとき、「当初の隔離対策として、女性たちのもとには食料が届けられたが、水や燃料は供給されなかった」。だが、シエラレオネをはじめとする途上国では、燃料と水を運んでくるのは女性たちの仕事なのだ(そして当然、水と燃料は生活に欠かせない)。したがって新たな対策が打たれるまで、「女性たちは家から出て焚き木を拾いに行かざるを得ず、感染症の蔓延リスクが高まった」のだ。
    女性たちがケア労働を担っていることも、パンデミック時には致命的な結果を招きやすい。家族に病人が出た場合は、ほとんどは女性が世話をする。また、「昔ながらの助産師や病院の看護師、清掃員や洗濯員なども、ほとんどは女性であり、いずれも暴露リスクの高い職場で働いている。このような職種の人びとは、大半を男性が占める医師たちのようにサポートや予防措置を受けていない」ため、なおさら危険が高い。また女性たちは、葬儀の際には遺体の処置をするが、伝統的な葬儀を行った場合、多くの人が感染する可能性がある。2014年のエボラ出血熱の蔓征時、リベリアでは死者75%は女性だった。

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    2026年06月19日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    制度設計、製品デザイン、統計などから女性がいかに排除されており、それによって、どの様な悪影響が生じているかを説明した本。

    豊富な事例を用いて著者の主張が展開されており、男性側からすると、常に責められている気分になる本だった。
    勿論、不快だから目を背けて良いわけではなく、人口の半分が、意図的/非意図的な認知の歪みにより不利益を被っていることを直視すべきと思う。

    本書に改善点があるとすると、ひたすら著者の主張を帰納的に証明することに終止しており、各事象の深掘りや改善策への言及が足りないところだと思う。
    それぞれの不公平が直接的な女性排除の結果なのか、男女間の経済格差に起因するものなのかは区別が必要だし、対策にしても、例えば不平等改善の典型的な対策の一つであるクォータ制の利点・欠点などを知りたかった。

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    2026年06月04日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    この本は問題提起のための本であり、その事実を知っている人にとっては、許し難い事実を羅列してる本であり読んでいるのがとても苦痛だった。
    また、このような本は出版時に読んでいないと駄目だと感じた。確認してみたが、英国の女性トイレの問題は少しは改善されているようだが、インドの衛生問題は未だに解決されてないようである。苦しい。
    そして、この本が出版されてから6年も経つにも関わらず、日本の女性トイレの混雑問題は未だに女性の問題として扱う日本人男性の何と多いことか。

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    2026年02月13日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    ネタバレ

    世の中のあらゆるものは男性基準で作られており、女性の存在はないものとされている。車やピアノ、スマホの大きさや薬までも。man=男性であるように。原著は数々の賞を受賞し、世界26ヵ国で翻訳されているようで、とにかく膨大なデータを元に説明している。

    女性の自分でさえ気付いていなかった事実が山ほどあることに絶望しつつ、感覚や感情ではないデータがここまであるということは救いでもあると感じた。

    印象的だった帯文。
    "データのハサミで切り刻まれる「気のせいでしょう」という欺瞞。
    女性の生きづらさには、これだけの証左がある"
    ──ブレイディみかこ

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    2025年08月31日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    男性優位の世界になっている事をデータに基づいて説明してくれる。薬も男性基準で考えられている〜の件は確かにそうだろうなと見落とすというか気づかないことに気づかせてくれた。
    ピアノも男性基準なことも。

    この世界を変えていくのは難しいだろう。なぜなら女性である私が気が付かないことが多いのだからこの世界の当たり前を疑うのには限界がある。

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    2024年03月13日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    データ量がすごい。女性が多大な不利益を被っていることを改めて認識。LGBTの議論が活発になってくると「普通の女性」の権利がより制限される可能性もある。
    ただし自分の周りに限って言えば男性よりも女性が幸せそうに見える。存在しない、無視されることからくる女性の幸福があるのか、不必要な責任を負うことによる男性の不幸があるのか。

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    2023年05月21日
  • 存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く

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    男性にとっての「女性性の謎」。
    必ずしも政治的クオータ制に賛成はしないけど、医療福祉をはじめとした各分野に女性をはじめとした多様な視点が失われていることによる損害の大きさは可視化される。文化背景による差別は長期的に考えないと難しいが、実害を避けるための取り組みは本書を参考にするだけでかなり解決するのでは。

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    2022年04月16日