伊藤浩介のレビュー一覧
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音楽は何か、物理学、心理学、音楽理論、情報理論、脳科学などさまざまな知見をもとに考察する。クラリネットを演奏する学者だから書けた本。
音とは何か、空気の振動である音波とは別で、聞こえの感覚のこと。まずこの時点でハッとさせられる。物理現象としての音波と感覚としての音を立てて明確に区別することが重要。音の感覚には三要素あり、大きさ、高さ、そして音色である。
神経細胞に音波を当てても音は起こらず、耳が神経伝達物質に置き換えるから音が生じる。
物理量の変化と感覚量の変化についてのウェーバー・フェヒナーの法則。
なぜドレミファソラシドの音階が生まれたのか、ピタゴラスやアリストクセノスを引用しての考察。
音階音にはキャラがある。音楽は、音による弛緩と緊張で人の心を動かす。確率が低いと予測していたことが起きた知らせは情報量が多いと表現する。音楽も情報量の大きい音は緊張を生むが、適度な情報量でなければその音楽は感動を生まなくなってしまう。
音楽も言語も脳の機能であるが、言語と違い音楽には特定の音楽野はない。失音楽には個人差が大きい。 -
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共感覚は、色と音など異なる感覚ががリンクして頭に浮かぶ現象です。著者が共感覚の保有者にインタビューを取ったところ、ドは赤、ソは青、、と、ドレミファソラシが虹の七色のグラデーションに近い配色になることを発見した話から始まります。
面白いのは、共感覚を持っていなくても、ドの色を無理矢理決めるとすれば赤だ、と答える人が多いということです。
著者はその理由を突き詰めていきますが、個人的にはその過程で、虹はなぜ七色なのか、ピアノはなぜ七音なのか、という解説に感心しました。そもそも七という数字が一致したのはなぜなのか。
実は虹を観察したニュートンは当初、五色にしか見えなかったそうです。しかし、ピアノは七音であることから、半ば無理やり七色だと結論づけました。
では、なぜピアノは七音なのか。なぜドは赤色なのか。私のように音楽の知識がなくても肩の力を抜いて読める本なので、ぜひ読んでみて欲しいです。 -
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大雑把にまとめれば、これまでの音楽理論で言われてきたことを、心理学や脳科学によって説明し直した本なのだが、その射程がすごい。
最終的に、音楽とは何かを考えようとしているのだ。
まず音とは空気の振動ではなく、人の耳に入って脳に知覚された感覚のことだということから話が始まる。
音の説明として、音波の形や振幅などを取り上げていくものはこれまでにもいくつかの本で目にしていたが、本書ではその音波の振動が耳の中で処理され、電気信号となって脳に伝わっていくかが説明されていく。
脳科学的な説明が加わることで、経験的に知られていることの理由がわかっていくことが面白い。
例えば、一オクターブ離れた音が同じ音と認識される(オクターブ等価性)ことの理由は、耳の蝸牛にある組織であり、音波の振動を感じて神経伝達物質を放出する基底膜の反応から説明できるらしい。
神経細胞の集合の発火パターンが、整数倍の関係にある周波数同士で似ているからだそうだ。
また、臨界帯域(一つの周波数に対して振動する基底膜の範囲を周波数に換算して表現したもの)の幅が、音の分離や、全音の決め方に関わっているとか。
さらに、臨界帯域は低音部で広く、高音部で狭いため、ピアノ上で同じ一オクターブ離れた音程でも、高音域ほど変化の幅が大きく聞こえることにもつながるとも。
こうして全音が規定されると、今度は音階がどう生まれるのかが、今度は聴覚心理学を用いて説明される。
一オクターブの中をどう区切るか。
筆者は三つの前提を作り、その三つの塩梅のいいところで現在の7音から成る全音階ができた、と説明する。
前提1 旋律のために広い音程を避ける
前提2 和音のために協和的な音程を優先する
前提3 音楽を複雑化できるよう、音階数を増やす
このあたりになると、ややどうかな?と思う部分もある。
自分も詳しくは知らないが、アラビア音楽などは全音の四分の一の音程を持つと聞いたことがある。
電子楽器(キーボード)でも、四分の一の音程が出るとも。
和声をあまり重視しないのか何なのか。
自分でも機会があったら調べてみたい。
そのあとは和声や楽式論を情報学から説明していく。
緊張と緩和の話に、クロード・シャノンの情報量(起こる確率の低いものほど情報量が多い)の考え方を持ち込んで説明する。
一つの音階の中でこの音、この和音が来るのは起こりにくいから緊張につながる、などと説明されることとなる。
繰り返しが緩和につながるなどというのも、経験から考えてもわかりやすい。
このあたりから俄然読みやすくなっていく。
最後に脳科学の話がまた帰ってくる。
音楽を表現したり、聞いたりするための特定の部位(音楽野)はない、という話だった。
むしろ驚いたのは部位が限定される言語野の方を特殊だと考えるべきだということ。
そうそう、「音楽とは何か」という問いには、筆者は言語との対照によって答えていた。
単語とモチーフ、統語と旋律、韻律など、言語と音楽には類比できる要素があるが、両者の大きな違いとは翻訳可能性だ、という結論。
おお、そういう方向へ行くのね。
驚くほど多領域の議論を参照しながらまとめあげていくのが見事だった。
いろいろ勉強になった一冊だった。
理系の人ならもっと、すっと読み進められるのかも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ音楽の不思議はだれもか思っていることなんじゃないかと思うけれども、
こんなに解像度を上げて考えたことは無かったので、とても新鮮でした。
ピアノを最近独学的に始めて、楽譜とか音楽の理論は全く知らない中で生きてきた。
誰もが毎日触れるような、みんなにとってこんなに身近なものなのに、
四則計算や言語と違って、みんなが共通に学ぶ基礎知識基盤はそこまで固くなく、
音楽の授業会ったけど結局歌って、リコーダー吹いたぐらいしか覚えていない。
つまり、音楽は、なにげなく、感覚で触れてきた。
かといって、この本にあるように、
音楽理論が、科学の法則のように存在するわけではなく、
慣習法のようなもの、だと理解した。
「どのように音を使うとどのような音楽的な意味を持つか、という音と音楽を結ぶ基本原則をまとめたもの」。
で、音楽を作る、音とは何か、についてから始まる。
音は物理現象ではなく脳で生じる感覚、とのことで、
音の感覚の3要素が、大きさ、高さ、音色(大きさと高さ以外!)
耳の物理構造と音の高さとかについての情報需要の話もおもしろかったなー。場所符号化、と時間的符号化。
音階の性質、つまりキャラみたいなものだという話も。
ドは主音キャラ(トニック)
ソは属音キャラ
シは導音キャラ
ファは下属音キャラ(サブドミナント)
レミラは脇役キャラ
非音階音 臨時キャラ 強い変化で明確な不安定を一瞬引き起こす
転調や移調で主音を変えると、すべての音高の機能がシフトする。
で、音名CDE…と音階ドレミ…の言い方の違いについては、
CDE:カレンダーの日付のようなもので、絶対的。
ドレミ:今日、明日、のように、主音を基準とした音高、つまり相対的。
ハ長調のドはC、ヘ長調のドはF
音の生まれる順番、について考えたことは無かった!
ド、ファ・ソ、シ・レ、ミ・ラ…. とか?音に命を吹き込むような。
そもそもなんで7つの全音が生まれたのか、それについては合意された理論がない中、筆者の考えも紹介されていた。
3条件(旋律のために広い音域を避ける、和音のために協和的な音程を優先する、音楽の複雑性への欲求のために音階音の数を増やす)を満たす過程で、
調性音楽に適している、という条件でドレミファソラシドが選ばれた!?
協和と不協和、和音、オクターブ等価性とかは、
少し難しかった。
実際あまり自身で音楽を、和音を、意識して音を奏でたり楽譜を見たり音楽を聴いたことがないので。
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繰り返しと変化で織りなされる音楽を通して私たちが行っていることは、
適度な情報量で適度な緊張を生み、適度な緊張の後に弛緩に戻ることで心地よさをを感じること。
音の強弱(ダイナミクス)、リズム、テンポで脳への物理的な刺激量を増減する。
ピッチ(音高)の変化-基音から離れると、緊張が高まる傾向。
旋律(メロディー)…これは複雑。
楽曲を組み立てる旋律や和音などが織りなす構造のあり方(テクスチャー)があり、
その中でも協和や不協和を感じる。
音が縦に重なった和声的音程の響きの不協和を、感覚的不協和、
音と音の時間的な前後関係から感じられる不協和を、文脈的不協和、
があるらしい。
音楽に限らず、
動物の脳の目的は、感覚入力の予測しにくさ(驚き)を最小化するように脳の内部モデルと行動を最適化し続ける、という自由エネルギー原理(カール・フリストン)があって、
音楽で適度な緊張が肝要なのは、内部モデルの修正に成功する程度であるから、と解される。
著者が全体を通して強調する音楽の機能ー心を動かす。
アリストクセノスは、
ピタゴラスのように数字だけ見るのはもっとも珍妙にして減少に反した理論。音波ではなく、心の働きである音にこそ注目すべき、と説いたという。
音楽とは何か、を明確に定義することは難しいけれど、
音を介して聴衆の心を動かす、ことが音楽の本質であること、
だから、
_拍や音階があるかどうかという手段より、これらの音の集まりが緊張や弛緩の心の動きを起こす情報を伝えているかどうか、ということこそが問題
とのこと。
音楽は、私たちの表現の可能性でもあるのかなー。
意味と言葉を切り離せる、翻訳もできる言語と違って、
音と音楽は切り離せない。
音楽をする際の脳の使い方も、人によってそれぞれで、
音楽を通して脳の動きを豊かにできることもあるのだろうと思ったり、
まあそんなことはそこまで細かく知らなくとも、
不思議とみんなが楽しめるのが音楽の良さなのかもなー。 -
Posted by ブクログ
伊藤浩介(1972年~)氏は、京大理学部卒、京大理学研究科(霊長類研究所)博士課程修了の認知脳科学者。新潟大学脳研究所特任准教授。新潟交響楽団の副団長・クラリネット奏者でもある。
私が最初に「共感覚」という言葉・概念を知ったのは、しばらく前に、サヴァン症候群の英国人ダニエル・タメット氏の著書『ぼくには数字が風景に見える』を読んだときである。サヴァン症候群とは、ダスティン・ホフマン(とトム・クルーズ)が主演した1988年の映画「レインマン」で、ダスティン・ホフマンが演じた(モデルとなったのは、米国人のキム・ピーク)ことで有名になった、驚異的な記憶力を持つ自閉症の一種で、しばしば共感覚を持っており、タメット氏も本の題名通り、数字が風景に見えたり、言葉に色や質感が伴っているという。
本書は、ドレミファソラシという音階に色が伴っているという共感覚について、共感覚を持つ100人を超える人々へのインタビュー・調査を通じて、考察したものである。
そのエッセンスは概ね以下である。
◆共感覚とは、音や文字に色を感じたり、色から音を感じたり、味から形を感じたりする現象である。音から色を感じる共感覚を色聴という。現時点では、誰もが納得する科学としての共感覚の定義は存在しない。
◆一般的な学説では、色聴における音と色の結びつきはランダムとされているが、著者が33人の共感覚者を対象に実験をしたところ、ほとんどの人にとって、ドは赤、レは黄色やオレンジ、ソは水色であるなど一定の傾向があり、平均色で見ると赤から黄色や緑を経て青や紫へと、虹のような並びのグラデーションとなった。
◆「音」から「色」に結びつくとすると、①「音」から(ドレミファソラシという)「言葉」が結びつく、②「言葉」から「色」が結びつく、という二段階が存在するが、検証の結果、共感覚者の脳の中では「言葉」に対して「色」を感じていることが判明した。つまり、①は音楽能力(絶対音感)、②は共感覚、という全く別の脳機能である。
◆音階が7音であるのは、ヒトの脳における音の処理の限界(それ以上周波数が近いと不協和を感じる)に拠るもので、物理法則などに基づくものではない。
◆虹(のスペクトル)が7色であるとしたのはアイザック・ニュートンで(それ以前は5色とされており、現在では一般には6色とされている)、ニュートンは虹と音階を円環にしたものの分割比が一致していることを示し、音階が7音であることと虹が7色であることに科学的な裏付けがあると考えていた。しかし、ニュートンの仮説には致命的な欠陥があった。
◆音階も虹の色も物理現象ではなく、脳の中で起こる主観的な心理現象である。音階にも色にも、それぞれの性質に応じて自ずから「序列」が存在する(音階であればド→ソ→レ/ミ・・・、色であれば赤→青→黄/緑・・・という具合に)。そして、共感覚における音と色の結びつきは、単にこの序列が無意識に反映されたもので、ドレミファソラシが虹のように見えるのは偶然の結果に過ぎない、というのが著者の仮説である。
興味深い問題設定に対して、著者の結論・仮説は正直拍子抜けする感は否めないのだが、私は、「共感覚」については、今後更なる研究が行われ、科学的な解明があるのではないかと期待しており、その端緒としての本書の意義はあるように思う。
(2021年3月了)