小島和男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
反出生主義の最も平易な概説書であるとともに、原典であるベネターの翻訳者である著者の意見も付け加えられている。
ベネターのとっつきにくさを著者はうまくカバーしているし、著者自身が考える記述についても精緻されており、中高生の読み物としては、ここ数年読んだ本の中でこれ以上のものはない。
原典の紹介が最後にされているのもよい。本書にツッコミをいれたければ原典に当たってみればよいし、さらに深めたければ結局は原典に当たるしかない。どちらにしても原典やさらに深めたい人のための文献がほしいので、ありがたい。本書を手に取って、学びを自ら探究する中高生が増える事を願ってやまない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ退屈という感覚は単なる個人の心理状態ではなく、政治的・経済的に構築された構造の一部として生み出されているのだと思った。退屈は、仕事と余暇の分断、そしてそれを支える資本主義的イデオロギーのなかで制度的に再生産されている。
ギグエコノミー(インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方のこと)に見られるように、現代の労働は短期的かつ不安定であり、アルゴリズムや他者の評価に左右され続ける。その結果、労働は自己実現の手段ではなく、主体性を弱めるものとなり、常に刺激に晒されながらも満たされない退屈を生み出している。これは暇だから生じる退屈ではなく、常に不足を感じさせられる構造から生じる退屈である。この構造は消費の場面にも当てはまる。SHEINの児童労働問題が繰り返し指摘されながら解消されないのは、消費者がその事実を知っていても、それを自分の問題として引き受けず、安さや即時的な満足を優先した消費行動を続けているからではないか。搾取の責任を企業や国家だけに帰すことはできず、消費者個人もまたこの構造に組み込まれている。重要なのは、退屈であることそのものではなく、退屈を退屈として認識し、立ち止まって考える時間を持てないことだと思う。退屈を即座に刺激で埋めてしまう行動の積み重ねが、モノの価値や労働の重みを考える機会を奪っている。手間をかけることは、手間をかけないことより価値が低いわけでも高いわけでもないが、作られる過程や投入された労働が見えることで、正当な対価について考える余地が生まれる。その対価を支払うかどうかは消費者の選択に委ねられているが、その選択は、考える時間があってはじめて成立する。退屈を排除するのではなく、退屈と向き合う時間を取り戻すことが、消費や労働のあり方を見直すための重要な手がかりになると感じた。 -
Posted by ブクログ
『生まれてよかったか? はじめての反出生主義』というタイトルから、反出生主義そのものの体系的な解説を期待して読むと、期待とのずれを感じると思います。
とりわけベネターの非対称性論証をめぐる説明については、平易さを優先した結果、なぜその非対称性を認めるべきなのかという核心部分に物足りなさを感じました。
一方で、「親ガチャ」「家族」「ふつう」「がんばれ」といった、今を生きる若い読者が実際に直面している圧力を、哲学的な言葉で解きほぐしていく手つきは丁寧です。
その意味では、本書を「反出生主義を体系的に学ぶための一冊」と見るより、「生まれることや家族や生き方について、当たり前と思っていた前提をいったん疑ってみるための哲学的な入口」と捉えた方が、良いかもしれません。
【目次】
まえがき
第1章 生まれるって、だれの決断?
1 「頼んでない」は言ってはいけない?
2 親は依頼されていない/子は選べない
3 存在させることの一方通行性
第2章 「親ガチャ」を考え直す
1 そのガチャって誰が回してる?
2 金持ちに生まれたら幸せ?
3 「子ガチャ」の視点
第3章 「幸せ」を倫理学で考えてみる
1 快と苦は相殺できる?──功利主義という考え方
2 存在させることは「害」か?──ベネターの非対称性
3 「正解」はあるのか?──事実と価値を区別する
第4章 家族は「当たり前」じゃない?
1 「家族を大事に」の圧をほどく
2 一人でいるのは悪いこと?
3 友だち関係の作り直し
第5章 「ふつう」と「がんばれ」から自由になる
1 「1/2成人式」ってなんだろう?
2 どうしてがんばらなきゃいけないの?
3 「ふつう」を自分で定義する
第6章 「子どもをつくらない」を選ぶ倫理
1 作る権利・作らない権利
2 中絶・養子・教育の超入門
3 親を責めてもいいの?
第7章 ぼくらの生まれたこの世界で
1 ケアは血縁を超えられる
2 「持たない」生の充実
3 今日を生きる
ブックガイド──さらに考えたい人のために
あとがき -
Posted by ブクログ
『生まれたくなんかなかったのに』というタイトルから、人生そのものを否定している本かと思いましたが、生まれてきてしまったからには、苦痛をできるだけ減らし、有意義に楽しく生きていこうという生きることに対して前向きな論が展開されていました。
小学生の頃、病気を苦に「生まれてきたくなんかなかった」と思っていたことが一時期ありましたが、それ以降は、そう思わなくなりました。
ただ、「産んでくれてありがとう」とは今まで一度も思ったことがありません。
もちろん、楽しかったこと、嬉しかったこともたくさんありますが、どうしても「産んでくれて…」とは思えないでいます。
親不孝なのではないかと申し訳ない気持ちを抱えてきましたが、そう思う必要がないという著者の説に、少しだけ荷が下りた気分になりました。 -
Posted by ブクログ
取り上げるテーマ(労働、結婚、友達など)が多すぎて、どれも中途半端(どこかで聞いた話)になっている印象でした。
同じ著者の『反出生主義入門』が面白かったので読んでみたのですが、反出生主義という出オチ感のある思想、分析哲学系の思想に、面白い展開は不可能なのか? などと穿った見方をしてしまいました。
ただし、僕があまりにも著者の主張(かなりの左寄り)に違和感を感じないことが多すぎて(古典的フェミニズム等、一部には大いに違和感がありましたが)、得るものが特になかったから、こういった感想になってしまった可能性もあります。
(追記)
いろいろと文句を言わせてもらおう。
「…『私は紙の本が好き』という者には、何らかのエクスキューズかアポロジャイズがなければ、愚者か悪人かまたはその両方の要素が垣間見えると言っていいだろう。」(p.176)
いや、そこまで言うなら、この本だって電子書籍限定(あるいは、新書以外のフォーマット)にすれば良かったじゃないですか…この箇所に限ったことじゃないですけど、この著者さんはダブルスタンダードが多くないですか?
今あらゆる職場でどんどんAIが導入されてますけど、反対する人なんて見たことない…便利なものは皆、大歓迎ですよ?
デリダやソクラテスの理解も微妙に一面的な気がするし、曲解の可能性すら感じる。
さらに、私たちは古代人と同じ轍を踏んでないかって、反出生主義って古代ギリシア(ギリシア悲劇)に、そのまんま同じ価値観が見いだせるんですけど!
…こんな風に、ところどころで変な記述に出会うし、担当の編集者さんも仕事してますか?