時代小説の定番、貧乏人情長屋もの。住人たちは、人は良いが噂好きでお節介。噂は、良い噂より悪い噂のほうが面白く広まり安い。そして長屋の住人たちは、まさしく悪い噂のほうを信じ、良かれと思ってその噂を広めていく。そこに人間の愚かさ、醜くさが垣間見える。
主人公は大工職人「直次郎」の娘12歳の「お綾」。幼い弟が1人「正太」。その「正太」が恋と言えない淡い思いを抱いているのが、幼い女の子「おはる」。
この小説は、「お綾」を筆頭にして「正太」、「おはる」の3人で、「亡くなった大事な人には月のうらがわに行けば会える」と言う言い伝えを信じて「月のうらがわ」に行こうとする話。
亡くなった大事な人とは「お綾」にとっては優しく強い母親「お絹」。そしておはるには父親「重蔵」に虐げられていた母親「おつな」。「正太」は単に「おはる」に頼まれて、いっしょに行くことにしただけ。
また、「お綾」が淡い恋心を抱いている浪人「坂崎清之介」も妻を亡くしていて、「月のうらがわ」に行きたいのだろう。
ただ「坂崎清之介」は、流石に大人だけあって月のうらがわに行けないことは分かっているだろう。
勿論、当たり前のことだが子どもたちも「月のうらがわ」には行けないと言うことが段々分かっていく。
でも最後には、亡くなった大事な人は自分たちの胸の中で生きている。「月のうらがわ」は、自分たちの胸の中にあり、何時でもそこに行って大事な人に会うことが出来ると知る。そこにいる大事な人は、懐かしい故郷にいるようだ。
何か映画やテレビドラマでいかにも「泣かせてやろう」という作り方をしている作品みたいだとも思えるが、純粋に偏見無しで読んでいると、いい小説だなと思う。良い言葉もあるし。
例えば『子どもなんだから、つらいときは泣かなくちゃ駄目。泣かなきゃ、心がねじ曲がっちゃう』とか、『大人でも、つらいときは泣いていいんだ。泣かなきゃ、大人でも心がねじ曲がっちゃう』なんて言葉や、『「大丈夫だよ。あんたは真っ直ぐに生きている。ちゃんと生きてりゃ、神さまが禍福の帳尻を合わせてくれる。福のほうが少しだけ多くなるようにね」
少し多いくらいがちょうどいいのさ』なんて。とにかく、いい小説だなと思う。