ミシェル・クオのレビュー一覧
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いろいろなことが詰まりすぎていて、何を書いていいのかわからない。
ヘレナの学校での出来事、パトリックとの出会い、作者がセレナを去った翌年のパトリックの殺人、拘置所のパトリックとの読書会。どこをとっても一つ一つが重く暗く美しく尊い。
作者自身の個人的な事情、家庭状況も書かれている。作者の心の声も事細かに記され、ここまで丁寧に詳しく赤裸々に教えてくれなくてもと思いつつ、作者自身の人間的な魅力に惹かれていく。
特に最後に「もし自分がデルタに残っていたなら」というのが、わざわざ書かれているのが、私にはとてもうれしかった。「もしあの時こうしてたなら」というのはおそらく誰にでもあるのではないか。私などはあ -
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丸の内の丸善でノンフィクションの特集の本棚に置いてあった。
初めは気づかなかったが、「パトリックと本を読む」というタイトルが目に入った。読書会に関する本かなと思い、手に取って帯に書いてある「自己発見と他者理解」という言葉に惹かれた。
それは自分にとっての本を読むという行為、読書会をしていて思う、その本質を言い表しているような気がしたからだ。
買って一週間もたたずに読んでしまった。
本書のあらすじとしては、アジア系アメリカ人の作者が大学時代にボランティアとして黒人差別とその抵抗運動が激しかったデルタ地域に赴く。
しかし、今はそのような名残もなく貧困と諦めが蔓延している学校で、彼女は教師とし -
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ーむしろ私は信じなくてはならないのだ。
あるとき、ある場所でふたりの人間が互いに
大きな影響を与えあえるということを。
そう、信じなければいけない。
それこそが、世界を変える。
いや、それしか世界を変える方法はない。
そう思える希望の本。
アメリカの最下層に生きるパトリック。
救おうとする作者。
ブルデューの「ディスタンクシオン」によれば、人生は、置かれている環境によってほぼ決まっている。
であるならば、一介の教師が生徒を救うことはできないのか?
置かれた環境に抗って、抜け出せる程の影響を与えることはできないのか?
この本を読むと、たった一人の生徒を、一生かけてケアしても、救 -
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とても静かで美しい文章。ひとつひとつの文が、撒いた水が土に染み込むように、身体に入ってくるようだった。
黒人の歴史が横糸となり、自身の将来への希望と不安、家族等との関係を交えた選択が縦糸となって織られていく。そこへパトリックの物語が絡んで立体的な織物となり、時には調和し、時には解れ、ひとつの作品になっていった。
著者が多くの本を読んでいたこと、とくに詩に親しんでいたことが、そういった文章に表れているのだと思う。
目に浮かぶのは、子供たちと車でミシシッピ川にかかるヘレナ橋を渡る場面。大きな川を越えることは、将来への明るい希望を表しているようでもあり、一方で立ちはだかるとてもとても大きな困難 -
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「参考文献」ページに書かれている「アーカンソー州の子どもと家族を守る会」の情報によると、2013年の時点でも、黒人生徒が校内謹慎処分を受ける頻度は白人生徒の約3倍、校外謹慎処分に至っては5倍以上、黒人生徒が体罰を受ける頻度も2倍。
警官によって男性が殺害された件をきっかけに、アメリカで大きな抗議行動が起きているが、その背景を垣間見ることができる貴重な本。差別はアンクルトムや、キング牧師の時代とは形を変えて、多くの黒人の前に立ちふさがっている。アジア系から視点で書かれているこの本は入門編として最適。また、学ぶこと、本を読むこと、立場を越えて人と人がつながること、そうした大切さも教えてくれる。 -
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時代小説は、私にとってよく知った友人みたいなものだ。
スルスルと流れるように入ってくる文章は
「読む」行為そのものが楽しい。
けれど、時折好きか嫌いかわからない「読み物」も
必要なのだ。
偶然の出会いの中から、時に後々まで印象に残る
大切な本当の出会いがある。
この本は、まさしくそうだ。
初めての執筆となったミシェル・クオは
台湾からやってきた移民の夫婦の娘。
夫婦は、それこそ働きに働いて娘に教育を授けた。
英語もわからず、資格もないまま台湾から移住した夫婦には
一生懸命働き、後ろ指刺されない生活こそが
まるで教義のように第一であった。
そんなミ -
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アメリカの黒人差別がどれだけ酷いものかがわかる。
生まれながらに蚊帳の外に追いやられ、自由がほとんどなかった時代。
暴力や殺人が当たり前、警察は見て見ぬふり。
警察が見て見ぬ振りとか意味あるのか?
当時の話を聞いてるとただの給料泥棒にしか感じない。
それが親子代々に受け継がれていく。
というか、なにが「普通」かわからない。心から。
それだけ当時は黒人差別が酷かった。近年も人種差別に関する運動は過激になっている。
パトリックがミシェル・クオと本を通じて成長していく姿に感動しました。実話なので、リアルに、鮮明に感情や情景が思い浮かびました。
私自身も今年に入って読書をたくさんするようにな -
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著者・ミシェルは米国生まれの台湾系アメリカ人。両親が台湾からの移民である。ハーバード大学を卒業後、南部アーカンソー州の学校で英語を教える。その学校は公立学校だが、州内で最低のレベルの学校だった。生徒は全員黒人で、卒業できる生徒はわずかしかいなかった。そこでパトリックと出会う。学校をさぼりがちなパトリックだったが、才能を表す。周囲の生徒からも一目置かれるようになる。だが、ミシェルが学校を辞め弁護士資格の勉強をしているとき、パトリックが友人を殺し刑務所に入っていることを知る。面会に行ったミシェルは、パトリックの学力的な変わりようにショックを受け、毎日のように面会に行き二人きりの読書会をする。
米 -
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私は恥ずかしながらアメリカの歴史を知らない。白人の黒人への差別問題もなんとなく学生の頃に授業で触れた程度で詳しくは知らなかった。
アジア人への差別問題も、耳にすることはあっても経験もないため実感は持てないのが現実だ。
アメリカに対しては、世の中の雰囲気的にもどこか「憧れるべき国」だという印象があって、このことと繋がらないこともあるだろう。
この本を読んで1番よかったと思えるのは、今でも根付いているこの問題は、私たちが「差別はよくないよね」「差別はやめよう」と言って通じるほど単純な問題ではないのかもしれない…と言うことに気付いたことだ。
作者のミシェル・クオは台湾系のアメリカ人。その説明だけ