渡辺弥生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
10歳前後の子どもの変化について書いてある。
割と、まとまってると思う。
本で紹介がされいてたので、そっちをよんでみのも
ありかも。
①友達関係の変化
ギャンググループ
同じ遊びが好き!みたいな外面的な行動で一体感を味わい、グループになる。おおよそ10歳くらいまで。
チャムグループ
趣味や興味がきっかけで、仲良くなる。お互いの類似性を言葉で確かめ合い、仲良くなる。10歳くらいから
ピアグループ
お互いの価値観について話したり共有したりできる。生き方なども話せる。違いも受け入れる。
⭐︎ギャンググループしか知らなかった。これを読んでいて、小さい時、割と仲がよかった友達が小学校高学年の時、ファッションの話をしていて、ファッションに全然興味のなかった私は話に入れなくなっていたちょっとさみしい思い出を思い出した。
②この方の主な主張は、気づき、葛藤、自己嫌悪感を味わう思春期にソーシャルスキル教育を通して問題解決していく力、望ましい人間関係を身に着けてほしいというものだと思う。この件に関しては、巻末の参考文献をもう少し参照する必要がある。
③道徳性をはぐくむためには、道徳的な葛藤を経験させ、どうすればよいのかといった行動そのものだけではなく、なぜそうするべきなのかといった推論までしっかりと考えさせることが人を成長させる。p174
☆結局、言葉がないと、自分の感情や思考をラベリングすることができない。これぐらいの年に具体から抽象へと学習も脳みそも変化していくのは、言葉の発達も大きいのだと思った。だから、小3から国語で辞書引きを習い、わからない言葉を引くところから語彙を増やしていく。読書もそうだ。推理小説が楽しめるのもこの年くらいから。書くことの重要性を改めて認識した。
道徳においては、
①道徳的な葛藤を経験させ
②どうすればよいのかといった行動を考える
だけでなく、
③なぜそうすべきなのかといった推論
(○○だから~~だ)
まで考えることが、成長に近づく。 -
Posted by ブクログ
以前は思春期と言えば、中学生位の年頃の子供たちだったが、今や高学年どころか、小学4年生の荒れが多く見られるようになってきた。そんなお年頃、「9歳、10歳の壁」とはどんなものなのか、私たち大人がしっかりと把握し、適切に対応したり指導、支援したりすることで、子供たちの成長の支えになればいいなと思って本書を読んだ。
大人の安易な評価や励ましは、逆に子供の不信感を募らせることになる。子供自身が、これはちょっと不得手だなと思っていることに「すごいね、できてるよ」と安易に声かけをしても、調子に乗るというよりは、逆に声をかけたことに対して、「いい加減な人だ」といった不信感を持つと言うわけだ。
自尊心は8歳から12歳にかけて低下する。9歳、10歳ごろになると、自分の未熟なところや弱いところも自分の目に全て映るようになり、自己に厳しくなるためだと考えられる。また、周囲からの厳しい評価を感じたり、自分に対する嫌悪感なども持つようになり、自尊心が低くなりがちの難しい時期を迎える。自分自身についての評価は、客観的な情報と、その情報の主観的な評価とを併せ持って作られる。だから、周囲にいるものは、努めて、子供が価値ある存在として自身を受け入れるように、子供たちをサポートしていくことが大切。
○自分の発達における9歳、10歳
自分だけではなく、他人のことを自分のことのように考えたり、他人の心行動から予測したりすることができるになる。つまり、人の行動の背景にある、感情や考え方まで想像することができるようになる。
また、自分に対しても、他人から見るような視点の取り方ができるようになり、自分のだめなところを客観的に見られるようになる。そのため、ときには、劣等感が強まり自尊心が下がる。
4,5歳の子供たちが何度も同じことを繰り返すことを見せるようになる。親からすると、同じことばかりをしているように見えるが、ピアジェの観察からすると、子供はただ単に同じことを飽きることなく繰り返しているのではなく、その繰り返した行動中から、ものの因果関係や時間の前後、様々な法則性を感じとるような力を身に付けているらしい。一見無駄なエネルギーの浪費のようなことが、実は、物事の規則性を認識することにつながっている。
「規則を変えることができる」と捉えられるようになるのが、まさに9歳,10歳以降である。
小学校中学年以降になれば、「規則は変えることができる」と捉えられるようになる。例えば、トランプ遊びでジョーカーなしでやるなどといった規則の変更について提案しても、「やってみるか」と言うようになり、みんなが合意すれば、規則を変更できると考えるようになる。これは、大人から拘束力を意識する段階から、協同で規則を生み出すことができる段階への移行であり、まさに、他律から自律の道徳性へ発達している。
社会で生活していく上で、自分の自由を求めながらも、他人もまた自由を求めていることに気づき、互いに権利を侵害しないよう、配慮し合う力を持つことが重要。そしてその力の必要性を認識できるようになることが大切になる。
【9,10歳の「自分」】
自分だけではなく、他人の事についても、自分のことのように考えたりできるようになる。特に、他人の行動から、その人が何を考えているのだろうかと、どんな気持ちでいるんだろうか、といったことを予測したりすることができるになる。つまり行動の背景にある、感情や考え方まで想像することができるようになる。また、自分に関しても、他人から見るような視点の取り方ができるようになる。自分のだめなところを、客観的に見られるようになる。それまでは万能感が強かったのに、次第に「たいしたことないや」といった劣等感が強まり、自尊心が下がる。子供たちには誰でもそれぞれと必ず得意な分野や良いところがあるので、悪いところや問題点ばかりを指摘するのではなく、良いところをどんどん褒めたり、「人には得意なこともあれば不得意なこともある」と言うことや、「いろいろあるから、頑張ったり楽しんだりできる」ということなど、大人の側が伝えていく努力をすることが、この時期には特に必要。
【9,10歳の「考える力」】
様々な認識の領域で、量的にと言うよりはむしろ、質的に変化する時期だと考えられる。言葉がたくさん増えるとか、考える量が多くなると言うよりも、レベルアップすると言う感じ。自分と他人、主観的な自分と客観視できる自分、時間の軸の中での今の自分と未来の自分、物事を相対化させてみるといった高次の認識が可能になる。ただし、この年齢では、この質的な変化が、スムーズに移行できる人と、停滞してしまう人にわかりやすく、全体的には、不安定になる時期とも言える。そのため、認識の枠組みをステップアップできるように、適切な支援が必要。それぞれの子供たちの考え方や、考えられる内容をよく理解しやった上で、他にも考え方があることや、ユニークな見方、考えること自体の楽しさを伝えられるように、あせらずサポートしてやれば、成熟した考え方に構造化されていく。悩んだり、ジレンマに陥る事は、新しい心の成長の証。そうしたジレンマを、大人そのまま、まず受け止めてやること。つまり、すぐに答えを出すのではなく、「○と△だと、どちらが良いか悩んじゃうね」などと、その気持ちを受け止めてやることが大切。その上で、上から目線で強制するのではなく、「こんな考え方をするとどうだろう?」と、あれこれ考えること自体の楽しさを教えてやればよい。
【9,10歳の「感情」】
「感情」と言うものを対象化して考えられるようになり、それを文章や会話の中でも表現できるになる年齢。間接的な表現から、相手の気持ちを組むことなどもできるようになる。ただし、自意識過剰になる傾向が強いため、そこまで考える必要がないのに、考えすぎたりする。傷つくのを恐れて、自分の気持ちを伝えたり、相手の気持ちを一歩踏み込んで尋ねたりすることができずに感情を抑え込んでしまったりする。そのため、自分で自分をどうすれば良いかコントロールできない状況も出てくる。
【9,10歳の「友達関係」】
親の言うことには従うべきだと言う考えが弱まり、友達との友情が強くなる時期。大好きな友達や仲間のために、なんとかしたいという思いやりが強まる一方で、友達の目がすごく気になる時期でもある。友達を思いやる気持ちが強くなるとともに、だからこそ、友達に裏切られたり嫌われたりすることを恐れるようになる。時間的な見通しの力もつくので、ちょっとした友達との誤解が、数ヶ月、ときには1年以上続くかもしれないなどと、予想できるようになる。そういう意味では、意地悪を一時的なものではなく、陰湿で長期化するように仕込むこともできるようになり、次第に「いじめ」と言う構造が成立しやすくなる。加害者も被害者も生み出さないように予防していくためには、成熟した道徳的な価値観と、友達とうまく関わるソーシャルスキルを教えていくことが必要。
※「ソーシャルスキル」の視点から子供たちをとらえると言うことが、どういうことなのか…
①主観的な印象のみで話さず、客観的に見る。客観的な事実を明らかにして、衣装等の主観的な評価と混同しないことが大切。
×日ごろから乱暴
○2.3日に1度喧嘩をしている、
毎日のように人を叩いている
②抽象的な教え方をせず具体的に教える。
×やさしく話しなさい。
落ち着きなさい。
頑張りなさい。
○お友達が泣いていたら、大丈夫?って聞いてごらん。
③ダラダラと同じ対応の繰り返しをしない。
全く変化しそうにないことを何度もくどくど言って、 さらにお互いがイライラするような関わりは悪循環。自分の対応と子供の様子をよく見て、うまくいってないのはなぜかクールに考え改善していくことが必要。
④性格のせいにせず、教えてあげる。
×乱暴な性格ね。内気な性格ね。
○まだ、具体的に優しい行動の仕方を知らない。人に関わる行動のことを知らない、などと考えることが大切。通まだ未熟なだけ、練習すれば上手くなる、という発想に切り替えて、多様でシンプルな支援の仕方を提案することが良い。
またソーシャルスキルトレーニングは、認知を変え(柔軟に考える豊富な情報を取り入れる)、感情を変え(自分の気持ちを調節する)、行動を変える(適切な行動する)、という考え方を背景にしている。
【9,10歳の「道徳性」】
自分以外の人の立場に立てるようになり、自分と親しい人だけではなく、次第に、第三者や集団、社会といったしても理解できるようになる。ただし、個人差が大きく、自分のことしか考えられない子や、親しい友達のことだけでいっぱい、といった子供たちがクラスに混じりやすいやすい時期。なので、役割取得能力を育てることが必要。自分の視点や立場だけでなく、他人の視点や立場に立つ練習。道徳の時間を最大限に利用しながら、社会での歴史や地理を通して、その時代やその場所で生きる人たちがどのようなことを考え、感じていたのか、またそれはなぜなのか、といったことを考える事は、時代や場所を超えて人間に共通した価値を考える上で、重要な土台になる。国語では、道徳的な価値を踏まえた上で、具体的にどのようなコミニケーションすることが求められるのかを、読む書く話す聞くを通して学ぶことができる。理科算数、体育、家庭科などでは、ペアやグループで助け合って問題解決を図るなどの手段を使って、友達と助け合ってすることで、より大きな問題解決ができることを学ぶことができる。このような経験の中で、お部屋間といった概念の背景にある意味について理。具体的な能力や貢献度といったことを、この頃は重視するが、みんなのために考えてくれる人といった「公」についての理解も深まっていく。
ちょうど9歳、10歳の子供たちは、それまでは親の背中を見ながらひたすら遅れまいとついてきていたのが、次第に親と並走し、ときには親を抜いて行ってみたくなる時期にかかるのかもしれない。だが、実際にはジレンマや葛藤を抱えていて、まだまだ自分の力で乗り越えていくことが難しく、少し後ろから背中を押してもらったり、ときにはまた親の後ろに下がりつつも、次への飛躍に備えるような時期にあたる段階でもある。
9歳、10歳頃でも、具体的に自分が進歩していることを、頑張っていることがビジュアル的にわかるトーク(印表彰)は効果がある。ものによるご褒美よりも、自分が徐々に認めてもらっているということが嬉しい時期である。9歳10歳と言うと、親は「もう1年生じゃないんだから、人で宿題をして何でも自分でやらなきゃ」といきなり距離感をとって何でも自分でさせがちな年頃ですが、意外とまだ支えが必要な時。もちろん、何でも先回りすぎるのは歩だが、しっかりと支えてやりながら、少しずつはしごの位置を変える、高さを低くする位の心構えが必要。いきなり梯子を外されることほど、不安でたまらない事は無い。おうちの人が支えてくれるからこそ、学校でのストレスを乗り越えるエネルギーを蓄えることになり、またおうちの人から適切な支援をもらうことで、複雑で繊細になる人間関係を、失敗しながらも乗り越えていける。
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Posted by ブクログ
私は親に「お前は何をやってもダメ」「何度言ってもわからない」そう言われながら育ちました。
また、叩かれたり、蹴られたりと当たり前に育ちました。
本書に書かれているとおり、自信のない子に育ちました。
比べられることでやる気をなくす。
三姉妹の末っ子ですから、上と比べられる。
おねえちゃんは一回でできたのに。
褒められた記憶はあまりありません。
謝るのも本書のとおり「おやん奢機嫌取り」で、なんで怒られてたかは全く覚えてませんが、「親は私の話を聞いてくれない」ことだけは覚えています。
「何度言ってもちゃんとしない!」と怒られるのは今でもあります。
また、ソーシャルスキルについても、私は「教えられなきゃわかるわけないだろ!自分だって書類に関してちゃんと書いてくれなきゃわからないって文句言うじゃないか!」と最近ケンカしましたが、「お母さんたちは教えられずにやってきた!」と…。
教えられずにどうやってできるのか。
できるとしたらモデリングでしかありません。
つまり、教えられてるわけです。
時代が違うのだから、モデリングできる相手がいない私には、教えられなきゃわからないことだらけです。
幼少期を思い出しながら、母親の子育ては私の発達に悪影響を及ぼしたなと再確認しました。 -
Posted by ブクログ
手に負えないってほどでは無いけれど、最近怒ってイライラ
するばかりで、いまいち上手く伝えたいことを伝えられて
ないなぁと思って手にとった本。
育児関連の本は結構な数を読んでいたので、新たに読む
こともないかなぁと思いつつ、読んだら、時期が良かった
のか、心に響いた。
最初の部分で『お母さんが、子育てにイライラや不安、
疲れを感じると、どうしても子どものペースに合わせて
動くことが難しくなります。』とある。
そうなんだよ~、余裕がなくなるとついつい当たって
しまうんだよ~、どうしたらいいんだろうと思いながら、
読み進めていった。
理論的でありながら、女性の感情的な部分のツボが分かって
いる。著者が女性だからこそか。
どうしたらポジティブに考えられるか、ポジティブに考え
伝えていくとどんな結果につながるか、どんな場面でも
意識の持ち方を重きに置いて書いてあるのだけれど、日々
接している子どもに対して、これが出来ないことが多い。
恐らく赤ちゃんの頃は出来ていたのに、言葉を話せるよう
になり、ある程度一人で行動が出来るようになった子ども
に対しては出来なくなってしまう。そんな時期に読むと
ふと気づかされたり、考え直させてもらえる言葉(話)が
この本にはたっぷり詰まっている。
(以下抜粋)
『「お母さんになる」ということは、ひょっとすると人生
の中でもっとも自分が必要とされる貴重な経験だとも
言えます。(中略)子どもを持つことで、今まで知らな
かったことを知り、味わったことのない喜びに出会い、
自分にとって新たな道の世界が広がっていくのだと考え
れば、「『お母さん』である今」を思い切り楽しむ気持ち
になれるはずです。』
『初めて笑いかけてくれたとき、初めて「お母さん」と
呼んでくれたときのことを覚えていますか?あれもでき
ない、これもできない、と思っていた我が子が「成長する
瞬間」に立ち会うこと。それこそが、日頃の子育ての疲れ
なんて一気に吹き飛んでしまう、「幸せな瞬間」ではない
でしょうか。』
『目の前の子どもを「よく見て」「十分に対話する」こと。
ありのままの子どもの姿を受け入れてください。「この子は
この子でいいんだ」と認めてあげることです。』
(終わり)
きっと、一回読んだからって、上手く出来るとは思えない
けれど、何度も何度も響いた言葉を読み直して、少しずつ、
少しずつ実行出来ていけたらと思う。構えず、楽に、目の
前の子どもをよく見れるように。楽しい気持ちが常にある
親子であれるように。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分の感情をきちんと認識理解し適切に表現できるというリテラシーが必要と思ったことと、実際に直面している子供がメンタル的な蛮行や親子の関係改善を図れたらと思って読んでみた本
本質から若干それてしまうが、「感情を耕す」という概念的な表現がとても印象的だ。「耕す」という言葉に道徳教育に収まらない、国語力も含めた教育環境を整える土壌のようなものとしてとらることが適切だと思えるから。非認知能力と感情リテラシー様々な方向で記述されている。非認知能力との関係や不登校などリテラシー不足が招く危機について、日本の感情表現にまつわる歴史はとても教養が高まる話だった(特に国語劣等生だった私には歴史、文学的な話を教養的に思えてしまう)。あとがきにポールエクマン博士の話をもってくるあたり、生粋の感情研究者なんだなぁと妙に納得してしまった感がある。
さて本題に戻ろう。感情リテラシー教育は、昨今重視されるSTEAM(科学・技術・工学・数学)教育で見落とされがちな人文学的側面を浮き彫りにしているなと感じた。単にSTEAMだけやってりゃいいわけではない。よく非認知教育とSTEAM教育をセットで・・・なんて話もよく出てきているが、それよりももっとファンダメンタルな部分の教育として感情リテラシーがあるんじゃないだろうか。ICTリテラシーはビジネスの世界でもDX(デジタルトランスフォーメーション)に関連して重視されているが、これからの時代にはICTリテラシーともに感情リテラシーも大切に身に着けるべきものだと思う。
この概念理論的なリテラシーの応用事例が(特に中高生の)不登校、いじめ、暴行、親や同級生を殺めてしまう事件なのだ解釈できる。感情リテラシーは、自分の感情を適切に表現することとともに、他者の感情表現を尊重して受け取れるための知識と知識の運用スキル、と捉えることができる(ヴォルテールの名言みたいだな)。その結果、不登校の問題は「自分の感情を適切に表現したり、受け入れてもらえないことで起こる大人と子供のリテラシー不足の問題」という見解が得られる。でもどうしたら改善方向に?とは思うけど、おぉとても腹落ちする。
そう考えていくと、感情リテラシー教育はELSI(倫理的・法的・社会的な課題)の解決に必須重要な一つのファクタにもつながっていくはず。感情という幅広いテーマだと考えることがあっという間に壮大な話になりそうなので有識者が適切に取り組めるようにカットしてもらえたら私のような週末研究者でも勉強できるテーマになりそうでありがたい。教育という視点では、SEL(Social Emotional Learning)、SST(Social Skill Training)といった分野として専門家が活発に議論されている研究領域のようなので、時々チェックをして子供との関係改善に活用できたらと思う。 -
Posted by ブクログ
近年、子どもの学力をめぐって散見する「10歳の壁」という言葉。また教育関係の雑誌や本の中には、「10歳までに決まる頭のいい子」「運動神経は10歳までに」「10歳でつまずかないために」などという文句が躍っている。しかし、この「10歳まで」という言葉には、いったいどんな根拠があるのか。この点を検証した著者は、そもそもこの「壁」とは、障害児教育の分野で言われ始めたことであり、脳科学の世界でも未だはっきりとしたエビデンスが無いことをつきとめる。と同時に、この10歳前後という年齢は、発達心理学の領域では、やはり非常に注目すべき年齢であるとする。このころに子どもにおこる大きな変化を「飛躍の時」として受けとめ、楽しんで見守るために、これまで明らかにされてきた様々な知見を紹介。また付随して起きるこの歳ごろ特有の問題への対処法を、専門であるソーシャル・スキル・トレーニングの手法などを交えながら紹介する。
やや専門書よりの内容も含まれるが、概ね理解できた。興味深かったのは、9、10歳で推理小説を楽しめるようになる背景(2次的信念課題)が取り上げられていたこと。なるほど。 -
Posted by ブクログ
道徳的じゃなく、ポジティブもネガティブも大事な自分の感情だってことを学べるいい本。
感情は変化するもの、気持ちは複雑なもの、気持ちはコントロールできるもの、そういうことをマンガを使って自分と重ねられるように作られている。
自分はみんなと違う?
友達ってなに?
友達によって態度を変えるってよくないこと?
どうやって仲良くなればいい?
友達に無理に合わせてモヤモヤする…
友達に嘘をついてしまった…
など子供が実際に感じるトピックスで具体的に解説されている。
取り上げるエピソードの数が多いのもいい。
丁寧に作られた本で、安心して子供に読ませられる。
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相談されたときにさっと言えるポイント
・自分で気づいていない気持ちがいっぱい生まれている(気持ちを表す言葉はたくさんある) -
Posted by ブクログ
肌感としての10歳を、各種データから定義、適切なサポート方法を示してくれる本。
■視覚障害で教育現場で言われる 9歳の壁
BICS(話し言葉中心の生活言語)を横に充実(高度化)させていく中で、CARP(書き言葉中心の学習言語)への伸び(高次化)が期待できる←高次化させることができのが9歳頃
■「自分」の意識が発達する
■推理小説を楽しめるのは9.10歳頃から(○は☓のことを△だと思ってる、というような推論が可能になる年齢)
■具体的操作(7〜11歳)と、形式的操作(抽象的なことがわかるようになる)。小さいときは具体的な事象を実際に観察させることが大事
■思春期は、一時的に自己中心性が強くなる(想像上の観客、個人的寓話)
■高次の認識(自分と他人、今と未来、絶対と相対等)が可能になる年齢だからこそ、躓く子が出がち。適切なサポートが重要。
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Posted by ブクログ
ワーママはるさんの推奨本。幼児期から連続的に成長している、と捉えていたが、10歳前後には、認知や感情などが成長する飛躍期であると知った。親との関係だけでなく友人関係から学ぶことも増えるため、従来の親子の関わりでは、計り知れない心のうち、頭のうちの成長や葛藤があるのだろうと、娘を見るときの親の姿勢として、意識をしておきたい。
道徳性が未熟なのか、社会性が未熟なのか、これらが混在することもあるだろうから、課題や育む支援の特定は難しいだろうが、自分の経験として、相手を傷つけてしまったストーリーを語り、その時相手はどんな気持ちだったかを想像するワークや、ロールプレイで相手の気持ちを察するワークなど、紹介されている手法を参考に、10歳の娘の成長を応援したい。