内田発言は、極めて重要なシグナルだった。いずれ来る異次元緩和の出口では、まず日銀当座預金に付利している金利水準を引き上げることで短期市場金利を底上げし、長期金利についても「二%水準に見合ったレベル」に誘導するため日銀のバランスシートを適宜圧縮していく、 と初めて示唆したからだ。
日銀にとっては、売出手形を出さなくても余剰資金を回収できる便利な仕組みであり、付利制度が持つ「自動吸収メカニズム」が働いた結果、当座預金だけが大きく膨らんだとも言える。 ただ、当座預金が二〇〇兆円を超えると、○・一%の付利は金融界に年間二〇〇〇億円程度の補助金”を与える計算になる。また、長期国債の買い入れについても、日銀は応札が予定額に達するまで「言い値」で買わざるを得ない仕組み(コンベンショナル方式)となっているため、 市場実勢を上回る「高値買い」が常態化していた。
最後に、若干の私見をお許しいただきたい。異次元緩和に対する、筆者なりの「暫定評価」 を述べようと思う。
円相場は、黒田就任時の一ドル=九四円台から下落し、一時一五一円まで振れたあと、退任時には一三六円となった。企業収益は一〇年間でほぼ倍増し、日経平均株価は一万二〇〇〇円台から三万円台まで回復した。失業率は二%台半ばに低下し、新規雇用者は四三〇万人ほど増えた。いずれも黒田が胸を張る戦果”である。
だが、その反面、日本経済の潜在成長率は○・八%から○・三%に低下し、一人当たりGDP はG7で最下位に沈む。名目GDPもドイツに抜かれ、世界第四位に転落する見通しだ。一人当たり労働生産性はOECD加盟三八ヵ国のうち二九位と低迷し、平均年収では韓国にも追い抜かれた。さらに円安と資源高、そして産業空洞化により貿易赤字が常態化した。
肝心の物価は原油高と円安の影響で一〇年目に急騰したが、頼みの賃上げが追い付かず、国民の多くは生活水準の低下に苦しんでいる。株高で潤った人もいるだろうが、全体として暮らしが楽になり国が豊かになったとは言い難い。
実はその前の一○年間と比較しても、大きな進展はみられない。
黒田時代のGDP成長率は平均〇・六%だが、その前の福井・白川の時代は○・七%と、ほとんど差がない。前半の五年は海外の好景気に救われ、後半の五年はリーマンショック、コロナウイルスという「外的ショック」に苦しめられた点も酷似している。
平均のインフレ率は、福井・白川時代がマイナス○・一%、黒田時代は消費税増税の影響を除けばプラス○・五%に回復したが、「ゼロ近傍」で推移してきた日本の物価トレンドが劇的に変化したとまでは言えない。少なくとも、インフレ目標を掲げて人々の期待に働きかけ、異次元レベルでマネーを増やせば物価が上がり、物価さえ上がれば経済が復活するという単純な話でなかったことだけははっきりした。
プリンストン大学教授の清滝信宏は、二三年五月の経済財政諮問会議で異次元緩和の問題点を次のように指摘した。
「長期的には生産性や総生産の成長が停滞することになる。量的・質的緩和が持続的成長につながらないのは、一%以下の金利でなければ採算が取れないような投資をいくらしても経済は成長しないことからも分かる。また、長期金利を低く抑える政策を長く続けると、国が一方的な投機にさらされ、国民負担が増えることになる」
一方、白川も同年三月、IMFの季刊誌に寄稿し、「壮大な金融実験だったが、インフレへの影響や経済成長への効果はささやかなものだった」「学者と中央銀行家たちは、現行の金融政策の枠組みとその支えとなる知的モデルについて深く内省すべき時だ」と批判的に論じた。
もっとも、黒田が就任した時点でコールレートはすでにゼロ%に貼り付いており、追加緩和といっても長期金利を○・六%引き下げたに過ぎない。異次元緩和と称しつつも、しょせんはその程度の金利引き下げ効果で総需要や期待インフレ率を一気に押し上げるなど最初から無理な相談だったのだ。
にもかかわらず、「期待への働きかけ」を強調するあまり、「期待を削ぐような発言」ができなくなり、やがて経済の実態を誠実に語ることが困難になる。現実との乖離や矛盾を批判された黒田は、「そういう見方は全く当たらない」「そういう議論は全く無意味だ」などと激しい言葉で記者に反論し、それがかえって日銀の信認と総裁の権威を傷つけた。
だが一方で、黒田緩和にはそれまでの常識を超える『薬効”もあった。まず、量的緩和を巧みに「演出」し、国際社会の批判を回避しながら「通貨安の誘導」に成功したことだ。
一二年暮れに始まった円安・ドル高は、そもそも同年夏の欧州債務危機の収束がきっかけだったとされている。だが、相場反転の理由が何であれ、その後の安倍の「無制限緩和」発言と黒田の異次元緩和が円安の流れを強力に後押ししたのは間違いない。
これにつれて日本株の買い戻しも本格化し、ETF買い増し効果も重なり株式市場は本格的な上昇局面を迎えた。リーマンショック後の閉塞感を吹き飛ばし、景況感を一気に改善させたのは紛れもない円安・株高の効果だった。
本来、日銀にとって為替や株価は管轄外であり、金融政策との関連も公式には認めていない。 だが、黒田が「デマケ」を標榜しつつも為替を意識していたのは明白で、ある財務事務次官0 Bは「異次元緩和は円安誘導が目的だった」とはっきり認めている。
だが、この成果もしょせん為替市場に精通した黒田だからこそできた“個人芸”のようなものだ。こうすれば必ず効くといった定石はなく、もし金融政策が為替安定に効くという誤解と幻想を広げたとすれば、これも「負の遺産」となりかねない。
第二に、異次元緩和が「政治経済的」に成功を収めたことも、薬効と呼べるかもしれない。
アベノミクスを掲げた安倍は国政選挙で連戦連勝し、未曽有の長期政権を手にした。黒田が史上最長の在任期間を得たのも、安倍の絶大な信任を得ていたからである。あれほど政治家に叩かれていた日銀自身も「穏やかな日々」を送ることができた。
ただ、この過程で政治家たちは大規模緩和の居心地の良さを知り、YCCを「打ち出の小槌」とみなす者まで現れた。超低金利が経済の隅々まで浸透した結果、ここからの脱出は各方面に激痛をもたらし、政治的な反発を招くのはまず避けられない。政治経済的な薬効は、いずれ「外圧」となって日銀に跳ね返ってくるだろう。
このように、異次元緩和は現時点で功罪さまざまだが、最終評価は、むしろこれからにかかっている。
複雑な政策スキームを混乱なく解きほぐし、副作用を抑えつつバランスシートを圧縮するには、気の遠くなるような時間と知恵が必要である。そして本文に記したように、出口に無事到達するには、累卵の危機にある財政の立て直しが必須条件だ。
こうしたハードルを越えるには、潜在成長率の引き上げに向けた構造改革と、血のにじむような財政健全化の努力が不可欠だが、最近の防衛増税や所得減税論議を見るにつけ、選挙一辺倒の政治家たちにそうした覚悟があるとはとても思えない。
また、財務省と日銀の間でも「繊細かつ戦略的な協調プログラム」が求められるが、それを企画実行できる人材がいるのか、実は心許ない。とにかく人材の流出が止まらないのだ。
金融正常化のプロセスは、植田体制の五年間だけでなく、さらに次、あるいはその次の代まで引き継がれるかもしれない。そしてその険しい取り組みを終え、すべての「政策コスト」が判明した時点で初めて異次元緩和の最終評価も定まることになる。それまでは、いかなる自己採点も、いわんや『勝利宣言”も無効である。
黒田は、二○二三年一一月掲載の「私の履歴書」(日本経済新聞)で、三重野、速水、福井ら日銀出身総裁の金融政策を批判し、自身の政策については「デフレを脱却して物価安定を実現するための有効な代案はあっただろうか。私なりに国益を追い、最善を尽くしてきたつもりだ」 (一一月二八日)などと正当化した。長年の激務には深い敬意を表するが、この段階での自己総括は、いかなる事情があるにせよ拙速にして失当と言わざるを得ない。