「2001年宇宙の旅」は自分にとっては映画というジャンルを超えたマスターピースであります。同時にトラウマにもなっています。まず幼児の頃、自分の住む地方の小都市の映画館で初公開時の看板に衝撃を受けたいう記憶があります。しかし親に見たい、と言えない雰囲気も感じました。初めて見たのは大学生の時。冒頭からあまりに集中して疲れたのかスターゲートのシーンで眠ってしまって情けなくなりました。社会人になってみた時にスペースシャトルの尾翼にPANAMの文字を発見し大興奮。それからはDVDを停止しながらAT&Tとか実存企業のロゴを見つけてはこの映画が公開時の1968年と2001年を地続きで設計されていることに新たな凄みを感じていました。21世紀に入ってからはLCMAに行った時、過去やったキューブリック展の図録、迷って買わなかったこともいまだに後悔しています。と言いつつ神棚に置きっ放して最近は触れてなかったのですが、速水健郎の「機械ぎらい」を読んでいて本書の存在を知り貪り読みました。アポロが月面到着する前に、CGが映像に使われる前に、こんな映画が作れたことにはキューブリックの仕事のやり方への固執とこのプロジェクトに魅入られたスペシャリスト(クラークも含む)の全員の煩悶が混じり合って業の総体として結晶したからこそ、ということがよくわかります。視覚効果ブライアン・ロスタスへのキューブリックの言葉で『「ブライアン、君自身ができるとわかっていないものをつくってほしいんだ。最初からできるとわかっているものは必要ない。しかしできるかどうかわかっていなくて、なにか新しいものを発見できたら、それこそがわれわれが必要としているものなんだ」それがこの映画の製作全般を統べる基本方針だった。』凄まじい。本作が扉を開けた映画の流れ、例えば今年の映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」も大好きでしたが…「2001年宇宙の旅」は大好き、で済まされない厳かな創造物、例えばミケランジェロの「最後の審判」やピカソの「ゲルニカ」のような存在にますます思えてきました。