日本語学習者に必要な単語や文法を厳選して教えるという点は賛同できる。
しかし、「やさしい日本語」という言葉は聞こえはいいのだが、私はむしろ大きな疑問点が残った。
・諸外国の公用語で「やさしい〇〇語」というような制度やサービスがあるのか。
やさしい中国語、やさしいアラビア語など。
私はあまり聞いたことがない。あれば事例を紹介して欲しかった。
・日本にいる外国人のうち誰を対象にしているのか。
そもそも移民を受け入れて、外国人労働者を受け入れることありきで設計されていないか。
コスト負担者と費用対効果は考えられているのか。
・日本語をやさしくするより、重要なことがあるのではないか。
近年、移民と地域住民の軋轢が多く生じている。日本語学習環境が貧弱でも生活の中で身に着けて日本語がかなり流暢な人々もいる(おそらく「やさしい日本語」がなくても日本語をある程度話せている状況)。しかし、日本語がうまくなるだけでは共生がうまくいかないことを逆に示してしまっている。学ぶべきは日本の文化や国・地域に根差したルール、法令を守ることなどを理解することではないか。
・「やさしい〇〇語」は本当に「やさしい」のか?
「やさしく」することが本当の優しさなのか?
例えば、中国語の漢字をピンインで表記するように変えて、たとえ読めたところで単語の意味や文法を知らなければ、あまり意味があるものではない。
重要なニュースや緊急性の高い連絡事項など、形式的な情報の伝達に限れば、翻訳ツールなどを駆使して対応した方がむしろ時間・人手・金をかけずに様々な外国語話者に対応できるのではないか。
本当に共生するためにはむしろ、自律的学習を促し、少なくともA1,A2レベルに早く到達し、通常の日本語を通して生活ができるようにしなければいけない。